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地域医療構想をどう策定するか

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地域医療構想の目的は病床削減ではなく、医療を通して地域の安心を保障することだと著者は説く。2015年3月に「地域医療構想策定ガイドライン」が公表され、構想圏域ごとに地区医師会の代表者や保険者を含めた関係者の合議による地域医療構想の策定が求められた。この前例のない事態に戸惑う関係者の指南書として、本書は地域医療構想の背景となる考え方、立案手順、データの活用方法や調整会議の具体的な運用方法を示した。
松田 晋哉
発行 2015年10月判型:B5頁:120
ISBN 978-4-260-02433-4
定価 3,850円 (本体3,500円+税)
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  • 序文
  • 目次
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まえがき

 現在わが国の医療制度は大きな曲がり角に直面している.少子高齢化の進行による医療財政の持続可能性への疑念,傷病構造の変化と医療提供体制のミスマッチ,医師の専門科選択および勤務場所選択における自由度の大きさに起因する診療科および地理的偏在など,解決すべき問題が山積している.いずれの問題も社会基盤を根底から揺るがすものであり,国はこの問題解決を最重要課題の一つに挙げている.
 しかしながら,その問題意識は省庁によって異なるのが現状である.厚生労働省は超高齢社会にふさわしい医療提供体制を構築することを主たる目的として,医療機能の分化とプライマリケアの充実を柱とした改革を進めようとしている.一方で,財務省は毎年0.5兆円ずつ増える医療費に関して収支のバランスをとることを第一の目標として支出の抑制を求めており,厚生労働省はこれに対して医療提供体制の効率化と健康づくりを進めることで応じようとしている.経済産業省や内閣府・総合規制改革会議は医療を市場にゆだねることで効率化と経済活性化ができるとして,株式会社による病院経営の認可や混合診療の拡大を求めている.
 このように種々の関係者の思惑が交差する中で,医療提供体制の適正化を目的とした地域医療構想の策定が平成27(2015)年度から始まった.どのような改革を行うにしても基本となるのはデータである.今回の構想策定では厚生労働省から種々のデータが提供され,それらをもとに各地域の状況にあった地域医療提供体制の計画を作ることになる.従来の医療計画策定と大きく異なる点は,都道府県の担当者がデータを分析し,それに基づいて計画を書くのではなく,おおむね二次医療圏に相当する構想区域で地区医師会の代表者や保険者を含めた関係者が合議で計画を策定するという,民主的な手続きが予定されていることである.こうした試みは初めてのものであり,それだけに関係者の戸惑いは大きい.
 筆者は厚生労働省の科学研究費を用いて,この構想のためのデータ作成を行ってきた.また,合わせて関係者への講演会など,啓発事業も行ってきた.そこで,本書ではこれらの経験を含めて地域医療構想の立案および運用方法について,具体的な事例を用いて解説を行う.
 こうした計画はベースとなる理念によって大きく内容が変化する.そこで,本書では筆者の理念的立場(社会民主主義)を明らかとしたうえで,その立場から見た地域医療構想の考え方について,特に責任化原則,契約主義,透明性,保健民主主義といったキーワードに基づいて説明を行う.加えて,筆者のこのような考え方の基本となっているフランスでの医療計画の策定経験に基づいて,地域医療構想の意義とその将来像について論述する.
 なお,厚生労働科学研究で地域医療構想の基盤情報整備に携わった関係から,平成27年度に各都道府県および医師会に配布された直近のデータをこの本で使用することはできない.したがって,記述に際してはすでに報告書として公開されている過去の研究成果のデータを用いているが,データ活用の考え方には特に問題がないと考えている.
 本書が地域医療構想策定の実務者の何らかのお役にたてば幸いである.

 2015年7月15日
 松田 晋哉

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まえがき

第I章 なぜ医療提供体制を再考しなければならないのか
 1.人口推計から見えてくる未来にどう対応するか
  1)福岡県北九州市:地方の中核都市の一例
  2)福井県大野市:過疎の進む自治体の一例
  3)東京都江東区:人口が増加し続ける都市部の一例
  4)東京都多摩市:人口が高齢化するかつてのニュータウンの一例
  5)千葉県習志野市:首都圏近郊の住宅地
  6)地域の比較から見えるそれぞれの対応策
 2.わが国の医療制度の現状と課題
  1)財政方式の現状と課題
  2)医療提供方式の現状と課題
  3)地域医療構想・医療計画と診療報酬

第II章 地域医療構想の歴史的背景
 1.医療計画の医療法上の位置づけ
  1)医療計画の目的
  2)基準病床数の規制をめぐって
 2.地域医療計画の歴史的経緯
  1)第一次医療計画:1985年
  2)第二次医療計画:1992年
  3)第三次医療計画:1997年
  4)第四次医療計画:2002年
  5)第五次医療計画:2006年
  6)第六次医療計画:2014年
  7)そして地域医療構想の策定へ

