医学界新聞

Dr.Keiji Fukudaに聞く
CFS(慢性疲労症候群)に関する
CDCの新しい診断基準について

聞き手 橋本信也 東京慈恵会医科大学第3内科教授

ガイドラインの改訂に至ったリーダーとしての3つの動機

 橋本 Fukuda博士,今回はお忙しいところを「第1回CFS公開シンポジウム」に出席されるた めに,故国とはいえわざわざアメリカからお越しいただきましてどうもありがとうございます。
 さて一昨年,CDCによって「CFSに関する診断のためのガイドライン」が改訂されたことはよく 知られておりますが,今日はよい機会ですので,その改訂作業にあたってリーダーシップをとられた Fukuda博士に,その経緯やご苦労をお聞かせいただきたいと思います。
 まず,今回ガイドラインを改訂した動機,特にリーダーとしてご苦労されたことはたくさんおあ りだったでしょうが,最初にその点についてお聞かせいただけますか。
 Fukuda そうですね。われわれは1992年から93年にかけて,CFSに関するCDCのcriteria を丹念に検討してみたのですが,実際に使ってみると非常に多くの問題を感じました。
 最初の大きな問題点は,それぞれの診断の結果が矛盾することにありました。あるグループはプ ラスという結果であるにもかかわらず,他のグループはマイナスの結果が出るようなこともあって,全体 の病像がよく把握されませんでした。
 そして,これは他の研究者たちとの話し合いでわかったことなのですが,もう1つの問題点はグ ループによって患者の診断の定義が異なることです。
 北アメリカの定義もありましたし,オーストラリアの定義,それから英国の定義,またHolmesの 定義,Andrew Lloydの定義,Michael Sharpeの定義もありました。そのため,早急に全世界の研究者の整合 性を図ることが必要でした。
 それから3番目の問題点は,アメリカにおけるCFS患者の治療法は非常にまちまちであったこと です。たしかに適切な治療法もありましたが,必ずしもそうとも言えないような治療法もありましたので, 医師がよりよい治療ができるために新しいガイドラインを作りたかったのです。
 CFSを改めて定義し直した動機は,だいたい以上のようなことです。

改訂作業における問題点

 橋本 新しい診断基準を作成するに際 して,一番問題になったのはどういうことでしょうか。
 Fukuda 最も難しかった点は,どの症状を基準にするか,あるいは反対にどの症状を基 準にしないかということでした。
 参加なさったすべての研究者たちは,CFSという疾患は「疲労感」というものが中心的であると 考えていたと思いますが,それではその 「疲労感」の特性をどのように説明すればよいのだろうか,と いう議論にも多くの時間が費やされました。
 しかし,最も重要な点は「症状」という問題でした。
 「症状」は全部無視したほうがよいと考えていた研究者は多かったと思います。この疾患を定義 するためには,役に立たないと思ったわけです。また逆に,「症状」はどうしても必要だと考えていた研 究者もいました。その結果,そのことについてだけでも非常に多くの議論がなされ,その問題を解決する には“妥協”ということが必要になりました。
 つまり,以前は8つの症状が必要でしたが,今回の結論としては4つの症状が必要であるというこ とになりました。しかし,これはひとつの妥協ですから,今後5年もしくは10年のうちにはまた改訂され ることになるのでないかと思います。

改訂の主なポイント:2つの大きな相違点

 橋本 今回の新しい基準(1994,CDC)と以前の基準(1987,CDC)との相違点はどこにあ るのでしょうか。
 Fukuda 主に2つの相違点があると思います。1つは,今お話ししたように,疾患の定義 として必要になる症状が少なくなったことです。
 しかし,最も大きな相違は,以前の定義では「うつ病」その他の精神疾患は取り入れませんでし たが,今回の論議の中で,「うつ病」は実際的には除外することはできないことに気がつきました。です から,今回のケーススタディーの定義には,「うつ病」や他の不安感から表れてくる疾患もCFSの一部分 と決まりました。それが最も大きな相違点だと思います。

