運動器マネジメントが患者の生活を変える!
がんの骨転移ナビ
「最後まで歩きたい」患者の希望を叶える骨転移チームアプローチの新たな視点
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体力が低下しているがん患者、特に骨転移を起こした患者にこそ、運動機能を維持し、ADLやQOLを保つための運動器管理が何より重要である。本書はチームアプローチの視点から、“がん患者への運動器マネジメント”をキーワードに、がんの骨転移診療・ケアに関わるすべての人に向けて、患者が最後まで自分で歩くための実践的な運動器管理の方法、在宅を含むリハビリテーションのアプローチ法についてわかりやすく解説している。
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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序 -がん診療の現状と今後の課題-
1.がんとの共存
医療技術の進歩によって種々の疾患の治療成績が向上した結果,日本社会は高齢化する一方で,がんの罹患者数は予想を上回る増加を示している.また,がん診療の進歩も目覚ましく治療成績が向上しているため,がんの既往のある患者や治療中の患者も激増しており,がんの根治を目指すとともに,がんと共存することを念頭においた診療体制の整備が求められている.
2.がん時代のチーム医療
根治を目指すがん診療は病変局所の専門家が中心を担ってきたが,「がん」という疾患のとらえ方が大きく変わってきた現在,より全人的かつ包括的な診療体制の整備が求められている.全人的,包括的な緩和ケア,がんリハビリテーションにはがん医療に携わる多くの診療科のみならずさまざまな職種がかかわる診療科横断的な多職種によるチーム医療体制が望ましい.
しかし,大規模な医療施設には,診療科間,職種間などさまざまな壁があり,コミュニケーションの阻害因子となっている.キャンサーボードの設立などの診療体制の整備が進み,チーム医療の必要性の認識も高まってきているが,これを形式的なものではなく,実効性のあるものとして運営するためには,医療従事者1人ひとりの意識改革と問題意識の共有が欠かせない.
3.がん診療における運動器マネジメント
がん時代の運動器診療において,「骨転移」という診断がステージを決めてしまう,すなわち骨転移によるADL制限がパフォーマンスステータス(PS)を規定して治療適応=患者さんの運命を決定してしまうことを意識しなければいけない.ADL制限が特に大きいのは,脊椎転移による下肢麻痺,荷重骨骨折であり,整形外科的な治療が直接QOLを大きく変えるのみならず,がん治療全体の方向性を決定することがある.がん種ごとに骨転移の性質が異なるので,スクリーニング法や治療法は,骨転移の頻度,転移の進展速度,予後によって異なる.原発担当医も整形外科医もお互いにコミュニケーションをとって,積極的に運動器管理にかかわる姿勢が必要である.予後が短いと考えられていたがん種のなかにも,分子標的薬などにより飛躍的に予後が改善しているものがある.特に骨転移の多いがん種については情報を収集して基本的な知識をもつことも必要である.
がん病変による直接的な影響がなくても,長期治療症例では治療に随伴する骨粗鬆症が生じる.性ホルモン関連療法やステロイドを含む化学療法による骨粗鬆症,低運動量によるサルコペニアが生じることに注意が必要である.特に若年の乳癌,前立腺癌の性ホルモン療法を要するがんでは,閉経後骨粗鬆症よりも急速に性ホルモン欠乏性骨粗鬆症が進行することが多い.
4.骨転移診療のエビデンス
2015年に日本臨床腫瘍学会編集の「骨転移診療ガイドライン」が発刊された.これは26項目のclinical question(CQ)を設定し,それに対するエビデンスを検索・評価することによって,CQに対する推奨度を提示している.しかし,エビデンスに基づいて推奨度を設定し得たものは17項目に過ぎず,設定し得たCQでも推奨度はCやDの弱いエビデンスレベルにとどまっている項目が多い.残念ながら,骨転移診療のガイドラインとして診療指針が確立されたとは全くいえない状況である.今後も骨転移診療の基盤となるエビデンスを確立することは喫緊の課題といえる.
