医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

第一線の現場で働く医師に

小児頭部外傷 重森稔,他 編

《書 評》神野哲夫(藤田保衛大教授・脳神経外科学)

全員に正確な知識が要求される

 昨今,救命救急センターには脳血管障害,その中でも特に高齢者の症例の搬入が多い。疾患の性質上,また高齢者なるが故にその死亡率は極めて高いが,そのような不良な転婦にもかかわらず,家族は納得されて帰られる。しかるに外傷,とりわけ,小児頭部外傷例では,家族の雰囲気は全く異なる。つまり世間は「老人は死ぬのは仕方がないが,子供は死ぬものではない」と考えている。それゆえ,よいか悪いかわからないが,小児頭部外傷例が搬入されると,現場の医療関係者の緊張はさらに高まるのが現実である。
 小児は複雑である。まずコミュニケーションがとりにくい。病状の把握が難しく,いったん悪化するとその後の症状の進行は速い。一方,思いもかけず症状が改善し,良好な結果になることもある。そして必死の両親,家族が絶えず周りで監視している。第一線の現場に働く医師にとっては心が重くなる疾患である。全員が正確にその知識を持っていなければならない。このような背景のもとに発刊された本著『小児頭部外傷』は誠に当を得た企画であったし,その内容も的確である。

現場での手順を明快に

 元来,このような類書が極めて少ないことも,本著の価値をさらに高めるものである。内容の具体的項目に言及すると,まずDAI(びまん性軸索損傷)に関する著述が詳細できわめてわかりやすい。その用語の歴史から始まり,診断,病理,治療,予後と大変よく整理されていることが目を引く。またプライマリケアにおいて陥りやすいpitfallが書かれており,現場での手順も明快に書かれている。現在,第一線で働く脳外科医,救急医にとって大いに参考になると思われる。
 また,battered child syndrome(被虐待児症候群)については,私自身も経験が少ないため,大いに勉強させられた。欧米に比して,わが国ではまだ少数例かもしれないが,最近の若い日本人をみるにつけ,今後症例数の増加も考えられ,われわれとしては是非とも充分なる知識を蓄積しておくべき領域であろう。その他,頭皮欠損部の修復の具体的な記述も大変よく,諸賢の参考になると思う。
 一般に頭部外傷はその分類あるいは体系づけが難しい。その病態,および発生機序が多岐にわたり,千差万別であるためである。まして小児頭部外傷のそれは難しい。そのような困難を克服して,本書のような成書をまとめ上げ,出版された編集者,出版社に対して深甚なる敬意を表するものである。
 本書は第一線で働く脳外科医,救急医にとって必読の書であると考える。
(B5・頁240 税込定価11,330円 医学書院刊)


医師に必要な臨床薬理学の基礎知識を網羅

臨床薬理学 日本臨床薬理学会 編

《書 評》井村裕夫(京大総長)

薬物療法は治療医学の究極の目標

 薬物療法は治療医学の中で最も重要な位置を占めるものである。Medicineという言葉に,医学と同時に薬という意味があるのも,両者のきわめて密接な関係の歴史を物語っている。もちろん現段階では,手術や放射線療法などの治療を要する疾患も数多いが,切らずに癒やす薬物療法は,治療医学の究極の目標と言ってよいであろう。
 しかし,薬物療法も決して容易なものではない。新しい薬の開発には,化学的研究,動物実験,そして臨床的な有効性と安全性の検討(治験)まで,長い時間,多大な労力と費用を必要とする。とくに薬物の体内における動態と作用機構,他の薬物との相互作用,副作用とその発現機序の解明などは,決して容易に達成できるものではない。「薬を生み出すのは化学者であるが,歩き方を教えるのは臨床医である」という言葉がある。現在では歩き方を教えるには臨床医のみでなく,臨床薬理学者の果たすべき役割が大変大きくなっている。薬の使い方を研究する科学者が必要となってきているのである。
 臨床薬理学は今世紀後半に生まれた新しい学問である。しかし最近20年ほどの発展はめざましく,わが国でも臨床薬理学会が発足し,多くの研究成果が挙げられている。また臨床薬理学者も,まだ量的には不十分ではあるが,少しずつ増加している。しかし臨床薬理学の知識は,必ずしも一般の医師に十分には理解されていない。そこからソリブジン薬害のような事件が起こるのである。

