医学界新聞

阪神大震災から1年

「災害人道救援国際シンポジウム」を開催して

喜多悦子
国立国際医療センター国際医療協力局派遣協力課長,
厚生省国際医療協力研究委託事業「被災民の保健医療援助に関する研究班」主任

 1996年1月20―21日の2日間,国立国際医療センター国際研修棟5階講堂で,厚生省国際医療協力研究「被災民の保健医療援助に関する研究班(赤木真寿美,喜多悦子,河野正賢,寺本成美,仲佐保,山本保博)」の主催で,災害人道救援国際シンポジウムを開催した。あいにくの雪にもかかわらず,この方面に関心を持つ150名の方々が参加されたが,ここにその概要を報告させていただく。
 シンポジウムは昨年1月17日の阪神淡路大震災の犠牲者への黙祷で始まったが,日本の災害医療体制だけでなく,世界的に災害の規模や頻度が増大する中で,その緊急対策のあり方,災害予防・緩和について再考し,国際社会における日本の役割をも検討するものであった。
 シンポジウムは「難民・被災民」,「自然災害」,「人道救援」,「緊急援助と開発」の4セッションからなり,海外5名,国内5名のシンポジストが各40分講演し,20分の質疑応答という形で進められた。

故郷を追われた人々への支援

 第1セッションの「難民・被災民」では,アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)国際保健プログラム室のB.T.Burkholder氏が,「複雑化する災害における迅速評価法(Rapid Assessment)」と題して災害現場における迅速な保健医療情報の収集方法を紹介した。
 従来からCDCは,国内外の各種の災害現場で,その後の援助活動の基礎となる情報を迅速かつ体系的に収集し体系化しており,ソマリア,ルワンダ,ボスニアなどでもさらにその方法を発展させ実践している。これらは,開発途上国における,特に紛争による難民や被災民などへの援助では,不備な社会基盤,不十分な現地資源に加えて,援助者の安全性すら保証されないこともしばしばあるが,限られた期間内に必要な調査を実施しなければならない場合に必須の手段といえる。また,しばしば災害による直接的な医療問題以外に,難民キャンプでの栄養失調,コレラ流行などに付随する公衆衛生的影響も考慮しなければならないことなどに重点を置いている。
 一方,日本など先進国での災害は,途上国のそれと種類や状況がかなり異なるが,緊急援助活動の意思決定における情報の重要性とその収集の迅速化,簡易化,体系化の方法論は共通したもので,十分応用できるものといえる。
 続いてアメリカ(メリーランド州ボルティモア)のG.M.Burnham氏(ジョンズホプキンズ大公衆衛生大学院助教授)は,「人道的救援活動における質的改善」として,緊急救援の組織・活動の運営管理方法を紹介。阪神大震災を含む世界の大災害では,当該国内外から個人・組織のボランティアが参加し,マスコミも大々的にそれを取り上げるが,その活動内容はしばしば素人的で,現地のニーズに則していないと指摘した。さらにその質的改善には,組織および活動内容を客観的に評価することが必要であると述べ,そのために,計画→投入→実施→成果→社会影響というサイクルの各ステップを分析し,体系的に評価する方法を紹介した。

日本の最近の災害

 第2セッションは「自然災害」をテーマとした。馬場尚道氏(国立長崎病院副院長)より「普賢岳噴火に対する医療救援」が,浅井康文氏(札幌医大集中治療部助教授)より「北海道南西沖地震と津波」が,また日本の国際援助市民団体であるSHARE(国際保健市民の会)の沢田貴志氏より「阪神淡路大震災におけるNGO活動」が報告された後,二宮宣文氏(日本医大救急医学教室)が「災害緩和から見た災害サイクル」と題して発表。過去数年間にわが国で発生した様々な災害に対する医療体制,実際の救援活動を総括した。

