医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


「免疫寛容」を生体のシステム機能として解説

免疫のフロンティア 免疫寛容 谷口克,他 著

《書 評》宮坂信之(東医歯大教授・内科学)

免疫学のホットなトピックス

 この本は『免疫のフロンティア』と銘打ったシリーズの中の1つ。このシリーズでは,免疫学のホットなトピックスを,当代一流の学者たちがわかりやすく解き明かしている。しかも自らの手で得た実験結果をもとにして講演をした原稿をネタとしており,話し言葉でわかりやすい。筆者は谷口克,奥村康,西村泰治の3人である。
 免疫学にはわかりにくいことばが多い。「免疫寛容」もその最たるものの1つである。トレランスとも呼ばれ,特定の抗原に対する無反応を意味することばである。免疫寛容ということばが人口に膾炙するようになって久しいが,その本体は不明の点が多い。
 第1章「中枢性免疫寛容」で谷口教授は,脳は,精神的な「自己」を規定しているのに対して,肉体的な「自己」を決定しているのは免疫系であると明快に断ずる。そして,胸腺が「自己」と「非自己」を決めるプロセスの分子機構をわかりやすく解説している。次いで,免疫系の内蔵するレパートリーの多様性,その結果生ずる自己反応性という自己矛盾,そして自己免疫に対する生体の制御機構,などが順を追って説明されている。臨床で膠原病内科を専門にする筆者にとっても大いに読みごたえがある。
 さらにおもしろいのは,NKT細胞に関する部分である。このサブセットが特有の抗原レセプターを発現しており,抗原認識の方法も分化の部位も通常とは異なる「変わり種」であることや,そのユニークな機能などが熱っぽく語られる。そして,NKT細胞が免疫系における重要なレギュレーターであることが浮き彫りにされている。

最新の知見を臨床に還元

 第2章で奥村教授は末梢性免疫寛容の分子メカニズムを彼独特の語り口で説いている。著者に言わせれば,「相手を無視して反応しない」のがignoranceであり,「相手を叩きのめしたいのだけれど,しびれて動けない」のがanergy(アナジー)である。まさに言い得て妙である。また,「免疫とアレルギー」を「ジキルとハイド」の関係にたとえるのもわかりやすい。この章では,免疫寛容に止まらず,NK細胞,I型アレルギー,移植免疫,接着分子,Th1とTh2などが比喩を交えてわかりやすく書かれている。いずれも自らの研究室で得られた免疫学の知見を臨床の現場に還元しており,著者の面目躍如である。
 第3章では,西村教授が主要組織適合遺伝子複合体(MHC)からみた免疫応答を解説している。特にインスリン自己免疫症候群における自己抗原エピトープの同定に関する部分がおもしろい。このエピトープはインスリン分子上にあり,通常はMHCの溝には面していないcrypticなエピトープである。しかし,還元作用を有する薬剤によってこのエピトープが露出してMHCの溝にはまり込むことによってT細胞が活性化され,さまざまな臨床症状が生ずるという考え方である。従来,原因不明とされていた奇病がMHC学の進歩によってその病因が明らかにされた点で大いに称賛に値する。
 さらに,著者はペプチド上のアミノ酸を1個置換させた「似て非なる抗原ペプチドアナログ」がT細胞を活性化させるだけでなく,ときにもとのペプチドによるT細胞活性化を抑制するantagonisticな作用を有することを指摘している。これはT細胞の活性化と非活性化を人為的に抑制する可能性を示すものであり,自己抗原が同定された自己免疫疾患の治療に応用できる注目すべき知見である
 このように,本書は単なる免疫現象の分子機構をひもといているだけではなく,免疫寛容を生体のシステム機能の1つとしてわかりやすく書いてあるのがミソ。是非,一読をお勧めしたい本である。
A5・頁126 定価(本体2,800円+税) 医学書院


臨床的に必要不可欠な情報をハンディに

今日の治療指針 1997年版 日野原重明,阿部正和編

《書 評》上田慶二(東京都多摩老人医療センター院長)

