医学界新聞

「第3回アメリカCFS会議」に参加して

橋本信也氏(東京慈恵会医科大学教授・第3内科)に聞く


アメリカCFS(慢性疲労症候群) 会議について

 ──第3回アメリカCFS会議にご出席なさったとお聞きしましたが,会議のご様子はいかがでしたか。
 橋本 アメリカCFS会議はアメリカCFS協会(AACFS)主催,NIHとCDCの後援で,1996年の10月13日から16日,サンフランシスコのシェラトンホテルで開催されました。この会議は2年に1度開かれています。第1回はニューヨークのAlbany,2回目がフロリダのFort Lauderdaleでした。
 会議の形式は前2回と同様,前半がリサーチ・カンファレンス,後半がクリニカル・カンファレンスになっています。
 一昨年の秋に「第1回CFSおよび関連疾患に関する世界会議」がベルギーで開催されましたが,この世界会議と並んで,世界のCFS研究者が一堂に集うという点では大きな会議と言えるでしょう。
 参加者は全体でほぼ500~600名程度でしょう。前の2回とあまり変わらないと思います。わが国からは私と,阪大の木谷照夫教授のグループの倉恒弘彦博士が参加しました。

患者さんと実地医家の参加が多い ことが大きな特徴

 ──ベルギーで開かれた「第1回CFSおよび関連疾患に関する世界会議」と比べて,今回の会議にはどのような特徴がありましたか。
 橋本 この会議ではいつも患者さんの参加が多いと感じています。ベルギーの世界会議にも患者さんの参加が見られましたが,主としてカナダやアメリカの患者支援団体,それにイギリスのME(myalgic encephalomyelitis:良性筋痛性脳髄炎)患者同盟という各国の組織の役員クラスの人が多数見えていました。
 アメリカCFS会議にも,もちろん患者同盟の方や支援団体の方がお見えになって,ロビーにデスクを作っていましたが,患者さん自身も参加しているのですね。前回も同様でしたが,患者さん本人がたくさん参加しているのが大きな特徴だと思います。
 この会議が大変活発である理由は,やはり第1にこの疾患に対する認識が高いことがあげられると思います。第1回の会議に出席した時から感じていたのですが,アメリカでは患者支援団体が早々と組織され,たくさんの患者さんが参加し,患者さんのための会議も開かれているそうです。
 それから,患者さんを実際に診ている実地医家の先生方の参加が多かったということも非常に印象的でした。この会議から新しい知見を得て,臨床の現場にフィードバックしたいという姿勢が強く感じられました。
 ──多くの患者さんがいる,という背景もあるのでしょうね。
 橋本 その通りだと思います。ですから,Continuing Medical Education(生涯教育)の単位が取れるようになっていました。また,ファミリー・メディシン,いわゆる家庭医の専門医の単位更新に使われていました。
 そういう点からも,かなりプラクティカルな会議だと感じました。

リサーチ・カンファレンス: 5つのセッションで構成

 ──会議の内容についてはいかがでしょうか。
 橋本 会議の構成も例年とあまり変わりませんでした。
 前半のリサーチ・カンファレンスは,(1)疫学(Epidemiology),(2)微生物学・免疫学(Microbiology and Immunology),(3)学際領域(Interdisciplinary Studies),(4)生理学(Physiology),(5)Clinical Studiesの5つのセッションに分かれていました。
 それぞれのセッションの冒頭に,全体を総括するプレナリー・レクチャーがあり,その後にCFSの最近の研究結果が発表されました。1つの会場で行なわれたので,すべての発表を聞いてみましたが,全体的には1回目,2回目の会議と比べて,特に際立った新しい発表はなかったように思われます。

NK活性とCFS

 橋本 リサーチ・カンファレンスの中から2~3の話題を紹介しますと,ニュージーランドで流行し,現在はCFSの範疇に属していますが,当時はEpidemic Neuromyastheniaと呼ばれていた疾患の10年後のフォローアップ調査を行なったところ,この疾患の予後がよく,現在のCDCの診断基準に合致するという報告がありました。
 それから免疫学の領域では,やはりインターロイキン,リンパ球サブセットの異常という問題が発表されていましたが,特異的な診断に使えるような結果は得られていないということです。
 NK活性の低下とCFSの関連という問題については今回も多くの議論がありましたが,「NK活性が低いからCFSである,あるいは逆に,CFSでは必ずNK活性が低いというような結果ではないから,診断に用いることはできない」という意見が結論のようでした。

