医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

臨床研究の本道を教えてくれるアトラス

神経病理学アトラス 岡崎春雄,Scheithauer 著/岡崎春雄,今津 修 訳

《書 評》朝長正道(福岡大教授・脳神経外科学)

世界各国で高い評価を得た原本

 この本は,岡崎,Scheithauer両教授の著書『Atlas of Neuropathology』の日本語訳である。原本は,世界各国で高い評価を得ており,日本語訳が久しく待望されていた。今回,岡崎,今津両先生による超訳とも言える文章をつけて刊行されたことはまことに喜びに堪えない。10か所ほどの加筆や言い替え,訂正があるが,構成や図は原本と全く同じである。聞くところによると,カラー写真はシンガポールでの印刷とのこと,割安な感じの価格はこのためであろうか。
 岡崎春雄教授は昭和26年阪大医学部を卒業され,昭和28年より米国に在住されている。ニューヨークで神経学,精神科学,一般病理,神経病理を学び,昭和40(1965)年にメイヨークリニックに移られ,平成3(1991)年退職されるまで,一貫して臨床神経病理学を追求してこられた,この道の第一人者である。現在も国際的に活躍されており,また毎年札幌,東京,福岡で神経病理セミナーを開かれている。一般病理,精神科,神経学,脳神経外科学を目指す若い人たちが集まってくるが,2日間のセミナーを一人でこなされ,臨床に密着した講義と教育への情熱にはただただ頭の下がる思いをさせられている。

日常診療と病理診断からの頻度,重要性,必要性に応じた構成

 本書の特徴は,日常診療と病理診断からの頻度,重要性,必要性に応じた構成にある。またほとんどの疾患に添えられている典型的な脳病変のマクロ像は他書に類を見ないものであり,その組織像と所見の明快な記述が本書の有用性をさらに高めている。それゆえ,本書は神経病理の入門,また座右においての参考に最適のアトラスである。
 しかしながら,脳腫瘍の章でWHOの脳腫瘍分類(1993)でのdysembryoplastic epithelial tumour(DNT)およびcentral neurocytomaについて記載がないこと,また下垂体腺腫についても記載がないことがまことに残念である。これらが近い将来書き加えられることを願っている。

著者の病理学に対する信念と姿勢を具現化

 原本および本書のPrefaceの頭にある“Pathology is essentially a visual art"という言葉から,著者の病理学に対する信念と姿勢が窺われる。忖度するに,自分自身の眼での経験を信じ,また稀な症例や余りに細かい分類,最新の組織化学や分子生物学の知見は,診療の第一線では不必要だと考えられているようである。この点,私も全く同感である。このアトラスはまさにその言葉が具現化されたものであろう。
 なお神経病理学の基礎については,同著者の『Fundamentals of Neuropathology』(Igaku‐Shoin New York 1989)という名著があることを付け加えておきたい。
 人間の脳の研究は,どのように画像診断やいろいろな先端的研究が進歩しようとも,症例毎の詳細な神経学的所見,手術所見および病理学的所見の積み重ねの上にしか発展できない。最新の診断法や研究手法が花盛りの今日,臨床材料を基礎にした地道な研究こそが臨床研究の本道であることをあらためて教えてくれる素晴らしいアトラスである。
(B4変・頁336 定価 28,840円(税込) 医学書院刊)


薬剤師の処方鑑査,服薬指導,患者説明に役立つ

今日の治療指針 1996年版 私はこう治療している
日野原重明,阿部正和 監修/稲垣義明,多賀須幸男,尾形悦郎 総編集

《書 評》伊賀立二(東大教授・東大附属病院薬剤部長)

 医薬分業の推進,薬の適正使用の観点から,服薬指導,かかりつけ薬局に代表されるように薬剤師の役割が急速に高まってきている。これに伴い薬剤師は,これまで以上に高度な臨床医学知識を身に付けるよう求められている。

