医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第12回 ナースプラクティショナーを訪ねて

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)


 看護職の役割が拡大されていく中で,今新しい仕事として注目を浴びているのが,ナースプラクティショナー(nurse practitioner:以下NPと略す)である。

政府がNPの活動を後押し

 NPは1960年初期にアメリカで誕生し,当時は医師の不足を補うためのnurse doctorという位置づけであった。しかしながら看護職側はそのような位置づけに反対し,NPを高い診断と治療の能力を備えてはいるが,あくまでも健康と予防を基本概念とした高い基準のケアを提供できる看護職とみなしている。そして彼らは今や医師並みの技術や責任能力,職業的自律性を備え,ヘルスケアの各分野で活躍している。
 イギリスでも,アメリカほどではないにしても現在約150名のNPが存在し,その活動の分野は主にプライマリ・ヘルスケアに集中している。
 日本やアメリカと異なり,ほとんどの患者が公的医療(National Health Service NHS)に依存しているイギリスでは,特に病院や診療所の救急外来の待ち時間が長い。GP(家庭医)は内科診療が中心となるので,けが,火傷,骨折などの一般的な外傷から,交通事故や心筋梗塞のような緊急事態まで,すべてが救急外来にやってくる。そうなると重症度の高いほうから優先されるので,待ち時間はさらに長くなり,4~5時間はあたり前といった状況になる。
 そこで国民の不満を解消するために,政府はNPに軽症の救急外来を任せるという方法をとった。1996年には「NPはより経済的でよりよいケアを患者に提供できる」という政府見解を発表し,広く国民の理解を求めている。

ヘザーウッド病院軽症救急外来

 ヘザーウッド病院は競馬で有名なアスコットにあり,周辺の基幹病院の1つである。ここにNPだけで運営される軽症用の救急外来(Minor Injury Unit)がある。病院の入口のすぐそばに専用の建物があり,受付,待合室,診察室(子ども用,大人用,カウンセリング用),処置室,ギプス用の部屋,レントゲン室,救命救急室がそろっている。24時間体制で2~3人のNPが常駐し,電話相談も含め,1日200件の患者をさばいていく。
 彼らの守備範囲は,軽度の創傷の縫合,火傷の手当て,目・鼻・耳からの異物除去,結膜炎,喘息,手足の単純骨折の治療などである。またレントゲンを読み,抗生物質を処方し,必要とあれば他の専門医や療法士を紹介する。まれに救命救急室を使用することがあるが,救命救急士の資格を持つNPが気管挿管も行なう。これらはまったく医師の指示なしに行なわれるものであり,いかにNPが高い能力を持っているかを知らしめるものである。 イギリスでNPになるためには,看護婦(士)として専門分野(救急外来)で5年以上の経験を積み,その後大学レベルかそれ以上のコースでNPとしての診断や治療を学ぶ。特に資格試験はないが,さすがにどのNPも経験20年以上のエキスパートばかりであった。

cureでなくcareを指向

 NPばかりで運営するこのユニットが開設されて1年になるが,最初は医師の指示もなしに看護職に治療を任せることに古参の医師たちは難色を示したという。また応援してくれるだろうと思っていた看護職仲間から陰口を叩かれることもあった。
 しかし,患者の高い支持や政府の方針がNPたちを支えた。「待たされない上に丁寧にみてくれる」と評判がたち,口コミでどんどん患者が増えてくる。初診の患者に対して,NPは「私は医師ではなくNPですがかまいませんか?」と必ず問うが,今まで1人として医師を呼べと言った患者はいないそうである。
 NPの1人は,「私たちは患者の病気だけでなく,全体を見ます。そしてコミュニケーションを大事にしているので患者のニーズに適切に応えられます。もちろん自らは医師でないことを十分に認識しているので,常に間違いはないか,見落としてはいないかと慎重に仕事をしているから,今まで一度もトラブルはありません」と自信を持って言う。
 ある調査では診療所の中にGPとNPがいた場合,60%の外来患者がNPに診てもらうほうを選ぶという結果が出たという。筆者もこのユニットを取材して,患者がこれほどNPを支持するのも当然だと思った。例えば子ども専用の診察室の壁一面に動物園の絵が描かれている。これはNPたちが1週間かかって自分たちで描いたのだという。また待合室には待ち時間を表示する時計があり,これは決して20分を超えることはない。
 NPたちは新しい医学的知見や診断技術に遅れまいと懸命に勉強する。その努力は医師以上だと自負している。ただし彼らの持つ高い職業的自律性は,常にcureではなくcareの方向を向いているのである。