臨床薬理学の基礎知識を身につける恰好の指針

 今回,医学書院から出版された『臨床薬理学』は,日本臨床薬理学会がその総力を挙げて編集されたものであり,臨床薬理学の主要な分野はすべて網羅されている。恐らくわが国では初めての,本格的な臨床薬理学の教科書であろう。
 本書の出版は大変時宜を得たものである。その理由はわが国における治験のあり方について,多くの不信と批判が生まれ,そのあり方が再検討されている時期だからである。さらに「医薬品の臨床試験の実施に関する基準(GCP)」を国際化するための会議で合意が得られ,わが国でもGCPの改正がなされようとしている時期でもあるからである。
 しかし本書の刊行には,それ以上の,少し大げさに言えば歴史的な意義があるように思われる。それはかつては医師の匙加減に委ねられていた薬の使い方が,明らかに科学の対象となったことを告げるものであるからである。臨床医の1人として,私は医師の経験(匙加減)を決して軽視するものではないが,科学の裏付けがあってこそ,初めて信頼に足るものとなるであろう。薬を扱う医師は,その意味ですべて臨床薬理学の基礎知識を身につけねばならない。そうした目的には,本書は恰好の指針となるであろう。
(B5・頁524 税込定価9,476円 医学書院刊)


精神医学の最新情報を網羅したテキスト

カプラン臨床精神医学テキスト DSM-IV診断基準の臨床への展開
H.I.カプラン,他 編著/井上令一 監訳

《書 評》保崎秀夫(慶大名誉教授)

最新の知見を主要な文献を 余すところなく加えた教科書

 本書は,米国の代表的な精神医学教科書である「Kaplan and Sadock's Synopsis of Psychiatry: Behavioral Sciences, Clinical Psychiatry」 第7版(1994年)を,順天堂大学精神医学教室の井上令一教授,四宮滋子助教授のご監訳で,教室員20余名の協力により,B5版,横2段組,874頁の大冊に訳出したものである。精神医学の最新情報を網羅し,しかも簡潔にまとめた原著(1256頁)の一部の章を著者の了解のもとに除き,重要な部分が1冊の限度内に訳出されている。内容の濃さと読みやすさはすばらしく,大変なご努力の跡がうかがわれる。
 もともと,Kaplanの「Comprehensive Textbook of Psychiatry」が膨大となったために,それを濃縮したのが原著であり,米国精神医学会の疾患分類(DSM-IV)の診断基準(その表はすべて引用され,成立の事情にも触れられている)に基づき,総論的な部分,社会心理学的要因,生物学的要因など最近の知見を主要な文献とともに余すところなく加えて,教育や医師の倫理に配慮しながら教科書として作成したものである。
 DSM-IVは,慣れぬと奇異な感じを与えるが,若い精神科医にはほとんど抵抗がないし,変化のいきさつがわかるようにもなっている。

疾患ごとに症例の記述も豊富に

 本訳書は独自の章立てで,35章(原著は52章)より成る。第1章は医師-患者関係と面接の技法,第2章は精神測定法と精神心理測定法,第3章は精神患者診断,面接,現在症状の把握,臨床検査,第4章では精神疾患の主なる徴候と症状,第5章はせん妄,健忘,痴呆(疾患も),一般身体疾患の精神神経症状(ここに癲癇が入る),第6章には新しいものとして精神神経症状を中心にAIDSの詳細な紹介があり,第7章は物質関連障害(各種薬物・アルコール依存,中毒),第8章は精神分裂病で,その歴史から診断基準,鑑別,成因,治療などに至るまでの詳細,第9章は,他の精神病性障害として,分裂病様障害,分裂感情障害,妄想性障害,短期精神病性障害が述べられている。
 第10章は気分障害(従来の躁うつ病)と題し,大うつ病,双極I型,II型障害など見慣れぬ言葉が出てくるが,治療が詳しい。第11章の不安障害,第12章の身体表現性障害は従来の神経症にあたり,第13章の虚偽性障害は意図的に作るもので,第14章の解離性障害はヒステリーなどに相当し,第15章は摂食障害,第16章は睡眠障害,第17章は適応障害を述べている。第18章は人格障害で,分裂病型や境界性人格障害が特異である。第19章は心身症にあたる章で,リエゾン精神医学に触れ,第20章は精神療法全般,第21章は生物学的療法として,薬理作用に重点をおいて薬物を詳細に紹介している。第22章から34章までで児童,幼児期関連のテスト,精神遅滞,学習障害,発達性協調運動障害,広汎性発達障害(自閉症など),注意欠陥障害,摂食障害,チック,排泄障害,分離不安障害などを詳しく紹介し,最後の35章が老年医学となっている。
 以上のように内容が豊富な上に疾患ごとに症例の記述も多く,必要な文献も網羅され,「DSM-IV診断基準の臨床への展開」というサブタイトルが示す通りの内容となっている。精神医学関係者はもちろん,心療内科,神経内科,小児科をはじめ関連領域や精神医療に携わる方々にぜひ一読をお勧めしたいし,いずれ割愛部分も追加してほしいという要望も出てくるものと思う。
(B5・頁874 税込定価15,450円 医学書院MYW刊)


