医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第6回 進みゆく看護婦の教育改革

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)


 1986年,UKCC(The UK Central Council for Nursing, Midwifery, and Health Visiting)は21世紀に向かってよりよい看護サービスを提供するためのプランを発表した。これが「Project 2000:A New Preparation for Practice」である。
 西暦2000年になると高齢化社会による看護ニーズが高まる一方,若者の人口が激減し,1万人の看護婦不足が見込まれる。このプランは,18歳人口を看護職に取り込むためには,これからの看護職や教育をどうすればよいかという問いに答えた提言でもある。
 したがってこの内容は,看護婦教育に関するものが大部分を占めており,看護婦教育の大幅な改革案と言っても差し支えない。例えば看護婦養成教育の大学化,カリキュラムの改正,看護教員のレベルアップ,看護学生の地位向上,准看護婦養成教育の廃止などが主な項目としてあげられている。今回は特に日本でも注目されている准看護婦養成廃止の問題について取り上げてみたい。

准看護婦養成教育廃止の成功

 1988年,政府はこのProject 2000で取り上げられた項目のほとんどについて了解し,改革案は急速に推し進められた。
 UKCCは5年以内に准看護婦養成教育を廃止すると述べたが,その言葉どおりにスムーズにことが運んだ要因には,次の2つがあると思う。1つは,日々高度化していく医療の中で患者のニーズに応えるためには,准看護婦養成教育では内容が不十分であるというコンセンサスが医療関係者の中でとれていること。もう1つは,准看護婦養成所がすべて国公立機関であることがあげられる。日本のように医師会が自らの診療所の労働力確保のために准看護婦養成教育に深く関わっていたら,このように容易には廃止できなかったであろう。
 本紙第2201号の准看護婦問題調査検討会のアンケート結果の記事にあった日本医師会の見解を読んで,英国との違いを改めて考えさせられるところがあった。「診療所の長が准看護婦を採用する理由として78.9%が『准看護婦であっても十分業務に対応が可能である』ことをあげている。このことから地域医療の現場においては准看護婦の存在は不可欠である」という箇所であるが,英国では地域医療の場でこそ能力の高い看護職の存在が不可欠である。
 つまり英国の地域医療の場には,医師の診察介助や診療補助といった業務はほとんどなく,訪問看護やカウンセリング,指導といった高度な看護能力が要求されるからである。それはなるべく投薬や検査にお金をかけないかわりに,人手はかけるという英国医療の特徴が出ているように思われる。

准看護婦養成廃止のその後

 准看護婦養成教育が廃止されると同時に,准看護婦(enrolled nurse)から看護婦(resistered nurse)に転換するための様々な教育プログラムが開始された。基本的には1年間のフルタイムコースを終了すると看護婦になれるが,他にも短期講習でクレジットを貯めていく方法や,通信教育や夜間のパートタイムコースなど,働きながらでも学習できるよう様々な試みがなされている。
 とは言っても,看護婦(士)の約3割を占める准看護婦全員がすぐに看護婦に転換できるわけはなく,この教育プログラムの正否の判断も性急に下せるものでないことは明白である。
 ところで,准看護婦養成教育の廃止案にまったく反対がなかったわけではない。政府は准看護婦養成教育の廃止によって看護職の人手不足がさらに深刻化することを恐れ,代替案を提出した。それは,看護婦養成教育機関の門戸を広げることと,准看護婦に代わる新しいサポートワーカー「ヘルスケアアシスタント」の導入であった。
 前者はこれまでなら准看護婦養成所に入学していた学生を大学の看護学部や看護専門学校で受け入れてほしいという要請であるが,各教育機関とも学生の質の低下を懸念して,その受入れには反対している。
 後者は病院のケアスタッフの約2割を占める無資格の看護補助者のことである。たいていは看護職が白衣やナースキャップをつけているのに対し,緑や紺といった濃い色のユニフォームを着用し,主に患者の日常生活援助にあたっている。これまでは彼らのトレーニングは院内教育の範囲でしか行なわれていなかったが,今回の政府案では公立の教育機関での職業訓練をし,なんらかの資格を付与しようという狙いである。これはせっかく一本化した看護婦養成教育を揺るがし,第二の准看護婦を作るものだとして批判を浴びている。