医学界新聞

女性の政治プロセス参加が鍵に
  21世紀に向けた社会開発への提言

世界人口白書1996より



 国連人口基金(UNFRA:本部・ニューヨーク)は,さる5月29日に「変貌する都市:人口と開発のゆくえ」と題する世界人口白書1996を発表した。同白書は,「世界的に都市化が進む中で開発の問題を考える際に重要となるのは,最も弱い立場におかれている都市の貧困層,特に女性に焦点をあてることである」と強調。また,膨張し続ける都市と人口問題に焦点をあて,社会開発をいかに持続させるのかが都市の未来の緊急課題としている。一方で,「社会サービス,教育,保健の各分野に対する投資を増額し,女性のエンパワーメント(能力強化)を図ることが,人口・開発問題を解決する鍵になる」とも提言している。社会開発に対する現時点の投資額が,都市の将来ひいては21世紀における開発そのものの命運を左右することになるとする同白書の要約を以下に記す。
 なお,同白書に関する問い合わせは,下記まで。
●JOICFP(家族計画国際協力財団)
TEL(03)3268-5875/FAX(03)3235-7090


人口の増加とリプロダクティブ・ヘルス

 すでに開発途上諸国の国民総生産(GNP)の60~80%は,都市が占めている。都市は経済活動のすべての段階で,企業家に資本と労働力と市場とを提供している。都市はまた社会の変革を加速する役割も果たしている。最貧層の人々を除けば,都市は農村に比べてチャンスが多く,生活環境も快適である。女性も都市のほうが自立する機会に恵まれ,教育を受ける機会,家族計画とセクシャル・ヘルスを含むリプロダクティブ・ヘルス・サービスの利用,公平な賃金雇用といった重要な分野で,男性との格差が農村よりも少なくてすむ。
 とはいえ,現在の途上国の都市人口の3分の1,およそ6億人に達する人々が,基本的なニーズを満たすだけの手段を持てずにいる。貧困者の絶対数は脅威的で,都市の持つ利点をすべて台無しにしてしまう危険が大きい。リプロダクティブ・ヘルスを含めた保健,教育および女性の自立と平等を推進する事業に財源を投入することが,都市貧困の撲滅の基盤になると白書では指摘している。それが,世界的な人口増加を抑えることにもつながるのである。
 現在の都市人口は26億人,そのうちの17億人は開発途上国に住んでいる。都市人口は世界人口全体の増加率を上回る速度で増加している。10年以内には,世界人口65億9000万人のうち,半数以上の33億人が都市居住者になる。都市によっては,かつてない速度で人口が増加しているところもある。
 現在,都市人口の増加のほとんどすべては,開発途上諸国で起きている。1970年から2020年までの世界規模での都市人口の増加分20億6000万人のうち,92.9%を途上国の住民が占めることになる。この増加の多くの部分は,最貧国で生じており,この新しい都市人口の多く,とりわけ女性と子どもたちが,世界でも最も貧しい人々になるとみられる。
 世界中で,その国の最大の都市に住んでいる人口の割合が増える一方である。1950年当時には,人口100万人以上の都市は世界に83,そのうち34が途上国の都市であった。今では100万都市が280以上にもなり,2015年までには,この数はほぼ倍増すると見られている。1950年当時,世界で最大の都市であったニューヨークだけが1000万人を超える人口を抱えていたが,現在では,人口数で14位までの都市が1000万都市となり,中でも世界最大の都市である東京には2650万人が住んでいる。

望まれる女性の進出

 白書によれば,都市の基盤となるのは,健康で十分な教育を受けた労働力の存在である。つまり,リプロダクティブ・ヘルスを含む保健と,特に女性に重点をおいた教育の分野に,より大規模かつ効果的な社会投資が必要になるということである。さらには,保健・教育分野への投資の増額を通じて,女性の自立と平等を推進するための活動にも,社会投資を行なっていかなければならない,としている。
 また,女性は,自分たちの生活,家庭,地域社会および政府の中でものごとの決定権を持つ必要がある。結婚や出産,家庭外での仕事,自分の所得の使途などについて,自分で決定できるようになるべきである。都市では,女性が世帯主となっている家庭が増加している。しかし現在の傾向として,このような世帯が貧困層を形成していることが多い。活力に富む都市の未来のためには,貧しい女性とその家族が貧困から抜け出す手段を得る必要がある,とも指摘している。