第III章 地域医療構想の考え方
 1.地域医療構想がめざすもの
 2.地域医療構想策定ガイドラインの読み解き方
  1)病床機能別病床数の推計方法
  2)地域医療構想策定の具体的な手順
  3)地域医療構想調整会議
  4)都道府県知事による措置
 3.構想区域の設定について
  1)東京都の場合
  2)鹿児島県の場合
  3)構想区域の考え方に関するまとめ
 4.地域医療構想のために提供される主な資料とその分析の視点
  1)DPCデータ
  2)NDBデータ
  3)消防庁データ
  4)年齢調整標準化レセプト出現比(SCR)
  5)病床機能別医療需要
  6)人口の将来予測
  7)傷病別入院患者数の推移の推計
  8)分析結果のまとめ
 5.地域医療構想の立案手順
  1)地域医療構想調整会議の目的と進め方
  2)鹿児島県 姶良・伊佐医療圏における地域医療構想策定のための模擬調整会議
 6.病床機能別病床数の適正化の考え方
  1)推計値の意味すること
  2)機能別病床数を考えるうえでの論点
  3)医療者の意識改革の必要性
 7.実効性の担保のために必要なこと
  1)医療の現状に関する理解
  2)保健民主主義と責任化原則
  3)各レベルでのデータの活用能力の向上
  4)医療の質評価との連動
  5)住民および患者の理解

第IV章 活力ある高齢社会を創造するために
 1.地域医療構想と地域包括ケア計画を連動させる
 2.少子高齢社会における医療の役割を再認識する
 3.冷静に財政問題を考える


資料編
 i 分析のための道具箱
 ii 欧州における医療制度改革

あとがき
索引

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詳細な分析による未来への挑戦の書
書評者: 井部 俊子 (聖路加国際大学学長)
 わが国が「少子高齢社会」であることは周知の事実である。しかし,その様相は地域によって異なることはあまり認識されていない。

 本書によると,例えば北九州市(p.2-5)の場合,2000~2010年までは若年層の人口流出が相当あったが,今後その影響は小さくなり,高齢者層の死亡数の増加により人口が徐々に減少していく。その結果,2030年には後期高齢者(特に女性)の数が増大する。傷病別入院受療率に基づく推計によると,2040年に肺炎が40%,骨折と脳血管障害が30%強増加することが予測される。そのかなりの割合で認知症が併存する。既に要支援・要介護状態にある高齢者の急性期のイベントにどのように対応するかが今後の課題となる。

 福井県東部に位置する大野市(p.5-7)は,現在は人口減少が進んでおり,過疎対策が課題となっている。若年層の人口流出に加え,高齢者の死亡数が増加するために,人口は急激に減少していく。後期高齢者層のケアニーズを支えるだけの若年層が確保できるのかが大きな課題となる。2040年までに入院受療率は低下しないが,現在の病床数と平均在院日数で十分対応が可能である。しかし,これだけの病床数を維持するだけの医療職,特に看護職の確保が将来的に可能であるかが課題となる。

 東京都江東区(p.8-10)は,湾岸地域の開発に伴い,若年層・青年層を中心に人口増が続く。後期高齢女性が増加するが,それを支える壮年層が多いのが特徴である。傷病別入院患者数の推計では人口の大幅な増加となるため,総合的な入院医療対策が必要となる。したがって新たに病院の建築を認めるのか,既存の病院の増床を認めるのか,居住系の介護対応施設や在宅ケアを進めるのか,区としての対応が必要になる。

 東京都多摩市(p.10-11)は,1960年代に開発が進んだニュータウンであり,既に高齢化が進んでおり,2020年以降に急速に人口が減少する。その主な要因は死亡者数の増加である。入院患者数の増加は2030年がピークでありその後漸減する。後期高齢者の増加に伴って,肺炎が90%,骨折が80%,脳血管障害が70%強の増加となるため,高齢者の救急症例にどのように対応するのかが課題となる。

 このように,第1章では,人口構造の変化とそれに伴って生じる入院医療の需要の差が,AJAPA(All Japan Areal Population-change Analyses:地域別人口変化分析ツール)で分析し,示される。

 続いて,地域医療構想の歴史的背景,地域医療構想の考え方が豊富なデータを用いて説明される。著者は,「日本の患者や要介護高齢者は平均像として保険料や税金,自己負担金として払った以上のサービスを受けている。不足部分を誰が担うのかと言えば,それは医療・介護職の長い労働時間と,赤字国債を引き受ける将来の世代である」と説き,ポピュリズムの弊害を指摘する。その意味で本書は未来への挑戦の書である。
地域の事情に応じた医療提供体制を創造するために
書評者: 伊関 友伸 (城西大教授・経営学)
 本書の著者は,厚生労働省の「地域医療構想策定ガイドライン」の基盤となるデータ整備で中心的な役割を果たしている産業医科大学教授の松田晋哉氏である。

