国際頭痛分類 第3版 beta版

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国際頭痛学会(IHS)作成による最新の分類・診断基準を日本頭痛学会が翻訳。一次性頭痛では片頭痛において、「慢性片頭痛」が下位分類から独立するなど重要な点が変更。二次性頭痛は診断基準が大幅に改訂され、日常臨床での診断により即した内容に。また翻訳面でも「薬物乱用頭痛」に「薬剤の使用過多による頭痛」が併記されるなどの改訂が行われた。正にグローバルスタンダードといえる内容で、頭痛にかかわる医師は必読の1冊。
日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会
発行 2014年10月判型:B5頁:256
ISBN 978-4-260-02057-2
定価 4,400円 (本体4,000円+税)
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国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β) 日本語版に寄せて(Jes Olesen)/ 日本語版 作成にあたって(竹島多賀夫・清水 利彦)/原書第3版 beta版の序文(Jes Olesen)    

国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β) 日本語版に寄せて
Foreword ICHD-3beta
It is a great pleasure for me to welcome this Japanese translation of the International Classification of Headache Disorders, third edition beta version. We owe credit to our Japanese colleagues for their continued dedication to the improvement of the diagnosis and therefore also treatment of headache disorders. This field is often somewhat disregarded but migraine alone is number seven among diseases causing disability. In terms of cost to society headache disorders are number three after dementia and stroke among neurological disorders.
In the past there was not enough emphasis on a precise headache diagnosis but this was improved after the advent of the first edition of this classification in 1988. Today we know that the treatment of headache disorders is very different from one diagnosis to the next. Furthermore, the amount of laboratory investigation also depends a lot on the clinical diagnosis. It is therefore my hope that this Japanese translation of ICHD-3beta will gain widespread use in Japan. Courses in headache diagnosis for neurologists and general practitioners would be very useful and could perhaps be organized by the Japanese Headache Society.

 国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β)の日本語訳が一般公開されることは大きな喜びです。われわれの日本の仲間が頭痛性疾患の診断と治療の改善に絶え間ない努力を続けていることを称賛しなければなりません。この領域はしばしば軽視されますが,片頭痛はすべての疾患のうち,単独で第7番目に支障をきたしうるものです。社会全体の医療費のコストとしては,頭痛性疾患はすべての神経疾患のうち,認知症と脳卒中に続く第3番目の疾患です。
 過去には正確な頭痛診断の重要性が十分強調されていませんでしたが,1988年に国際頭痛分類の初版が発刊されてから,改善されてきています。今日,われわれは頭痛性疾患の治療が,その診断により大きく異なることを知っています。さらにまた,検査データに関する研究をどれだけ施行できるかも頭痛の臨床診断に左右されているのです。したがって,ICHD-3β日本語版が日本で広く普及し使用されることが私の望みです。おそらく,今後,日本頭痛学会によって企画される頭痛診断に関する教育コースは,神経内科医(頭痛専門医)や一般開業医にとって非常に有用であると思われます。