ICPDの目標

 都市の未来についての要請事項は,1992年の地球環境サミットを皮切りに,1994年にカイロで開催された国際人口開発会議(ICPD)を経て,1996年6月に開催される第2回国連人間居住会議(HABITATⅡ)で終結する近年の一連の国連主催の国際会議で,世界各国の政府が行なった誓約を試すことになるであろう。
 都市のダイナミックな発展に欠かすことのできない目標の中で,最も具体的なものが,ICPDの行動計画である。その中には,次の点が重点項目としてあげられている。
  • できるだけ早く,遅くとも2015年までに女子も男子も全員が初等教育を受けられるようにする。
  • 女性の地位を改善する上で教育が重要であるとの観点から,当該教育の質および適性を改善する必要性に留意しつつ,女子および女性が中等および高等教育,また職業教育および技術訓練をできる限り幅広く,また早い時期に受けられるようにする。
  • 2005年までに,初等および中等学校教育における両性間の格差をなくす。
  • 2000年までに,乳児および5歳未満の子どもの死亡率を3分の1に引き下げるか,あるいは出生1000人あたり50-70人に下げるかのいずれか少ないほうを達成する。さらに2015年までには,出生1000人あたり35人未満の乳児死亡率,出生1000人あたり45人未満の5歳未満死亡率を達成する。
  • 妊産婦死亡率を2000年までに1990年レベルの半分に,2015年までにさらに半分に引き下げる。
  • できるだけ早急に,遅くとも2015年までに,該当する年齢のすべての個人がプライマリ・ヘルス・ケア制度を通してリプロダクティブ・ヘルス・ケア・サービスを受けられるようにする。
  • 2015年までに,安全で信頼できる家族計画の方法と法に反しない関連のリプロダクティブ・ヘルス・サービスを誰でも広く利用できるようにする。
  • カップルおよび個人が,子どもの数,出産間隔,ならびに出産の時期について十分な情報に基づく自由な意思決定を下す能力,自分自身を性感染症から保護する能力を高める方法を通して,2005年までに家族計画の利用を妨げるすべてのプログラム関連の障害を除去すること。

都市の未来の緊急課題

 リプロダクティブ・ヘルス・ケアは,出産可能年齢にある女性だけでなく,あらゆる年齢の女性,それに男性も対象になる。リプロダクティブ・ヘルスに関するサービスは,家族計画とセクシャル・ヘルス・ケアの他に,産前・出産・産後のケア,合併症の場合の専門医への照会,責任ある性行動や女性の性器切除のように体に有害な慣習の廃止についての教育,HIV/エイズを含む性感染症の予防と検査などを含めていく必要がある。リプロダクティブ・ヘルスに関する問題が,女性やカップルの人生の大きな問題となり,エイズを含むリプロダクティブ・ヘルス関連の病気が都市から農村へ,そして国境を越えて蔓延して大きな脅威となっていることから,この分野でのサービスは,その重要性をますます増してきている。

 白書によれば,都市の未来が成功するかどうかは,何よりも女性と貧困層をはじめとする社会の構成員すべてを,建設的な政治プロセスに参加させることができるかどうかにかかっているという。そのためには,政府,NGO,民間部門,地方や地域組織の間の協同・協調関係が必要となる。世界規模での都市化に対応するためには,国際社会(各国政府,NGO,国際機関)が,都市の持つ可能性を十分に活用して,世界の人々の生活を向上させ,21世紀における持続可能な開発の基盤を確立しなければならない。
 特に,世界の中でも最も貧しい国,女性差別が最も深刻な国,人口圧力が最も厳しい国においては,外国の支援なしに国内の努力だけに頼っていては,的確な対処ができない。地球規模での都市化の因果関係に国境はない。同じように,協力と共感も国境を越える必要がある。1994年の国際人口開発会議における各国政府の合意に基づき,国内的にも国際的にも,人口と開発に関わる事業にさらなる財源を投入するべきであると白書では結論している。