医学界新聞

第97回アメリカ消化器病学会に参加して

Helicobacter pylori の話題を中心に

伊藤重二 福井医科大学第2内科


 金原一郎記念医学医療振興財団の援助を受け,5月19日から22日まで,アメリカのサンフランシスコで開催されたアメリカ消化器病学会(AGA:American Gastroenterological Association)に出席しました。
 この期間は,同時にアメリカ肝臓病学会(AASLD: American Association for the Study of Liver Diseases),アメリカ消化器内視鏡学会(ASGE: American Society for Gastrointestinal Endoscopy),消化器外科学会(SSAT: The Society for Surgery of the Alimentary Tract)が開催され,アメリカ消化器関連学会週間(DDW: Digestive Disease Week)と言われています。日本でも,同様の形式の学会週間が数年前から開催されるようになってきています。
 会場は,市内中心部にあるMoscone Centerで,このような大きな会議を十分にこなせるだけの広さがあり,ゆうに1万人以上の参加者があっても余裕を感じさせる,アメリカならではの会場でした。
 アメリカ西海岸という地理的な条件も加わり,日本からの参加者もかなり多くみられました。もちろん,演題採択数もアメリカ以外では日本からが最も多かったようです。DDW全体で6200題以上もの応募があり,そのうち4584題が採択され,ポスターあるいは口演で発表されました。さらにレクチャーや特別講演があるわけで,これらの演題を4日間でこなすのですから,ハードなスケジュールであることは間違いありません。おまけにこれらの学会ではPostgraduate courseが会期前後に組まれており,また早朝6時45分から8時にはFocused Clinical/Reseach Update Breakfast,昼食時にはMeet-the Professor Luncheons等のレクチャーがあり,すべてを把握するのは困難でした。 
 そこで,私の研究領域でもあるHelicobacter pylori H.pylori )に関連する話題を中心に,学会全体の印象を述べてみたいと思います。というのも,消化器病の中でもH.pylori の話題は大きなウエイトを占めるテーマの1つだからです。

H.pylori 関連の最新の研究

 初日(19日)の日曜日はポスター発表のみでしたが,翌日(20日)からは,基礎的,臨床的な様々な事項をテーマとした口演が同じ時間帯に2会場で開催されるという超過密スケジュールでした。そのため,片方の口演しか聞けないことになりましたが,それでも抄録等を頼りにおおよそを把握することにしました。
 中でも圧巻は,H.pylori の研究では世界のトップを走っているMartin Blaser, Hartley Cohen, David Grahamの3氏による,“Helicobacter pylori : Update 1996"というシンポジウムでした。それぞれが病原性,診断法,治療法について新しい話題の講演を行ない,フロアを含めて熱のこもったディスカッションが行なわれました。2000名以上入りそうな会場が超満員になったのは言うまでもありません。
 そのほか,胃癌の第一人者であり世界的に有名な病理学者P. Correa氏らが司会をして,胃悪性疾患とH.pylori の関連を述べた8題の口演があり,満席になっていました。このセッションでは,日本から呉共済病院の上村直実先生が発表されており,日本のH.pylori 研究のレベルの高さがうかがわれた次第です。また,癌とアポトーシスがホットな話題となっていますが,P.M.PeekらがH.pylori の中には癌化に向かわせる株とアポトーシスを促進する株とがあるとの発表を行ない,話題を集めていました。
 分子生物学的研究では,昨年の同学会ではvacA 領域におけるml/m2, Slab/S2あるいはcagA, B, C の話題があったのですが,本年は,サイトカイン分泌を促すpicaA, B(permits induction of cytokines)の話題,上皮細胞と接触することによって誘導される障害因子としてiceA (induced by contact with epithelium)という遺伝子が注目を集めていました。もちろんcagA の病原性については,粘膜の炎症,サイトカイン分泌(IL-8,TNF-α),萎縮性胃炎や腸上皮化生など,胃癌との関連を肯定する発表が多くみられました。H.pylori には1700程度の蛋白があると言われているので,今後も多くの障害因子,関連蛋白が発見され,病原性との関わりが明らかにされていくと考えられます。
 臨床的なH.pylori 検出法については,ラピッドウレアーゼテストとして高感度なPyloritek-II test,全血を用いたFlexSure HP fingerstick testなど,外来ですぐに結果の出る検査法が注目されていました。また,UBT(urea breath test:尿素呼気試験)が小児に対して用いられ,世界的に汎用される方法の1つとなりそうな印象を受けました。日本でも治験が行なわれているようなので,確立された方法として早く保険適用されるべきだと思われました。
 治療法に関しては,耐性化の問題がクローズアップされてきており,未だによりよい治療法が模索されているといったところだと思います。それでも,100%とはいかなくとも高い除菌率を示す治療法が多く報告されていました。また,ホットな話題としては,H.pyloriと虚血性心疾患との関連について,肯定派(D.H. Balabanら,M. Neri ら)と否定派(T.A.McDonaghら,F. Maierら,A. Khurshidら)の発表があり,今後の成り行きに注目すべきであると思われました。

