医学界新聞

「アメリカ癌学会スペシャルカンファレンス」印象記

Cancer Susceptibility Genes and Molecular Carcinogenesis


難波裕幸(長崎大学原爆後障害研究施設発症予防部門)


 恒例のアメリカ癌学会スペシャルカンファレンスが,さる2月19~25日にキーストーンリゾートにて開催された。このカンファレンスは,癌研究で現在最もトピカルな話題をテーマとし,その分野で活躍している研究者たちが発表する教育講演形式となっている。また一般参加者もポスターで自分たちの仕事を発表することができる。参加者はアメリカ国内ばかりでなく各国より多数集ってきている(表1)。

(表1)国別カンファレンス参加者
国名人数
 アメリカ合衆国
 イングランド
 スコットランド
 ウエールズ
 日本
 イタリア
 オランダ
 スウェーデン
 カナダ
 フランス
 ドイツ
 ロシア
 南アフリカ
 オーストラリア
 ベルギー
 韓国
 スイス
 ノルウェー
 デンマーク
 フィンランド
 台湾
 ハンガリー
 香港
221
25
11
1
15
9
9
7
7
6
4
3
3
3
3
3
2
2
2
2
2
2
1
合計343

 今年のメインテーマは「Cancer Susceptibility Genes and Molecular Carcinogenesis」であり,期間中は午前,午後に1セクションずつ進行し,合計11のセクションで36人の演者が発表した。
 プログラムの構成としては,まずオープニングにノーベル賞受賞者のDr. H. E. Varmusが「Oncogene 20 years」というタイトルで癌遺伝子が発見されてから20年が経過した歴史と今後を展望し,共通した癌細胞の生理機構を解明するため,また細胞内情報伝達系の解析の重要性と組織特異性を調べるために変異遺伝子を組み合わせたり,アニマルモデルを解析する重要性について話した。
 以下,各セッションのテーマと内容について要約する。
(1)アニマルモデル交配実験;アニマルモデルを交配させて原因遺伝子を探索する方法がテーマで,min mice(APC遺伝子に変異があり,大・小腸癌を発症する)やEker rat(腎細胞癌や子宮筋腫の原因遺伝子であるTsc-2遺伝子に異常がある)を用いた実験などが紹介された。
(2)トランスジェニックマウスとノックアウトマウス;p16のノックアウトでは正常に生まれてくるが生後6か月くらいでfibrosarcomaやmalignant lymphomaを発症すること,Rb+/-ではretinoblastomaは発症しないがRb+/-とp107+/-を交配させることでretinal hyperplasiaが起こること,またcyclin A,E,cdk 2のトランスジェニックマウスを作成した結果が発表された。
(3)外因性発癌物質の代謝;アフラトキシンやベンゾピレンなどの外因性の癌誘発物質の生体内代謝をつかさどる酵素(CYP 1A1,GST M1 etc.)に関する話題が提供され,人種によってこれらの酵素の活性に差があること,またGST M1欠損者では膀胱癌のリスクが高いことなどのトピックスが紹介された。
(4)DNA修復;ミスマッチ修復遺伝子(MSH2,MLH1,PMS1,PMS2)の異常とmicrosatellite instabilityについて,また塩基除去修復障害である色素乾皮症(XP)およびコカイン症候群(CS)の原因である遺伝子(XPA-G,CSA-B)の産物が修復過程で行なう役割について概説された。さらにXPBとCSBのノックアウトマウスを作成すると,XPB-/-では胎児期に死亡すること,CSB-/-では発生期に異常がなく,UVに対して感受性になるが,CSの患者で認められるような神経発達障害などがみられることはないと報告された。
(5)癌抑制遺伝子;p53,p16,p21,VHLについての話題が提供された。まず合成ペプチドを用いた蛋白-蛋白結合するのに重要な領域を同定する方法により,p53がp21,MDM2に結合するのに必要な領域,p16とp21がcdk4,6と結合するのに必要な領域が報告された。また外因性発癌物質(タバコ,UV,NO,アフラトキシン等)によって誘導されるp53の変異スペクトルについて発表された。VHL遺伝子はvon Hippel Lindau病の原因遺伝子であり,その産物はElonginに結合しエロンゲーションを抑制する作用を持つことなどの一連の仕事が紹介された。
(6)老化と分化;不死化したマウス細胞に正常のヒト染色体を持った細胞をハイブリッドし,1~4,6,7,9,11,13,17,18,X染色体で老化が誘導されること,そしてp53やRbをトランスフェクトすることで老化が誘導されることが紹介された。
 また,テロメラーゼの活性化が癌細胞では認められるが,臨床応用として生検標本を用いて悪性度を調べる指標となることが報告された。一方,TGF-β1の分化作用と腫瘍化作用を調べるためにTGF-β1のトランスジェニックマウスを作成したところ,正常の乳腺の発達が抑制された。さらに,TGF-βIIのdominant negative Receptorのトランスジェニックマウスでは乳腺の過形成をみとめた。
(7)アポトーシス;DNAに損傷を与える物質により細胞にアポトーシスが起こり,この際にサイトカインが関与していることがNeuroblastoma cellを用いて報告された。
 また,アデノウイルスE1Aにより誘導されるアポトーシスがE1Bにより抑制される。この機序はE1BがBcl-2様のアミノ酸領域を持って作用するためであることが紹介された。低酸素状態によりp53依存性のアポトーシスが起こり,その結果腫瘍内で正常p53を持つ細胞が減り変異p53細胞の割合が増えることになるといった話題も提供された。
(8)ヒト皮膚癌と動物モデル;皮膚癌ではras,cyclinD,p53,Rbの異常が知られているがUVによりDNAにピリミジンダイマーが形成され,その結果皮膚癌では特異的なp53の変異がみられることが報告された。
(9)ヒト肝臓癌,乳癌と動物モデル;肝臓癌の進展にはc-mycとTGFαの役割が大きいことや,B型肝炎ウイルスによる発ガンはHBxがp53に結合しp53の作用を抑制する結果であると話題が提供された。乳癌に関してはBRC2遺伝子のクローニングについて報告された。
(10)脳腫瘍と動物モデル;脳腫瘍とp53の役割を臨床症例で調べると,p53の変異は良性の段階ですでに認められ,悪性化しても増加しないことから,p53の変異は脳腫瘍の進行に関与していないことが報告された。
(11)トピックス;肺癌で染色体3番の欠損が多いことから,この領域に存在するFHITと命名された遺伝子がクローニングされ,この遺伝子の欠損が肺の小細胞癌では88%と高率に認められることが報告された。
 ポスターセッションの発表は,癌という非特異的なものを対象としているために,あらゆる組織,そして臨床から基礎まで幅広い領域におよんでいた。それでも全体を通して見ることで,現在の癌研究の方向性を窺い知ることができた。in vivo in vitro の実験に分けてみると,トランスジェニックマウスやノックアウトマウスの研究がかなりの割合を占めているためin vivo の実験が意外と多いことがわかる(表2)。

