医学界新聞

「社会の求める医師像と入学者選抜」をテーマに

第15回入学者選抜に関わる討議会開催


 日本医学教育学会選抜検討委員会主催による「第15回入学者選抜に関わる討議会」が,さる8月31日,東京の駿河台日大病院において開催された。
 この討議会は「医学校における入学者選抜に関する問題を明らかにするとともに,入学者の質を高めるための望ましい選抜方法を検討する」ことを目的とする会議。「日本医学教育学会」では,卒前および卒後教育や臨床研修の方法・理念などの“医学教育”のみでなく,医学生に求められる適性に関連して,いわゆる「偏差値」重視と言われてきた入試の改善にも取り組んできたが,この会議もその一環をなすもので,今年のテーマは「社会の求める医師像と入学者選抜」であった。
 午前の部「どのような学生が医学部を志向するのか-高等学校からの提言」では,現場の高校教諭2氏から,また午後の部「医療現場からの提言」では,河北博文氏(河北総合病院)と河野博臣氏(河野胃腸外科医院)から話題提供がなされ,“社会が求める医師像とそのために必要な入学者選抜はいかにあるべきか”をめぐって活発な討議が展開された。


適性をも重視した多元的資料に基づく選抜を

医学部への進路指導に関するアンケート

 公立および私立高校教諭2氏の「話題提供」に先立って,主催者の選抜検討委員会(委員長=日大 櫻井勇氏)が行なった「医学部への進路指導に関するアンケート」に対する結果が発表された。
 同アンケートは,「医学部における入学者選抜では,本委員会をはじめ各大学で,いわゆる“偏差値”重視と言われてきた入試の改善に取り組み,“偏らない幅広い視野と基礎学力に加えて,適性も重視した多元的資料に基づく選抜”が望ましいという考え方に立って,一般選抜に加えて推薦選抜を実施し,選抜試験として面接・小論文・適性検査(skills analysis,他)等を行ない」と前書きで述べ,高等学校の進路指導担当者に各種の質問を設けたもの。
 その結果の中でも興味深いのは,「医学部への進路指導のあり方について」という設問に対して,「自らの適性や見通しとかかわりなく,医学部進学を希望する生徒が散見されるのは残念。大学入学後,使命感をもって励むことを期待するが,可能ならば,十分な情報と自己の吟味を経た上で選択してほしいと思う」,「特定の学部に対する特別の指導は不必要。各学部の内容を周知徹底させ,生徒の希望を中心にその実現をめざすことこそが進路指導」,「医学部は理系に位置づけされているが,むしろ文系に近く,小論文などによる総合的な判断力が必要」などの回答があったことである。  

医学部の選抜者入学について

 また,「医学部の選抜者入学について」という設問に対しては,「若い医師に多く接した経験で言うと,極めて優秀というのが第一印象。しかし,経験不足もあろうが,それ以上に人間性の豊かさという点でやや不満を感じることがたびたびあった。人間性の豊かさということを選抜に課すのは難しいが,その資質のあるかないかを問えればよい」,「一定の学力は要求しつつも,多様な入試方法を考えるべき。国公立の医学部入試方法の改革が,大学入試の異常さを変えていく先鞭となってほしい」,「センター試験を課さない推薦などで,もっと人間的な特色のある生徒を入学させるべき。多様化する社会に対応できる多面的な入試があってよい」などの回答があり,「現在の選抜方法は学力偏重」という声が大勢を占めた。


“医療現場”からの2氏の提言

 午後の部「医療現場からの提言」では,院長でもある2氏が自らの体験を踏まえて,話題提供者として講演した。

professional schoolと職業学校

 河北博文氏は,「社会が求める医師像」を“医療の民営化”“経済的な環境整備”など,多面的視点からきわめて簡潔に解説。
 まず“社会と教育”という観点から,義務教育と高等教育,権利と責任,育つのか育てるのか,また家庭・学校・企業・地域における教育の意味について言及した。 さらには,「医療における教育」という観点から,目的・目標を臨床医におくのか,あるいは教育者や研究者におくのかを明確にすべきであることを強調した。
 次いで河北氏は“professional schoolと職業学校”という対比のもとに,職業としての医師の使命(国家資格)とその教育のあり方を論じて,「アメリカにおいては“professional school”として位置づけられているのは,医学,法学,神学の3分野のみである」と指摘して,医学教育の社会的位置づけの意義と意味を示した。

“組織管理”ができている病院は?

 一方,病院経営者の立場から「医学部と病院」の関係に触れ,その体制,卒前・卒後教育および生涯教育が抱える諸問題を列挙するとともに,「“医師法”上における“広告(Advertisement)”と“広報(Public Relation)”の混同が大きな混乱をもたらしている」とわが国の医療界の課題の一端を示した。そして,「“組織管理”が行き届いている病院は,おそらく1割にも満たないのではないか」と問題提起し,“評価”ができる医師に対して,診療録を見せ合うシステムを構築する重要性を指摘した。

ターミナルケアが求める医師像

 続いて河野博臣氏は,自らが世話人を務める「死の臨床研究会」の20年におよぶ歴史を概説し,その活動の中から生まれた“サイコオンコロジー(臨床精神腫瘍学)”の概念を説明しながら,「ターミナルケアが求める医師像」について解説した。
 サイコオンコロジーとは,慢性疾患としての癌患者のQOLを高めるための全人的医療で,サイコ(心・精神・社会)と腫瘍(臓器)が同じレベルであるという思想の上に立つ。そして,生物学的(Bio-),心理的・精神的(Psycho-),社会的(Socio-),宗教的・霊的(Spiritual-),の4方向から“総合的苦悩”をケアするものである。こうした観点から河野氏は,「ターミナルケアにおける望ましい医師像には多くの点が求められるが,特に個別性を尊重した患者中心の全人的医療,傾聴的(患者の訴えに耳を傾ける)・共感的態度,患者の人権の尊重(選択権,自己決定権),共に闘う姿勢,看護婦の情報を大切にし,緩和ケアができ,患者の苦悩を理解できることが重要である」とあらためて強調した。

ナースから見た医師像

 さらに河野氏は,「ナースから見た医師像」についてのアンケート結果を紹介。
 その中で,「ターミナルケアにおいて,これだけは避けて欲しいと思うこと」という設問に対しては,(1)延命中心の医療,(2)過剰医療,(3)患者から逃げだす(訪室が遠のくこと),(4)独断であること,(5)緩和医療への努力をしない,(6)明らかに患者の不利益になること,(7)患者に対する態度,という回答があったと報告された。
 講演の後,午前の部と同様にフロアを交えて様々な角度から質疑応答があり,「午前の部はいわば医師への入口論で,午後の部は医師への出口論」(櫻井氏のまとめ)でもあった「入学者選抜に関わる討議会」は,多くの成果と課題を残して閉会した。