抗核抗体陽性率, 自律神経障害とCFS

 橋本 また今回注目を集めた報告は,Scrippsの自己免疫疾患センターの膠原病の研究家E.M.Tan博士の発表でした。
 Tan博士はCFSでは抗核抗体陽性率が70%と非常に高い数字を報告していました。その中の半分がnuclear envelop patternを呈し,また抗細胞質抗体も認められたと言っていました。これまでも抗核抗体陽性率がCFSでは高いと言われていましたが,Tan博士は改めてそれを検証したことになります。
 それからもう1つ,今回話題になったことは,自律神経障害とCFSとの関係です。わが国でもCFSは,ときに自律神経失調症と診断されたりしましたが,交感神経過緊張,あるいは起立性低血圧といった問題とCFSとが関係するのではないかと論じられました。やはり一部のCFSでは,自律神経失調症ということが認められたと報告されました。

ストレスと免疫機能

 橋本 免疫との関係では,ストレスと免疫がCFS発症の1つのカギを握るのではないかという報告も興味あるものでした。
 心理的ストレスが細胞性免疫機能に及ぼす影響と,神経・内分泌系を介して様々な身体症状を発症させる,つまり,CFSの易感染性を,CFSが風邪に罹りやすいということとの関連で説明しておられました。やはりストレス,免疫機能,それから身体症状が大きくクローズアップされてきているように思われます。
 また一方では,CFSは転換性障害(Conversion disorders),身体化障害(Somatization disorders)といったような精神症状を呈する頻度が高いわけですから,そういう問題もCFS研究では,今後重要になってくるのではないかと痛感しました。

クリニカル・カンファレンス: 精神科領域の症状への対応

 ──クリニカル・カンファレンスに関してはいかがですか。
 橋本 今年のクリニカル・カンファレンスで気がついた特徴は,いまお話した精神科領域の症状が強く出てきた場合の治療方法です。
 「カウンセリングや認知行動療法などの精神療法でCFSが治った患者さんがかなりいる」という臨床心理士の報告がありました。これは注目していいことではないかと思います。
 私どもが厚生省の研究班で調査した症例でも,CFSと診断された症例の中でいくつかの病型に分けることができるのです。特に,先ほど言いました身体化障害,あるいは気分変調症(Dysthymia)といった病像が強く前面に出ているCFS患者は,治療に抵抗して経過が長い傾向にあります。こういう場合には,どの病院に行っても「病気ではない,仮病ではないか」などと言われたりして,医療機関を転々と回ることが多いようです。
 そういう心身医学的領域の病像が強く出ている症例では,やはり臨床心理士の心理療法が効果を奏するということは,私自身も経験していますので,今後の治療の1方法だと感じました。

CFSと医療保険

 橋本 それから,クリニカル・カンファレンスのもう1つの特徴は,この病気は生命の予後はよいけれども,長期間の療養が必要となるので,患者さんのQOLの問題が今回も登場していたことです。そして,それに関連して,医療保険に関するテーマが扱われた点です。
 つまり,アメリカではわが国と異なって医療保険が民間会社によって行なわれていることが多いわけです。CFSと診断してもらうために,患者さんはドクターショッピングし,ドクターの方も,器質的疾患を否定するために多くの検査をすることになる。そのため患者さんの診療費が膨大になってしまいます。
 今回の会議では,医療専門の法律家が,この医療費の支払いを保険会社がどこまで認めるのか,また,そのために必要なCFSの身体所見と検査項目のガイドラインはいかにあるべきかを解説していました。
 半分はドクターに聞かせることであると同時に,半分は患者さんに聞かせる内容でもあるのでしょうが,この辺りは大変むずかしい問題を含んでいると思いました。例えば,甲状腺の検査や,自己抗体の検査,リンパ球サブセットなど,どこまで行なえばよいのかという問題が論じられていました。

CFS研究の今後の展望

 ──最後に,この研究の今後の展望をお伺いしたいのですが。
 橋本 まず国内では,ご存知のように厚生省の研究班が臨床像や病因・本態の面からとウイルス学的見地,それから精神神経領域の視点から活発な活動を続けております。地道な研究ですが,少しずつ新しい知見が得られてきておりますので,病因に関しても,病態に関しても,今後,明らかになっていくでしょう。
 世界に目を向けてみますと,やはりアメリカとヨーロッパ,カナダ,オーストラリアでの活発な研究が注目されます。ヨーロッパでは特にイギリスですね。
 それぞれの国がCFSと類似の疾患を,長い歴史の中で研究してきました。欧米では俗に,「a thousand named diseases(多くの病名を持った疾患)」と言われるくらい,いろいろな名前で呼ばれてきました。現在はCFSと同じと言われるようになりましたが,先ほどのNeuromyastheniaもそうですし,イギリスではpost viral fatigue syndrome(ウイルス感染後症候群),あるいはMEと呼んでいます。研究者がそれだけ多いのも当然だろうと思いますが,しかしそれでもなおかつ,現在までその本態がわからず,治療法も定まっていないわけです。
 Evansという人は,「現在のCFS研究は“群盲象を撫でる”状態に似ている」と言いました。この言葉は,その昔アレルギー疾患について言われていたことですが,残念ながら現時点ではCFSもまさにその通りであると言わざるを得ないようです。
 ──どうもありがとうございました。