改訂がもたらした反響

 橋本 かなり大きな反響を呼んだのではないかと思いますが,今回の改訂がもたらした反響 はいかがでしょうか。
 Fukuda そうですね。われわれが書いた記事のコピーが欲しいという要請が12万件以上 もありました。
 しかし,これが本当に患者さんの助けになっているかどうかについては,現時点ではまだはっき りとはわかりません。というのも,これを評価するには時期尚早だと思うからです。今後2年のうちには, この新しい基準は以前の定義よりよいかどうかがわかると思います。
 橋本 将来,この基準は再び改訂されると思いますか。
 Fukuda ええ,そう思います。先ほども言いましたように,私は今回の改訂は中間の段 階だと考えています。5年後あるいは10年後には,CFSに対する理解がもっと深くなっているでしょうか ら,この診断基準はまた改訂されることになると思います。

CFS研究の重要な点,難しい点

 橋本 ところで,CFSを研究する上で,重要と思われる点,また難しいと感じられる点はど ういうことでしょうか。
 Fukuda CFS研究において最も重要な問題は,これが単一の疾患であるのか,あるいは 複数の疾患から表れてくる症状であるのかということです。私はそれが最も重要な点だと思います。
 また,CFSの定義を作成する上で最も難しい点は,特異的検査がありませんし,特異的身体所見 もないということです。ですから,1つの定義を作ることは大変に難しいのです。すべて症状と患者の話 によっていますから,診断基準は大変作りにくくならざるを得ません。

アメリカのCFS研究・治療の現況

 橋本 最近のアメリカのCFS研究や治療の状況に何か変化はありますか。
 Fukuda そうですね,3~4年前 と比べますと,かなり大きな相違があるのではないかと思います。
 なかでも最も大きな相違点として指摘できることは,以前は患者さんと政府および医師らがお互 いに対立していましたが,現在はこの三者ともより良好な協力関係にあることです。やはりこれが最も大 きな相違点になると思います。
 それからもう1つの大きな変化は,CFSが真の独立疾患であるかどうかとまだ疑っている医師は 多いと思いますが,5年前に比べますと,現在は多くの医師がCFSが本当の疾患だと思うようになりまし た。その結果,以前よりもCFSに関するそうした論争が少なくなりました。
 橋本 そうしますと,アメリカの医師はすべてCFSを理解するようになったと考えてよ いわけですか。
 Fukuda ええ。アメリカの医師のほとんどがCFSという疾患を理解していると考えてよ いと思います。
 もっともそれと同時に,以前よりは少なくなりましたが,まだ少数の医師がCFSが病気ではない と考えていることも事実です。しかし,現在はそういう医師も少なくなりましたし,CFSは疾患として注 目されてきました。 
 ただ非常に残念なことに,この疾患の病因に関する研究は2年前とあまり変わりはないと思いま す。

アメリカのCFS患者の発生

 橋本 アメリカのCFS患者の現況や今後の展望に関してはどのように考えていらっしゃいま すか。
 Fukuda アメリカではCFSのアウトブレイク(集団発生)があったと思われています。 しかしながら1985年以降,Lake Tahoeの事件を初めとしていくつかの研究の結果を調べてみましたが,本 当にアウトブレイクがあったかどうかはよくわかりません。この研究者の中の何人かは私もよく知ってい ますし,大変優れた研究者であると思いますが,私には本当にブレイクアウトがあったのかどうかはわか りません。
 私はCDCに入ってから3つのアウトブレイクを調査してみました。
 1つはミシガン州の農村,もう1つはカリフォルニア州サクラメント市の政府の官庁。それともう 1つはフロリダ州の海軍基地です。それぞれでなるほどと思わせる話を聞かされましたが,その3つの事件 ではどれも本当のアウトブレイクは確認できませんでした。
 まったくアウトブレイクがないとは言えないと思いますが。われわれの研究では,1985年以降は アウトブレイクは確認できませんでした。
 橋本 ということは,本当のCFSとCFSのアウトブレイクとは違うということでしょう か。
 Fukuda ほとんどの場合,医師が接触するCFS患者は散発性です。また,緊急の結果を よんだケースも散発性です。アウトブレイクのケースではないと私は思います。

