医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第9回 ボランティア-大いなるマンパワー

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)



 80歳になるPeters夫人は,足を骨折して入院していたが,杖をつけば歩ける程度に回復したので家に帰ることになった。しかし持病のリウマチを抱えて一人暮らしをするのはとても不安である。息子夫婦は遠い所にいるし,世話にはなりたくない。自治体から家事ヘルパーが派遣される予定だが,週にたった1回ではとても足りない。窮状を知った病院の看護婦は,赤十字の運営するボランティアグループに援助を要請した。
 元地域看護婦のMitchell夫人が開設した「Home From Hospital Schime」は,このような退院後の患者が自宅で暮らせるように援助するボランティア組織である。その後,Peters夫人はボランティアのヘルパーに週4回来てもらえることになり,住み慣れたわが家で自由に暮らしている。
 もしこのような援助団体がなければ彼女は養護老人ホームにいくしかない。以前から述べているように,政府の低予算ではとても十分な医療福祉政策は実現できない。それなのに「イギリスの医療や福祉活動には人手があるな」と感じさせるのは,このボランティアの故と言っても過言ではない。Peters夫人の件はほんの一例であるが,イギリスにはこういったボランティアやチャリティ団体が実に20万グループ以上もある。このマンパワーが,行政の手が回らない所をカバーしている。

ボランティア活動成功の秘訣

 ボランティア活動の例をあげればきりがないが,医療関係だけをあげてみても病院の売店やカフェ,移動図書館,案内係などはボランティアによって運営されている。またホスピス,養護老人ホーム,身体障害者施設,精神病患者の退院後の中間施設,先の「Home From Hospital Schime」のようなコミュニティサービスなどは,チャリティ団体の運営によるものが多く,ボランティアワーカーがその労働力を担っている。また大きな団体に所属しなくても,個人のできる範囲でいろいろなボランティアをする人が多い。例えば,老人や障害者は交通手段の確保だけでも大変である。そこで通院や買い物だけを助ける運転サービスなど,1週間に30分だけでも参加できるボランティアもたくさんある。
 17年前に,日本で家族とボランティアを活用する「日本型在宅福祉」という方針を政府が打ち出したことがあった。当時の財界や与党のねらいは家族やボランティアに任せて公的支出を節減することにあった。しかしながら日本ではボランティアは育たず,介護に疲れた家族は高齢者や障害者を次々と病院に預け,結局医療費は倍増してしまった。
 キリスト教国では伝統的にボランティア活動が盛んであるが,特にイギリスはヨーロッパの中でも最も熱心な国である。イギリス人の奉仕好きの理由として,キリスト教精神の他に,何か社会的意義のある活動をしたいという欲求があること,さらに奉仕に高い価値を置く社会の伝統があげられる。彼らは幼い頃から習慣や行事として奉仕活動を経験し,また学校の教育プログラムにも奉仕活動が組み入れられている。

財源確保と人集めのアイデアとは

 ただし「奉仕の精神」だけではホスピスや老人ホームを運営できない。まずは財源確保である。イギリスのボランティア活動が成功している所以はまさにこの財源確保のうまさだとも思われる。もちろん自治体からの援助や篤志家,企業からの寄付などもあるがほとんどのボランティア団体は独自の方法で収入を得ている。
 例えばリサイクルショップの経営である。イギリス人は合理的でセカンドハンドの衣類や家具,本,食器,雑貨を売るリサイクルショップをよく利用する。たいていの町にはそういった店が数件はあり,大変繁盛している。こういう店はボランティア団体が経営し,商品は一般家庭からの寄付でなりたっている。人々は不用品があると街角にあるリサイクルボックスに投函したり,大きな物は引き取りにきてもらう。家庭では不用品が処分でき,ゴミも減り,まさに一石数鳥である。もの余りの日本にイギリス並みにこういう店があれば,もっとリサイクルが進むのにと思ってしまう。
 これほど盛んに見えるボランティア活動であるが,最近はやや陰りが見えている。それは若者のボランティアの激減である。特に体力のいる障害者の施設は青年ボランティアなしでは運営していけない。
 そこでイギリスならではのアイデアが出た。それは英語を学びたい若い外国人に住居と食事,おこづかいを支給する代わりに,医療・福祉施設でボランティアとして働きながら,生きた英語を学んでもらうというプログラムである。これは成功を収め,世界中から若者がやってくる。こういうところにもイギリスのしたたかさを見ることができる。