BRAIN and NERVE Vol.74 No.4
2022年 04月号

ISSN 1881-6096
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

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■特集の意図

特集 脳科学リテラシーを高めるために

 いかなる優れた研究も,論文として発表しなければ完結しない。そして,論文が雑誌に受理されるためには,時に熾烈で厳しい査読を経なければならない。査読は科学者としての良心に基づいて匿名で行われるが,白熱した論争や主張のため,しばしば攻撃的になりがちで理不尽なコメントも少なくないからだ。本特集では,初学者にとって特に押さえておきたい論文執筆や口頭発表のポイントから,より専門的な正しい議論の仕方まで,脳科学リテラシーを高めるための考え方やヒントを提示する。

科学論文の書き方・査読のしかた――ビギナーのための総論として 神田 隆
 論文を書くのは時間と労力を要する仕事であり,初学者にとっては並大抵のハードルではない。しかし,文章として残されなければ,サイエンスでの新発見も,患者から得られた臨床上の貴重な情報も,科学者や臨床家のコミュニティの共有財産とはならない。本論は,ニューロサイエンス領域の科学論文・症例報告を初めて書く若手研究者・医師とその直接の指導者を対象として,その書き方と査読法を筆者の経験をもとに伝えることを目的としている。序論から考察まで,大きなアーチを描く物語が完成すれば,その論文は大成功である。

うまい英語で世界一流誌に採択される医学論文の書き方 植村研一
 日本語の原稿を英訳しただけでは世界一流誌には採択されない。それは英語ではなく,表題と論文構成の問題である。表示的表題を内容的表題に変更し,抄録,序文,考察の構成を抜本的に修正し,不要語を排除し,米英人の好む簡潔明瞭な「うまい英語」 “comfortable English” に意訳する。日本語の医学用語には名詞(例:切除)しかないが,英語には名詞(resection)と動詞(resect)が対を成しているので,医学動詞を駆使するのがうまい英語表現のコツである。 

査読対応における科学的推論の論理性 高田則雄,三村 將
 査読対応に注目して科学的推論の論証形式を概説した。査読対応における論述形式と,論文執筆などその他の論述形式とを比較して,共通して利用されている推論形式と,査読対応において特徴的に利用されている推論形式とを区別した。共通する論証形式として演繹的論証や帰納的論証を例示した。査読対応で特徴的に表れる論証形式として,通約不可能性の問題や二重基準の過ちなどを紹介した。査読対応における論証形式に自覚的になることで,査読対応の技術向上のきっかけとなれば幸いである。

生物医学研究の基盤としての医療統計学 村上義孝,竹内由則
 本論では医学統計学の概要,概念,方法,使用のためのヒントを説明する。はじめに真値,実測値,バイアス,偶然誤差の統計学の諸概念を解説する。統計的手法としてはデータ記述が最初のステップであり,変数のパターン,傾向,関係性が示される。 第2段階では区間推定(95%信頼区間)と統計的仮説検定があり,本論では仮説検定の限界と95%信頼区間の利点について述べる。さらに多重比較の方法についても紹介する。

神経活動を解釈するということ――多視点で見る脳活動の関係性 虫明 元
 20世紀から21世紀にかけ,脳科学は行動課題中の動物における単一細胞記録,さらには多点計測技術により,急速に進歩してきた。そして以前は心理学の分野と思われた領域にも,神経科学は挑戦してきている。一方で,神経科学をめぐる言説,リテラシーに関する問題点が指摘され始めている。そこで本論では,神経活動の解釈を①因果性,②部分と全体の関係性,③内部から外部への研究手法と外部から内部への研究手法の対立の3つの観点で議論する。

機能的磁気共鳴画像法による脳活動の解釈をめぐって 松元健二
 機能的磁気共鳴画像法(fMRI)は,非侵襲的にヒトの脳活動を計測する道を切り拓いたが,神経細胞活動を直接に検出したものではないため,その解釈には注意を要する。また,通常のfMRI実験は特定の心的状態が引き起こした脳活動を検出しており,従来の解析手法は不当な逆推論を導きやすい。正当な逆推論のための取組みとして,マルチボクセルパターンに基づく解析と,ベイスの定理を考慮したオンラインデータベースシステムを紹介する。

