抑うつの鑑別を究める

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精神症状の中で最も一般的な「抑うつ」。しかし、抑うつにはアパシー、陰性症状など類似した概念が多く、さらに抑うつを示す疾患も、うつ病に限らず双極性障害、不安症(不安障害)、パーソナリティ障害、脳器質性精神障害など多様である。本書では、各分野のエキスパートが実際に臨床で鑑別に苦労した症例を数多く紹介しながら「抑うつ」の鑑別に迫る。精神医学のプロフェッショナルとして、知っておくべき知識を整理した。 シリーズセットのご案内 ●≪精神科臨床エキスパート≫ シリーズセット III 本書を含む3巻のセットです。  セット定価:本体15,500円+税 ISBN978-4-260-02007-7 ご注文ページ
シリーズ 精神科臨床エキスパート
シリーズ編集 野村 総一郎 / 中村 純 / 青木 省三 / 朝田 隆 / 水野 雅文
編集 野村 総一郎
発行 2014年07月判型:B5頁:244
ISBN 978-4-260-01970-5
定価 6,380円 (本体5,800円+税)

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 「この患者は本当にうつ病だろうか」と迷ったことはないだろうか.以前は,“抑うつ”の鑑別に苦労することはあまりなかった.一般的に気分が落ち込んでいると表現されるような憂うつな気分を訴える患者はうつ病と診断し,抗うつ薬を処方し休養を促すという古典的なうつ病観で対処すればよかった.しかし,現在では統合失調症,双極性障害,身体疾患の患者などでも“うつ病のような状態”に陥ることが見出されている.また,アパシー,陰性症状など,そもそも抑うつとよく似た概念も存在している.さらに言えば,抑うつ自体が非常に一般的な心理状態であり,“病的な”レベルに達していない状態であれば,我々が日常生活の中でもしばしば経験する心の動きである.このように抑うつを示す状況は多岐にわたるため,患者の抑うつ状態が一体何に由来するかを判断することは,時に非常に困難となる.
 第1部第1章「序論:抑うつ診断の難しさ」で紹介したのは,私が反省をもって受け止めた症例である.患者の面接を重ねるうちに,うつ病,自閉症スペクトラム障害,統合失調症と,診断が変遷していった.この症例の診断を巡って得た教訓は本文を参照いただくとして,このような症例が決してまれではないことに読者も異論はないだろう.また単純な診立ての誤りというだけではなく,複数の症状が併存している可能性もある.このようなとき,厳密な鑑別は臨床上重要ではない面もある.一方で,その後の治療方針を決定し患者の予後を左右するという意味で,診断には慎重であるべきである.“抑うつ”をみたら簡単に“うつ病”という診断を下す危険性を十分に理解しておく必要がある.
 本書は《精神科臨床エキスパート》シリーズの一冊として,概念的にうつと似たもの,あるいは技術的に区別が難しい疾患を取り上げ,抑うつ状態の鑑別について整理することを狙った.ただ,これはマニュアル的に構成されたものではない.抑うつの鑑別の問題は,どんなに整理しても機械的に進めることは不可能であろう.さまざまな概念や症例を読みこなすことが必要と考え,読み物的な構成となっている.特にエキスパートの先生方が実際に鑑別に苦労した数多くの症例とその対応から,臨床に活きる知恵を学び取ってほしい.この読み物が実際現場で役に立つことを願っている.

 2014年6月
 編集 野村総一郎

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第1部 抑うつとは何か
 第1章 序論:抑うつ診断の難しさ
  はじめに
  抑うつとは何か
  おわりに
 第2章 抑うつの精神医学的意味
  混乱する「抑うつ」論
  「抑うつ」は原因不明の状態(病状)であり,「うつ病」は原因不明の病である
  生物学的決着への長い道のりを覚悟して進む
  生理学(医学)が歩んだ道に立ち返る
  アマチュア研究者が学ぶ科学の作法
  入口に立ちはだかる「抑うつとは何か」の問い
  逆さまに進め
  おわりに

第2部 抑うつと類似した概念との鑑別と治療のポイント
 第1章 アパシー
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
  おわりに
 第2章 うつ病に併存するPTSDと心的外傷について
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第3章 陰性症状
  はじめに
  陰性症状と陽性症状
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
  おわりに
 第4章 自閉
  はじめに-「自閉」という言葉がもつさまざまな意味について
  診断・鑑別診断・治療のポイント
  おわりに

第3部 抑うつを示す疾患の鑑別と治療のポイント
 第1章 うつ病性障害
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第2章 双極性うつ病
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第3章 全般性不安障害
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第4章 パーソナリティ障害
  はじめに
  特定のパーソナリティ障害とうつ病性障害
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
  おわりに
 第5章 脳器質性精神障害
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第6章 身体疾患による抑うつ
  はじめに
  糖尿病
  心疾患(冠動脈疾患・心不全)
  がん
 第7章 薬剤性精神障害
  はじめに-薬剤性精神障害の重要性
  薬剤性うつ病の症状と経過の特徴
  薬剤性精神障害の危険因子
  診断・鑑別診断のポイント
  薬剤性うつ病の主要な原因薬剤
  特殊なケースとその対応
  治療のポイント
  主要な薬剤性精神障害
  おわりに
 第8章 アルコール・薬物依存
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第9章 精神病後抑うつ
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  臨床ケース
  治療のポイント
 第10章 摂食障害
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第11章 PMDD,更年期障害
  はじめに-女性を診たら月経を思う
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第12章 アルツハイマー病
  はじめに-心情の理解が前提
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
 第13章 児童の抑うつ
  はじめに
  診断・鑑別診断のポイント
  特に鑑別が難しいケースとその対応
  治療のポイント
  おわりに

