医学界新聞

第93回日本内科学会パネルディスカッション

「内科の臨床教育と研修のあり方」

一般内科の臨床教育はどうあるべきか



 さる4月11-13日の第93回日本内科学会(会頭=東大教授 黒川清氏,前号参照)で,パネルディスカッ ション「内科の臨床教育と研修のあり方」(司会=黒川清氏,名大教授 齋藤英彦氏)が企画された。

総合診療の存在意義は教育に

 最初のパネリストである福井次矢氏(京大教授)は,卒前の内科臨床教育の現状と問題点について, 総合診療の視点から報告した。福井氏はまず,総合診療の内容を診療面(内科疾患はセカンダリーレベル, その他の分野はプライマリレベルまでを万遍なく扱う)と研究面(臨床疫学の方法論を用いた診療行為の 科学的評価と診療方針の作成)に分けて解説。さらに「総合診療部の最も重要な役割は学生や研修医の臨 床教育にある」と述べた。
 その上で卒前の臨床教育の問題点について,(1)大学に臨床教育のスペシャリストが少ない,(2) 全科をほぼ平等にローテーションする現状が必要かどうか議論されていない,(3)教育学的原理が医学部の 中で応用されていない,(4)臨床能力(知識,情報収集能力,総合的判断能力,技能,態度)の中で医学的 知識にのみ焦点が合わされていることを指摘。(1)については臨床教育のfaculty development programが普及 していないこと,また教師の教育上の貢献が正当に評価されないことが大きな原因であるとし,(2)は一般 内科の概念と内容が認知されていないことの表れであると述べた。また(3)については,問題解決型カリキュ ラムやクリニカルクラークシップが取り入れられてこなかったことを例としてあげ,「成人教育の原理・ 原則を知らないで教えていたのは大変な問題」と述べた。

アメリカの臨床教育に学ぶ

 次に,出雲正剛氏(ミシガン大教授)は,アメリカでの卒前・卒後・生涯教育の流れを解説。その中 で卒前・卒後教育それぞれに特徴的な点を列挙し,卒前においてはアーリーエクスポージャーや,基礎を 学ぶ際に症例を用いること,非政府組織によりコントロールされたカリキュラムなどの特徴を紹介。また 卒後においては,教える立場としての研修医の責任が大きいこと,国からの十分な保障などをあげた。さ らにまとめとして,アメリカ医学教育の新しいトレンドも紹介。プライマリケアに進む卒業生が多いこと, evidence based medicine(データに基づいた医療)の重視,マネージドケアの影響などをあげ解説した。
 一方,舞鶴市民病院では,研修医の教育において十数年にわたってアメリカなどから講師を招聘 している。3人目のパネリストである松村理司氏(舞鶴市民病院)は,この経験を中心に,一般内科の卒 後教育のあり方について述べた。松村氏は同病院の教育目的を,「各種のありふれた内科系の疾病を,よ り多く,より速く,より安く,できれば深く,診断治療する臨床能力の養成」であると説明。またその理 念として(1)問診と身体所見の臨床現場での重視,(2)診断と治療の標準化(参考書には定評のあるものを 使う),(3)臨床と研究の分離を掲げていると述べた。松村氏はまた,上位の医師ができるだけ教育に専念 する体制や,研修医が担当医となるなどの教育方針を解説するとともに,外国から招聘した指導者の教育 方法や示唆に富む発言を紹介。最後に「今ほど内科の研修の見直しが必要なときはない」と述べてまとめ とした。
 次に,内科のサブスペシャリティでもある神経内科医の立場から田代邦雄氏(北大教授)が発言。 田代氏はまず神経学の歴史や日本神経学会の認定医制度などを解説し,神経内科は内科,精神科,脳外科 の3つの科がオーバーラップしており,その他多くの科のコンサルタントで成り立つ領域であるとした。 また日米の神経学のトレーニングプログラムを比較し,他科の患者へのコンサルテーション研修の重要性 を指摘。さらに内科初期研修の試案を示した後,総合診療部の重要性を強調し,「総合診療部,臓器別専 門科,リハビリテーションは三輪車の3つの輪である」と述べた。また「安心して初期研修に専念できる ようなシステムをつくってほしい」と今後の議論への期待を述べた。