5.がん診療・骨転移診療における運動器マネジメントの課題
さまざまながん種において,がん患者のADLとQOLの維持には運動器マネジメントが有効かつ必須であることが示されつつある.パフォーマンスステータスの維持を介したがん診療全体の向上のためにも,緩和ケアやがんリハビリテーションの観点からも,運動器マネジメントの意義を,がん診療に携わる多くの診療科と多くの職種の方々に知っていただきたい.適切な運動器マネジメントが実施されることによって,「がんと共存する」がん患者のQOLの向上に大きく貢献することができると確信している.
2016年6月
編集者を代表して
河野博隆
1.がんとの共存
医療技術の進歩によって種々の疾患の治療成績が向上した結果,日本社会は高齢化する一方で,がんの罹患者数は予想を上回る増加を示している.また,がん診療の進歩も目覚ましく治療成績が向上しているため,がんの既往のある患者や治療中の患者も激増しており,がんの根治を目指すとともに,がんと共存することを念頭においた診療体制の整備が求められている.
2.がん時代のチーム医療
根治を目指すがん診療は病変局所の専門家が中心を担ってきたが,「がん」という疾患のとらえ方が大きく変わってきた現在,より全人的かつ包括的な診療体制の整備が求められている.全人的,包括的な緩和ケア,がんリハビリテーションにはがん医療に携わる多くの診療科のみならずさまざまな職種がかかわる診療科横断的な多職種によるチーム医療体制が望ましい.
しかし,大規模な医療施設には,診療科間,職種間などさまざまな壁があり,コミュニケーションの阻害因子となっている.キャンサーボードの設立などの診療体制の整備が進み,チーム医療の必要性の認識も高まってきているが,これを形式的なものではなく,実効性のあるものとして運営するためには,医療従事者1人ひとりの意識改革と問題意識の共有が欠かせない.
3.がん診療における運動器マネジメント
がん時代の運動器診療において,「骨転移」という診断がステージを決めてしまう,すなわち骨転移によるADL制限がパフォーマンスステータス(PS)を規定して治療適応=患者さんの運命を決定してしまうことを意識しなければいけない.ADL制限が特に大きいのは,脊椎転移による下肢麻痺,荷重骨骨折であり,整形外科的な治療が直接QOLを大きく変えるのみならず,がん治療全体の方向性を決定することがある.がん種ごとに骨転移の性質が異なるので,スクリーニング法や治療法は,骨転移の頻度,転移の進展速度,予後によって異なる.原発担当医も整形外科医もお互いにコミュニケーションをとって,積極的に運動器管理にかかわる姿勢が必要である.予後が短いと考えられていたがん種のなかにも,分子標的薬などにより飛躍的に予後が改善しているものがある.特に骨転移の多いがん種については情報を収集して基本的な知識をもつことも必要である.
がん病変による直接的な影響がなくても,長期治療症例では治療に随伴する骨粗鬆症が生じる.性ホルモン関連療法やステロイドを含む化学療法による骨粗鬆症,低運動量によるサルコペニアが生じることに注意が必要である.特に若年の乳癌,前立腺癌の性ホルモン療法を要するがんでは,閉経後骨粗鬆症よりも急速に性ホルモン欠乏性骨粗鬆症が進行することが多い.
4.骨転移診療のエビデンス
2015年に日本臨床腫瘍学会編集の「骨転移診療ガイドライン」が発刊された.これは26項目のclinical question(CQ)を設定し,それに対するエビデンスを検索・評価することによって,CQに対する推奨度を提示している.しかし,エビデンスに基づいて推奨度を設定し得たものは17項目に過ぎず,設定し得たCQでも推奨度はCやDの弱いエビデンスレベルにとどまっている項目が多い.残念ながら,骨転移診療のガイドラインとして診療指針が確立されたとは全くいえない状況である.今後も骨転移診療の基盤となるエビデンスを確立することは喫緊の課題といえる.
5.がん診療・骨転移診療における運動器マネジメントの課題
さまざまながん種において,がん患者のADLとQOLの維持には運動器マネジメントが有効かつ必須であることが示されつつある.パフォーマンスステータスの維持を介したがん診療全体の向上のためにも,緩和ケアやがんリハビリテーションの観点からも,運動器マネジメントの意義を,がん診療に携わる多くの診療科と多くの職種の方々に知っていただきたい.適切な運動器マネジメントが実施されることによって,「がんと共存する」がん患者のQOLの向上に大きく貢献することができると確信している.