938名の専門医が960の疾病項目の治療法の実際を紹介

 本書は,日常臨床でよく遭遇する疾病を全診療科にわたって網羅し,日本の保険診療に沿った現時点における最新・最高の治療法を収録した定評ある治療年鑑で,938名の専門医が960の疾病項目の治療法の実際を紹介している。各項目では,病態・病期・重症度に応じて,具体的にきめ細やかな治療方針,処方例が呈示されており,臨床の現場で医師がどのような治療方針をたて,どのように処方作成を行なっているかが手にとるように分かり,処方鑑査をはじめ調剤を行なう際に,処方意図の理解が可能となる。また各項目の冒頭には疾病の概念がコンパクトにまとめられているため,疾患の理解にも役立つ。

新規認可,発売予定の薬品もすべて網羅した医薬品データ

 さらに付録として,(1)正常CT解剖と肺・肝の区域図,(2)欧文略語,(3)基準値一覧のほか,(4)急性中毒,(5)漢方製剤の使い方,(6)抗生物質の使い方,(7)抗癌剤の使い方,(8)皮膚外用剤の使い方,(9)薬物の副作用と相互作用,(10)治療薬使用の手引など,最新の医薬品データを収載。医薬品データは本書発行直前の最新の薬価基準に基づいているため,新規認可,発売予定の薬品をすべて網羅している。「薬品の副作用と相互作用」では海外文献からも広く情報を収集し,日常臨床に即座に活用できるよう簡明に要約一覧表でまとめてある。
 全科にわたって疾患の概念,治療法の実際,医薬品データをコンパクトにまとめた本書は,調剤はもとより服薬指導,薬歴管理,患者説明の際に即座に活用でき,今,求められているチーム医療の一員として期待される薬剤師に必携の書である。
(デスク版:B5・頁1460 定価 18,540 円(税込),ポケット版:B6・頁1460 定価14,420 円(税込) 医学書院刊)


神経学者必携の見事な in vivo 人脳解剖図譜

Human Brain Anatomy in Computerized Images Hanna Damasio 著

《書 評》山鳥 重(東北大教授・病態生体情報学)

画像技術の飛躍的進歩

 CTとMRIの出現以来,脳の病巣同定は一昔前には信じられないぐらい容易になった。病巣の有無,その広がりについては,医師であれば誰でも判断できるようになった。素晴らしい画像技術の進歩である。
 病巣がin vivoで見えるとなれば,その病巣の大脳における正確な位置を同定したくなる。そのためにさまざまな努力が続けられてきた。CTの時代には多くの標準アトラスやテンプレートが発表された。これらのアトラスやテンプレートを目の前のCT画像に合わせ,大脳側面図に病巣を投影して位置決めを行なうのである。この場合は常に「標準」と対応させるため,個体差を計算に入れることができない。また撮像時の角度が違うとテンプレートは合わなくなるので適当に合わせるしかない。MRIの時代になって分解精度があがり,さらに矢状面が撮像できるようになって,部位同定はほとんど問題にならなくなったように見える。しかし,そこに陥穽がある。

二次元MRI像から三次元立体像を再構成

 米国Iowa大学神経内科のHanna Damasio教授は大脳の画像分析では米国の第一人者として高名な方である。前回夫君のAntoino Damasio教授と共著で著された『Lesion Analysis in Neuropsychology』は米国出版協会から生物医学部門の最優秀賞(1989年度)を受けた名著である(医学書院から訳書が出されている)。
 今回そのDamasio教授が画像解析部門のRandall Frank氏とともに大脳の二次元MRI像から三次元立体像を再構成するsoft ware(Brainvox)を開発し,これを駆使して,見事なin vivo人脳解剖図譜を出版されたのが本書である。この方法で一旦再構成された立体像はどのような角度にでも切ることができるため,脳溝と脳回の同定に大変優れている。たとえば中心前溝を側面像で同定し,これにカラーで線を引いておけば,同じ像を水平面で切っても,冠状面切っても,この線がついてくるため溝の同定を誤ることがない。切断の角度によっては水平面では,たとえば中心後回のすぐ後に上側頭回が見えたりすることがある。頭にイメージしている脳側面像だけで考えていると,当然中心後回の後には縁上回がみえているはずで,なかなか整理がつかないが,このテクニックで示されると,実に分かりやすい。後頭葉線状野の同定も,切断面によっては鳥距溝が2度も,時には3度も現れることがあり,手におえないが,この図譜だとそのあたりの位置関係が一目瞭然に把握できる。

