医学界新聞

第100回日本眼科学会総会開催

The Century of the Japanese Ophthalmological Society



 第100回を迎えた日本眼科学会総会が,増田寛次郎会長(東大教授)のもとで,さる5月15-19日の5日間,京都市の国立京都国際会館において開催された。
 本紙第2187号の特集で既報のように,第1回日本眼科学会は当時の東大初代主任教授であった河本重次郎会頭のもとで1897(明治37年)に開かれた。医学会で100回目を迎えた学会は,昨年の日本解剖学会に次いで2番目だが,臨床医学系としては最も早い。その長い歴史と伝統を誇っている記念すべき今回の総会では,松井端夫記念事業組織委員長のもとにさまざまな趣向が凝らされた。
 まず,学術プログラムでは一般口演の他に,「第1回国際眼科シンポジウム」が企画され,海外からの50名にのぼる招待者に加えて,各分野の専門家が参加して20題におよぶシンポジウムが行なわれた。また,伊藤正男氏(日本学術会議会長)による特別記念講演「わが国の高度研究体制の確立をめざして」,三島済一氏(東大名誉教授)による「日本眼科学会創立の頃と日本の眼科」,塚原 勇氏(京大名誉教授)による「中心性漿液性網脈絡膜症(中心性網膜炎)と日本の眼科」の2題の記念講演,増田氏による「緑内障-最近の話題」,本田孔士氏(京大教授)による「虚血網膜の病態,その細胞,分子レベルでの解明」の2題の特別講演が組まれた。
 さらに,会期中に秋篠宮同妃両殿下ご臨席のもとに「100周年記念式典」が開かれ,開会の辞で増田会長は「この100年を1つの区切りとして先達の偉業を顧み,新たな100年に向けての第一歩としたい」と提唱した。(第100回日本眼科学会歴史展示より


特別講演「緑内障-最近の話題」

正常眼圧緑内障(NTG)と原発開放隅角緑内障(POAG)

 緑内障は,眼圧の上昇によって視神経に病的変化をきたし,視機能障害を生ずる疾患群と定義されてきたが,増田氏は特別講演「緑内障-最近の話題」の冒頭で,「最近の疫学調査では,40歳以上の人口の3.82%が緑内障に罹患しており,この中で正常眼圧緑内障(NTG)が2.19%と全体の58%を占め,原発開放隅角緑内障(POAG)の罹患率0.62%の約3.5倍であることが判明した」と指摘し,その発症のメカニズムを検討。増田氏の教室の検診の結果でもNTG罹患率は1.86%であり,これらの事実から緑内障の発症を眼圧のみで説明することは困難であるが,増田氏は「眼圧が高くなるほど罹患率が高くなり,手術後視野障害進行率を比較すると,眼圧が低いほど進行率は低く,眼圧が緑内障発症の最大のリスクファクターであることと,治療面において眼圧下降の有効性は基本的に変わりない」と示した。

眼圧下降方法としての薬物療法

 次いで増田氏は,最近の新しい眼圧下降剤として,プロスタグランディン関連物質ラタノプロストとニプラジオールについて言及した。
 ラタノプロストの眼圧下降機序は,従来の抗緑内障薬のようにシュレム管を介する房水流出増加や房水産生低下ではなく,強膜ブドウ膜流(uveoscleral flow)の増加によることがわかっており,1日1回の点眼で代表的交感神経β遮断薬チモロール以上の眼圧下降が1年の長期にわたってみられることがあきらかになっている。
 またニプラジールの眼圧下降機序は,β遮断作用による房水産生抑制に加えて,強膜ブドウ膜流の増加によるが,臨床治験でもモチロールに劣らぬ眼圧下降作用が確認され,β遮断作用はモチロールに比べて弱いため,全身的副作用も比較の上では少ない。これらの点を踏まえて増田氏は,「これら2剤は,従来の薬剤にない作用機序を持ち,モチロールと同等もしくはそれ以上の眼圧下降効果を示す一方,全身的副作用は少ない。また点眼で視神経乳頭の血流増加作用も期待でき,緑内障点眼治療の新しい局面を期待される」と示唆した。

線維柱帯切除術とマイトマイシンC

 緑内障の手術療法として線維柱帯切除術が最も広く行われているが,線維芽細胞増殖抑制がこの術式の成績向上に有効であることが示唆され,1980年代半ばには線維柱帯切除術後に代謝拮抗薬5-フルオロウラシル(5-FU)を結膜下注射する方法が,さらに1980年代の終わりには術中術野に塗布するだけで効果を発揮するマイトマイシンC(MMC)が登場した。
 増田氏は,「現在,0.04%MMCを標準として使用しているが,無治療で眼圧調整効果は79%と5-FU併用手術より優れており,使用が容易でかつ角膜上皮障害ないことなど,患者の負担も少ない。MMC使用の1つの問題点は,術後低眼圧の増加であったが,術後経過の解析結果から術後2週間目の眼圧値が8mmHgであることが,長期眼圧コントロールと低眼圧発生予防の最適値と考えている」と述べた。

NTGとPOAGの臨床像

 前述のように,緑内障進行を眼圧のみでは説明できず,他の要因の関与があることは疑えないが,増田氏は「そういう点からも,NTGは眼圧以外の要因研究のよい臨床材料となりえる」と次のように指摘。
 NTGの臨床像をPOAGのそれと比較すると,視野変化は同程度であっても,(1)POAGと異なり,固視点上鼻側に障害が強いが,下方乳頭黄斑間領域には障害が軽い,(2)視神経乳頭縁面積が視野変化以前よりすでに狭小化している,(3)視神経線維および視野障害がより局所的であるなどの特徴がある。
 また,「脳循環改善薬サブロミン投与群と非投与群の視野を観察したところ,前者で有意に視野悪化が少なかったが,両群間で経過中眼圧には差がなかったので,何らかの循環障害がNTG進行に関与していることが考えられる」と示唆し,「NTG進行には,眼圧と局所循環障害の両者が関与しており,さらに手術または循環改善薬によってある程度の臨床的効果が期待できることがわかった」と述べた。


シンポジウム「病名に名前を残した先達」

先達4氏の業績を検証

 第100回総会に相応しく,「病名に名前を残した先達」と題した最後のシンポジウムでは,独創的な成果を残した4人の先達の業績が検証された。
 まず,小口忠太氏によって報告された先天性停在夜盲「小口病」について小口芳久氏(慶大)が発表。本症は眼底全体が白っぽい霜降り状・金箔様に輝いて見える特異な眼底所見を呈し,長時間の暗順応によって光覚の改善が見られ,2~3時間の暗順応によって眼底所見が正常化する特徴(水尾・中村反応)を示す。小口氏は,文献上とアンケート調査から得た実態調査や最近明らかになった原因遺伝子に関して報告。次いで奥沢康正氏(阪医大)は,“中心性網膜炎”との関わりを手掛かりに「増田隆先生の医史学的考察」を報告した。
 原田永之助氏が発見した「原田病」に対しては藤野貞氏(東医歯大)が,また「高安病」の発見者高安右人氏については河崎一夫氏(金沢大)が報告した。


第100回日本眼科学会歴史展示より