科学研究と発表のリテラシー 酒井邦嘉
 英語で研究成果を発表するとき,効果的なスライドと完全原稿を準備することが必要である。さらに,英語の正確な発音と話し方が成功への鍵であり,質疑応答のやり取りを想定し,できれば予行練習することが望ましい。創造力は科学と芸術の両方に必須のため,これらの達成には美的センスが役立つ。例えば,スライドの構図は絵や写真から学ぶことができ,音韻的な認識は音楽を聴いたり楽器を演奏したりすることで強化されるからだ。


■書評

科学論文からの情報収集の重要性が理解できる特集

書評者:竹林 崇(大阪公立大大学院教授・作業療法学)

 元来,医学領域の情報を求める際のファーストチョイスは,識者の査読という審査を通過した情報を取り扱う科学論文が主であった。今の時代も,情報の正確性という点では,当然ファーストチョイスとなるべき情報の供給元が科学論文であることに変わりはない。しかしながら,1990年代以降の急激なインターネットの発達や,誰でも気軽に情報をアウトプットできるしくみであるSNSの台頭により,情報の正確さよりも,入手の手軽さや拡散性の高さを重要視する層が急速に拡大した。

 医学領域の情報においてもその傾向は同様で,俗にいうフェイクニュースと呼ばれる情報が安易に拡散され,通常の生活を行っていても不正確な情報に接することが多くなったと感じる。特に,医学領域におけるフェイクニュースを医療者が真に受けて治療などに用いた場合,その先にいる患者は大きな不利益を被ることになるため,対策が求められている。

 しかしながら,医学領域の情報を取り巻く環境が目まぐるしく変わる現代において,不正確な情報を流布する当事者は後を絶たず,一定の取り締まりが行われているものの,大きく減少する気配は認められない。したがって,医学領域の情報の特徴に鑑みると,不正確な情報を流布する当事者の取り締まりと同時に,情報を受けとる側に高い情報リテラシー(世の中に溢れるさまざまな情報を適切に活用できる能力)が求められる。

 本特集は,医学領域の知識としても利用されることが多い脳科学に対する読者のリテラシーを高めることを目的に編集がなされており,医学領域における情報の正確性に関する問題において,脳科学の分野に特化した内容となっている。前半は,科学論文の書き方・査読対応における論理性の確保,査読の実施方法などについて記載されている。後半は,脳科学の知識に対して,さまざまなバイアスに惑わされることなく,真の解釈を促すための知識が記載されている。そして最後に,特集の前後半の情報リテラシーにかかわる知識を統合し,それらを用いた情報のアウトプットが読者自身の今後の振舞いの中で可能となるよう,「科学研究と発表のリテラシー」といった題目で締められている。

 本特集の中で,特に多くの方々に触れていただきたい内容は,冒頭の科学論文の書き方・査読対応における論理性の確保,査読の実施方法に関する論述である。学術的なアウトプットに関して,一般的に「医学領域の情報収集手段のファーストチョイスは,識者の査読という審査を通過した情報を取り扱う科学論文から」と推奨されていても,初学者においては,科学論文の情報の正確性がどうして高いのか,その理由に真に納得できていないかもしれない。本特集で,論文の作成から採択されるまでの正確な情報の生成過程を学ぶことで,科学論文からの情報収集がファーストチョイスとなるゆえんを明確に理解することができる。脳科学の応用が期待できる医学領域に属する医療者にぜひ手に取って欲しい特集の1つである。


研究領域を超えた教材としても価値の高い特集

書評者:森岡 周(畿央大ニューロリハビリテーション研究センターセンター長・教授)