人道的関与の限界

 第3セッションは「人権擁護」をテーマに,アメリカのJ.Leaning氏(ハーバード大医学部助教授)の「災害における人権保護と倫理」と,国際赤十字委員会(ICRC)の医療部長であるP.Perrin氏の「災害援助における治安の問題」が発表された。
 Leaning氏は,「最近,多くの死傷者の発生に加えて,避難した被災者の生命も絶えず危険に曝されるだけでなく,救援者の安全性すら保証されないような災害が急増している」と述べ,古典的な災害と様相を異にすることから,これらをComplex DisastersまたはComplex Humanitarian Emergencies(CHEs)と総括し,災害発生以前に潜在する問題の複雑性について解説した。
 東西冷戦の終結により消滅すると思われた対立は,民族・宗教を背景にむしろ激化し,国連の軍事的介入を含む国際社会の対応も十分功を奏さず,難民・国内被災民は増え続け,現在では約5000万人,すなわち世界人口の約100人に1人を占めるに至っていると推計されている。氏は,このような災害では,迫害,暴行,虐殺などの人権侵害が横行するため,Human Security(安全保障)とEthics(倫理)についても十分検討することが重要であると強調し,さらに,Complex Disastersへの人道的介入は必須であるが,災害者援助者の安全性をいかに確保するかが大きな鍵であること,災害緩和および予防のための,国際社会の協調による対策,早期警告システムの構築,政治的介入も必要であることなど新しい体系構築の必要性についても述べた。
 Perrin氏は,世界的な人道援助団体の先駆的存在である国際赤十字委員会の活動戦略とともに,ソマリアなどの紛争現場での経験から,世界各地で発生する様々な紛争の原因と発達過程,人道的介入の必要性,種類,活動条件などを詳細に説明した。
 特に,国連平和維持軍など軍事力の擁護なしには援助活動遂行が困難であるような場合,人道援助団体に必要な中立性,公平性,独立性を保守することがいかに困難であるか,また,開発途上国における紛争災害は今や不可避のサイクルとして起こっており,発生前の政治的・経済的・社会的介入が必要であること,マスコミの正しい活用,外交政策,教育・啓蒙活動など,様々な手段で人権擁護を推進していかなければならないことなどを強調した。なお,同氏は有名なフランスのNGO「国境なき医師団(MSF)」のオリジナルメンバー4人の中の1人でもある。

対症療法から根本治療へ

 第4セッション「緊急援助と開発」では,仲佐保氏(国立国際医療センター)の「緊急援助から持続可能な開発へ」,またオーストラリアのM.J.Toole氏(マックファーレン・バーネットセンター)の「地球規模の健康問題である人道救援」の発表があった。
 仲佐氏はカンボジア,エチオピアなどでの活動経験から,いわば対症療法である人道的緊急援助に対して,災害の発生あるいは悪化を防止するためには,災害発生前に存在する様々な社会的問題を解決しなければならないことを強調した。氏が紹介した国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のQIP(Quick Impact Program)は,地域レベルで実現・運営・管理が可能な開発プログラムの実施を通じて,国外に流出した難民のみならず,他の国連機関との協力で,難民発生前および帰還・定住後の開発問題も手がけるものであるが,開発協力の重要性は認識されても,緊急援助とどのように組み合わせるのか,政治的・経済的制約の中でいかに開発を推進するか,真に効率的な開発とはいかなるものか,など白熱した議論がかわされた。
 CDC国際緊急医療援助部門の前責任者でもあり,また世界の災害疫学の第一人者であるToole氏は,2日間の発表と議論を踏まえた形で,世界各地に頻発する各種の災害は地球規模の健康問題として認識すべきだと総括した。Toole氏は,緊急事態における人道的援助の必要性は言うまでもないが,その効率性または有効性の客観的評価の必要性あるいは災害予防・緩和のための国際社会の責任などについても,世界的情勢を踏まえて解説した。
 その中でも,急増するComplex Disastersの解決に向けて,国際社会の協調が必須で,その調整役としての国連の役目は重要であること,被災者の健康から人権まで,また被災社会の安全性から自立まで,介入は多面的に議論されなければならないこと,国際社会は温情主義による押しつけの援助ではなく,当該国の住民とその将来の自立を見据えた対応策を考えなければならないこと,そして日本のより積極的な関与の必要性などを強調した。

明日への希望

 本シンポジウムでは,世界の第一線の専門家から災害に関する豊富な学際的知識が提供されると同時に,日本側の経験も世界に発信されることになり,全議論を通じて白熱した議論が展開された。ここで学んだことは,国内外の災害に関し,個々人への救急医療という視点のみならず,社会現象としての集団被災にいかに取り組むかという広い視野の必要性であり,災害に関する取り組みを分野ごとで一層深めると同時に,関連分野間の連携とさらに幅広い学際的アプローチの重要性であったといえる。
 災害分野における日本の国際貢献が海外から期待されているが,世界が必要としているニーズと日本の対応にはかなりの隔たりがあり,日本の人材や技術をそのまま応用するにはやや無理があるという印象を受けたことも事実である。
 本研究は,途上国での災害救援へのあり方を追求するものであるが,このシンポジウムを通じて,世界に貢献できる災害医療・疫学分野の人材育成と,世界の現場に適した適正技術の開発の必要性を確認した。また,環境破壊,人口爆発,人権侵害,経済問題など,災害発生の背景となる諸問題への対策は,長期的展望に立った開発協力と関連するものであり,世界のリーディングドナーとなった日本が積極的に取り組むべき分野であると痛感した。