第4部 抑うつの生物学的背景
  はじめに
  「抑うつ」と脳構造,脳機能の関係
  「うつ病」の病因仮説からみる「抑うつ」の生物学的基盤
  おわりに

索引

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うつ病診療の混乱を整理するために読んでおきたい一冊
書評者: 田中 克俊 (北里大教授・産業精神保健学)
 私がフレッシュマンとして入局して間もないころ,教授から「うつ病の中核は抑うつ症状であり,抑うつ症状の中核は抑うつ気分である」と教えられた。ところが,その数日後に行われた教授回診時のやりとりの中で,同僚のフレッシュマンが,「憂うつですか?と伺ったら,患者さんがはいと答えられたので抑うつ症状があると判断しました」と答えたところ「そんなのは問診じゃない!」とひどく叱られてしまった。それを見ていた私たちフレッシュマンは「そんなにまずいこと?」とあたふた……。

 後日,教授は,問診は患者さんの言葉を拾いながら行うべきであること,何十という気分や感情の表現方法があるように症状もそれぞれ違うのだから,こちらが勝手に決めつけてはいけないこと,そして,抑うつ気分があれば抑うつ症状で,抑うつ症状があるならうつ病だろうという単純な推論は絶対に避けるべきであることなどを話された。

 演繹的推論だけではなく帰納法的推論も必要とされる精神科診断においては,可能な限り確かな問診と観察に基づく論理的な思考が求められる。確かに,抑うつ気分→抑うつ症状→うつ病という診断の流れは,とても自然な感じがして違和感がないが,前提となる精神症状に関する科学的知見の集積はいまだ十分ではない。一方,客観的なデータの解析ではなく,問診・観察という手段を使う精神科診断においては,自然と数々のバイアスが入り込むことも多い。最初の段階で,うつ病かな?と思ったら,たいていの症状は抑うつ症状に思えてしまうのもよくあることである。気分に関しても,だいたい精神科の外来にいらっしゃる方の中で憂うつな気分でない人を探す方が難しいだろう。われわれは,自然な流れに任せていると,多くの患者さん(患者さん扱いすべきでない人も含めて)を簡単にうつ病にしてしまう可能性がある。

 本書は,“抑うつ”を呈する患者さんを可能な限り正確に観察し問診し,そして最新の知見を基に可能な限り理論的に診断に結び付けるための道筋を,余すところなく教えてくれる本である。特に,アパシーや陰性症状,自閉,ストレス反応など抑うつと類似した概念との鑑別についての説明は秀逸である。また,うつ病以外のさまざまな精神疾患にみられる抑うつの鑑別や治療のポイントについての説明も非常に丁寧で,中でも各章に記載されている「特に鑑別が難しいケースとその対応」は,具体的な事例を取り上げながらマニュアルとは違う実践的な診立ての方法について多くの視点を示してくれる。

 うつ病診療の混乱が叫ばれてから久しい。この混乱を整理するためにもぜひ読んでおきたい一冊である。
苦労した症例から学ぶ「抑うつ」診断・治療のコツ
書評者: 渡邊 衡一郎 (杏林大教授・精神神経科学)
 今から10年前,「抑うつ」は治療が簡単な病態とみなされていた。当時,治療の主流となっていた選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)はQOLに悪影響を及ぼすような副作用が少なく,抑うつ症状だけでなく,さらには不安にもその効果のスペクトラムが広がったためである。しかし昨今,「抑うつ」との主訴ながら治療者が難渋する例をよく目にする。抗うつ薬治療が時として負の転帰をもたらす病態があることもわかってきたし,双極性障害への関心も高まってきた。そのような中で今回のズバリ「鑑別を究める」と題された本書を,一気に読んだ。また医局に本書を置いていたところ,何人もの医局員が関心を持って読んでいた。

 本書は編者である野村総一郎氏が今最もこだわり,かつ究めたいと思う内容と推察できるものであり,執筆者も各サブスペシャリティのエキスパートたちである。編者自身による「序論:抑うつ診断の難しさ」における本書の論点の整理,さらには気鋭の杉山暢宏氏による「抑うつの精神医学的意味」における,「抑うつ」というものの原点に戻って診断・治療について再考するという作業。まず,この2章で頭が整理された後に,鑑別となる多くの疾患について,「抑うつ」症例を詳細に呈示している。さらに,最新のDSM-5を用いて診断基準を説明するだけでなく,鑑別のポイントや診断のためのツールまでも紹介している。統合失調症や発達障害,パーソナリティ障害,身体疾患,児童思春期の疾患から高齢者のアルツハイマー病に至るまで,「抑うつ」を示し得るほとんどの疾患が網羅されている。どの章も図表を用いて非常にわかりやすくポイントが示されている。また治療を含めた対応についても具体的に記載されており,読者に優しく手を差し伸べている。

 執筆者自身が苦労した症例の紹介から垣間見えるものもある。臨床に携わる者ならば誰しもが経験のある診断の迷いがあり,読んでいるうちにうなずく箇所がいくつもあるだろう。あるいは,今難渋している患者をあらためて観察・検討するよいきっかけ,ヒントともなり得る。もちろん,「抑うつ」と関係なく独立して各疾患を理解する目的で参考書のようにして使うことも可能である。本書は,混沌としている「抑うつ」の治療に対して確実に一石を投じることになるだろう。日常臨床で迷った際に,経験年数にかかわらず参考となる必携の書と言えよう。

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