医学界新聞

連載
現代の感染症

1.腸管出血性大腸菌(EHEC)O157感染症

渡邉治雄(国立感染症研究所・細菌部)


1996年の流行

 厚生省食品保健課へ報告された数によると,1996年に,10人以上の患者,保菌者がみられた腸管出血性大腸菌(EHEC)O157:H7の集団発生は23件であり,散発例も含めた有症者数は9451人,うち死亡者は12人(1997年に入り堺市の患者1名が亡くなっているものを含む)であった。有症者のうち,5727人(61%)は7月に大阪府堺市の小学校で起きた集団発生によるものである。岩手県盛岡市や,北海道帯広市の事例のように,有症者数に加え無症状感染者の数が多数みられる事例が存在することを考えると,実際には9451人を上回る数のEHEC O157:H7感染患者が1996年にみられたことになる。
 このように1996年はEHEC O157:H7の感染症が全国的に広がってしまったわけだが,その要因は一体何であったのか,原因細菌がEHEC O157:H7だとしても,それは単一のクローンのみが拡がったのか,あるいはEHEC O157:H7にはいくつかのタイプが存在するのだろうか。この疑問に答えるにはDNAの多型性を利用した解析方法が有用である。

DNAパターン解析から何がわかったか
 われわれは今回,制限酵素XbaI を用いたXbaI -PFGE(パルスフィールドゲル電気泳動)法とRAPD-PCR法の2つの方法によって,1996年流行したEHEC O157:H7のDNAパターン解析を行なった。その結果,1996年の流行株は大きく6つのDNAパターンに分かれた。グループIは5-7月にかけて岡山県をはじめ広島,岐阜,愛知,福岡,大阪(河内長野市)で発生した集団事例で認められたものである。グループIIは堺市をはじめ大阪羽曳野市,京都市などで7月13日前後にみられた集団事例,グループIIIは帯広における集団事例,グループIVは群馬における事例,グループVは神奈川のレバ刺し事例から得られた株およびグループVIはI-Vに分類できなかった株であるが,それぞれのグループに属する株を亜型にまで分類すると約200種類以上にもなる。
 過去の流行から得られた株を調べてみたところ,1991年頃からの株の中にもグループII-VIに属するものがかなり出てくる。1990年の浦和市の事件の起因菌もグループIIに属するが,1996年の堺市の株とは少しパターンが異なっている。ただし過去の株からはグループIに属するものは,今のところ認められていない。
 以上のことから,グループIの起源は不明としても,少なくともグループII以下のものは過去から広範囲に存在していたこと,さらに,すでに日本各地(ほぼ全国的に)がDNAパターンの異なる多くのEHEC O157:H7に汚染されていることが明らかになった。それが1996年に入ってなぜこのように多くの流行を急に起こしたのかは謎であるが,単一のルートですべてを説明するのは不可能で,恐らく汚染の閾値が高まり,各食材へ入り込むチャンスが大きくなっていたことが一因であろう。このことは,1997年度以降も当該菌による食中毒が起こる可能性が大きいことを示唆する。

出血性大腸炎およびHUSの 症状と経過

出血性大腸炎
 腸管出血性大腸菌によって起こる典型的な症状が出血性大腸炎である。この菌に感染した場合,はじめは体のだるさなど「かぜ」をひいたような症状を訴える。そのうち,腹痛を伴う粘液成分の少ない水様性下痢を起こす。発熱を伴う場合もある。その後,下痢の回数が次第に増加し,鮮血の混入を認めるようになり,典型的な例では便成分をほとんど認めない血性下痢となる。すべての例で血性になるわけでなく(約50%),水様性便で終わってしまうこともある。この菌を経口摂取してから症状が出るまでの潜伏期間は,2-7日(平均4日)で,摂取菌量や体調によって異なる。この菌の感染力は強く,100個程度の菌の摂取でも発病すると言われている。この菌はpH3.5程度でも生き残るので,胃液で完全に殺されないと考えられる。

HUS
 本菌による症状は発症後4-8日で,ほとんどの例で自然治癒するが,小学校低学年,乳幼児や基礎疾患を有する老人では,溶血性尿毒症症候群(Hemolytic Uremic Syndrome:HUS)を併発するケースがあり(10%前後),死に至ることもある(HUS例の3%前後)。HUSは下痢,腹痛などの初発症状発現の数日後から2週間後に起こり,この菌が出すベロ毒素(Vero toxin:蛋白質合成阻害活性を持つ)が,対象となる細胞(毒素のレセプターはGb3ガングリオシド)--血管内皮細胞,腎糸球体細胞等--を攻撃し,その機能を破壊するためと考えられている。
 HUSの症状としては,溶血性貧血,腎機能低下による尿毒症,血小板破壊による出血が3主徴である。血便を伴う重症下痢,傾眠,末梢白血球増多があるときはHUS合併の可能性が高くなると考えられている。尿毒症を起こさなくとも中枢神経症状が先行する例もあり,ベロ毒素が脳細胞にも障害を与えると考えられている。

