医学界新聞

O-157に関する緊急公開シンポ開催

現状を把握し,これからの展望を追究


 本年5月末に岡山県邑久町の小学校において集団発生した病原性大腸菌O-157による食中毒は,感染源が特定されないまま7月に大阪府堺市で大規模集団発生となったのをはじめ,全国的な広がり(45都道府県)をみせた。このO-157は,溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし,これまでに11名の死者をも出すこととなり,厚生省は腸管出血性大腸菌感染症を指定伝染病に位置づけた。日本細菌学会(理事長=国立国際医療センター研所長 竹田美文氏)ではこの事態を憂慮し,科学技術庁との共催(厚生省後援)による「腸管出血性大腸菌(いわゆる病原性大腸菌O-157)今何がわかっていて,これから何を明らかにするべきか」の緊急公開シンポジウムを,さる9月2日,東京・港区のヤクルトホールにおいて開催し,全国から約700名が参集した。
 このシンポジウムでは,午前中に疫学をはじめとする9題の講演が行なわれ,午後には米国農務省の応援を得,同省のI.K.Wachsmuth氏およびワシントン大のP.L.Tarr氏が講演,その後のパネルディスカッション「病原性大腸菌O-157の流行の制圧に向けて」(司会=阪大微研教授 本田武司氏)へと引き継がれた。


O-157,HUSの疫学的研究

O-157の発生状況

 ベロ毒素産生大腸菌は1977年にカナダのKonowalchukらによって発見されたが,1982年にアメリカのオレゴンおよびミシガン州でビーフハンバーガーから集団発生したことから注目され出した。甲斐明美氏(東京都衛生研究所)は「日本では,1984年に都内の小学校で集団発生したO-145によるものが最初の報告とされるが,広く注目されるようになったのは,1990年の埼玉県浦和市の幼稚園での園児死亡を伴う集団事例からで,1995年までに報告された集団事例は12件。これらの事例のうち100名を越える患者を出したものは6事例あり,合計患者数は1397名。発生場所はいずれも小学校以下の幼・小児施設であり,O-157によるものが8例と最も多いものの,原因については浦和市の井戸水以外特定されていないのが特徴となっている」と,日本における腸管出血性大腸菌感染症の発生状況を概説。
 さらに腸管出血性大腸菌感染症の特徴として,(1)家族内感染事例が多く認められる,(2)北海道から九州まで分布し,地域的特徴や偏りは認められない,(3)罹患年齢は5歳未満が約41%を占めるなど小児に多い,(4)ヒトからヒトへの2次感染がかなりの頻度で認められることなどをあげた。
 本年5月以来,O-157による食中毒患者数は,8月26日現在(厚生省まとめ)堺市の6561名をはじめ全国で9578名にのぼり11名が死亡。今回の特徴には中学校や老人ホーム,病院,会社といった施設での発生があげられ,いずれも集団給食が原因とみられるものの,感染源は岐阜県の「おかかサラダ」,神奈川県の散発事例としての「牛の生レバー」以外は特定されていない。
 甲斐氏はこれらにも触れ,「日本で最初に病原性大腸菌が確認されて以来12年を経過するが,予防対策をはじめとした解明すべき問題点は多い」と強調した。

女児に発症が多いHUS

 続いて竹田多恵氏(国立小児医療研究センター)は,O-157とHUSの関係を明らかにする「血清診断によるHUS患者の発生状況調査」を口演。全国3776の小児科医療機関へのアンケート結果をしたところ,「1995年末までのHUS患者は232例であったが,このうちO-157が原因であったものは150例(64.7%)。しかし,そのほとんどは散発事例であり,感染源はいずれも不明とあった」と報告。また,本年5月の集団発生以降のO-157感染によるHUS患者46名は,女児30名(73%),男児11名(27%)で,女児に発症例が多いことが示されたものの,性差についての解釈は現時点では困難と述べた。さらに,血清抗体を調べていた途上に,成人の健康保菌者では抗体上昇が観察されず,ベロ毒素抗体は成人に優位に高いことが判明したことから,発症しない宿主では腸管粘膜へのO-157定着が起きない可能性があるとし,「感染後でも発症しないメカニズムの開発につながるのではないか」と示唆した。
 一方,厚生省に設置された「腸管出血性大腸菌に関する研究班」では,調査研究の1つとして腸管出血性大腸菌の疫学的分布パターンを明らかにする目的で「腸管出血性大腸菌のDNAパターンの分析に関する調査研究班」が組織されたが,その一員である渡辺治雄氏(予研)は,DNA解析の中間結果を報告。それによると,本年日本で分離された約400株のO-157:H7は,(1)岡山,広島,岐阜などの集団発生やその他の散発事例で見られた「極めて近縁度の高い菌」,(2)7月13日前後の堺市,大阪府羽曳野市などの 「集団発生の起炎菌としておよびその亜型に属する菌 」,(3)その他のどちらにも属さない株の大きく3グループに分けられた。またこれは,すでに日本各地がDNAパターンの異なるいくつかの腸管出血性大腸菌O-157に汚染されていることを示しているとして,今後もDNA分析や疫学的研究が必要であると強調した。

