「麻酔患者シミュレータによる教育」を論議
第43回日本麻酔学会開催される

特別講演では,心収縮性の新しい概念Emaxと,心臓の機械的エネルギーを定量する新しい概念 (収縮期圧容積面積,PVA)の提唱者として知られる菅弘之氏(岡山大教授)が,「麻酔と心機能」をテー マに講演。「EmaxとPVAの概念は,麻酔中の心機能や,麻酔薬の心機能への影響の解析に有益かつユニー クな方法論を提供することが期待できる」と述べ,心機能のメカニズムを基礎生理学的見地から分かりや すく解説した。さらに「今後は21世紀に向けて進歩している分子生物学,遺伝子工学など,ミクロの研究 とマクロの研究を対応させていくことにより,心機能の複雑なシステムを解明しきたい」と抱負を語った。
麻酔患者シミュレータ使用の現状明らかに
医学教育の各分野で,シミュレータやバーチャルリアリティによる教育が進められる中,人命に直接 影響する麻酔医の養成においても,重篤な手術患者に関わって経験を積むには危険も多いことから,シミュ レータによる教育が普及してきている。パネルディスカッションでは「麻酔患者シミュレータ」をテーマ に,池田和之氏(浜松医大教授)の司会で議論が展開された。現在,麻酔シミュレータはコンピュータ画面上でシミュレーションを行なうものと,患者に擬し たマネキン人形に麻酔器,モニター類を接続して現実に近い環境を設定体験するものの2種類がある。パ ネルではシミュレータを用いた研修の有効性,麻酔の危機管理にどの程度役だっているか,さらにコスト の問題などが報告された。
十時忠秀氏(佐賀医大教授)は,麻酔トレーニング・シミュレーションシステムを導入した効果 について,(1)医学生,研修医が患者を犠牲にすることなく麻酔導入,気管内挿管,麻酔維持,覚醒,抜管 およびモニターの操作の訓練ができる,(2)実際に起こり得る多くの種類の偶発症を平等に経験できる, (3)偶発症の診断と治療を含めた危機管理の訓練が可能となったことをあげ,今後の利用法としては,医学 生や研修医のトレーニングをはじめ,麻酔科医の再教育や,麻酔指導医の適性試験,救急救命士,救急医, 集中治療専従者のトレーニングなどを提示した。
「シミュレータを用いた危機管理訓練」をテーマに登壇した冨永昌宗氏(九大病院)は,麻酔と いう侵襲的医療行為を未経験の医師がいきなり実践してよいかという疑問から「完全対話型麻酔シミュレー タ」を導入,(1)基本的な手技の習得,(2)高度の危機管理の訓練などに効果を上げてきたことを報告。ま たシミュレータ教育の課題として,五感による患者評価ができないこと,インストラクターの訓練が必要 なこと,多額の費用とスペースが必要であることなどを指摘した。
デスクトップにおける麻酔・危機管理シミュレーションについて報告した尾崎眞氏(東女医大) は,「デスクトップのスクリーン上でのシミュレーションによる教育を実践をした結果,安価で場所を取 らず現場の知識を伝えることができた。臨床的症状の把握や挿管など,現実感に乏しいという欠点がある が,音や感覚など,仮想現実を実現する技術さえ進歩すればかなり解決される」と述べた。
尾崎氏はさらに,「日本で各種のシミュレータが発達しないのは,日本の社会には経済を予測す るためのシンクタンクはあるが,環境問題や科学の分野で,自由な発想と豊富な情報で社会の将来を予測 するシンクタンクはなかなかできないからで,またシミュレーション教育の評価が行なわれていないこと も課題である」と述べた。

このように今回のパネルディスカッションでは,麻酔医の養成においてシミュレータの導入が効 果を上げている一方,導入には資金も人手もかかること,さらに指導医の養成も急務であることが強調さ れていた。また麻酔患者シミュレータについては2日間にわたってワークショップでも取り上げられ,2体 のモデルのデモンストレーションが行なわれた。