VT活性に関してポスター発表

 私個人としては,19日のH.pylori : Molecular geneticsのセッションでポスター発表を行ないました。沖縄県立中部病院の慶田喜秀先生との共同研究によるもので,胃癌や萎縮性胃炎の頻度が異なる福井県と沖縄県におけるH.pylori 菌の空胞化毒素活性(VT)を比較した研究です。
 「両者のVT陽性率には差がみられないが,福井株では活性値に大きなバリエーションがあって,胃粘膜萎縮度と相関するのに対し,沖縄株では全般的に活性値が低く,かつ萎縮度も軽い人が多い。その傾向を各年代ごとに比べると,H.pylori 感染が起こってから比較的長期にわたる60歳代で顕著になる」というものです。何人かの人に質問やsuggestionをいただきました。また,そのVTの遺伝子解析を教室の他のメンバーが報告して,同じVT活性を研究している第一人者であるJ.C. Athertonから質問を受けていました。
 ポスター会場では,DDW全体で連日1000題近い演題の発表がみられました。12時から14時30分までの間に質疑応答があり,それぞれ疑問点をとことんまで論議し合う姿がみられました。固苦しくなく,直接身振りなどで質問ができるので,口演より多くの知見を得ることができました。各自に与えられたポスターの展示サイズも大きく(約1.4×2.4m),立派な発表が目立ちました。
 私は本学会の事前登録の際に,早朝開かれるFocused Clinical/Research Updateの中のH.pylori という話題に申込みをしていたので,20日早朝,さっそく会に参加しました。50人程度の参加者のうち,日本人は私1人でしたが,本学会で発表された内容について,抄録をもとにWalter Peterson氏(テキサス大サウスウェスタンメディカルセンター教授)が解説を加えてくれるもので,研究者のみならず,アメリカ国内の臨床家,大学の教員までが参加しており,また卒後研修の一環にもなっているようでした。

学会の主なテーマから

 会長講演は20日午前に行なわれ,コネチカット大教授のJames W.Freston氏が,来年で100周年を迎える学会のレビューと今年のメッセージを講演されました。その内容は,消化性潰瘍,大腸癌予防,ウイルス性肝炎という消化器領域の3大課題に対して,医療費削減も含めた全般的な治療戦略を模索する,というものです。
 今学会では,消化器全般にわたる基礎的臨床的テーマが多岐にわたり取り上げられました。基礎的な点では,Brain-gut interaction, Oncology, DNA damage, Apoptosis, GI motility, Cytokine, Acid secretionなどが広くテーマとして取り上げられていました。また臨床的には,Barret潰瘍やGERD(胃食道逆流症)など,より欧米で深刻な問題について常に会場が満席となる状態でした。炎症性腸疾患や大腸癌についても,当然多くの発表がみられました。
 また,他の3学会との合同開催として,TIPS(transjugular intrahepatic portsystemic shunt形成術)や門脈圧亢進症のマネージメントの話題,膵炎やOddi筋機能に関する話題,G型肝炎の話題や口演などもみられました。さらに,妊娠や出産など女性特有の問題と消化器疾患治療の関係や,胃瘻造設における倫理的問題など,アメリカならではの先進的(?)な問題も取り上げられていました。また,治療効果と経済性などについて多くの発表があったことは言うまでもありません。
 来年はミシガン大教授のTadataka Yamada氏が会長となって,ワシントンDCで開催される予定です。氏はアメリカ消化器病学会のトップでありながら,学会期間中に開催される日本人の勉強会にはよく出席して,若手研究者に厳しい質問をされます。日本の消化器病研究に多くの期待をされているようです。次期学会も,ますます日本からの発表が増えるものと考えられました。

おわりに

 以上,気候的にも場所的にも絶好のコンディションで学会につつがなく参加でき,また発表する機会が得られたことは,誠に有意義でした。何人かのH.pylori 研究者に,今後の研究の協力をお願いすることもできましたし,同時に留学中の日本人の方と親しくすることもできました。多くの日本人の発表がみられたこと,アメリカで多くの日本人留学生が頑張っている姿を目にしたことなどから,日本の消化器病領域の研究がかなりハイレベルになってきていることを身をもって感じました。
 今後もこのような機会を得て,いろいろな基礎臨床の会に参加したいと考えています。最後に今回の学会参加にあたり,助成をいただいた金原一郎記念医学医療振興財団に深謝いたします。