 Jes Olesen


国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β) 日本語版 作成にあたって
翻訳の経緯
 国際頭痛分類 第2版(ICHD-2)が2004年に刊行され,世界各国で各言語に翻訳され広く使用されてきた。わが国でも,間中信也理事(当時)を委員長として翻訳作業が進められ,2004年に日本語版が公開され,わが国の頭痛医療が大きく進展した。
 その後,WHOのICD-11の策定に呼応して国際頭痛分類 第3版の作成にむけて,Olesen委員長の下,国際頭痛学会(IHS)の頭痛分類委員会が活動を開始した。日本からは竹島が片頭痛の,平田幸一理事が緊張型頭痛の,坂井文彦代表理事が感染症による頭痛の,それぞれworking-groupに参加して改訂作業がすすめられた。2013年に国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β)が公開され,同時にOlesen委員長の“Use it immediately, find errors and report them.”というコメントも出されている。これを受け,日本頭痛学会でも翻訳のための委員会を立ち上げることが決定された。
 2004年のICHD-2翻訳は国際頭痛分類普及委員会の名称で委員会がad-hocで組織されていた。その後,分類,診断基準のrevisionもいくつかあり,その都度担当者を決めて翻訳や解説を作成してきた。2013年に日本頭痛学会の常設委員会として,国際頭痛分類委員会が設置された。当委員会の最初のプロジェクトはICHD-3βの翻訳作業である。坂井文彦代表理事,鈴木則宏理事,間中信也前国際頭痛分類普及委員会委員長を顧問として,指導,アドバイスをいただくこととし,実務委員は原則としてICHD-2の翻訳担当者に引き続き担当をお願いし,新たな委員にも参加していただいた。また,さまざまな観点から,翻訳にアドバイスや指導をいただくため,協力委員を各領域のエキスパートにお願いした。
 第1回委員会を2013年11月の第52回日本頭痛学会総会(盛岡)で開催し委員会の活動を開始した。ICHD-3βはICHD-2に加筆修正する形で作成されている。したがって,日本語版ICHD-3βはICHD-2日本語版を基にして,変更部分を追加翻訳することを原則とした。各章のページ数とICHD-2からの変更の量などを勘案し,各章1~3名の委員で分担をお願いした(表,本サイトでは省略)。
 作業Webとメーリングリストを作成し,訳語,用語の選択や翻訳のしかたなど随時意見交換しながら,翻訳作業を分担して進めた。2014年4月6日および4月29日,日曜・休日を利用して終日(9:00-17:00),委員会を開催しbrush-up作業を行った。brush-up作業を反映した原稿をとりまとめ,同6月23日にパブリックコメントを求めるために日本頭痛学会ホームページ上に掲載するとともに,発刊にむけて校正作業のステップに進んだ。校正作業は,まず,竹島(委員長),清水(副委員長)と,五十嵐久佳委員,柴田護委員で行った。医学書院の編集者の協力も得て,各委員が担当部分の校正を行い翻訳作業が完了した。

国際頭痛分類と診断基準の意義
 国際頭痛分類と診断基準の意義,重要性は繰り返し論じられており,周知のことではあるが,ここで再度ポイントを述べても,強調しすぎということはないであろう。
 1988年の初版では片頭痛の診断基準が初めて示されたことにより,それまで研究者や施設,国によってさまざまであった「片頭痛」の疾患概念が統一,標準化され,同じ土俵で片頭痛の病態や治療法が論じられるようになった。その結果,臨床試験は従前よりさらに科学的な方法で効率的に進められるようになった。また,神経科学的,神経生物学的,分子遺伝学的な頭痛研究の推進にも寄与し,片頭痛をはじめとする頭痛性疾患の病態理解が進んだ。
 2004年のICHD-2では,慢性片頭痛(Chronic migraine)が追加され,初版で原因物質の慢性摂取または曝露による頭痛(Headache induced by chronic substance use or exposure)として記載されていた頭痛が,薬物乱用頭痛(Medication-overuse headache)として概念が整理された。これは,反復性の片頭痛の標準的な治療が確立し,片頭痛治療の課題が片頭痛の慢性化問題に向かっていた当時の頭痛研究の状況に呼応するものである。その後,慢性片頭痛,薬物乱用頭痛の多くの研究が論文として発表され,その成果から,2006年に慢性片頭痛,薬物乱用頭痛の付録診断基準が公開され,ICHD-3βの診断基準につながっている。ICHD-2のもうひとつの大きな変更点は三叉神経・自律神経性頭痛の概念が導入されたことである。群発頭痛および群発頭痛類縁の一次性頭痛の疾患概念の整理がなされている。また,精神疾患による頭痛の章が設けられたことも大きな変更点であった。
 頭痛研究のための頭痛診断のみならず,日常診療における頭痛診断も,国際頭痛分類の診断基準を用いてなされなければならない。しかし,これは,頭痛研究や日常診療を拘束するものではない。未解決の課題に向かうために国際頭痛分類の診断基準とは異なる,新たな頭痛性疾患やサブグループを提唱することは自由である。ただし,スタートラインとして,国際頭痛分類の概念,すなわち,現在のスタンダードを正しく理解した上で,研究を進展させるべきであるということである。その証左として,国際頭痛分類は初版から,多くの研究成果を受けて改訂されているし,また,エビデンスが不十分であるが,有望な概念は付録診断基準として掲載されているのである。

