医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

肝癌の病理を系統的にすべて網羅

早期肝癌と類似病変の病理 神代正道 著

《書 評》辻井正(奈良医大学長)

肝癌研究の第一人者自ら論述

 今般,神代正道(久留米大学病理学教授)著『早期肝癌と類似病変の病理』が医学書院から出版された。著者は病理学の道一筋に歩んでこられ,特に肝癌の病理においては第一人者と目される存在である。なかでも“早期癌と類似病変の病理”は著者が最も力を注いでこられた研究テーマであり,本書は長年にわたる研究の節目としてまとめられた集大成であろう。われわれ肝臓病の臨床に携わる者は,各種講演会において著者の講演を聴き,また学術誌等で教わる機会は多いが,それは,その時々に応じて的を絞った部分的な内容であり,著者の膨大な知見を断片的に理解するにとどまるむきもあった。しかし今回,肝癌の病理に関して系統的に,そしてすべてを網羅して論述された本書が発刊されたことは,肝臓学を学ぶ者にとって正に福音といって過言ではない。
 今日,すでにウイルス肝炎の予防がほぼ確立されたため,新規感染者は極めて少ないが,既感染による肝炎ウイルス保有者はB型200万人,C型230万人といわれている。自然治癒あるいはインターフェロン治療によって治癒する者もいるが,肝癌による死亡数は直線的に増加しており,現在の肝炎罹患者が早晩,肝硬変,肝癌へ進むことを予想して対策を講じる必要がある。それには肝癌の早期診断,早期治療が対策の1つとして重要な意味を持つ。
 現今,画像診断の進歩,特に超音波検査の普及によって,細小,微小,早期の肝癌が検出される頻度が高まり,加えて安全かつ正確な生検技法も開発され,種々の効果的治療法の登場と相まって,従来に比べて肝癌対策も向上したといえる。しかし,早期癌の診断には困難を伴うことも多く,生検にゆだねたとしても判定は時に難しいことがある。したがって確信を得るためには早期肝癌をめぐる豊富な知識が要求されることになる。

精度の高い写真と,説得力のある解説

 本書では,早期肝癌の形態的な種々相を余すことなく提示し,肉眼的,組織学的特徴を精度の高い写真とともに示し,説得力のある解説がなされている。また,それぞれ必要に応じて,肝エコー像を配置し,時にコンピュータ画像解析を加えて,肉眼所見,組織所見と対比し,各情報を相互にフィードバックできるように配慮されている。文中,特に早期癌の脱分化と増殖,早期癌の多中心性発生をめぐっては,病理形態学的実証を背景に,理路整然とした論理を展開されており,読む者に十分な理解と納得を与えてくれる。
 ちなみに,本書の記載項目の概要を紹介しておくと,本書は2つのセクションから構成されており,Ⅰは早期肝癌の病理,Ⅱは早期肝癌の類似病変である。Ⅰには早期肝癌の臨床病理学的現況,病理形態(肉眼,組織),超音波誘導下生検診断,血管構築,病理形態と超音波像,脱分化と増殖,背景病変,エタノール注入による形態変化などが含まれており,Ⅱには肝細胞の結節性過形成病変,非腫瘍性病変が含まれている。Ⅰ,Ⅱともに細項目を設けて,さらに詳しく述べられている。
 以上,本書は著者が今日まで蓄積した知見を元に,基礎病理のみならず臨床病理の立場に立って執筆されたものであり,これからも増加が予想される肝癌対策のうえで,われわれに有益な知識と示唆を与えてくれる正に必携の書であると評価する。
(B5・238頁 税込定価13,390円 医学書院刊)


臨床トレーニングを補う自己学習書

認定内科医・内科専門医のための
呼吸器病演習
マルチプルチョイスと患者シミュレーション
 塚本玲三 編集

《書 評》松村理司(市立舞鶴市民病院副院長)

 卒業臨床教育に本気でかかわり始めてから10数年が過ぎた。この間に,国の内外を問わず何人もの秀でた教育的臨床医に接してきたが,良い問題集を解いたり,作ったりする習慣は皆が共通して守っていた。考えてみれば,理解と暗記の訓練は,大学入学まで,あるいは医師国家試験までだけが必要で,その後は不要であるわけがない。