2016年6月
編集者を代表して
河野博隆
目次
開く
序 がん診療の現状と今後の課題
1章 がん診療のパラダイムシフト
-がんとともに生きる時代-
A がん診療の現状
B がん診療における緩和ケアの意義
2章 がん診療における運動器マネジメント
-がん患者になぜ運動器の管理が必要なのか-
A がん診療における運動器マネジメントの重要性
B がん診療における非がん性の運動器疼痛
C 高齢者におけるサルコペニアの弊害
3章 がん診療に伴う骨管理の重要性
-がん治療で骨が弱くなる!?-
A 前立腺癌治療に伴う骨粗鬆症
B 乳癌治療に伴う骨粗鬆症
C 消化器癌治療に伴う骨粗鬆症
D 放射線療法による骨脆弱性
E 骨粗鬆症の治療
4章 骨転移診療の基本
-骨転移はこう診る,こう考える-
A 骨転移とは
B 骨転移診療の基本戦略
C 骨転移患者の診察
D 採血検査
E 画像診断
F 原発不明癌で行うべき検査
5章 骨転移の治療
-おさえておきたい治療の方法-
A 薬物療法-(1)骨修飾薬
B 薬物療法-(2)鎮痛薬と鎮痛補助薬
C 骨転移の疼痛に対するペイン・クリニック的治療アプローチ
D 骨転移に対する放射線療法
E 骨転移に対する内照射
F 長管骨骨転移の治療
G 脊椎転移の治療
H 転移性脊椎腫瘍による脊髄損傷の管理
I 脊髄損傷患者の排尿管理
J 骨盤転移の治療
K 骨転移に対する塞栓術
L 高カルシウム血症,低カルシウム血症への対応
6章 骨転移患者への緩和ケア
-アプローチひとつで患者の意識は変わる-
A 骨転移患者に対する緩和ケア
B 骨転移患者の看護
C 骨転移患者の精神的ケア
7章 がん診療における運動器リハビリテーションの実践
-リハビリでADL・QOLを改善する-
A がんのリハビリテーション
B 骨転移患者のリハビリテーション
C 骨転移患者のリハビリテーションの実際
D 骨転移に対する装具療法
E 自宅退院に向けた準備
F 緩和ケアにおける栄養管理
8章 在宅における運動器管理
-在宅でできるこんなこと-
A 在宅医の役割
B 在宅における訪問リハビリテーション
9章 骨転移診療における診療科横断的・集学的な診療の実際
-最後まで歩くための骨転移診療-
A 東京大学病院骨転移キャンサーボード
B 症例紹介
索引
1章 がん診療のパラダイムシフト
-がんとともに生きる時代-
A がん診療の現状
B がん診療における緩和ケアの意義
2章 がん診療における運動器マネジメント
-がん患者になぜ運動器の管理が必要なのか-
A がん診療における運動器マネジメントの重要性
B がん診療における非がん性の運動器疼痛
C 高齢者におけるサルコペニアの弊害
3章 がん診療に伴う骨管理の重要性
-がん治療で骨が弱くなる!?-
A 前立腺癌治療に伴う骨粗鬆症
B 乳癌治療に伴う骨粗鬆症
C 消化器癌治療に伴う骨粗鬆症
D 放射線療法による骨脆弱性
E 骨粗鬆症の治療
4章 骨転移診療の基本
-骨転移はこう診る,こう考える-
A 骨転移とは
B 骨転移診療の基本戦略
C 骨転移患者の診察
D 採血検査
E 画像診断
F 原発不明癌で行うべき検査
5章 骨転移の治療
-おさえておきたい治療の方法-
A 薬物療法-(1)骨修飾薬
B 薬物療法-(2)鎮痛薬と鎮痛補助薬
C 骨転移の疼痛に対するペイン・クリニック的治療アプローチ
D 骨転移に対する放射線療法
E 骨転移に対する内照射
F 長管骨骨転移の治療
G 脊椎転移の治療
H 転移性脊椎腫瘍による脊髄損傷の管理
I 脊髄損傷患者の排尿管理
J 骨盤転移の治療
K 骨転移に対する塞栓術
L 高カルシウム血症,低カルシウム血症への対応
6章 骨転移患者への緩和ケア
-アプローチひとつで患者の意識は変わる-
A 骨転移患者に対する緩和ケア
B 骨転移患者の看護
C 骨転移患者の精神的ケア
7章 がん診療における運動器リハビリテーションの実践