国際頭痛分類 第2版から第3版beta版への主要な変更点
片頭痛
 前兆のない片頭痛の診断基準は初版以来,同じ基準が踏襲されている。診断基準に片頭痛の持続時間は4~72時間と記載されており,ICHD-2では注釈で小児の場合は短い例もあり1~72時間としてもよいかもしれないと記載されていた。ICHD-3βでは,小児あるいは青年(18歳未満)では2~72時間としてもよいかもしれないとの記載に変更されている。前兆のある片頭痛の診断基準も大きな変更はない。1.2.6「脳底型片頭痛」(ICHD-2)とされていたものが,1.2.2「脳幹性前兆を伴う片頭痛」に変更された。また,1.2.4「網膜片頭痛(Retinal migraine)」が,前兆を伴う片頭痛のサブフォームに組み入れられた。1.3「慢性片頭痛(Chronic migraine)」が片頭痛の合併症のサブフォームから,片頭痛のサブタイプに掲載され,前兆のない片頭痛,前兆のある片頭痛と同レベルの頭痛カテゴリーとして扱われている。通常,反復性の片頭痛の発作頻度が増加し,慢性片頭痛に進展するので片頭痛の合併症と位置づけられていたが,緊張型頭痛や,群発頭痛における反復性,慢性の概念と統一するという観点から修正がなされている。
 1.3「小児周期性症候群(片頭痛に移行することが多いもの)」(ICHD-2)は1.6「片頭痛に関連する周期性症候群(Episodic syndromes that may be associated with migraine)」に変更された。1.6.1.1.「周期性嘔吐症候群」などは小児に多いが成人例もあることから“小児”が削除されている。1.6.3.「良性発作性斜頸」がここに掲載されている(ICHD-2では付録に掲載されていた)。
 片頭痛とめまいの関連が注目されていた。頭痛性疾患の疾患単位としての意義についていくつかの議論をへて,付録にA1.6.6 「前庭性片頭痛(Vestibular migraine)」が掲載された。今後の症例の蓄積と検討が期待されている。

緊張型頭痛
 緊張型頭痛には大きな変更はない。

三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)
 ICHD-2では,第3章は「群発頭痛およびその他の三叉神経・自律神経性頭痛」と記載されていた。ICHD-3βでは,TACsの概念の普及をうけて,第3章の頭痛グループ名から群発頭痛が消え,「三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)」となっている。
 3.3「短時間持続性片側神経痛様頭痛発作」が掲載され,このサブフォームにSUNCTとSUNAが記載された。ICHD-2ではSUNCTが第3章に掲載されており,SUNAは付録に掲載されていたものが統合されて掲載されている。
 3.4「持続性片側頭痛」が,「その他の一次性頭痛」から,第3章に移された。

その他の一次性頭痛疾患
 4.5「寒冷刺激による頭痛」,4.6「頭蓋外からの圧力による頭痛」が第13章から第4章に移され,4.8「貨幣状頭痛」が付録診断基準から本章に組み込まれている。4.10「新規発症持続性連日性頭痛」の診断基準から頭痛の性状が削除され,片頭痛様の頭痛であっても新規に発症すれば含めるように変更された。

二次性頭痛
 二次性頭痛の一般診断基準は,原因となる疾患の改善や消失による頭痛の改善の要件を削除したことが大きな特徴である。薬物乱用頭痛を例にとれば,ICHD-2では原因薬剤の中止による頭痛の軽減が診断要件であったが,ICHD-3βでは原因薬剤を中止する前でもその因果関係を示す証拠があれば診断ができるように変更された。
 第6章「頭頸部血管障害による頭痛」に,6.7.3「可逆性脳血管攣縮症候群(RCVS)による頭痛」が掲載された。
 8.2「薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛,MOH)」は前述のごとく薬剤中止による改善を要件としなくなったほか,8.2.6「単独では乱用に該当しない複数医薬品による薬物乱用頭痛」の服薬日数が15日から10日に短縮されている。また,8.2.7「乱用内容不明な複数医薬品による薬物乱用頭痛」が追加された。