最大の特徴は参考文献の提示

 と,ふだんから思っていたので,今回編集担当の方からの「内科専門医用の,教科書的ではない臨床的知識の自己学習書です。日本で欠けている臨床トレーニングを補いうるようなものを作りたいというのが企画の趣旨です。そこで,内容を理解いただける先生にこそ書評をお願いしたい」という依頼は引き受けざるを得なかった。余計に構えてしまってなかなか読み通すことができなかったが,やっとのことで全問を解いてみた。私自身の成績はさておき,以下に感想を述べてみたい。
 最大の特徴は,参考文献がきちんと示されていることだ。個々の文献にしっかり目を通したわけではないから断言はできかねるが,呼吸器系の教科書や雑誌にとどまらず,広く内科系の一流英文誌が丁寧に読みこまれているという印象を受ける。相当地道な,時間のかかる作業だと感心させられた。

魅力は患者シミュレーション問題

 続く魅力としては,患者シミュレーション問題の存在があげられる。「その作成は大変な労力を必要とする」だけあって,この本の真骨頂といえる。実際の症例がもとになっていて,私も楽しく解かせてもらった。序にあるように,「わが国の医学教育は,卒前・卒後とも,欧米に比して実際の患者に接する頻度が著しく少なく,知識偏重の傾向が強い。シミュレーションタイプの問題は,その欠点を補う実践力を養うのに大変有用である」。
 さて,マルチプルチョイスの問題について気づいたことを幾つか記す。1つは,英文の参考文献に最近4~5年間のものがあまり見かけられないことである。何年間にも及んだ作業であり,編集上の都合があったのだろうが,それ以前のものが充実しているだけに少しさびしい気がする。2つ目は,疾患や病態の頻度に関する問題(2の45・48,3の8・11,4の10,5の7,6の1・8,7の7)の参考文献も英文であり,わが国の成績でないことである。わが国の臨床疫学の実力不足のせいなのはよくわかるが,中にはわが国の資料もあるような気もする。第3には,肺結核の治療薬剤の1つとしてPZAが勧められているが,わが国の実地臨床ではあまり使われてこなかった歴史的事実がある。ただし,これはいわば「食わず嫌い」であり,著者だけでなく,米国のやり方に則って愛用してきた私たちにも,使いにくい薬という印象は全くない。
 次に,患者シミュレーションの問題について少し触れる。症例1の気管支喘息の場合が,起座呼吸状態で,手指に軽度ながらチアノーゼを認めるような中等度以上の発作であれば,私たちなら酸素吸入(2~10 liter/分)をためらわない。動脈血ガス分析はあくまで参考として用いている。それから,症例2のsection―Bや症例4のsection―Cのような場合,私たちは喀痰グラム染色による起炎菌の推定を優先している。最近は米国でも力点を置かれなくなりつつあるようだが,こういう場合にはとても役に立つことが多い。培養よりも生物学的反応を見るのに適しているし,結果もたった10分で出る。
 以上各論にこだわってきたのは,多くの内科専門医や認定内科医およびその予備群からきめ細かな異見が続出してほしいからに他ならない。絶対に誤診しないという名医がいないように,臨床の各論にも絶対的真実はありえない。だから,そんな注目をこそ浴びながら,この本がますます豊かな内容を帯び,斬新さを失わず,息長く育つことを願う。
(B5・頁176 税込価格3,811円 医学書院刊)


心療内科学の本格的な教科書

心身医学標準テキスト 久保千春 編

《書 評》糸山泰人(東北大教授・神経内科学)