 現代社会に生きる私たちは,氾濫する情報に日々接している。情報はその信憑性が確認されないままにSNSなどを通じて拡散される。匿名による情報提供は,それが偽りであってもほとんどは謝罪されることはない。このような時代においては,情報リテラシーが必要であることは言うまでもない。情報の拡散は科学的知見にまでも及んでいる。時代背景から,科学論文は加速度的にオープンジャーナル化されている。誰でも簡単に科学的知見を入手でき,その知見を誰でも解釈を加えて発信できる。このような時代だからこそ,受信側だけでなく発信側も責任を負う必要がある。つまり,研究する側の質が問われるわけである。

 「脳科学リテラシーを高めるために」と題された本特集は7論文で構成されている。脳科学研究そのものを扱った論文は2編のみで,それ以外は科学全般を対象としており,編集者の強い意図を感じ取ることができる。

 冒頭論文は「科学論文の書き方・査読のしかた」である。誰でも簡単に投稿できる時代だからこそ,書き物としての美しい表現の大切さについて,本論文を読むことで再認識することができる。研究ビギナーにとっては襟を正すための有益な論文である。その次は「うまい英語で世界一流誌に採択される医学論文の書き方」である。なかなかダイレクトな表題であるが,価値のある結果であったとしても,日本語をそのまま英訳するだけは適切に伝わらない。Comfortable Englishとなるためのコツが本論文にはちりばめられている。その次は「査読対応における科学的推論の論理性」である。演繹的あるいは帰納的論証をどのように査読対応に使うか,査読者と著者のやりとりが公開されるようになった今日ではなおのこと,今一度論理学を正確に学びたいと思わせる内容であった。その次が「生物医学研究の基盤としての医療統計学」である。近年,ますます高度化している統計学であるが,本論文では誤用が多い多重比較法について詳しく書かれている。まずは基本に忠実にというメッセージであろう。

 そして,本丸である「神経活動を解釈するということ」,「機能的磁気共鳴画像法による脳活動の解釈をめぐって」である。脳活動を捉えることは見えないものを見ようとするわけであり,解釈前までの手続きが誤ってしまえば活動の真意を問えない。両論文はそのための手続きを解説してくれている。最後が「科学研究と発表のリテラシー」である。ある専門領域を勉強すると確実にやってしまうのが情報過多な発表である。対象者の注意を適切に操作できていないプレゼンテーションは失敗であり,結果として,誤った情報の捉え方をされてしまう可能性がある。そうした情報伝達の技法も含めて,科学研究であることを認識させてくれる。

 いずれにしても,どの論文も第一線の方々が書いておられ,文章を読むだけでも研究倫理を獲得した気分になれる。そして,研究領域を超えて本特集は教材として利用価値が高い。ぜひとも手にとっていただきたい特集である。

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医書.jpにて、収録内容の記事単位で購入することも可能です。
価格については医書.jpをご覧ください。

特集 脳科学リテラシーを高めるために

科学論文の書き方・査読のしかた――ビギナーのための総論として
神田 隆

うまい英語で世界一流誌に採択される医学論文の書き方
植村研一

査読対応における科学的推論の論理性
高田則雄,三村 將

生物医学研究の基盤としての医療統計学
村上義孝,竹内由則

神経活動を解釈するということ――多視点で見る脳活動の関係性
虫明 元

機能的磁気共鳴画像法による脳活動の解釈をめぐって
松元健二

科学研究と発表のリテラシー
酒井邦嘉


■総説
恐怖記憶の制御基盤
喜田 聡

■症例報告
急速に囊胞が拡大して出血発症した成人Astroblastomaの1例
奥 真一朗,他

初期に失声が見られ発語特徴がaphemiaに一致した左利きの右病変によるブローカ失語例
落合郁紀子,他


●脳神経内科領域における医学教育の展望――Post/withコロナ時代を見据えて
第8回 オンライン神経診察の教育
下畑享良

●臨床神経学プロムナード――60余年を顧みて
第14回 視覚性運動失調(ataxie optique〈F〉)をめぐって:(1)実体験(2)本邦紹介(3)エピローグ
平山惠造

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