医学界新聞

第55回日本癌学会総会 開催


 第55回日本癌学会総会が,高久史麿会長(自治医大学長)のもと,さる10月10-12日,横浜市のパシフィコ横浜において開催された。
 “癌”がわが国の死因の第1位に位置するようになってほぼ15年になる。しかし,分子生物学や分子遺伝学などの研究の進歩を応用することによって,ここ20年の「癌研究」は分子レベルにおける発癌機構を明らかにしつつあり,「癌は“癌(原)遺伝子”と“癌抑制遺伝子”が変異を重ねる“遺伝子の病気”である」という認識を定着させた。これを反映して,今年の癌学会においても,「癌遺伝子と癌抑制遺伝子」「細胞周期進行とその制御」「癌遺伝子治療の新しい方向性」「細胞の分化・増殖とそのシグナル伝達」「癌転移の分子機構研究の新展開」の5シンポジウム,およびわが国の第一線の研究者による12のレクチャーシリーズ,864題におよぶワークショップの他,ポスター展示を通して,終日熱心な討議が展開された。


“癌遺伝子”と“癌抑制遺伝子”

 癌遺伝子と癌抑制遺伝子との関係は,多くの場合,自動車の“アクセル”と“ブレーキ”に例えられ,いわゆる「多段階発癌」の説明に用いられる。  シンポジウム「癌遺伝子と癌抑制遺伝子」(司会=東大医科研 中村祐輔氏,東大 平井久丸氏)では,6人の演者により,この両者の関係の最新の研究成果が具体例に即して発表された。

癌抑制遺伝子:APCとp53

 家族性大腸腺腫(FAP)の原因遺伝子であるAPC遺伝子は,非遺伝性の大腸発癌においてもすでに微小な腺腫の段階で高率にその変異が見出されることから,腺腫の発生に関与すると考えられている。2843アミノ酸からなるAPC蛋白は生体内のほとんどの組織で発現しており,βカテニンや微小管と結合する能力を有し,細胞膜下に存在する蛋白であることが示されているが,その欠失が正常な大腸上皮をトランスフォームする機構については不明であった。この発癌機構を解明するために作成されたノックアウトマウスでは,小腸を中心とする消化管に腺腫・腺癌が多数発生し,APC遺伝子の癌抑制遺伝子としての役割が確認されたが,大腸には少数の腺腫が発生するのみで,大腸腺腫発生過程における役割を解析することは困難だった。
 しかし,野田哲生氏(癌研)らは,p53遺伝子変異マウスとのダブルノックアウトマウスを作成し,極めて初期の腺腫と考えられる単一腺管腺腫が高率に発現することを発見。さらに,コンディショナルジーンターゲッティング法を応用することによって,正常大腸の腺管上皮にAPC遺伝子欠損の誘導に成功したと報告した。
 一方,ヒトの癌において最も高頻度に変異が見られる癌抑制遺伝子p53の異常は,癌の悪性度・予防経過・転移などに関与していることが示唆されており,p53の生理機能を解明することは,細胞増殖機構の解明だけでなく臨床的にも重要な問題である。最近,p53が転写因子であり,p53による細胞増殖抑制は,p53によって発現が制御されている遺伝子を介してコントロールされていることが明らかになった。時隆至氏(東大医科研)らは,p53の転写活性能を指標にヒトゲノムからp53結合部位とその近傍の遺伝子を多数単離。そして,「p53遺伝子の発現と新たに単離した遺伝子の発現を比較した結果,いくつかの新規の遺伝子が正常型p53によって発現誘導されていることを発見した」と報告し,新しいp53の標的遺伝子を紹介した。


“細胞周期進行”とその“制御”

 「細胞周期(Cell cycle)」とは,分裂を終えた細胞が再び分裂して2個の細胞となるまでに細胞内で起こる一連の秩序だったプロセスを指し,分化の入り口ともなるG1期,DNA複製がなされるS期,S期とM期の共役(カップリング)を行なうG2期,そして複製された染色体を分配するM期からなる。近年,この細胞周期を制御する遺伝子の異常が多くの癌細胞に見出され,発癌機構の解明を飛躍的に促すとともに,新しい治療法や診断法を考える糸口になっている。シンポジウム「細胞周期進行とその制御」(座長=東大 岡山博人氏,奈良先端大 吉川寛氏)では,このホットな話題をめぐって6人の演者から報告があった。

分裂酵母のチェックポイント制御機構

 遺伝情報の安定性はDNA修復機構と細胞周期のチェックポイント機構によって保たれており,これが破壊されれば染色体異常,癌化が引き起こされる。この機構は真核生物全般に共通した現象であり,分子遺伝学的アプローチが容易な分裂酵母を使って多くの研究が行なわれているが,どのようにDNA合成と損傷を検知し,そのシグナルがどのように細胞分裂を制御しているCdc2キナーゼに伝達されるのかについては不明な点が多い。
 しかし,癌にかかりやすい遺伝病の1つである「毛細血管拡張性運動失調症」の原因遺伝子がクローニングされ,分裂酵母のチェックポイント遺伝子(Rad3)と相同性のある蛋白質であることが最近明らかにされた。村上浩士氏(東大)らは,これらの最新の研究成果を踏まえて,分裂酵母をモデルにしたチェックポイント制御機構の最新の研究成果を報告した。

RCC1‐Ranサイクル

 また,ハムスター由来のBHK21細胞の温度感受性変異株tsBN2は,RCC1(regulator of chromosome condesation1)遺伝子に変異を持ち,制限温度でG1期停止,未成熟染色体凝縮(PCC)を起こすことが知られているが,このRCC1の発見者の1人である西本毅治氏(九大)から,「細胞周期制御とRCC1‐Ranサイクル」についての報告がなされた。