医学界新聞

第96回日本外科学会の話題より


シンポジウム「癌手術後の長期遠隔成績と将来の展望」

 第96回日本外科学会会期中に行なわれたシン ポジウム(2)「癌手術後の長期遠隔成(10年)と将来の展望」(司会=聖路加国際病院 阿部令彦氏,癌研 附属病院 西満正氏)では,食道,胃,大腸,胆道,肝,膵,肺,乳癌について,膨大なデータをふまえ た報告がなされた。

より確実な早期診断が長期遠隔成績に重要

 はじめに胸部食道癌根治切除術後の長期遠隔成績について,掛川暉夫氏(国際医療福祉大)は,全国 24施設の術後5年以上生存例1116例の実態を報告し,今後の課題として(1)早期診断(分子生物学的手法, 正確な術前staging,重複癌の早期発見と治療),(2)外科治療(縮小手術,合理的切除郭清術,新しい代用 食道の開発),(3)術後管理(担癌生体の代謝を考慮した手術侵襲軽減と栄養管理),(4)進行癌への腫瘍 選択性の高い補助療法の確立を指摘した。
 胃癌については岡島邦雄氏(阪医大)が,「将来展望というよりも今後の課題」として,「早期 発見のために確実でもっと手軽な方法でスクリーニングを行ない,チェックされたものに内視鏡検査を」 と述べ,(1)早期胃癌は縮小手術後の診断(残胃,局所,リンパ節,腹膜,肝など)・治療(手術・化学療 法),(2)進行胃癌では腹膜再発の予知・予防,合併切除による過大侵襲,合併症への対応,合理的な補助 化学療法,(3)QOLに配慮した治療(Type oriented therapy)が必要とした。

大腸癌肝転移への肝切除

 大腸癌については,安富正幸氏(近畿大)が報告。8施設の集計による結腸癌,直腸癌のStage別生存 率などのデータを示し,長期遠隔成績では肝転移,局所再発,肺転移をいかにコントロールしていくかが 重要であると指摘した。また大腸癌の肝転移に対する肝切除の適応については,諸外国のコンセンサスで は(1)肝外病変がない,(2)転移個数が1~4個,(3)Surgical marginが11mm以上となっているが,(2)について はわが国では5個以上のケースについても切除を行なうこともあるため,この点についての大腸癌研究会 での検討も報告された。さらに神経温存術において,特にStageIIbでは生存率が悪くなるため進行度のしっ かりとした診断が必要であると指摘された。最後に今後の課題としては,(1)定量的診断→さまざまな術式 の選択,(2)局所制御,(3)全身的な放射線化学療法などをあげた。
 胆道癌・肝癌について発表した宮崎逸夫氏(金沢大)は,まず肝細胞癌の治療別の生存率から報 告。さらに多変量解析による肝切除症例の予後因子,エタノール注入療法の腫瘍別生存率,肝癌に対する 肝移植などについて報告した後,胆管癌についても発表。今後の課題として,(1)進行度に応じた手術術式 の確立,(2)十二指腸間膜全切除を指摘した。

膵癌転移抑制のための基礎研究

 膵癌について報告した斉藤洋一氏(神戸大)は,まず切除術式と切除率の推移と切除例の予後を組織 学的分類によって提示。また,門脈合併切除例や膵管癌StageIIIの治療法別生存率,進行膵癌に対する集 学的治療法(術中照射)の効果,根治性を求めるための広範囲のリンパ節郭清,2Channel化学療法など, 全国の施設での成績をふまえた発表が行なわれた。このなかで斉藤氏は「膵癌は早期に転移をきたすこと が指摘されており,転移抑制の手段が加えられれば飛躍的に成績の向上が期待される」と指摘し,転移機 序の解明と阻止対策が重要であるとして,基底膜浸潤抑制効果を示す神戸大第1外科での基礎研究を紹介 した。
 また肺癌については自験例を中心に人見滋樹氏(京大)が報告した。

胸筋・乳房温存療法が定着

 乳癌については梶原哲郎氏(東女医大)が解説。「乳癌は近年急激に増加し,近い将来女性悪性腫瘍 死亡率の1位になることが予想される」という認識を示した上で「乳癌では術後早期(3年程度)は予後良 好だが,段階的に生存率は低下し10年では胃癌,大腸癌の予後と大きな差は見られない。このように術後 長期間にわたって再発が見られるのが特徴」と述べた。そして梶原氏は全国208施設のアンケート集計に よる,胸筋温存手術,乳房温存療法が定着している乳癌における外科治療の実状を報告。特に乳房温存療 法について,当初適応が腫瘍径2.0cm以下のStage Iとなっていたが,現在では3.0cmまでに拡大されてきて いることが示された。