診断・治療

 本症は乳幼児,年少者および高齢のヒトでは重症となることが多いので,下痢患者を診た場合には腸管出血性大腸菌感染を疑うことが必要である。腹痛を伴う血便の時には,まず第1に出血性大腸炎を念頭に置き,検便により腸管出血性大腸菌の検索(ベロ毒素遺伝子の存在あるいはベロ毒素産生の確認)を行なう。現在のところO157:H7の型の大腸菌が多く分離(90%近く)されるが,他の型(O26:H11,O111:H-,O128:H2等)菌によって起こる場合もあることを考慮すべきである。
 治療としては,下痢のあるときには,安静,水分の補給を行なう。経口摂取ができないときには輸液を行なう。止痢剤は,腸管内容物の停滞時間を延ばし,毒素の吸収を助長する可能性があるので使用しない。腹痛に対する痛み止めとしては,スコポラミン系を避け,ペンタジンの使用がすすめられるが,副作用等に注意が必要である。

抗菌薬の使い方
 抗生物質の使用に関しては賛否両論(抗菌薬を使用しても臨床経過の改善が認められない。あるいは抗菌薬は増殖した菌を破壊することにより,毒素を遊離させ症状を悪化させる)があるが,厚生省のガイドラインでは,初発症状発現後できるだけ速やかに以下に例示する抗菌薬の経口投与をすすめている。
小児:ホスホマイシン(FOM),ノルフロキサシン(NFLX;乳児等には使用しない)
成人:ホスホマイシン(FOM),ニューキノロン
 抗菌薬の使用は3-5日間とし,耐性菌の出現に注意を払う必要がある。いずれにしても,使用する場合には,臨床症状をみながら注意深く投与すべきである。

HUS,脳症の早期発見
 最大限に注意を払うべきことは,HUSや脳症の早期発見である。HUSの初期にみられる症状は乏尿,浮腫で,検査所見としては,尿検査では蛋白質と潜血尿が,末梢血検査では血小板減少と白血球増加が,血液生化学検査ではLDHの上昇と血清ビリルビン値の増加,血清BUNの増加等があげられる。一般的にHUSは,下痢,血便の始まりから数日~2週間以内に起こることが多いので,上記の症状がみられたときにはHUSを疑う。その場合には,HUSに対応できる設備,機能(腎透析,血漿交換等)を持つ医療機関に転院させることが望ましい。下痢がおさまって1週間経過し,菌が陰性であれば,HUSの心配はほとんどないと言われている。
 脳症は,その予兆として頭痛,傾眠,多弁,幻覚があげられるが,HUSと同時あるいはそれに先駆けて起こることがある。予兆より数時間から12時間後に痙攣,昏睡が始まることが予想されるので,それに対する対処が必要である。
 毒素の吸着療法,血清中和療法およびワクチン療法などの研究が行なわれているが,現在実用化までには至っておらず,評価が定まっていないのが現状である。

予防

 わが国においては,EHECO157:H7によって汚染された食中毒原因物質から菌が分離されたのは,浦和の事件での井戸水および今回の岐阜のおかかサラダ,盛岡のシーフードサラダ,帯広のポテトサラダ,神奈川の牛レバーが主である。菌が分離されるケースが少ない原因の1つとして,食中毒であると気がついたときにはその原因食品がすでに処分されていたことがあげられる。厚生省の通達(平成8年8月)で検食の保存が2週間以上と決められてから,盛岡,帯広の集団事例で原因食品から菌が検出されたこともそれを裏づけている。
 外国の例においては,十分に熱処理されていないハンバーガー,挽き肉,ローストビーフ,生牛乳,生水,サラダ,野菜(レタス等),アップルサイダー等が原因汚染物質として同定されている。牛製品に汚染がある原因として,牛が健康保菌としてこの大腸菌を保持しているためと考えられている。米国でのある報告では,成牛の1/662頭,仔牛の17/604頭からVTEC O157:H7が分離されている。英国,スペイン,ドイツ,およびわが国でも1%前後の牛がVTEC O157:H7(ウシからの分離菌とヒトの食中毒例から分離された菌とでPFGE法のDNAパターンが必ずしも一致するわけではない。ベロ毒素遺伝子を持つという意味でvero toxin producing E. coli : VTECと表示してある)を持っていると報告している。
 食中毒の予防対策としては,一般的には野菜・果実については中性洗剤(必要に応じ次亜鉛素酸ナトリウム)で洗い,流水で十分すすいでから食べることが,食肉類については十分加熱調理してから食べるなどの注意事項があげられる。集団事件予防対策としては,食品食材製造過程の衛生管理の徹底,集団給食施設の調理過程における衛生管理体制の確立等の対策が行政レベルで進められている。