-リハビリでADL・QOLを改善する-
A がんのリハビリテーション
B 骨転移患者のリハビリテーション
C 骨転移患者のリハビリテーションの実際
D 骨転移に対する装具療法
E 自宅退院に向けた準備
F 緩和ケアにおける栄養管理
8章 在宅における運動器管理
-在宅でできるこんなこと-
A 在宅医の役割
B 在宅における訪問リハビリテーション
9章 骨転移診療における診療科横断的・集学的な診療の実際
-最後まで歩くための骨転移診療-
A 東京大学病院骨転移キャンサーボード
B 症例紹介
索引
書評
開く
がん患者さんと「歩く」喜びを共有するために
書評者: 荒尾 晴惠 (阪大大学院教授・成人看護学)
がんが進行していく中で,さまざまな症状を抱える患者さんのお話を聞くと,そのたびに出てくるのは「迷惑をかけたくない,できるだけ自分で自分のことをしたい」ということである。自立した生活を送ること,歩くこと,自分でトイレに行くこと,これらは患者さんが最も重要と捉えていることの一つだ。また,住み慣れた自宅で生活したいと願う患者さんにとっては,日常生活動作が自立していることは,口から食べることと同様に重要なことである。
従来の医療とケアは,こうした患者さんの希望をかなえるために,できる限り症状を緩和することをめざしてきた。しかし,本書は,運動器マネジメントにより運動機能の低下を「予防」し,患者さんが自立した生活を送ることを支援する医療とケアを提示している。
本書の中で,「ロコモティブシンドローム(ロコモ:運動器の障害によって要介護になるリスクの高い患者)」の概念が紹介されている。骨転移の患者さんを,末期の患者さんと捉えるのではなく,疼痛・骨折・麻痺による寝たきりや要介護状態を予防し,自立した生活を送ることを目標とする「ロコモの患者」として認識する。つまり,骨転移の患者さんの緩和ケアにもロコモの概念を導入することが重要であると提言されている。
人にとって日常生活動作の“歩くこと”は“生活すること”であるからこそ,骨転移のある患者さんのQOLを維持するためには,生活者としての“歩くこと”を過小評価すべきではない,という記載もある。がん患者さんの中には,下肢筋力の低下を危惧して,病院の階段昇降をしている方や散歩をして筋力を維持している方がいる。数日歩かないだけで下肢筋力の低下を実感するとのことである。こういった患者さんが筋力低下を危惧して自ら取り組んでいることは,その患者さんにとってとても重要なことだと医療者が認識して,共に取り組むことが必要なのだと改めて感じた。こういった考えかたは,本書に書かれているとおり,まさに“がん診療のパラダイムシフト”であると考えられる。
ロコモの概念を骨転移のある患者さんの医療とケアに取り入れて実践するに当たっては,がん診療に運動器マネジメントを取り入れ,緩和ケアチームのみならず,整形外科医,リハビリテーション医,理学療法士,在宅チームなど診療科横断的な多職種の診療体制を活用することが提唱されており,本書を手に取れば,自施設のがん患者さんの診療とケアの体制を見直すことになるだろう。
さらに,本書は,運動器マネジメントの基本となる骨転移診療の基本,治療や看護,入院・在宅リハビリテーションなどの内容が網羅されており,骨転移の医療とケアについて,新たな視点を与えてくれる。
がん患者さんの医療とケアに携わる医療者が本書を手に取ることで,患者さんが最期まで歩くことの意味を理解し,共に喜べる医療者が増えることを願う。
執筆陣の熱意溢れる骨転移マネジメント術の開示
書評者: 土屋 弘行 (金沢大教授・整形外科)
ひとは亡くなるとき,何を思うのだろうか? 走馬灯のように頭を駆け抜ける自分の人生を振り返りながら,幸せな人生だったかどうかといったことを思うのだろうか? 人生,若いときの幸せよりも,亡くなる間際に幸せを感じられるかどうかで,自分の人生に対する満足度は,大きく異なるのかもしれない。