脳の構造上の差異を丹念に提示

 本書はこの優れた方法で脳の構造上の個人差,あるいは同一脳でも左右半球でみられる差異を丹念に提示している。さらにさまざまな切断面からみた同一脳の断面を100種類も提示している。コンピュータ処理ならではの芸当である。この図譜を順を追って勉強してゆくと,ある脳回が違った角度ではどのように見え,どのように相対的位置関係を変えるかがよく理解できる。しかもこのような標準脳がもう一例提示される。一方は短頭であり,他方は長頭である。同じinferior orbitomeatal lineで切っても,短頭と長頭では脳切断角度に10度以上の差が生じてしまう。同時に前後の圧縮のされ方もかなり変わる。その差が脳溝や脳回の同定にどう影響するかも明解に読みとることができる。

豊富に配置されたカラー図

 すべての図はvoxel単位の再構成のまま提示されているが,それでも脳溝,脳回,白質,灰白質,基底核,視床などの区別は鮮明である。豊富に配置されたカラー図も美しく,配置にも配慮が行き届いている。神経学にたずさわる研究者・臨床家には手放せない参考書である。
 蛇足。評者は通読して1か所だけ誤植に気付いたが,あまりにも明らかなものなので読者を迷わすことはないであろう(図193下段。Circular SulcusのはずがPrecentral Sulcus)。新版での訂正を期待する。
(頁304 \13,600 Oxford University Press 刊 日本総代理店 医学書院洋書部)


基本的・実戦的な知識とコツを取り入れた教科書

臨床呼吸器外科 渡辺洋宇,藤村重文,加藤治文 編集

《書 評》大田満夫(国立病院九州がんセンター名誉院長)

 このたび『臨床呼吸器外科』という450頁に及ぶ立派な本が発刊された。読むにつれて,日本でもこんな良い教科書が分担執筆で出されるようになったのだなと感動した。一口に言って本書は,呼吸器外科医はもちろん,呼吸器に関心のある一般外科医の必読の書である。
 呼吸器の解剖,生理から,検査,診断,手術適応などが,実際臨床,ことに手術に役立つよう記されている。さらに,周術期患者管理や手術法には,いわゆるコツが随所に記されており,極めて有益である。本書を座右において,必要に応じて読めば,呼吸器の手術を行なおうとする読者に一種の安心感が得られるのではなかろうか。

