医学界新聞

「第3回国際PBLシンポジウム」に参加して

板東 浩(日本プライマリ・ケア学会常任理事,同国際交流委員会委員長,徳島大学第1内科)


 1996年9月12-25日に,南アフリカ共和国のダーバンで,第3回International Symposium on Problem-Based Learning(PBL)が開催された。これは世界各国の医学校で医学教育に携わる担当者の国際学会である。
 今回は50数か国から360人が参加したが,医学部長やカリキュラム作成委員の先生方から,PBLを実際に行なった経験とその評価についての発表が多かった。
 このシンポジウムには,日本プライマリ・ケア学会が所属する世界家庭医学会(WONCA)も協力・後援していることから筆者も参加したので,その概要を報告する。

Problem‐BasedLearning(PBL)とは何か

 従来の医学教育は,解剖学,生理学から始まって基礎科目を終了し,その後,内科,外科など臨床医学を学んだ後,実習に移るというコースが通常である。しかし,この方法では,基礎と臨床との間の有機的なつながりが乏しいのが問題点とされている。
 一方PBLは,逆のコースで学習すると言えば理解しやすいだろうか。具体例として,まず,患者と面接して問題点(訴え)を明らかにし,それに関する臨床(内科)の知識を調べ,引き続いて,これらに関する基礎(生理や解剖)の知識をまとめて習得するという方法である。PBLはカナダのマクマスター大学や,オーストラリアのニューキャッスル大学などで行なわれてきた歴史があるが,本邦ではPBLを採用している大学は少ない。
 PBLの長所は,まとまった知識が得られることと,この思考体系をマスターすると,他の問題に対しても対処できる実力がつくことである。すなわち,医学的(medico-)および生物的(bio-)な切り口だけでなく,社会的(socio-),経済的(econo-),心理的(psycho-)など,様々な角度からアプローチができる医者を養成できる。
 一方,短所としては,マスプロ的な授業と異なり,スタッフは,数人のグループの学生と対話しながらfacilitatorとして指導していくので,手間や時間がかかることがあげられる。

PBLの世界的ネットワーク

 Community-Oriented Educational Institutions for Health Sciencesのネットワークが1979年に形成された。これは,世界保健機構(WHO)と公式な関係を有する非政府機関(NGO)であり,世界の240以上の医学校や他の医学健康領域の職種の養成機関が協力。その目的は,人々の健康のニードに応じることができるような教育をめざしていくものだ。
 基幹施設はオランダのマストリヒト大学で,オランダ政府や他の国々からも援助がある。第1回は1983年にオランダで,第2回は1991年にインドネシアで開催。PBLに興味をよせる医学校関係者は次第に増加し,今回の開催に至ったのである。

世界各国のPBLの現状

 西インド諸島,米国,スーダン,イラン,南アフリカ,タイ,オーストラリアにある医学校では,従来のカリキュラム(conventional)とPBLで教育を受けた学生について比較検討した。ペーパーテスト,口頭試問,decision-makingやpatient managementなどを評価すると,PBLによる教育効果はconventionalと同等か,それ以上という結果が得られた。また,PBLの短所とされるスタッフの負担については,確かに1-2回目は不慣れで手間がかかるが,3回目以降はスムーズに運ぶとのコメントが多かった。
 エクアドルでは生物医学的・予防医学的・心理社会的な3つの見地からのカリキュラムを並行させ,西インド諸島では複数の医学校の学生を合わせた教育,ブラジルでは医学生を小グループ化させた学習,などが試みられている。英国のマンチェスター大学では,しばしば経験する典型的な臨床事例(index clinical situations)を206選出し,それに基づいて教育し,効果をあげている。
 イランでは薬理学・薬剤学の講座はビデオを用い,基礎と臨床が一括した教育システムとなっている。ナイジェリアでは地域にみられる特殊な疾病に関しては,すべての医療従事者に教育している。ウガンダのマケレー大学ではcommunity-orientedなカリキュラムを作成し,ケニアのナイロビ大学では,細菌学,病理学,薬理学の3者は,臨床医学および地域医療学の中に統合されている。
 フィンランドのタンパー大学では,early clinical contactsのカリキュラムを同時に並行。フィジー大学では,WHOの後援でprimary health care(PHC)科での研修が卒前および卒後にもある。インドでは,最低75の臨床事例の習得が必須だ。
 以上のように,世界各国では,その国の状況に応じたPBL教育が実施され,新しいカリキュラムが試みられている。

PBLとプライマリ・ケア医学

 以上述べてきたproblem-basedあるいはproblem-orientedの思考方法と,患者や家族,地域の様々な問題点を解決していく方法とは,近いものがある。私の少ない経験から,事例を紹介させていただきたい。
 従来の医学教育を受けたある医師が言うのには,「教科書によると,〇〇病の症状はAとB,検査ではCが高値でDが低値だ。しかし,この患者では,症状でBが欠けており,Dは低くない。この患者は少しおかしいのではないか?」
 おかしいのは患者ではなくて,医師の考え方である。PBLで教育された医師であれば,このような発想はしないであろう。プライマリ・ケア医学においても,患者や家族の問題点というのは千差万別であり,医師が適切に判断しアドバイスし,治療していかねばならない。
 筆者は以前に,厚生省からシドニーにあるWHO医学教育センター(Regional Teachers' Training Centre,RTTC)に派遣され,medical educationおよびprimary care medicineについて,3週間の研修を受けたことがある。当時,諸外国ではすでにPBLの概念は広く認識されており,日本も早く追いつかなければと感じた次第であった。RTTCとほぼ同じ内容が,現在,日本医学教育学会が主催する富士の研修セミナーで行なわれている。

おわりに

 本稿では,PBLの国際シンポジウムの概要とともに,PBLとpatient-oriented medicineやプライマリ・ケア医学との密接な関係について述べた。本報告が,卒前卒後教育ならびに日常診療に何らかのお役にたてば幸いである。