がん患者の人生最期の数か月が,絶望と苦痛に満ちてしまえば,せっかく過ごしてきた人生の日々も,虚しいものとなってしまう。そして,ひとがよりよく生き,最期のときを迎えるためには,自分の手で食事をとり,自分の好きなときに,自分の好きな所へ,自分の力で歩いて行けることは,ひとがひととしての尊厳を保ちながら死に向き合うための,重要なエレメントである。今や,がん患者においては,除痛あるいはスピリチュアルケアとしての緩和的アプローチのみならず,その運動機能を維持し,ADLあるいはQOLをその最期のときまで保ち続け,がん患者の「よりよく生きる」という希望をかなえることが重要となっている。
今日わが国では,2人に1人ががんを患っている。そのような中,がんに対する集学的治療法の向上により,多くのがんで生存期間が延長しているが,一方で,骨転移を有するがん患者数は増加の一途をたどっている。がんの骨転移は,がん患者の運動機能を著しく低下させる原因にもかかわらず,これまで末期と単純に捉えられ,その対処法は,主治医の経験に基づき決定されることがほとんどで,実に千差万別であった。近年ではこれらの現状を改善するため,多くの施設でがん骨転移キャンサーボードが立ち上げられ,より質の高い運動器マネジメントを行うために,多職種によるチームアプローチが行われている。本書執筆者陣は,その黎明期から第一線に立ち続け,精力的にがん骨転移に取り組んできたエキスパートたちばかりである。
本書では,がん骨転移に対する投薬や手術法のみならず,看護,リハビリテーション,装具,栄養管理,在宅支援など,さまざまな方面からのマネジメント法がわかりやすく解説されており,最新の知識をより実践的に習得することができる。本書を手にしていただくことで,がん骨転移キャンサーボードのメンバーが,どのような知識を持ち,何を考え,どのようにがん骨転移患者と向き合っているか,その息遣いまでも感じていただくことができるだろう。それはまるで,皆さんのがん骨転移マネジメントに,頼もしい骨転移キャンサーボードのメンバーたちが加わったがごときである。
ぜひ,医師のみならず,がん骨転移マネジメントに携わる全てのメディカルスタッフに読んでいただきたい秀書である。
書評者: 荒尾 晴惠 (阪大大学院教授・成人看護学)
がんが進行していく中で,さまざまな症状を抱える患者さんのお話を聞くと,そのたびに出てくるのは「迷惑をかけたくない,できるだけ自分で自分のことをしたい」ということである。自立した生活を送ること,歩くこと,自分でトイレに行くこと,これらは患者さんが最も重要と捉えていることの一つだ。また,住み慣れた自宅で生活したいと願う患者さんにとっては,日常生活動作が自立していることは,口から食べることと同様に重要なことである。
従来の医療とケアは,こうした患者さんの希望をかなえるために,できる限り症状を緩和することをめざしてきた。しかし,本書は,運動器マネジメントにより運動機能の低下を「予防」し,患者さんが自立した生活を送ることを支援する医療とケアを提示している。
本書の中で,「ロコモティブシンドローム(ロコモ:運動器の障害によって要介護になるリスクの高い患者)」の概念が紹介されている。骨転移の患者さんを,末期の患者さんと捉えるのではなく,疼痛・骨折・麻痺による寝たきりや要介護状態を予防し,自立した生活を送ることを目標とする「ロコモの患者」として認識する。つまり,骨転移の患者さんの緩和ケアにもロコモの概念を導入することが重要であると提言されている。
人にとって日常生活動作の“歩くこと”は“生活すること”であるからこそ,骨転移のある患者さんのQOLを維持するためには,生活者としての“歩くこと”を過小評価すべきではない,という記載もある。がん患者さんの中には,下肢筋力の低下を危惧して,病院の階段昇降をしている方や散歩をして筋力を維持している方がいる。数日歩かないだけで下肢筋力の低下を実感するとのことである。こういった患者さんが筋力低下を危惧して自ら取り組んでいることは,その患者さんにとってとても重要なことだと医療者が認識して,共に取り組むことが必要なのだと改めて感じた。こういった考えかたは,本書に書かれているとおり,まさに“がん診療のパラダイムシフト”であると考えられる。
