情熱(バーニング・ハート)と冷静(クール・ヘッド)が見事に融合した傑作
書評者:岩田 健太郎(神戸大大学院教授・感染治療学)
感染症屋には熱い人が多い。本書の著者,上山伸也先生も例外ではない。
感染症屋が熱くなるには,それなりの理由がある。
ここだけの話,感染症診療は手を抜きやすいのだ。
きちんとした手術と,雑な手術の違いは多くの目には明らかだ。しかし,優れた感染症診療と雑な感染症診療の違いは,素...
情熱(バーニング・ハート)と冷静(クール・ヘッド)が見事に融合した傑作
書評者:岩田 健太郎(神戸大大学院教授・感染治療学)
感染症屋には熱い人が多い。本書の著者,上山伸也先生も例外ではない。
感染症屋が熱くなるには,それなりの理由がある。
ここだけの話,感染症診療は手を抜きやすいのだ。
きちんとした手術と,雑な手術の違いは多くの目には明らかだ。しかし,優れた感染症診療と雑な感染症診療の違いは,素人目には,いや医療者にもほとんどわからない。手抜きの診察,手抜きの治療でもそれなりにその場はやり過ごせる。
その場をやり過ごせるのに,あえてやり過ごさないためには,相当な魂の熱量を必要とする。
そして感染症屋の魂の守備範囲は広い。多くの医師は自分の担当患者に尽くすのが本分であり,それで職務は全うされるが,感染症屋は他の医師の患者にも尽くさねばならない。コンサルタント主体となる感染症屋の特徴だ。加えて,病院全体の感染対策と病院の質改善にも取り組まねばならない。
患者や病院に尽くすとは,時に当該主治医の思いや考えと相反することもある。そこは「見なかったこと」にしてやり過ごすのも器用な生き方だが,まっとうな感染症屋はやり過ごさない。そのジレンマに耐え続けるためには,やはり魂の熱量,バーニング・ハートが欠かせないのだ。
とはいえ,ただただ暑苦しくうっとうしいだけの感染症屋では,プロとしては半ちくだろう。臨床感染症学にはきちんとした学理があり,解釈してアプライすべきデータがある。微生物学を活用し,薬理学を活用する。解剖学や生理学を活用し,画像を解釈し,病理を解釈し,臨床疫学やEBMを活用する。とにかく役に立つことは何でも活用する集学的な営みが感染症診療だ。これに病院感染予防学まで加味すると,感染症屋に加わるインテリジェンス・チャレンジは膨大なものとなる。
熱くなってもわれを忘れず,クールであっても訳知り顔でスルーしない。バーニング・ハートとクール・ヘッドのバランスの良い融合が求められるのが感染症屋である。
上山先生の『小児感染症の診かた・考えかた』はまさにこの情熱と冷静とが見事に融合した傑作だとぼくは思う。そこでは「ダメな」診療風景が露骨に提示される。熱さゆえに,雑な診療は見逃せないのだ。しかし,そのどこがダメなのか,何が改善されるべきなのか,どうすればベターな診療になるのかは,見事な理路とデータで明示される。
本書のコンテンツは奇をてらったものはほとんどなく,内容は非常にオーソドックスで,かつオーセンティックだ。しかし,ここに上山先生の情熱が加味されているために,正式でともすると退屈になりがちなテキストが非常に読みやすく,かつ心に染み入りやすいものになっている。バランスの良い図や表の配置も秀逸だと思う。
かつてはほとんど「適当に」「ついでに」診療されていた感のある感染症だが,成人感染症については指導医も増え,質の高い教科書も珍しくなくなり,徐々にではあるが充実してきたように思う。一方,小児科領域の感染症専門家は,総数においてやはり貧弱な成人感染症のプロに比べても,まだずっと少ない。
が,幸い,小児科領域が扱う疾患はもともと感染症が多かったこともあり,多種多様な人間が混在して船頭多くして船山に登る感がなきにしもあらずのアダルト・メディシンに比べると,小児科医たちの間では,ビジョンの合致や意思決定の上手さが目立つ。
例えば,日本小児科学会が発表する予防接種スケジュールやインフルエンザ診療の指針は,いろいろな立場や視点の混在で良く言えば「配慮された」,悪く言えば「骨抜きになった」各種学会のそれよりも,明確なビジョンやメッセージ,そして臨床感染症学の原理・原則が示されているとぼくは思う。その背後にあるのは小児科医たちの感染症への理解やシンパシー,そしてその数こそ少ないものの素晴らしいリーダーシップを発揮している小児感染症のプロたちの努力と矜持のたまものではないかと思う。本書が示しているのも,テクニカルな抗菌薬の知識や「使い方」だけではなく,示すべきビジョン,あるべき理念,すなわち「考えかた」である。
さらに,本書で特に素晴らしいと思ったのは,「小児感染症」の特性,成人のそれとの違いが明示されていながら,同時に「成人も小児も同じ」という共通の概念についてもきちんと明示されていることだ。
専門家は,得てして自らの特殊性を強調しがちで,時にそれが過ぎてバランスを欠く。よく言われることだが「小児は大人のミニチュアではなく」,大人の診療概念をそのまま小児に持ち込む危険は大きい。ぼく自身,小児科や小児感染症のトレーニングは少し受けたが,プロレベルのそれではない自覚はある。だから,しばしば小児の症例はプロに相談し,ダブルチェックをしている。
しかし,相手が小児であっても変わらない原則もある。例えば,診断にはこだわるべきだということ。治療薬(抗菌薬)は原因微生物に,可能であれば原因微生物のみに作用すべきなこと。
これは上山先生が院内で成人感染症のコンサルテーションも受けているせいかもしれないが,筆致が非常に複眼的なのだ。特殊性と普遍性がバランス良く配置されているのが,本書の特徴である。これが特に発揮されていると思うのは,例えば第12章の「骨・関節感染症」のところだ。ここでわれわれは骨,関節の感染症に対する誰でも共通するアプローチの原則(関節炎と関節痛の区別,急性・慢性の区別,単関節炎と多関節炎の区別)と,小児特有の事情や考えかた(
K. kingae検出には血液培養ボトルが必要,乳児の骨髄炎は診断が難しい,など)を複眼的に学ぶであろう。
よって,本書は小児科医に役に立つだけでなく,成人もみる救急医や家庭医,薬剤師,検査技師たちコメディカル,われわれアダルトの感染症屋,ローテートする研修医など多くの方に有用なはずだ。