医学界新聞

 Nurse's Essay

 杖がわりのピッケル 久保成子


 この夏,ジュネーヴ在住の友人の誘いで長期スイス滞在の機会を得た。スイス人は,早寝,早起き,早足で歩き,職場の休憩時間は公・民を問わずしっかりとる。国際機関に勤務する友人は総合住宅に住んでいるが,会議などで夜遅く帰宅するときなどシャワーを使う音に気を遣い,テレビの音声はレシーバーで聴いている。灯りも戸外に漏れないように。
 「質実剛健ね,日本ではもう死語になっているけど」
 「そう,日々の生活は堅いわよ」
 その代わり,土日などの休日は家族,友人同士,野外で存分に遊び,楽しむ。日曜日は洗濯,なんて愚の骨頂だという。
 年金生活になっても生活スタイルは変えない。したがって,日本のようにボケ老人はいない。なぜって,余暇の過ごし方の訓練ができているし,社会,家族,友人同士の支え合いがしっかりしている。
 「夏休みは最低で3週間はとるわよ」
 「全職種にわたって?」
 「シーズン・パートの人がいるのよ」
 「医師や看護婦も?」
 「もちろんよ」
 「ふーん」と私は半信半疑。独り暮らしの老人も適当に楽しんでいるという。
 サース・フェー(人口1100人の小さな氷河村)でハイキングの途中,病院勤務の医師の一家と一緒になったとき質問してみた。2人の子どもと夫人,普段は独り暮らしの70歳前後の母親。みんな登山靴,リュック,ピッケル(母親はピッケル2本)のいで立ち。質問に医師は,「看護婦など専門職種は役割・責任が明確ですから,臨時の人にも安心して依頼ができる」との答えが返ってきた。
 「しかし,僕の夏休みは今年は3週間しかない」と医師は不満顔。その横で2本のピッケルを上手に使って山道を歩いている老母はニコニコしている。
 社会保障の先進国。老婦人のピッケルがまぶしかった。