 松田氏は,地域医療構想の目的は病床削減ではなく,地域の実情に応じた医療提供体制を関係者間の合意に基づいて作ることであると指摘する。低成長下の少子超高齢社会における医療制度の改革は,国民を含む関係者全員に何らかの痛みをもたらすものにならざるを得ない。そもそも,現状維持では,なぜうまくいかないのか。地域の医療をめぐる課題をデータで客観的に把握し,それをどのような理念に基づいて解決するかについて合意形成を図ることが,改革を進めていくための前提条件になる。

 その点で,松田氏は各構想区域において行われる調整会議に大きな期待を寄せる。医療者・保険関係者・行政関係者・住民が参加し,データを基に地域の医療の在り方について議論を行う調整会議は,単に機能別病床数の数値目標を掲げることではなく,質の高い医療を効率的に提供することが目的である。ただし,医療提供体制の見直しにおいては,現場の医療職の納得が重要である。医療職の専門性に敬意が払われなければ,働くインセンティブが低下し,医療の質も効率性も大幅に低下するためである。その一方,「責任化原則」に基づく,医学的な視点からの医療提供体制の適正化に向けた,医療提供者自身による継続的な改革の必要性を指摘する。

 松田氏は,地域医療構想策定において優先度の高い課題は,回復期病床数(急性期から回復期への機能転換)と慢性期病床数(慢性期の患者を病床・介護施設・在宅にどのように配分するのか)の2点であるとする。各病院が地域からの期待に応えていくために何をしなければならないか。松田氏は,医療界に根強い「急性期>回復期>慢性期」という「医療の格」に関するヒエラルキー意識を改める必要があると指摘する。

 さらに,住民に対しても「保険料率の増加も反対,医療介護にあてる消費増税も反対,しかしながら,より良い医療・介護サービスを受けたい」のは不可能であるとして,冷静な理解を求める。評者は,地域医療再生を研究テーマの一つとしており,訪問する地域では,住民の皆さんに地域医療の「当事者」であることを訴えている。きちんとした情報の提供と住民間の議論があると,住民は適切な意思決定を行うことが多い。住民が地域の医療を考える契機として地域医療構想の果たす役割は大きい。

 わが国の医療制度は正念場に直面している。問題を先送りすれば,医療制度の崩壊と混乱が起きるであろう。残された時間は少ない。地域医療構想が実効性を持つためにも,国民各層における議論を期待する。地域医療構想策定関係者だけでなく,医療にかかわる方々に本書の一読をお薦めする。
これからの地域医療を考える礎としての情報が網羅
書評者: 伏見 清秀 (東京医科歯科大学教授・医療政策情報学)
 地域医療構想策定が平成27年度から始まっている。本書は,その第一人者である著者が,わが国の医療提供体制の課題,改革の方向性と理念,具体的な手法と考え方を詳細に解説した地域医療構想ガイドブックである。この地域医療構想は従来の医療計画と何が違うのか,どこまで実効性があるのか,私たちの地域医療にどのように影響するのか,私たちはどのように対応したらよいのかなど多くの方が持つ疑問に対する丁寧な回答が本書には記されている。

 特に本書の「第III章 地域医療構想の考え方」に収載されている「地域医療構想のための模擬調整会議」は,具体的事例に基づく検討が臨場感いっぱいに記されていて,まさに調整会議に陪席しているようである。おそらく,全国各地でこのような形で地域医療構想の調整会議が進められていくのだろうと期待される。

 この第III章には,これ以外にも,地域医療構想とガイドラインの理念と背景,構想区域の考え方,地域医療構想立案手順などが具体的に書かれている。また,やや,センセーショナルに報道されている地域別病床数の適正化についても,もっと正確に情報を読み込み,冷静に対処していくべきことが記されていて,関係者が地に足の着いた丁寧な議論を進めるための礎となるような重要な情報のエッセンスとなっている。

 そのほかの本書の構成として,第I章には,人口構造の高齢化に伴う疾病構造の劇的な変化とその地域差が豊富な図表とともに解説されている。資料編にも人口の将来推計ツール(AJAPA)が紹介されているので,読者それぞれの地域の実態を知ることができる。第II章では従来の医療計画のレビューとその課題がわかりやすくまとめられ,今回の地域医療構想の違いと,それへの大きな期待が記されている。第IV章では,さらに幅広く地域包括ケアや財政問題とのかかわりまで紹介されていて,広い視点からの問題のとらえ方を知ることができる。

 本書は,このように,今まさに進行している地域医療構想の全てをカバーしているといっても過言ではないだろう。地域の医療と介護を担う医療機関・介護事業関係者,地域医療構想策定のかじ取りを期待される地域行政担当者,現場で働く関係者,地域医療を研究する専門家など多くの人々にとって,これからの地域医療を考える上での必携の書といえよう。

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