医学界新聞

連載 ― WHAT'S COOL IN TECH AND MEDICINE

最新テクノロジーのトピックス

永田 啓(滋賀医科大学眼科・医学情報センター)

[4]お正月企画:近未来予測


レトロ?

 みなさん,明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 ということで今回のWhat's coolは,お正月ということもあって,ちょっと違った趣向でお送りしたいと思います。題して「近未来予測」。どうです,この言葉自体,何ともレトロでしょう?
 どうして今頃レトロな近未来予測かというと,それは医学生・研修医版を読んでいる皆さんの想像(創造)力を確かめたいからなんです。今回のちょっとしたストーリーを読んで,「なんだ,この程度のことか」とか,「もっといっぱいいろんなことがあるのになあ」なんて思ってくだされば,僕はすごく安心できます。でも,「こんなつまらないこと,きびしい世の中でおこるわけないよ」とか「もっと現実的になれよな,おじさん」なんて思う方が多ければ,僕は日本の医療の将来に不安を感じてしまいます。
 世の中の変化や,日本の状況,世界の状況などからして,ネガティブで,現実的な予測を言うことはすごく簡単です。僕でもすぐに100や200のそうしたストーリーを並べたてられますし,いろんなアイデアの欠点を取り上げて批判することは簡単にできます。でも,僕自身はどのような時代背景になっても,夢を持つことは科学者や医療者にとって大切なことだと思っています。そこで,What's coolでは,あえて夢のある未来,科学―特に医学・工学のポジティブな面を語るというスタンスをとっていきたいと思います。どうです,これも結構レトロでしょう?

2007年のWhat's cool

 車を高速にのせたあと,自動運転装置(*1)に切り替えた。これで,学会のある名古屋までは,ゆっくりとくつろげる。どうして新幹線を使わないかとよく聞かれるが,少々高速になった(*2)からといって,新幹線の車中はあまりゆっくりするには向いていない。普段はインターネット上でたいていのことをすませているのだが,やっぱり出かけていって,いろんな連中と顔をあわせて,ばかばなしをするのが学会の楽しみだ。
 今度の学会のサイトは,VOD(*3)を使っているので,演題のリストから見たいものを選ぶと,その人の講演を自分の病院で聞ける。医局の連中とお茶を飲みながら,ビデオプロジェクターで発表を聞くことのできる学会も最近では多くなった。でも,あらかじめこうしたプレゼンを作るのは,昔のスライド作りに比べて,結構手間がかかってしまう。
 別に凝ったことをせずにスライドと自分がしゃべっている画面をスーパーインポーズ(*4)した,できあいのものにしておけばいいのに,やたらCGやアニメーションを使う若い連中が増えてきたので,こちらもそれなりのものを作らないと,格好がつかない。困ったモンだ。
 車が,関ヶ原の地域にかかってきたので,あたりは一面の雪景色になった。車の前方は,フロントガラス全体がシースルーディスプレイなので,さまざまなデータが雪景色の上にスーパーインポーズされている。今回の名古屋の学会での発表は,直接コンピュータディスプレイが表示できるので,出かける途中でこうして最新のデータを眺めながら,プレゼンを作ることができる。いつまでたっても,ぎりぎりにならないと準備ができないのは職業柄か。いやむしろ性格だろう。
 この段階でデータやプレゼンが消えると困るので,無線でつないでいるインターネットを使って,自宅のサーバーと大学の自分のワークステーションにデータをリアルタイムで保存する。念のために,車載のコンピュータのDVD-RAM(*5)にも1分ごとにデータを保存している。この車載コンピュータシステムもだいぶくたびれてきてしまった。
 車載電話が控えめな音で鳴った。シースルーディスプレイには,電話してきている相手が大学の病棟からだという表示がでている(*6)。僕のコンピュータエージェント(*7)が受け答えしているが,これは取りつがれるだろう。
 ほどなく,音楽のボリュームが絞られて,コンピュータエージェントが電話を取り次いできた。「病棟からです」。わかったと答えている間に,相手の静止画が入ってきた。V君だ。軽量のアーギュメンテッドHMD(*8)をかけた姿が映っているので,まだ病棟での仕事中だということがわかる。
 「お呼びたてしてすみません。来週のMさんの手術の件で,お聞きしておきたいことがありまして」。
 シースルーディスプレイにMさん関連のデータが表示される。スクランブルされている(*9)ので,画面には意味不明の文字や雑音だけの画像が一瞬表示されるが,こちらのマシンが暗号を解読するとすぐに読める状態になった。
 「シミュレータ(*10)で十分練習をしましたが,この部分がよくわからなくて」 表示画面が,手術手順の所定の部分まで早送りされた。
 「確かにそこの処置は,そのあとの手術でさまざまな分岐を生む大切な部分だね。ちょっと待って」
 僕は,自分専用の手術データベースから,つくりかけの手術シミュレータのデータを引っぱり出して,病棟に転送した。「まだ全部が完成していないけれど,触感フィードバック付きのデータグローブ(*10)を使って,問題のところを体感してごらん。そのあとで,また話をしよう」「わかりました。ありがとうございます」
 通信中も,ときどき,ディスプレイされているMさんのデータは,スクランブルしなおされて,表示が一瞬乱れる(*9)。しかし,これぐらいはがまんしないと,セキュリティーは守れない。
 ついでに,電子メールのチェックをして,返事をいくつか書き込む。僕にとってはこうした文字を入力するデータバースはいまだにキーボードを使うのが一番はやい。年寄りの特徴だと子供には言われている。
 ネットワークエージェント(*11)の定時報告は,車の左側の窓にスーパーインポーズされているので,ちょっと休憩しながら,項目を追って行く。指の微妙な動きに応じて,画面がさまざまに展開していく(*12)ので,ぼんやりと情報の海をながめるのにちょうどいい。コーヒーカップを持っていても指の動きを解析して,ちゃんと動いてくれる。
 「まもなく予定のインターチェンジです。あと2分でナビゲーションをおかえしします」
 車載コンピュータは,軽やかに言ったあと,表示画面を切り替えて,車のさまざまなデータを表示するモードになった(*13)。さて,しばらくは運転に集中するとしよう。