保険診療を前提にした最高の指針

 本書は,わが国の保険診療を前提にした現時点における最新,最高の治療指針を簡潔に記載したものである。現在の1997年版は第39版であるが,約1400頁に臨床的に必要不可欠な情報が盛られており,ハンディな座右の書となっている。
 本書は多書に例を見ない多数(944名)の専門家により,各項目が具体的に,緻密に記述されており,疾患の病態,病期,重症度に応じた治療方針や処方例などが示されていることが大きな特徴である。
 本書には優れた編集上の企画が種々みられる。まず各疾患群の冒頭に「動向」の頁があり,当該領域の最近の話題を知ることができる。また各項目の治療方針の記述以外に適切な項目には「患者説明のポイント」の記述があり,インフォームド・コンセントの実施に際する指針が示されていることが有用であろう。また同時に「看護上の注意」の記述もあり,診療上有益である。

時代に即応した病態・疾患

 また本版には時代に即応した病態や疾患が新しく取り込まれていることが注目されよう。たとえば,高齢社会を反映して「脳血管性痴呆」,「無症候性脳血管障害」や「嚥下性肺炎」などの項目が新設されており,また不意の災害の発生にも備えて「トリアージの基本」,「サリン・ソマン・タブン・VXガス中毒」や「災害時の精神科医療」などの項目が追加されていることも特筆されよう。
 近年,医薬品の適正使用が求められているが,巻末に盛られている医薬品の使用法や薬物の副作用,相互作用など300頁余の記述も活用されることが望まれる。
頁1486 ポケット判 定価(本体14,000円+税)
デスク判 定価(本体18,000円+税) 医学書院


更年期女性診療の有力な武器

更年期外来診療プラクティス 青野敏博編集

《書 評》川久保亮(川久保医院)

 本書は徳島大学医学部産科・婦人科教授である青野敏博先生の教室の更年期外来診療部における現時点での総括とも言える著書である。
 したがって,従来の他の著書に見られる説明・文体の不統一性がなく,きわめて読みやすい。読者は青野教授の外来を見学し,直接指導を受け,講義を受けている感じがする。徳島県の女性は幸せである。この書は産婦人科医ばかりでなく,一般医,プライマリ・ケア医に対する説明書である。また一方,産婦人科医は自己の知識を整理することにも役立つであろう。

高齢期女性の診断に必要な知識

 更年期の女性ホルモン補充療法(HRTと略す。私はこの略語を知らなかった)の知識は実地医家にとって,高齢期にさしかかっている女性を診療するにあたって必要な知識である。本書の中で,HRTの種類,HRTの副作用,更年期女性の心理など,痒いところまで手の届くように説明が加えられている。専門の産婦人科医ばかりでなく,また内科医のみならず,精神科医,外科医,耳鼻科医が買って損をしたと思わない書籍である。
 例えば,「HRTを始めようとする内科医へのメッセージ」という編者のコラムは,HRTの実施にあたっての内科医へのためらいを事こまかに記載して,次の記事への導入となっている。大変,親切な著書である。インフォームドコンセントを行なうにあたっては,医師自身がこれから行なう治療法を熟知していなくてはならないという著者自身のスタンスが見受けられる。また,更年期女性の尿失禁について,男性の老医師は手さぐりで治療していたが,種々の治療上の工夫がなされていることを初めて知る人も多かろう。

具体的な実例をあげて解説

 骨粗鬆症や更年期については多くの論文・著書があるけれども,このように具体的な実例をあげている書物は少ない。骨粗鬆症について,骨代謝学会の診断基準と産婦人科学会の診断基準とのすり合わせに苦心が払れ,今後の研究へ期待が寄せられる。また,HRTの実施は更年期婦人の脂質代謝にどのような影響を与えるかについて,今後の医学に多くの刺激を与えるに違いないと示唆している。その他,QOL,発癌,自律神経失調症との関連など,多方面の話題を手際よく整理し,読者に多くの知識を提供している。特に巻末の付録は更年期外来の総まとめであり,この表だけでも価値がある。この表から逆に必要なところを探すことも,この書物の読み方である。
 このような有力な武器を与えてくださった青野教授に感謝する次第である。
B5・頁256 定価(本体6,200円+税)医学書院