疫学の基本から最新の応用例までコンパクトに

今日の疫学 青山英康 編

《書 評》池上直己(慶大教授・医療政策・管理学)

豊富な文献をもとに臨床現場でも不可欠な知識を解説

 公衆衛生学の基本である疫学が,今日では幅広く臨床現場においても不可欠の知識となってきている。こうした観点から,疫学の基本的な事項から,最新の応用例までコンパクトな1冊にまとめられた本書は,テキストとして医師ばかりでなく,医療関係者に幅広く勧められる。
 本書の構成は総論と各論に分かれており,本論においては,疫学の歴史,概念,および研究や分析の方法論が述べられている。次いで,各論は2部に分かれており,第1部は公衆衛生学各分野での応用として,スクリーニング,感染症,がん,循環器,公害,健康の疫学がそれぞれ取り上げられ,第2部には臨床医学への応用として,臨床疫学,臨床判断学,メタアナリシス(データに基づき総合的に評価するための方法論)が取り上げられている。
 各章ともそれぞれ盛りだくさんな内容となっており,それらが最新の文献をもとにわかりやすく編集されているが,筆者のような公衆衛生学と少し離れた立場で注文をつけるとすると,次のような課題が残されているように思われる。

若手と経験豊かな研究の 取り合わせ

 第1は,正攻法としての疫学の限界とそれに対応するための方法の紹介である。確かに,本書では人間,環境,病因の古典的な感染症モデルから抜け出ているが,一方においては還元的なアプローチが終始取られている。すなわち,たとえば最も優れた分析方法としてコホート分析があるが,いわば実験室に近い状況が社会に適用されるために,各要因の相互作用などが捨象されて実際の場面に必ずしも役立たない可能性がある。これに対しては,対象集団の中に入り込み,ライフスタイルの観点から発症のメカニズムを追究する医療人類学の方法等がある。
 第2は,日本の公衆衛生の領域において,検診を中心としたアプローチから,ライフスタイルの改善を中心としたアプローチに方向が転換しているが,こうした動きを裏付ける疫学的研究の紹介もぜひ行なっていただきたかった。政策のうえではネガティブな結果を出すことも重要であり,ちなみにイギリスでは,20年以上も前に行なわれた健診の有効性を否定した研究が非常に大きな影響を与えている。
 第3は,公衆衛生学の各分野で提示されている事例紹介について,網羅的に紹介へするだけではなく,1つの研究を徹底的に詳しく批判を含めて提示し,それによって読者に疫学的な方法論を実際に手がけるうえでのガイドブックとするための配慮が必要である。たとえば,循環器のフラミンガム研究は非常に優れているが,コストの観点からおそらく同じ規模の研究を再現することは非常に困難という点も触れる必要があろう。
 以上は筆者の無い物ねだりであり,本書が疫学の入門書として最良である点にはいささかも変わらない。若手と経験豊かな研究の取り合わせは成功しており,特にデータの分析方法を提示した章は優れていると言えよう。
(A5・頁280 税込定価3,605円 医学書院刊)


現場の要求に応えた臨床血液学の教科書

臨床検査技術学11 臨床血液学(第2版) 菅野剛史,他 編集

《書 評》笹田昌孝(京大医療技術短大教授)

 このたび,本書の改訂版(第2版)が出版された。今回の改訂の主な点は新しい知見が追加されたこと,学習の主な到達度が整理されたこと,そして表現,記述にさらに工夫がなされたことなどである。本書の構成は血液学の基礎,臨床(疾患)そして検査からなり,基礎・臨床で全体の約1/2を占める。著者が記しているように,内容ではカリキュラムの範囲を逸脱する部分もあえて含みながら,血液学の進歩に遅れることなく,そして臨床の現場の要求に応えるべく疾患の解説に十分な頁がさかれている。

正確な記述と十分な新しい知識

 以上の特徴を持った本書に対して,私の印象を少々追加すると,臨床検査技師を志す学生諸君がいかに血液学が重要であり,そして興味ある深みのある学問であるかを伝えること,これが臨床血液学を担当する私の責任であり希望である。そこで講義を担当することになった時,まず教科書としてどれが適当か検討した。いくつかの教科書を使った結果,本書『臨床検査技術学・臨床血液学』が最適との結論を得た。本書を選んだ理由は,記述がきわめて正確であり,そして新しい知識が十分含まれていることである。内容的に少々多すぎるとの指摘もあるが,むしろ臨床血液学を理解するには有効と考えられる。今回の改訂により内容はさらに充実したと思われる。
 本書は臨床検査技師の教育用ばかりでなく,薬学部や医療関連領域の学生および業務を担当する方々にも有用と考えられる。