医学界新聞

Helicobacter pylori now

DDW-Japan 1996 パネルディスカッションより



  

最も重要なキーワード

 その分離培養の成功が,「医学界における今世紀最大にして最後の発見の1つ」とも評される “Helicobacter pylori"が発見されて14年。世界中の研究者がその本態に迫る研究にしのぎを削っているが, 今年のDDW‐Japanにおいてもこの細菌はまぎれもなく最も重要なキーワードであり,2日目にはパネルディ スカッションC & C「Helicobacter pylori now」(総合司会=兵庫医大 下山孝氏)が開かれた。
 全4部からなる構成は,「判定法」(司会=大分医大 藤岡利生氏,兵庫医大 福田能啓氏), 「除菌法」(司会=愛生会山科病院 郡大裕氏,山口大 多田正弘氏),「傷害機序」(司会=京大 村 上元庸氏,都立広尾病院 鈴木雅之氏)および「疾患との因果関係」(司会=東女医大 桑山肇氏,札幌 医大 杉山敏郎氏)。総計6時間をかけて,28名におよぶ演者が文字どおりHelicobacter pylori(以下Hp) 研究が到達した現時点における最新の成果を報告・討議した。

「傷害機序」

 「傷害機序」の部では,まず古田隆久氏(浜松医大)が胃酸分泌に与えるHp感染の影響を検討。古 田氏によれば,十二指腸潰瘍のように前庭部中心にHpが感染している場合は,高gastrin血症を介して酸分 泌が亢進することが考えられるが,胃潰瘍のように感染が胃体部に及ぶ場合は,Hpは壁細胞に何らかの 酸分泌抑制作用を及ぼし,この作用が高gastrin血症の効果を上回るために胃内酸度を低下させる。そして, 「胃潰瘍では,Hpの除菌によってその抑制が解除されると,胃酸分泌はそれまでの低酸状態から正常状 態にまで回復する」と指摘した。
 また,Hp感染胃粘膜におけるサイトカインについて検討した山岡吉生氏(京府医大)は,「胃 粘膜傷害に各種のサイトカインが重要な役割を果たし,特にcagA陽性菌感染ではIL-8がトリガーと考えら れるが,cagA陰性ではIL-6が中心的な役割を果たす」とし,IL-6とIL-8とが独立して作用する場合の可能性 を示唆した。
 同様に,慢性胃炎粘膜における接着分子の発現を免疫組織化学的に考察し,Hp感染と慢性胃炎 進展との関係を調べた内田俊之氏(阪市大)は,「Hpの胃粘膜傷害発生機序には,アンモニアやサイト カイン,好中球などの関与が考えられてきたが,われわれの検討では,慢性胃粘膜傷害の持続や進展には, 血管内皮細胞および種々の炎症細胞における免疫反応も重要な関わりを持つことが考えられる」と述べた。

胃潰瘍と十二指腸潰瘍との比較,胃潰瘍再発との因果関係

 「疾患との因果関係」の部では,福田能啓氏(兵庫医大)が,胃潰瘍と十二指腸潰瘍をHp感染率, 血清抗Hp抗体価,胃粘膜の萎縮の広がり,除菌療法の効果,菌株のサイトトキシン産生の面から比較検 討した。その結果,胃粘膜の萎縮の程度はHp感染の有無にかかわらず十二指腸潰瘍で軽度であり,血清 抗Hp抗体価が高い症例では萎縮は軽度。cagA陽性率は,胃潰瘍(63.2%),十二指腸(75.1%)であるの に対し,vacA陽性率は,それぞれ63.6%,80.1%。除菌療法後の再発生率の比較では,十二指腸潰瘍の除 菌症例では,排菌症例・対照症例に比べて有意に低いが,胃潰瘍では除菌症例,排菌症例の順に低い。こ のことから福田氏は,「Hp感染は十二指腸潰瘍の病態に密接に関与しているが,胃潰瘍においてはその 影響に十二指腸潰瘍と比べては相違があることが示された」と述べた。
 続いて,Hpと胃潰瘍の再発との因果関係を検討した根引浩子氏(大阪市立総合医療センター) は,Hp陽性胃潰瘍患者を,除菌成功例,除菌不成功例,除菌療法を行なわなかった例に分けて組織学的 QOUH(潰瘍治癒の質)とその後の再発を比較。その結果,「胃潰瘍の再発にはHp以外の因子の関与もあ り,潰瘍瘢痕の炎症細胞浸潤が再発に影響すると考えられる」と報告した。

Hp菌株の遺伝子型と表現型

 また,徳丸健吉氏(自治医大)は胃潰瘍例,十二指腸潰瘍例および胃・十二指腸潰瘍併存例を対象と して,それぞれのHp菌株の遺伝子型とサイトトキシン活性について検討を加えた。
 徳丸氏によれば,Hpは菌株によって遺伝子型,ウレアーゼ活性やサイトトキシン活性に代表さ れる表現型にさまざまな違いが認められる。遺伝子型であるcagA gene,vacA geneの陽性率,in vitroでの表 現型であるサイトトキシン活性の陽性率でみる限り,それぞれの疾患とHp菌株との相関関係は認められ ず,「Hp感染と消化性潰瘍との因果関係に関しては,ulcerogenic strainの有無や宿主因子も含めてさらな る検討が必要」と指摘した。

分化型胃癌の内視鏡的治療とHp

 一方,分化型胃癌の内視鏡的治療症例におけるHp除菌療法について検討した向井俊一氏(呉共済病 院)は,分化型胃癌を伴う萎縮性胃炎症例においても,Hpを除菌することによって,好中球浸潤の消失 だけでなく,従来は非可逆的と考えられていた腸上皮化生の改善と同時に,内視鏡的治療後における他部 位癌の発育が抑制される可能性も示唆した。さらに,榊信廣氏(都立駒込病院)は,内視鏡切除された高 分化型胃粘膜癌症例を対象とした胃癌発生とHpの因果関係を臨床的に検討し,「胃癌発生とHpの存在や, 結果としての活動性胃炎の間には,直接的な因果関係がないと考えられる」と結論を述べた。
 冒頭にも触れたように,従来の消化器病学の概念をも覆すほどの威力を持ったこの細菌が発見さ れて14年。今後の研究への期待こそが“Helicobacter pylori now"の解答であるのかもしれない。

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