 心療内科学において初めての系統立った本格的な教科書が出版された。それが九州大学心療内科の久保千春教授編集の『心身医学標準テキスト』である。
 脳を扱う医学には脳神経外科,精神科,神経内科,心療内科などがあり,これらの診療科のなかでも,現代社会ではとみに大切な医学の分野になりつつあるのが心身医学である。臨床医学の大切な原点である病人の病状を心身両面から総合的に理解する医学が心身医学であり,その発症や経過に心理・社会的因子が密接に関与し,器質的ないし機能的障害が認められる病態が心身症であり,その病人を診察し,治療するのが心療内科学である。しかしながら,まだまだ一般人や医療関係者の理解度が低いきらいがあり,本書の果たす役割に期待したい。
 人類の文明がどこに向かっているかは知らないが,現代社会ほど人間が様々なストレスに囲まれながら生きている時代もないのではないか。実験的には過度の急性のストレスでは胃潰瘍ができ,血圧が上昇し,胸腺が萎縮することは自明のことであり,ましてやこれらのストレスが慢性に持続する現代社会では病気にならないほうが不思議である。このような点でも心身医学,心身症,心療内科学に興味を抱く医家は少なくない。かく言う私は神経内科医であり,つねづね情動,知性,心,社会環境などの要因が神経疾患の発症からその経過に大きく影響を与える事実に直面し,心身医学の重要性を感じている1人である。

心療内科の第一線の手による充実した内容

 この『心身医学標準テキスト』は1963年に日本で最初の心療内科が誕生した九州大学医学部心療内科のグループが長年の経験や知識を集めてまとめた『心身医学心療内科オリエンテーション・レクチュア』が母体となったものである。その内容は,心身医学総論,心身医学の基礎,心身医学的検査,心身症各論(循環器,消化器,呼吸器,アレルギー,神経・筋,内分泌代謝,自律神経,摂食障害,慢性疼痛などの疾患,癌と心身医学),心身医学的治療法などの項目が心療内科の第一線で活躍している方々により分担執筆されている。その内容の充実度は今まで,この種の教科書にはない優れたものである。
 心身症に関わらず,一般に病人は程度の差こそあれ心的,家庭・社会環境的な影響を受けざるを得ず,それが更に病気に影響を与えてくることは現代社会では避けられない事実である。医療関係者はもはやこの点を無視して医療を行うことは不可能な時代になっている。この様な視点に立ってみても,本書は心身症の病態の考え方,心身医学的な治療法の重要性とその応用の仕方を具体的に示してあり大変に有用な教科書と考える。
(B5・324頁 税込定価9,270円 医学書院刊)


最新の放射線医学がわかる参考書

標準放射線医学(第5版) 有水昇 監修

《書 評》隈崎達夫(日本医大教授・放射線医学)

 多少おこがましい言い方かも知れないが,私自身27年間放射線医学一筋に勉強してきた思いは濃い。途中からは,日常の診療以外は興味ある領域の研究に打ち込んできた。いわば,専門馬鹿であることに少しの疑念もはさまなかった。そして現在,逆に専門馬鹿だけでは通用し難い立場にあることに戸惑いを覚えることが少なくなった。そういう時に必ず開くのがまさに本書である。私個人にとってはまがうことなき座右の書である。

利用価値の高い教科書

 学生の授業の前夜,スライドを見直しながら『標準放射線医学』を開いて,その項目に目を通す習慣はもう何年続いただろうか。『標準放射線医学』によって基礎的な知識をもう一度確かめ,自分なりの新しい工夫を加えながら学生の授業を行ない,学生との質疑応答を楽しんでいる。この教科書の利用価値はいろいろな面で高い。
 このたび,有水教授,高島教授,増田教授,佐々木教授はじめ新たな執筆陣を加えた『標準放射線医学』第5版が出版された。第4版に比べてページ数は少し減ったものの,内容はさらに充実され,しかも理解しやすくなっていることに先ず感銘を覚える。そして目立つのは写真の鮮明さと美しさである。中でもデジタル画像も加えた消化管の画像には目を奪われた。症例数もさらに豊富となり,見落としてはならない病変を鮮やかに表示している。消化管のX線検査は,血管造影や超音波検査と同様,あるいはそれ以上に施行者の腕を直接反映する。読影力と同時に高度な検査技術が要求される。それだけに,主だった症例については撮影角度などを加えていただければさらに理解度が深まるのではないかと感じた。
 今回の改訂書には現在の放射線医学が全て網羅されていることは言うまでもないが,その中でも核医学とMRIおよびInterventional Radiology(IVR)の項にかなりのページ数がさかれ,内容的にも充実したように感じられる。それぞれ時代をリードする分野である以上当然と言ってしまえばそれまでだが,ベッドサイドに臨む学生諸君にもこの分野の知識は絶対的に必要となったことを物語っているのであろう。心臓核医学は,いまやこれなくして虚血心を語れないほどになったが,本書では簡潔にわかりやすくまとめられている。IVRにはメタリックステント症例が加えられていることも注目される。
 さらに望むならば,そろそろ3次元画像なども加味してはどうだろうか。私自身学生の講義に取り入れ始めているが,鮮明な3次元画像は理解度をさらに高める効果があると確信している。なお,ひとつ気になるのは本書を利用する学生や若い医師の中に,項目ごとにばらばらにしクリップ等でとめて持ち歩く人がいることである。私などは,内容の充実した厚い教科書に重厚さを覚えて大切にしたがるのだが,現代の風潮は少し違うのかも知れない。放射線診断学,核医学,放射線治療学に加えて工学,物理学,生物学など全てを一冊に網羅すれば厚くなるのは仕方がないのだろうが,はたして良い解決策はあるのだろうか。