翻訳の基本方針と用語変更
 翻訳の基本方針は第2版の翻訳の方針を引き継いだ。診断基準は直訳し,多少日本語として不自然でも原文に忠実であることを重視した。診断基準を研究目的で使用する際には,必ず原文も確認して解釈していただきたい。解説,コメント部分は読者の読みやすさ,理解しやすさを重視し,多少の意訳を許容した。全体を通して用語はなるべく統一するようにしたが,原文にある不統一は原則そのまま残して翻訳した。ただし,明らかなミスプリントや脱落は,原本の該当章の責任者にメール等で連絡をとり,確認の上,修正して翻訳した。同じ英単語でも文脈により訳語が異なる場合があり,また異なる英単語が同じ日本語訳になることもある。

 Medication-overuse headache(MOH)はICHD-2日本語版で,「薬物乱用頭痛」を採用した。この用語が広く用いられ定着しつつある。一方,「薬物乱用」が非合法薬物の乱用を連想させるとして,変更を求める意見があった。当委員会で慎重に議論を重ねた結果,「薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛)」とした。サブフォームのトリプタン乱用頭痛,単純鎮痛薬乱用頭痛等はICHD-2の訳語を踏襲した。議論の詳細な経緯は日本頭痛学会ホームページに掲載されている。

訳についてのコメント(翻訳ノート)
ICHD-II/ICHD-2,ICHD-III/ICHD-3
 第3版ではローマ数字ではなく算用数字の3を使用することを原則とした。これに合わせて,ICHD-IIも原則算用数字を用いてICHD-2の表記を優先する。

headache disorder
 「頭痛性疾患」の訳語を採択した。primary headache はICHD-2を踏襲し「一次性頭痛」とした。primary headache disorderは,「一次性頭痛性疾患」とすると冗長であるため“性”をひとつ省略して「一次性頭痛疾患」とした。

evidence
 「証拠」「確証」「根拠」「エビデンス」などの訳語が該当するが,原則として「証拠」と翻訳し,文脈により他の訳語が適切な場合は例外的に他の訳語を採用した。

頭痛病名の原本内の不一致の翻訳について
 ICHD-3βの原文において,巻頭目次,各章の目次,本文中の項目見出しとしての頭痛病名に細部で不一致が残っている。原則として,本文中の項目見出しに使用された頭痛名称を正式名称として扱い翻訳した。
 一例として13.3.2は本文中では「Secondary nervus intermedius neuropathy attributed to acute Herpes zoster」,巻頭目次,各章の目次では,「Nervus intermedius neuropathy attributed to Herpes zoster」と記載されているが,本文中の頭痛名の訳語で統一した。
 また,7.3「Headache attributed to non-infectious inflammatory intracranial disease」や,7.3.3「Headache attributed to other non-infectious inflammatory intracranial disease」にも不一致があったが,本文の頭痛名の訳語に統一した。
 3.4「Hemicrania continua」は本文には3.4.1「Hemicrania continua, remitting subtype」,3.4.2「Hemicrania continua, unremitting subtype」が記載されているが,巻頭目次,第3章の目次には掲載されていない。単純な脱落として日本語訳版ではこれら2つの下位頭痛病名分類も分類表に掲載した。国際頭痛分類では頭痛病名を階層構造でコード化している。1桁のコードはタイプを示し,2桁はサブタイプ,3桁以上のコードはサブフォームとして扱われている。3.4.1「Hemicrania continua, remitting subtype」,3.4.2「Hemicrania continua, unremitting subtype」はいずれも3桁のコードが割り振られており,サブフォームに該当する。ここで使用されている,subtypeは,3.4 「Hemicrania continua」の下位の分類という意味で用いられていると考えられるので,日本語訳では,それぞれ,3.4.1「持続性片側頭痛,寛解型」,3.4.2「持続性片側頭痛,非寛解型」を採用した。
 A1.6.6「前庭性片頭痛」はICHD-3βの原文ではA1.6.5「vestibular migraine」と記載されているが,A1.6.5は小児交互性片麻痺にも同じコードが割り振られている。付録の章の目次では前庭片頭痛にはA1.6.6が割り振られているので,こちらを採択し,日本語版ではすべて,A1.6.6「前庭性片頭痛」とした。
 また,A12.10「Headache attributed to acute stress disorder」は巻頭目次,付録章目次に掲載されているが,本文の記載がない。これは,国際頭痛学会からの正式なアナウンスがあるまでは,原文どおりとして翻訳した。すなわち,巻頭目次,付録章目次に頭痛病名を残し,本文には記載がないままとした。

