医学界新聞

1・9・9・7
新春随想(2)

わが国の子ども

日本小児科学会100年の春に

松尾宣武
(慶應義塾大学教授・小児科学)


 最近のわが国の子どもはどこかおかしい,というのがわれわれ小児科医の偽らざる印象である。ほとばしるエネルギーも,愛すべき稚気も失ってしまったのだろうか。何よりも気になることは,眼に生気が感じられないことである。アジアの貧しい国々の子どもたちの眼の輝き。われわれ大人は,わが国の子どもたちが発している警告の意味をそろそろ気づかなければならないと思う。
 子どもは,いうまでもなく家庭,学校,社会の反映である。どこかおかしいのは,子どもではなく,われわれ大人であるということがどれ程理解されているだろうか。膨大な数にのぼり,今なお増え続けている心身共に不健康な子どもたち。その存在は,一言にしていえば,われわれの家庭・家族が危機的状態にあることを示している。
 岸田秀氏は,21世紀の家族のあり方について,次のように述べている。「結局,あれやこれやの無理を含みながら,そしてその無理のためしばしば破綻しながら,現在の家族形態はこのまま21世紀も続いてゆくであろう。ほかに代わるべき家族形態も見当たらないからである」。恐らくその通りであろう。しかし,わが国の子どもたちはこのままでよいのであろうか。
 1人の男と1人の女が結婚し,子どもを生む。女が子どもの世話をし,男が経済的に母子の面倒を見るという伝統的な家族の形態。男も女も職業を持ち,家事・育児を分担する新しい家族の形態。その選択は夫婦の自由意思による。問題の核心は,いまそのいずれの形態をとる家庭・家族も同じように病んでいるということにある
 従来,家庭には,社会から子どもを守る避難所の役目があった。しかし,早期英才教育(ピアノ,英会話等々),受験勉強を容認する親たちは,子どもたちを早くから勉強にかりたてる。親はもはや子どもの味方ではない。また,俗悪なテレビ番組に侵された家庭では,子どもたちのこころや感受性は汚染され続ける。われわれ小児科医は,このことを座視してはならないと思う。
 本年,日本小児科学会は創立100周年を迎えた。この機会に,われわれは子どもの擁護者の立場を明確にして,わが国の子どもの問題に取り組んでいきたい。その目標の1つは,家庭に,社会から子どもを守る避難所の機能を取り戻すことである。21世紀を生きる若い小児科医の活躍を心から期待したい。