ロコモの概念を骨転移のある患者さんの医療とケアに取り入れて実践するに当たっては,がん診療に運動器マネジメントを取り入れ,緩和ケアチームのみならず,整形外科医,リハビリテーション医,理学療法士,在宅チームなど診療科横断的な多職種の診療体制を活用することが提唱されており,本書を手に取れば,自施設のがん患者さんの診療とケアの体制を見直すことになるだろう。
さらに,本書は,運動器マネジメントの基本となる骨転移診療の基本,治療や看護,入院・在宅リハビリテーションなどの内容が網羅されており,骨転移の医療とケアについて,新たな視点を与えてくれる。
がん患者さんの医療とケアに携わる医療者が本書を手に取ることで,患者さんが最期まで歩くことの意味を理解し,共に喜べる医療者が増えることを願う。
執筆陣の熱意溢れる骨転移マネジメント術の開示
書評者: 土屋 弘行 (金沢大教授・整形外科)
ひとは亡くなるとき,何を思うのだろうか? 走馬灯のように頭を駆け抜ける自分の人生を振り返りながら,幸せな人生だったかどうかといったことを思うのだろうか? 人生,若いときの幸せよりも,亡くなる間際に幸せを感じられるかどうかで,自分の人生に対する満足度は,大きく異なるのかもしれない。
がん患者の人生最期の数か月が,絶望と苦痛に満ちてしまえば,せっかく過ごしてきた人生の日々も,虚しいものとなってしまう。そして,ひとがよりよく生き,最期のときを迎えるためには,自分の手で食事をとり,自分の好きなときに,自分の好きな所へ,自分の力で歩いて行けることは,ひとがひととしての尊厳を保ちながら死に向き合うための,重要なエレメントである。今や,がん患者においては,除痛あるいはスピリチュアルケアとしての緩和的アプローチのみならず,その運動機能を維持し,ADLあるいはQOLをその最期のときまで保ち続け,がん患者の「よりよく生きる」という希望をかなえることが重要となっている。
今日わが国では,2人に1人ががんを患っている。そのような中,がんに対する集学的治療法の向上により,多くのがんで生存期間が延長しているが,一方で,骨転移を有するがん患者数は増加の一途をたどっている。がんの骨転移は,がん患者の運動機能を著しく低下させる原因にもかかわらず,これまで末期と単純に捉えられ,その対処法は,主治医の経験に基づき決定されることがほとんどで,実に千差万別であった。近年ではこれらの現状を改善するため,多くの施設でがん骨転移キャンサーボードが立ち上げられ,より質の高い運動器マネジメントを行うために,多職種によるチームアプローチが行われている。本書執筆者陣は,その黎明期から第一線に立ち続け,精力的にがん骨転移に取り組んできたエキスパートたちばかりである。
本書では,がん骨転移に対する投薬や手術法のみならず,看護,リハビリテーション,装具,栄養管理,在宅支援など,さまざまな方面からのマネジメント法がわかりやすく解説されており,最新の知識をより実践的に習得することができる。本書を手にしていただくことで,がん骨転移キャンサーボードのメンバーが,どのような知識を持ち,何を考え,どのようにがん骨転移患者と向き合っているか,その息遣いまでも感じていただくことができるだろう。それはまるで,皆さんのがん骨転移マネジメントに,頼もしい骨転移キャンサーボードのメンバーたちが加わったがごときである。
ぜひ,医師のみならず,がん骨転移マネジメントに携わる全てのメディカルスタッフに読んでいただきたい秀書である。
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