インドメタシンの用量
 3.2「発作性片側頭痛」,3.4「持続性片側頭痛」の診断基準の注には「成人では経口インドメタシンは最低用量150mg/日を初期投与量として使用し必要があれば225mg/日を上限に増量する」と記述されている。わが国では,インドメタシン経口薬の使用量は最高量75mg/日まで,直腸投与(坐薬)は最高量100mg/日までとされている。わが国ではこれ以上の用量の安全性が確認されていないので,ICHD-3βの診断基準の記載にある用量の使用は一般には推奨できない。日常臨床では75mg/日までの投与で反応性を判断してよいと考えられるが,75mg/日のインドメタシンが無効の場合は臨床的特徴や抗てんかん薬との相乗効果なども勘案し総合的に判断する必要がある。

3.3「短時間持続性片側神経痛様頭痛発作」の鋸歯状パターン(saw-tooth pattern)
 短時間持続性片側神経痛様発作の発現パターンの1つとしてICHD-3βにおいて“saw-tooth pattern”という言葉が記載されている。その原著(Cohen AS, et al. Brain 2006;129:2746-2760.)では,刺痛が何回か繰り返し自覚され,刺痛と刺痛の間においても比較的重度の痛みが維持されベースラインにまで戻らない持続時間の長い発作と述べられている。今回“saw-tooth pattern”に相当する日本語として「鋸歯状パターン」を採用することとした。発作発現パターンとしては単発性の刺痛・多発性の刺痛・鋸歯状パターンの3つがあり,それぞれの時間経過を以下に示した。
図

寛解期
 ICHD-3βの解説と診断基準の原文ではTACsの寛解期を“pain-free period”,“remission period”あるいは“pain-free remission period”と表現している。IHSの担当委員と連絡をとり,この3つの用語に本質的な違いがないことが確認された。日本語訳ではこれら3者の訳を「寛解期」に統一した。

一次性運動時頭痛(primary exercise headache)
 ICHD-2の「一次性労作性頭痛(primary exertional headache)」に該当する。“exertional”から“exercise”の変更を反映し「労作」から「運動」とした。「一次性運動性頭痛」とするか,「一次性運動時頭痛」とするかにつき議論がなされたが,「運動時頭痛」を採択した。

classical
 通常,“classic”は「典型的」,“classical”は「古典的」と訳され異なる意味とされることもあるが,ICHD-3βでは“classical”が「典型的」の意味で用いられており「典型的」を採択した。IHSの担当委員に,「古典的」というニュアンスがないことを確認している。

trauma, injury
 第5章では外傷に関連した用語として,“trauma”“traumatic injury”“injury”の用語が使用されている。injuryは,手術創など外傷以外の原因による傷も含むため,原則として,traumaおよびtraumatic injuryには「外傷」を,injuryには「傷害」の訳を用いた。ただし,文脈から明らかに外傷による傷害をさすinjuryには「外傷」の訳語をあてた。