(表2)実験内容 
           (ポスター発表 総数170題)
実験内容演題数
 in vivo 実験
 in vitro 実験
58
112
*実験動物を使用したものをin vivo とみなす

 また,研究対象臓器・組織に関しては,やはり癌患者数の多い肺,腸,乳腺が上位だが,実験的に癌を誘発させやすい肝臓,皮膚なども数多く研究対象とされていた。実験内容および方法についてまとめてみると,これでもトランスジェニックマウスやノックアウトマウスの研究がかなりの割合を占めていることが理解できる(表34)。

(表3)実験対象臓器・組織
臓器・組織名演題数
 肺
 大腸・小腸
 乳腺
 肝臓
 皮膚
 血球系
 脳
 腎臓
 頸部・顔面
 卵巣
 口腔内
 甲状腺
 膀胱
 子宮
 喉頭・咽頭
 食道
 胃
 唾液腺
18
11
11
10
10
9
8
5
5
5
5
4
3
2
1
1
1
1

(表4)実験方法と演題数
実験方法演題数
 トランスジェニックマウス
 ノックアウトマウス
 クローニング
  ポジショナルクローニング
  ディウァレンシャルディスプレイ
  サプトラクション
  サウス・ウエスターン
 アポトーシス解析
 LOH,DNA多型分析
  mouse inbred
  microsatellite instability
  CGH
 mutation分析
 テロメラーゼ分析
 遺伝子機能解析
  アンチセンスオリゴ
  クロモゾーム・トランスファー
  トランスフェクション
 DNA修復
  base excision修復
  double strand修復
  DNA修飾物質解析
 遺伝子発現
  in situ hybridization
  ノーザン・ブロット
24
13
 
6
3
1
1
20
 
6
18
1
8
2
 
2
1
1
 
4
3
2
 
1
1

 表5表6にどのようなトランスジェニックマウスやノックアウトマウスが作成され,今回報告されたかを示した。その内容としても,単にトランスジェニックマウスやノックアウトマウスを作成するだけでなく,互いに交配させる実験系が行なわれていた。また,癌とアポトーシスはやはりトピックスであり演題数が多く,腫瘍組織を用いたmicrosatellite geneを指標としてLOHを調べる実験も多数みられた。

(表5)トランスジェニックマウスを使用した演題
トランスジーン演題数
 ras
 Eμ-pim l
 TGF-α
 SV40T Ag
 v-fos
 HPV E6/E7
 ret/PTC
 MMTV
 MuLV
 M13mp2 vector
 clone B DNA
 IGF-1
 APC mut
 KGF/FGF7
3
3
2
2
2
2
2
1
1
1
1
1
1
1

(表6)ノックアウトマウスを使用した演題
ノックアウトジーン演題数
 p53
 APC
 Nf2
 mgl-1
 XPA
 VHL
 Brcal
6
2
1
1
1
1
1

 実験対象となっている癌関連遺伝子については,表7のようにやはりいまだにp53を対象としたものが圧倒的に多いことがわかる。p53からアポトーシスや細胞周期について調べたり,p53ノックアウトマウスを用い他の癌遺伝子と組み合わせて腫瘍化を調べたりする実験が行なわれている。その他に発癌物質の生体内代謝に重要な役割を持つ酵素をコードするGSTM1やCYP1A1などを対象とした研究も多いことがわかる。

(表7)実験対象となった癌関連遺伝子
実験対象遺伝子・蛋白>演題数
 p53
 ras
 GSTM1
 p16/MTS1
 CYP1A1
 Brca l
 APC
 PKC
 VHL
 bcl-2
 Rb
 c-myc
 c-fos
 p21/WAF1
 cyclins
 FAS/APO-1
 MSH2
 Tsc2
 gadd45
 v-abl
 E2F-1
 WT-1
 His-1
 DNA polymerase β
 Bax
 EGFr
 neu
 XPA/C
 kai-1
 E-cadherin
 GATA
25
11
6
5
5
5
4
4
3
3
2
2
2
2
2
2
2
2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1

 この学会で強く受けた印象は,アメリカの癌研究ではトランスジェニックマウスやノックアウトマウスなどのin vivo の実験が主流となってきていること,そしてモデルマウスを用いて組織特異的な癌関連遺伝子の同定を行なおうとしていることなどであった。今後,日本の癌研究もおそらく同様な方向に向かっていくと思われる。