迅速な診断法と治療に向けて

検査法からワクチン開発まで

 竹田美文氏は,腸管出血性大腸菌感染症の場合,感染初期の下痢に際して診断を確定することが治療方針の決定やHUS,脳症などの併発症の予防につながると前提。「現在の診断まで1週間以上かかる検査法では現場の治療に役立たない。そのためにはベッドサイドでの腸管出血性大腸菌の存在を迅速に検索する方法の開発が必須」と,コレラ菌の迅速同定法として開発されている方法が応用できるかどうかを検討中であることを述べた。また,竹田氏は「ベロ毒素(Vero toxin)」の用語について,1898年に赤痢菌を発見した志賀潔氏にちなむ「志賀毒素ファミリー(Shiga toxin family)」とすることがアメリカでは提言されており,欧米諸国では統一へ向けて検討されていることも明らかとした。
 水口雅氏(自治医大)は,HUSの合併症である脳症の機序について,(1)腎障害説,(2)脳血管障害説,(3)神経細胞障害説の3つが考えられることをあげた。このうち(2)(3)の検証のためウサギにベロ毒素2型を投与した実験結果を報告。それによると,早発性の神経細胞病変と遅発性の血管病変の2面性があることを指摘した。
 同様に,吉田真一氏(産業医大)は,O-157およびベロ毒素を投与した動物モデルを使い,中枢神経障害の発症機序の解析を行なった結果を解説した。
 品川邦汎氏(岩手医大農学部)は,食肉の汚染実態および家畜の腸管出血性大腸菌の保菌状況を調査。O-157汚染は成牛よりも子牛・若牛に高いこと,豚・鳥には感染がほとんどみられないことを報告した。調査結果は10月にまとめられる。
 本田武司氏は,腸管出血性大腸菌感染症の予後を決定する因子として,(1)早期診断,(2)重篤な合併症の余知,(3)特異的治療法をあげた。この中で止痢剤,抗生剤の投与がHUS合併症を引き起こす危険因子となっている可能性について,日本感染症学会中日本地方会が実施したアンケート調査を踏まえ報告。「抗生物質がHUSの発症に及ぼす影響についてはまだ検討の余地があり,時間が必要」と述べた。
 山崎伸二氏(国立国際医療センター)は,牛に対して有効な病原性大腸菌O-157のワクチンを開発すれば,人への感染も抑えることができると考え,無毒ベロ毒素遺伝子を持つ弱毒型病原性大腸菌O-157の牛を対象とした生菌ワクチンの開発を試みていることを報告。今後動物実験,牛を対象とした野外実験を行ない,安全性と有効性を検討したいと述べた。

制圧に向けてなにをするべきか

 夕刻から開かれたパネルディスカッションでは本田氏の司会のもと,午前中の講演者に加え「埼玉県某幼稚園で流行した病原性大腸菌O-157による出血性大腸炎」について報告した城宏輔氏(埼玉県立小児医療センター)がパネラーとして登壇。フロアを交え,検査法,病態,治療,予防などの課題について熱心な議論が展開された。
 この中で竹田(多)氏は治療薬について,「カナダではレセプターGD3を使った治療薬ができている。現在phase III段階の治験が進められおり,年末には結果が発表される。日本での集団発生に際し使用の申し込みがあり,厚生省でも理論的には期待できるとのことから調査研究が始められた。しかしデータからは多少HUSの発症頻度が低下した以外にめざましい効果はなく,詳細な研究をしないと有効かどうかは判定できない」と発言した。
 また渡辺氏は,「この問題は医学界全体で捉えるべきもの。公衆衛生学的見地でものを見ることのできる人が,感染が起きた現場では特に必要。医療者がリーダーとなり早期に対策にあたるべきであろう」と,1部の感染現場ではこれまでの対応に不備があったことを指摘した。
 感染源がいまだに明確に特定されない腸管出血性大腸菌感染症には多くの課題が山積している。これらに関して,司会の本田氏は 「課題の解決には多額な研究費が必要になる。解決に向けては関係各省がそれぞれにいくつかの研究班を組織したが,重複している可能性もあり,これからは有効に研究費を使う意味でも統合した研究班が必要となるだろう 」とまとめた。