11.8「茎突舌骨靱帯炎による頭痛あるいは顔面痛」の診断基準
 診断基準Bの原文は,「Radiological evidence of calcified or elongated stylohyoid ligament」(石灰化あるいは過長な茎突舌骨靱帯の画像所見がある)と記載されている。発刊直前に専門家から,「Radiological evidence of calcified stylohyoid ligament or elongated styloid process」(石灰化した茎突舌骨靱帯あるいは過長な茎状突起の画像所見がある)が適切ではないかとのコメントが寄せられた。当委員会としての結論は得ておらず,本文の翻訳は原文に沿ったものとしたが,重要な指摘と判断し本項に付記する。

MOHの服薬日数
 8.2.6「単独では乱用に該当しない複数医薬品による薬物乱用頭痛」の服薬日数の15日から10日に短縮されたが,翻訳委員会で15日の誤植ではないかとの疑義が出された。このため,IHSの担当委員に照会したが,10日で正しいとの回答をえた。変更した理由については回答が得られていない。

6.2.2「非外傷性くも膜下出血(SAH)による頭痛」の診断について
 ICHD-3βには「CTで診断できない場合,腰椎穿刺が必須である」「MRIはSAHの診断的初期検査の適応ではない」と記載されている。わが国ではMRIの普及率が高く,緊急MRI検査が可能な施設が少なくない。T1強調像,T2強調像のみでは頭蓋内出血の診断は困難であるが,FLAIR撮影を用いれば初期診断として利用することも可能であり,適切な画像診断がなされていれば,髄液検査を考慮はしても必須とはいえないと考えられている。SAHによる頭痛の診断に際しては,『慢性頭痛の診療ガイドライン2013』(医学書院)のCQ I-3「くも膜下出血はどのように診断するか」(p.9)も参照いただきたい。

premonitory symptoms,prodrome,予兆,前駆症状
 片頭痛の「前兆(aura)」は一過性の局在脳機能障害で,閃輝暗点や感覚障害などをさす。一方,片頭痛発作の前に起こる気分の変調や食欲の変化など漠然とした症状は“premonitory symptoms”と表現される。“prodrome”はあいまいな用語で,“aura”を含めて用いられることもあり,避けるべき用語とされている。“premonitory symptoms, prodrome”の訳語として,「予兆」「前駆症状」等が用いられており文献によりさまざまであるが,わが国では,“premonitory symptoms”の意味で「予兆」が広く用いられている。ICHD-2では“premonitory symptoms”に「前駆症状」,“prodrome”には「予兆」の訳語をあてたが,ICHD-3βでは両方の訳語を併記した。厳密な意味での“premonitory symptoms”をさす場合には日本語では「予兆」を使用するよう提唱する。

おわりに
 ICHD-3βは世界の頭痛に関する知識の結晶である。日本語版を公開することにより,頭痛医療や頭痛研究に携わる医師,医療関係者,研究者,さらには患者,市民が最新の国際頭痛分類にアクセスすることが可能となり,わが国の頭痛医療と頭痛研究の質的向上,裾野の広がりが加速されることを期待するものである。
翻訳に際し,献身的な努力を惜しまずに作業をしていただいた委員,関係者の方々,そして,お名前を紹介することができないが,さまざまな立場から翻訳作業にご協力いただいた皆様に心より感謝を申し上げる。

 2014年9月
 日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会
 委員長  竹島多賀夫
 副委員長 清水 利彦