診療・研究に脂の乗り切った編者ら

 序にあるように,本書は,金沢大 渡辺洋宇,東北大 藤村重文,東京医大 加藤治文の3教授の卓抜な編集方法の下に,1960年代に医学部を卒業された呼吸器外科医の集まり「六○(ろくまる)会」の皆さんが執筆されたものである。いままさに,呼吸器外科の第一線で,診療と研究に脂の乗り切った方々の労作であり,その息吹きと熱気が読むうちに伝わってくる。編集者の,実戦的なすぐ役立つ教科書をという意図がよく感じられる。
 呼吸器の発生,外科解剖など,非常に臨床に関連した内容が多く,リンパ節,血管,神経など,診断,手術に役立つ。急速高度に進歩した画像診断など理解しやすく記されているが,より基本的な外科的呼吸器症候群の記述は出色である。
 高齢者が非常に多くなり,転倒あるいは交通外傷の激増している現在,肺切除の機能的限界や,胸部外傷の経過,適切な対策がよく記されていて,極めて有用である。
 術前・術中・術後の管理の記述は非常に具体的であり,dry sideに輸液管理することにも賛成である。もう開胸術後も,痛みを覚えずに回復できる時代に入ったなと思った。
 術後気管支痿の発生は,胸部外科医の恥とされていたが,実際には最も困って治すのに難澁した合併症であった。然し今までは教科書には余り書かれていなかった。本書では,これら合併症の治療法まで,例えば大網固定法の詳細が記されている。
 癒着剥離のコツ,肺切除操作上の危険な所など,経験上重要なことも良く記され,実戦的な手術書としても大いに役立つ。リンパ節郭清は癌治療上必須の術式で,細かい注意がよく書いてあり,感心した。
 胸腔鏡下手術は今後大いに伸びる領域で当然の記載であるが,本書には肺移植や人工臓器も加えられている。移植にはこんな病態が生じ,いかに対処すべきかを実感として知ることができる。移植医療の啓豪に大いに役立ち,将来の展望もできる良い企画と思った。
 温故知新,急速な進歩をした医学,医術の記述にとどまらず,基本的,実戦的な知識やコツをもとり入れ,さらにチーム医療重視の姿勢を持って作られた優秀な教科書である。
(B5・頁464 定価 23,690円(税込) 医学書院刊)


総花的にならず内容がしぼられた好著

膝のスポーツ傷害 史野根生 編集

《書 評》福林 徹(筑波大保健センター助教授・整形外科学)

 本書は,史野根生先生をはじめとし,現在国際的に活躍されている新進気鋭の執筆者によってまとめられた膝のスポーツ外傷に関するup―to―dateな著書である。
 本書の特長は,執筆者をしぼることによって,総花的でなく内容がしぼって書けている点である。とくに膝のスポーツ外傷のなかでも,最新の世界の動きのなかで重要と思われる項目について,多数の引用を行ないながら,その基礎から臨床までが順序よく述べられているところが良い。
 第1,2章の靭帯の機能解剖と靭帯損傷の項目では,ACL,PCLの機能とその診断法がわかりやすく述べられている。手術手技はACLの再建法を中心に述べられており,最近有望視されている半腱様筋腱を使用したinside out法がステップごとに詳細に記載されていることはありがたい。難を言えば現在世界の主流を占めている骨付膝蓋靭帯を用いた手技も併記して頂きたかった。章末に代表的ケースをあげケーススタディをしているが,これは実地臨床家にとっては大変役にたつものと思われる。
 第3章の半月板損傷の項は,半月板のバイオメカニクス,MRIによる半月板損傷の診断,および手術術式について詳しく述べられている。特記すべきことは半月板切除術よりも半月板修復術に力点が置かれていることであり,inside out法やoutside in法のみでなく,無血行野でのフィブリン魂の有用性,半月板移植術の可能性まで言及されている点である。

1つひとつの章が個性的

 第4章の膝蓋骨脱臼,亜脱臼の項は,病態としてのQS角をはじめとする下肢のアライメント異常と診断手技としての著者の開発したADSテストに力点が置かれている。ただし,手術法については総花的であり,力点がどこに置かれているか不明瞭である。
 第5章は膝の骨軟骨障害,第6章は過労性障害の項目である。両項目とも教科書的によくまとめられており,診断,治療法ともわかりやすいが,今ひとつオリジナリティに乏しいきらいがある。それと比較し第7章の「年齢から見た膝関節障害」の項目は成長期,青壮年期,中高年期の傷害がうまくまとめられていて面白い。
 第8章,第9章のリハビリテーションの項目では最近よく言われるアスレチックリハビリテーションについて,その手技が詳しく述べられていて有意義である。また基礎的実験結果が詳しく述べられており,それに添ったリハビリテーションメニューが記載されている所は説得力がある。
 本書は前述のごとく1つひとつの章が個性的であり,新しい文献や手法を多数盛り込んだ書となっているので,今後スポーツを中心とした膝関節外科をめざすレジデント,スポーツドクターにとって座右の書となると思われる。
(B5・頁200 定価9,785 円(税込) 医学書院刊)