臨床の現場を反映する臨床感がみなぎる

 目を見張るほどの進歩に伴って膨大な知識の蓄積を要求される放射線医学ではあるが,単なる疾患と読影知識の羅列では学生の興味をひくことはできない。大切なのは放射線診断や放射線治療に際しての集学的な思考過程である。本書を一読して感じるのは,この基本的な理念が貫かれていることであり,しかも1枚の写真や図表に臨床の現場を反映する臨場感がみなぎっていることである。執筆者の方々の熱意と御苦労に深く敬意を表するとともに,医学生諸君のみならず現場の放射線科医師の座右の教科書として広く推薦したい。
(B5・頁896 税込定価10,300円 医学書院刊)


137のキーワードを要領よく解説

キーワードを読む 皮膚科 塩原哲夫,宮地良樹 編集

《書 評》今村貞夫(京大教授・皮膚科学)

 近年の急速な医学の発展に伴って,皮膚科学領域にも基礎医学や関連臨床医学領域より多くの情報が洪水のごとく流れ込み,それが皮膚科学のめざましい発展に寄与している。また,それに伴って皮膚科関連の学術雑誌は倍増し,学会や研究会も目白押しである。
 それとともに,新しい学術用語や医療機器,さらにそれらの略語が次々と生まれ,しばらくすると,それがあたり前のこととして解説なしに学会や学術雑誌で使用されている。したがって,皮膚科を専門とする医師や研究者の間でも少し分野が異なったり,また,学会に出席したり雑誌に目を通すのが中断したりすると,何のことだか分からない用語が飛びかって,内容全体がさっぱり分からないということも珍しいことではなくなってきている。
 本書は,このような状況の下で企画されたきわめてタイムリーな書籍であるが,137のキーワードをとり上げ,そのキーポイント,言葉の概念,研究の方向,将来の展望がいずれも1頁内に要領よくまとめられている。

臨床皮膚科学との関連を具体的に

 キーワードとして取り上げられているものには,新しい疾患名(特に略語)や症状名,診断機器,治療法,実験方法,実験機器,実験動物,細胞,サイトカイン,遺伝子などがあり,さらに末尾には,腫瘍マーカー,遺伝子用語,膠原病の自己抗体,細胞成長因子,サイトカイン,主なCD抗原,代表的な接着因子に関する一覧表などが掲載されている。なお,執筆者は,ほとんどがそれを専門とする中堅の皮膚科医なので,特に臨床皮膚科学との関連が具体的に記載されており,臨床医にとって理解しやすい。
 本書は,論文を読み,学会発表を理解するための辞書,参考書としても利用可能であるが,最初から通しで読めば,現代皮膚科学をとりまく医学の進歩を知るよすがともなろう。筆者も第一項目から通読したが,めざましい近代皮膚科学の進歩を知るとともに,自らの知識の貧弱さに改めて恥じ入った次第である。

臨床家にも研究者にとっても便利

 前述のように,本書で取り上げられたキーワードは137であり,それが90人の執筆者によって書かれているので,その内容には多少の濃淡があり,項目によっては新味に乏しいものもないとは言えないが,全体を通じて言えることは,臨床家にとっても研究者にとってもきわめて便利な書籍である。
 今回取り上げられなかったキーワードもまだかなり残っているように思われるので,近い将来,本書の続編が発刊されることを願うものである。
(B5・176頁 税込定価3,605円 医学書院刊)