ますます盛んな分子生物学的研究

 外科領域の学会における分子生物学的アプローチによる研究発表は,当初は物珍しさもあったが現在 では手術適応の判定,移植医療,遺伝子治療研究などで,確固たる一領域を確立した感がある。今回の学 会でも,特別講演,招待講演,教育講演,そしてサージカルフォーラム,ポスターフォーラムなどで続々 と研究成果が報告された。

癌治療への応用に向けて

 シンポジウム(3)「癌治療に対する分子生物学的アプローチ」(司会=京大 今村正之氏,熊本大 小 川道雄氏)では,外科領域でも分子生物学的研究の比重が急速に拡大しつつある状況を反映した「臨床応 用一歩手前」という発表が行なわれた。しかし,指定講演として大腸癌についての分子生物学的研究を報 告した中村祐輔氏(東大医科研)からは総合討議において,「すべての癌細胞にトランスベクトできるよ うなシステム開発はまだ先のことで,現時点では外科的切除を行なうべきケースの方が多いのではないか」 との見解が出された。


シンポジウム「癌に対する縮小手術の評価」

 シンポジウム(5)「癌に対する縮小手術の評価」(司会=東大 武藤徹一郎氏,順大榊原宣氏)では, はじめに榊原氏より「QOLの重視ということから,管腔臓器,実質臓器の双方で縮小手術が声高に叫ばれ ているが,再発や患者への負担について,今回のシンポジウムで改めて検証していきたい」とのコメント があり,根治性の追求と機能温存という相反する命題においていかに適応を見極めていくか,各演者の自 験例をもとにした検討が行なわれた。

食道癌リンパ節転移の診断は現状では困難

 はじめに侵襲の大きい食道癌について,幕内博康氏(東海大)が報告。リンパ節転移のない病群につ いては縮小手術が可能ではあるものの,その転移の診断は現状では困難であることを指摘。縮小手術によ る治療戦略として,経内視鏡的切除術をあげ自験例を報告した。また早期胃癌の縮小手術(D0-1郭清手術) の長期追跡結果を細川治氏(福井県立病院)が,自律神経温存を目的とした下部直腸進行癌への縮小手術 について洲之内広紀氏(東大)がそれぞれ報告し,このなかで洲之内氏は手術適応を,EUSでN(-), 縮小率50%以上であることと提示した。

肝細胞癌におけるLimited resection

 実質臓器では,まず調憲氏(九大)が「肝細胞癌における縮小手術:Limited resection」を報告。術式 選択の変遷と術後重症合併症の発生率などを示した上で,調氏らが提唱する術式である「Limited resection」 についてStandard resectionとの成績比較を行なった。このなかでは,術後合併症ではStandardとほぼ同等の 成績であること,5年経過観察例における再発危険因子では3cm以下の単発例の術式の比較では肝細胞癌の 再発防止にはつながっていないことが明らかにされた。
 一方,肺癌縮小手術について発表した小池輝明氏(新潟県立がんセンター新潟病院)は,縮小手 術を積極的手術,消極的手術に分類し,術後生存率を比較。積極的縮小手術でも定型手術と同等の5年生 存率が得られるものの,癌遺残の可能性が高いことを指摘した。
 また,乳癌温存療法については,再発形式とその臨床病理学的特徴を福内敦氏(三井記念病院) が検討。乳房温存手術の適応と実際,乳房温存200例と切除211例との成績の比較,早期乳癌の遠隔成績, 温存療法後の再発,再発部位別の再発後生存率,臨床病理学的因子などを報告した。

縮小手術とインフォームド・コンセント

 総合討論では司会の武藤氏より「臓器によって縮小手術の意味あいは異なるのか」という質問が各演 者になされ,管腔臓器,実質臓器それぞれの見解が示された。さらに診断と適応,再発などについて,す べての演者の発表に対する活発な討議がフロアとの間で行なわれた。
 また,縮小手術とインフォームド・コンセントについても議論となり,拡大郭清と機能温存のジ レンマをどう解決していくか,それぞれの率直な見解が示された。 総合討議の後,特別発言を行なった 神前五郎氏(前阪大教授)は,胃癌・乳癌について発言し,癌に対する縮小手術の原則として(1)予後は拡 大手術の場合と同等,(2)侵襲は小さい,(3)QOLはよいの3点を確認した。そして最後に武藤氏から「縮小 手術というのは,拡大手術と対立するものではなく,あくまで1つのオプションである。各臓器,各症例 によって適応が異なることをよく考えなくてはならない。今後のさらなるデータの蓄積と適応の標準化を