CFSの病因

 橋本 先ほど,CFSの病因に関する研究は2年前とあまり変わらないとおっしゃいましたが, その点についてもう少しお話しいただけますか。
 Fukuda 推測ではありますが,ここ数年の間に1つのことがはっきり見えるようになって きたと思います。それはCFSは伝染病ではないようだということです。CFSの患者を診ると,多くの場合 は伝染性の病原体は持っていません。
 しかし,優れた研究もたくさんあります。英国のPeter Whiteの最近の研究にEBV(エプスタイン -バーウイルス)によってinfectious mononucleosis(伝染性単核球症)に罹った人の中に,CFSのような慢 性疲労になる患者も何人かいたという報告がありました。
 以前の研究を調べてみますと風邪をひいた患者,あるいは他の伝染病に罹った患者の中で慢性疲 労になった人は急性に病気に罹った患者よりもさまざまな精神疾患,例えばうつ病を持っていました。   
 また,ある患者のグループには活性化の低いNK細胞もあるけれども,他のグループにはそれが ないというように,免疫学的研究にしても矛盾するデータが多いようです。今後2年先には,ほとんどの 人はCFSは免疫学的な問題ではないと考えるようになると思います。
 しかし,この疾患の病因論のほとんどの研究は,精神疾患との強い関係を示しています。それだ けではCFSの病因の説明にはならないと思いますが,強い関係が存在するということは言えると思います。   
 また,Mark Demitrackの下垂体の研究も面白いと思います。

日本のCFS研究と「湾岸戦争症候群 」

 橋本 わが国のCFS研究についてはどのような印象を持たれましたか。 
 Fukuda 興味深いものの1つは倉恒弘彦先生(阪大)のACR(アシルカルニチン)の研 究です。
 それから,生田和良先生(北大)が報告されていましたが,BDV(ボルナ病ウイルス)がCFSの 患者の中にこれほど多いのかと少し驚きました。全体としては,アメリカの対照群より日本の対照群の方 が多いようです。ということは,ある人はBDVによってCFSの患者になるけれども,多くの人は必ずしも そうとも言えないように思います。
 そういう意味でも,日本の研究も大変面白いと思います。結論を言えば,現在日本で議論になっ ている話題は,世界のどの国とも同じ状況にあるのではないかと思います。疲労を計測するにはどのよう にすればよいのだろうか。どのようにすれば疲労が激しいか,そうでないかがわかるのだろうか。これら のことは,すべての国の共通なテーマであると思います。
 橋本 最後になりますが,昨年秋に開かれた「第1回CFSおよび関連疾患に関する世界会 議」(ブリュッセル)では「湾岸戦争症候群(Gulf War Syndrome)」が新しい話題になりました。この症 候群とCFSとの関連についてはどのように思われますか。
 Fukuda 私も大変興味深く聞きましたが,これも非常に難しい質問だと思います。
 われわれは1994年の12月に研究を始めました。その結果はまだ発表していませんが,湾岸戦争に 参加した兵士を研究した結果,「湾岸戦争症候群」とCFSは問題点や症状の種類が大変よく似ています。
 しかし,この症候群は一般の人よりも湾岸戦争に参加した兵士の中に多く見られますが,参加し なかった人の中にもよく見られます。いま現在も,伝染病の要因とかストレスとか精神的異常の分析は行 なわれています。その結果は面白いものになるだろうと思いますし,近いうちにその分析が終わると思い ます。
 橋本 今日はお忙しいところをどうもありがとうございました。

  ●Dr.Keiji Fukudaのプロフィール
1955 東京に生まれる
1974-77 Oberlin College,BA
1980-84 University of Vermont,MD
1984-88 Internal medicine residency at Mount Zion Hospital
1989 University of California, Berkely Public Health School
1989-90 Hansen's Disease Program,San Francisco
1990-92 Retrovirus Diseases Branch, CDC
1992- Viral Exanthems and Herpesvirus Branch, CDC to work on CFS,現在に至る