奇想天外募集

 今回はお正月ということもあり,みなさんから奇想天外な医療関係の未来アイデアを募集します。宛先は, nagata@sums.shiga-med.ac.jp まで,電子メールで送ってください。おもしろいものについては,Webで紹介して,プレゼントをさしあげます。

*1  高速道路における自動運転システムはすでにテスト段階。道路にうめこんだ磁石や路肩のアンテナなどいくつかのものを組み合わせて自動運転をはかる。
*2  新幹線は新型車両がつぎつぎと投入され,次第に速くなるが,現在の線路を使うため,その高速化にも限界がある。
*3  Video On Demand。リクエストに応じて,動画を転送するシステム。
*4  ハーフミラーなどを使って,実際の外の景色の上にいろいろなデータを表示するシステム。
*5  音楽用のCDやCD‐ROMと同じサイズの光ディスクに3.5G以上のデータを自由に読み書きできるもの。映像のDVDが96年に登場,97年にはCD‐ROMと同じく,読み出し専用のDVD‐ROMが登場する。そのあと,何度も書いたり消したりできるDVD‐RAMが登場する予定。
*6  ISDNなどのデジタル回線で,発信者の電話番号をデータとしていっしょに送るシステム。97年から本格的に実施。
*7  コンピュータエージェントは,現在のコンピュータから一歩すすんで,ユーザーの性格や行動パターンを学習して,さまざまな方法でユーザーを補佐するインタフェース。
*8  バーチャルリアリティと実際の映像を組み合わせて,リアルタイムに自分の見ている空間にさまざまな3Dデータを表示するもの。将来の医療用インタフェースとして期待されている。
*9  データは暗号化されて,特定の発信者と特定の受信者にしか読めないようにセキュリティーを守る必要がある。公開鍵・秘密鍵方式など,暗号化技術はかなり進歩してきた。
*10  3次元グラフィックスとセンサー技術の進歩によって,かなりリアルな手術シミュレータが実現可能。顕微鏡手術などの分野では,20世紀の内にかなりのレベルのものが期待できる。
*11  インターネットやさまざまなネットワークを自分で移動して,ユーザーが必要とするデータを集めてくるシステム。
*12  車の中に設置されたいくつかのセンサーを使って,特定の指の動きを検出してそのジェスチャーを解釈,コンピュータのコマンドにおきかえる。このようにして,指を動かすだけで,マウスの代わりにポインターを動かしたり,クリックしたりすることができる。
*13  車の空間はまるで飛行機のコックピットのように,リアルタイムで車のデータや周辺道路・気象などのデータを表示している。