臨床教授・学士入学制度の可能性

 続いて,最近まで文部省の医学教育課長として医学教育に携わってきた木曽功氏(広島県教育長)が 登壇。木曽氏はまず,文部省は医師の養成に関して「現在の状況にはいろいろな意味で限界が来ている」 との認識を持っていると述べた。
 木曽氏は文部省が昨年11月から「21世紀医学・医療懇談会」で医学教育やトレーニングのあり方 について議論を進めており,最初の報告が6月に出ることに言及。その中では大学入試のあり方から,医 学部の一般教育・専門教育のあり方,国家試験の問題,卒後研修についてまで議論されており,具体的な 提言として,教員の数を増やすためにも大学外の臨床教授制度の創設についての議論が進んでいることを 明らかにした。
 また根本的な部分では,医学部の研究面への偏りを改善しつつアカデミックな側面も維持する方 法として,PhDとMDのジョイントプログラムや4年制大学卒業後に医学部に入るプログラムの可能性など, 制度改革も検討中であると紹介した。一方,卒後研修に関しては,必修化には反対の立場ながらも,きち んとしたプログラムができていない現状を問題視。行政主導ではなく独立した第三者機関が卒後研修のプ ログラムをつくっていくべきとの考えを示すとともに,「卒後研修に関して,政府の補助金以外の財源保 証がなされるべきで,さらなる議論の必要がある」と述べた。

卒後臨床研修必修化の立場から

 これに対し,卒後臨床研修の必修化を打ち出している厚生省側からは,今田寛睦氏(厚生省医事課長) が登壇。まず臨床研修の流れを解説し,この中で1968年に廃止されたインターン制度について(1)身分が曖 昧,(2)研修内容が不明確,(3)指導する側・される側への財政的援助がないなどの点を反省。卒後研修必 修化への課題として,医師免許取得後の臨床研修はどのような意味を持つのか,臨床研修の資源は誰がど のように分担し,国民がどの程度負担するのかという議論が必要であると述べた。
 また,臨床研修指定病院の整備,ローテート方式・総合診療方式の提示,臨床研修到達目標の設 定など,これまで厚生省により行なわれてきた改善策をあげた後,現行の臨床研修の実態調査の結果 (1993年)を紹介。研修プログラムが体系化されていない,専攻以外の分野を研修する機会がない,労働 力として使われ勉強時間がない,指導医としての知識が不足しているなどの問題点を指摘した。また昨年 11月に出された医療関係者審議会臨床研修部会臨床研修検討小委員会報告の概要(本紙第2174号参照)を 解説。
 まとめとして,「卒後研修の充実の必要性や,すべての臨床医が研修を受けるべきであること, 指導体制の強化が必要なことなどについては,おおむねのコンセンサスが得られている。インターン制度 がその意義とは別に,制度を支える諸環境の整備が伴わなかったために廃止された経緯を反省しながら, よりよい臨床研修制度をつくるために,医療の向上にふさわしい研修のあり方についてご意見があれば参 考としたい」とまとめた。

教える側の研鑽の必要性を強調

 その後は会場からの意見に答えてディスカッション。卒前教育に関しては「大学外の臨床教授の話が 出たが,逆に,大学のスタッフが一般病院で一般内科の経験を積み,大学に帰って教育に還元すればよい のでは」という意見や,大学ごとの教育システム改善への努力・工夫の報告がなされた。また卒後教育で は,「大学病院にしがみついていればどう制度が変わっても安心という若い人がいる。努力次第で研鑽が 可能なバイパス制度を確保すべき」など活発な発言がなされた。
 最後にまとめとして司会の黒川氏が,まず臨床教育の課題を提示。卒前では,(1)講座制にしばら れない重点的教育カリキュラム(内科,外科,産婦人科,救急など),(2)クリニカルクラークシップの導 入(施設や教育などサポートシステムの充実),また卒後では,(1)臨床研修のシステムの整備(国民のニー ズに応えるような医師を養成するにはどうすればよいかを第一に考える),(2)基礎的な内科の臨床経験の 必要性,(3)研究・大学院機関との整合性をあげ,特に「国民への責任を持って内科医を養成することは PL法の考え方にも合致する」と一般内科の臨床能力の意義を強調し,サブスペシャリティや研究の道に 進むのはその後であるとした。
 さらに,指導者としての能力については,「他の施設で症例検討をするなど,他流試合をするこ とが必要。それをしないのは教える側の怠慢ではないか」と指摘。また臨床研修でのチーム編成の工夫に ついて,「学生,研修医間でも上級生が下級生に教える習慣が必要」などと述べた。最後に,「国民が必 要としている医師を養成することを課題に,力を合わせるべき。国民のニーズを満たせる質の高い医師を 育てていくかぎり,医療経済は二次的な問題である」と述べ,内科学会の役割の重要性を強調して,全体 の結びとした。

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末期癌患者の生活の場である家庭を舞台にホスピスケアを行うことが在宅ホスピスケア。ホスピス ケアのテキストでも,在宅ケアのマニュアルでもなく,それらの応用書として理論と実際を記述。在宅ホ スピスケアの定義や条件,チームワークと時間的な流れを考察。症状緩和,死教育,告知,魂のケアをは じめ在宅ホスピスケアを行うために必要な情報を詳述。さらに在宅ホスピスケアを困難にする要因につい て実例を挙げて考察。