神経の発生,再生,移植研究の方向性を提示

神経の再生と機能再建 基礎と臨床 志水義房,井出千束,他 編集

《書 評》坪川孝志(日大教授・脳神経外科学)

 神経疾患が治療の対象となった18世紀末から,神経細胞は生涯細胞であり,再生能力がなく,脱落症状は回復しないことがわかりはじめるとともに,神経の再生と障害神経系の機能再建の問題は神経疾患の基本的問題となってきた。1980年頃に“脳の時代”といわれる神経科学の隆盛期の到来で,神経の再生への助長効果,さらに中枢神経組織への神経移植法の分子生物学的研究成果に始まり,それらの成果の臨床応用による失われた機能を再建する治療法が研究対象となるという具合に,神経の再生と移植の研究が新しく展開され始めた。

神経再生研究の幅の広さ

 本邦でも,1986年に神経組織の成長・再生・移植の研究会が発足し,今日ではその発表内容は“Restorative Neurology and Neuroscience”に発表され,国際的評価を受けるまでに進歩,発展してきている。この研究会では本書の編集にあった先生方が中心になり,分子生物学者の基礎的研究から,そうした基礎研究成果の臨床医による臨床応用までが報告され,討議されてきたのである。その際に研究会として能率的に,かつ効果的討議を進めるために,分子生物学者から臨床医までの研究者が神経の成長・再生・移植に関しての共通の理解と用語が必要となった。こうした要請に応え,井出・志水両教授が中心となって,本書の刊行が数年前から計画され,各章を執筆するのに最も適切で,最も優れた人を選び,ここに66名の執筆者による本書が完成したわけである。
 本書の内容は「成長機構」「神経栄養因子」「再生機構」「脳内移植による再構築」「機能再建」の5項目より構成されている。
 「神経成長機構」の項では成長円錐,神経成長と細胞接着分子,中枢神経系内でのニューロンの変動と接着分子について,分子生物学的研究成果を中心に紹介され,「神経栄養因子」の項では,神経系でのNGF(神経成長因子)の合成と分泌,中枢神経系の病態と神経栄養因子などについて解説されている。
 「再生機構」の項では,神経再生時の軸索内輪送と細胞骨格の対応,再生芽の形成と伸長について解説され,脳内への神経細胞移植による機能の回復について,種々の脳病変の治療への応用とその成果について紹介され,神経細胞移植の治療法としての限界についても最新の結果がそれぞれの執筆者の成績とともに記載されている。
 最後の項は機能再建について,失われた運動機能をそれぞれの筋や神経を転移させたり,移植することでの機能再建法と,麻痺している筋自体を電気刺激して運動を回復させる機能的電気刺激法(FES)が紹介されている。再生あるいは神経移植による神経系の形態的・機能的再建が完成されるまでの繋ぎとしてFES法をここで取り上げたとすれば,やはり神経移植が治療法として完成されるまでの繋ぎとしては,神経成長因子や神経再生促進に関与することが明らかにされている脳深部電気刺激法も取り上げるべきではと考える。

研究者・臨床医に有益な指針

 本書は研究分野の異なる多くの執筆者による分担執筆なので,一貫して読破するのが困難ではないかと心配されるかもしれないが,各章とも科学説明的文体で統一されたうえに,この分野は比較的最近に始まった研究分野であるために,歴史的事項から始まり,次第に最新の知見へと執筆者の成果を織りまぜて,略図と写真の適切な挿入をはかりながら実態をとらえやすくなるよう工夫されている点で共通した構成を持っているので,各執筆者間での違和感はほとんどない。これに関しては,編集者の先生方の読者へのなみなみならぬ心使いが感じられる。
 神経の再生・移植に関する本邦での研究が世界的レベルに達した今日,本書『神経の再生と機能再建―基礎と臨床』が出版されたことは,本邦での研究者にとって大変ありがたいことであるとともに,大きな誇りでもある。今後この方面での研究者にとってはもちろん,損傷脳の機能再建法を求めている臨床医にとっても,神経の発生・再生・移植の研究の基本的方向が示されているものとして,優れた座右の書となるであろうと確信するものである。
B5・432頁 定価(本体17,000円+税) 西村書店