原書第3版 beta版の序文
 国際頭痛分類(ICHD)のこれまでの2つの版が成功を収め,現在第3版が完成に近づいている。分類委員会の委員達がこのbeta版の完成に向け,この3年間懸命にその作業に取り組んできた。委員のほとんどが,他の多くの専門家の支援を受け,分類の特定の章に関する作業の指揮を執った。これまでの版では専門家の意見によるところが大きかったのに対し,今回の版では分類作業に使用できるエビデンスが豊富に存在した。われわれは,変更を裏づけることのできる優れた公表されたエビデンスがある場合,または変更の必要性が直感的に明らかである場合に限ってその変更を行い,それ以外についてはできる限り変更しないように努めた。
 今回初めて,最終版に先んじてbeta版を公表した。その主な理由は,ICHD-3を世界保健機関(WHO)の次版(第11版)である国際疾患分類(ICD-11)と同期させるためであった。この分類はすでにかなり進んでおり,われわれはICD-11に頭痛を記載しただけでなく,ICD-11とICHD-3βが一致するようにも努めた。しかしながら,ICD-11は現在実地試験の段階に入っており,ICHD-3もそのようにすべきである。このような試験期間によって,間違いを確認して修正し,国際頭痛学会の会員から広く意見を集めることができると思われる。
 ICD-11診断コードはまとまるまで今後2年ないし3年を要する見込みであるが,ICHD-3がこれらのコードをわれわれのものとともに収載できることは大きな利点となるだろう。WHOのICD-11コードは保健当局が公式診断コードとして使用するものであり,医療費償還の目的で使用されることも多いであろう。われわれは,これらを正確なものにしなければならない。
 ICHD-3βはすぐに国際頭痛学会のウェブサイトで公表し,その後すぐにCephalalgia誌の1冊の刊行物として発表する。実地試験は2年ないし3年間継続するであろう。ICHD-3にも,またICD-11の診断コードにも小規模の修正がある可能性が高く,これを組み入れる予定である。そしてその時点で,ICHD-3を最終版としてCephalalgia誌に発表したい。
 ICHD-3βは英語のみで発表するが,世界各国で一部ないし全部を注意深く翻訳されたい場合には,上記の条件の下で自由に実施されたい。ICHD-3の最終版は初版や第2版と同じように,できるだけ多くの言語に翻訳し,公表されるべきである。ICHD-3β版は最終版とほぼ同じであると期待されるため,現時点で開始した翻訳作業は有用であり続ける可能性が高い。実地試験の結果,なんらかの変更が必要になれば,容易に変更できるであろう。
 臨床医や研究者は,ICHD-3βの診断基準の使用を開始するべきである。ICHD-2からさまざまな点で改善されており,科学的な作業にICHD-2を今後も使用し続けることはあまり有用ではない。読者には,ICHD-3β版を綿密に検討していただき,なんらかの矛盾があればコメント等をお願いしたい。その際,コメントは筆者ではなく,該当のワーキンググループの委員長に送付していただきたい。彼らの氏名とメールアドレスは,本書およびIHSウェブサイトに記載されているので参照されたい。

 Jes Olesen
  国際頭痛学会(IHS)
  頭痛分類委員会
  委員長


謝辞
 国際頭痛学会・頭痛分類委員会の作業は,国際頭痛学会のみによる経済的な援助を受けて行われている。国際頭痛分類第3版には商業的スポンサーは存在しない。
 われわれは,まず分類委員会の名誉幹事として尽力され,次いで本稿の編集および準備を支援していただいたTimothy Steinerに感謝申し上げる。

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日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会委員一覧
国際頭痛学会・頭痛分類委員会委員一覧
国際頭痛分類 第3版のワーキンググループ
国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β) 日本語版に寄せて
国際頭痛分類 第3版 beta版(ICHD-3β)日本語版 作成にあたって
新国際頭痛分類(ICHD-II)日本語版 翻訳にあたって
原書第3版 beta版の序文
原書第1版の序文
この分類の使い方
国際頭痛分類

第1部:一次性頭痛
 1.片頭痛
 2.緊張型頭痛
 3.三叉神経・自律神経性頭痛(TACs)
 4.その他の一次性頭痛疾患

第2部:二次性頭痛
 5.頭頸部外傷・傷害による頭痛
 6.頭頸部血管障害による頭痛
 7.非血管性頭蓋内疾患による頭痛
 8.物質またはその離脱による頭痛
 9.感染症による頭痛
 10.ホメオスターシス障害による頭痛
 11.頭蓋骨,頸,眼,耳,鼻,副鼻腔,歯,口あるいはその他の顔面・頸部の
   構成組織の障害による頭痛あるいは顔面痛
 12.精神疾患による頭痛

第3部:有痛性脳神経ニューロパチー,他の顔面痛およびその他の頭痛
 13.有痛性脳神経ニューロパチーおよび他の顔面痛
 14.その他の頭痛性疾患

付録
用語の定義

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