帰してはいけない外来患者

もっと見る

歩いて入ってきたあの患者、痛いと言わなかったあの患者、ただの風邪だと思ったあの患者…、外来で何となく胸騒ぎを覚えた時に見逃してはいけないポイントはどこにあるのか。決断の手助けとなるgeneral ruleをまとめた。外来診療で必要とされる臨床決断のプロセスや、症候ごとの診察の視点が、わかりやすくまとめられている。症例も数多く掲載され、実践的な対応を学ぶことができる。
編集 前野 哲博 / 松村 真司
発行 2012年02月判型:A5頁:228
ISBN 978-4-260-01494-6
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
  • 販売終了

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く

まえがき

 「この患者さん,何で帰したんだ!」外来診療にかかわり始めたばかりの頃,指導医にこう叱られて,訳もわからずつらい思いをした経験はないだろうか.
 外来と病棟とでは,患者層も,求められる医療も違う.にもかかわらず,医師養成のプロセスにおいて,外来診療についてしっかりしたトレーニングを受ける機会はきわめて少ないのが現状である.病棟中心の研修しか経験がないのに,初期研修を終えて後期研修に入ったとたん,指導医に「何かあったら相談してね」とだけいわれて,いきなり1人で外来に放り出されることも多い.
 このやり方でも,たくさん数をこなしていけばそのうちに実力がつく,と思うかもしれない.もちろんそれは事実であるが,きちんとした外来診療能力を身につけるには,それだけでは不十分である.まず,外来は軽症患者が圧倒的に多いので,一生かかっても「帰してはいけない患者」をまんべんなく経験できるとは限らない.また,たとえ不適切な診療であったとしても,きちんとしたフィードバックがかからなければ改善されることはない.たとえば,致死的な転帰をとる可能性が10%ある患者が受診したとする.もちろんこれは「帰してはいけない患者」であるわけだが,それに気づかずにそのまま帰しても90%は大事に至らないわけだから,幸い何もなかった場合に「本当は帰してはいけなかった」ことに気づかないまま終わってしまう.つまり,自分1人で診療を完結できる外来診療において,「何かあったら上級医に相談する」というスタイルでは,外来診療能力で最も重要な「『何かあったら』を見逃さないセンス」を磨くことは難しい.
 外来の能力を磨く一番よい方法は,1例1例,その思考プロセスについて丹念に指導を受けることに尽きる.ただ,残念ながらそれを十分に実施できる施設は限られている.そこで,外来診療のminimum requirementともいえる「帰してはいけない患者を帰さない」ことにフォーカスを絞り,多くの症例に共通するgeneral ruleのエッセンスを本にまとめたら,初めて外来を担当する後期研修医の役に立つのではないか―これが本書のコンセプトである.
 本書は,第1章:総論,第2章:症候別の各論,第3章:事例紹介,の3章から構成されている.第1章では,外来診療という状況設定を意識した臨床決断について,実践的な臨床医の思考回路を記述した.なお本書では,臨床推論でよく用いられる「仮説演繹法」や「ヒューリスティック」などの用語はできるだけ使わず,可能な限り平易な言葉で置き換えるように努めた.これは,初学者にとって直感的に理解しづらい用語が,臨床推論が敬遠される一因となっている,という筆者の実感に基づくものである.そのため,一部学問的に正確な記述になっていないところがあるが,その点については成書を参照していただければ幸いである.
 第2章は日常診療で遭遇する可能性の高い症候の「帰してはいけない」ポイントについて,それぞれのgeneral ruleが見開き2ページに収まるように簡潔にまとめられている.第3章は「帰してはいけない」症例の事例集である.現場の臨場感を生かせるように,後期研修医と指導医の会話形式でまとめた.執筆は,後期研修医時代の記憶も新しく,現在臨床の第一線で活躍しておられる若手の先生にお願いした.内容はいずれもきわめて重要なclinical pearlばかりであり,これから外来を始める後期研修医は,ぜひ本書を活用して,外来診療のセンスを磨いてほしい.
 本書の編集にあたっては,外来を始めたばかりの後期研修医がすぐに使えるように,徹底的に実践的に,そして多少厳密性を欠く部分があっても,ポイントを簡潔明瞭に記載することを心がけた.筆者自身,ドキドキしながら外来デビューを果たした日を思い出しながら,そのころの自分に教えるつもりで作業にあたった.外来診療のエッセンスを凝縮した実践書である本書は,後期研修医以外にも,これまで適切なトレーニングを受ける機会が乏しかった医師,これから外来診療を学ぶ学生・研修医,それから指導医の研修指導にも役立つものと考えている.本書が,外来にかかわるすべての医師のスキルアップに少しでもお役に立てば幸いである.

 2012年1月
 前野哲博

開く

 まえがき

第1章 外来で使えるgeneral rule
 1 外来診療に求められる臨床決断
 2 臨床決断のプロセス
 3 外来における臨床決断の進め方
 4 帰してはいけないgeneral rule

第2章 症候別general rule
 全身倦怠感
 体重減少
 食欲不振
 咽頭痛
 リンパ節腫脹
 浮腫
 発疹
 発熱
 頭痛
 めまい
 失神
 意識障害
 視力障害・視野狭窄・眼の充血
 胸痛
 動悸
 呼吸困難
 咳・痰
 吐血・下血
 嘔気・嘔吐
 腹痛・胸やけ
 便秘・下痢
 腰背部痛
 歩行障害
 四肢のしびれ
 肉眼的血尿
 排尿困難・尿失禁
 不安・うつなどの精神症状

第3章 ケースブック
 Case 1 15歳男性,歩行障害+尿閉  これって本当に熱中症?
 Case 2 15歳女性,胸痛+発熱  乙女の胸痛,それは恋?
 Case 3 24歳女性,過換気  よくある過換気症候群だと思ったのに…
 Case 4 24歳女性,発熱+嘔吐  胃腸炎はごみ箱診断
 Case 5 25歳女性,失神  女性をみたら…
 Case 6 28歳男性,頭痛  あるものが見えない?
 Case 7 28歳女性,嘔吐+体重減少  神経性食欲不振症の既往あり
 Case 8 29歳女性,腹痛+嘔吐  多忙な女性の腹痛は?
 Case 9 30歳女性,発熱+意識障害  月経中の発熱をみたら
 Case 10 36歳男性,嘔気+眼の充血  バングラデシュ人は眼が赤い?
 Case 11 47歳男性,腹痛+血尿  追っ払いたい酔っ払い
 Case 12 51歳男性,咽頭痛+発熱  咽頭痛でのどに所見がなかったら?
 Case 13 58歳女性,動悸+倦怠感  バイタルサインの異常は基本に帰ろう!
 Case 14 66歳男性,嘔吐  だってみんなと一緒だし
 Case 15 67歳男性,歩行障害  はっきりしない脱力感
 Case 16 67歳女性,咳  患者の自己診断を鵜呑みにして大丈夫?
 Case 17 69歳女性,頭部外傷  ちょっと一服,世間話でも
 Case 18 70歳男性,頻脈  なんでドキドキ?
 Case 19 74歳男性,便秘  ただの便秘と侮るなかれ
 Case 20 75歳男性,発熱+腰痛  ぎっくり腰なんでしょ?
 Case 21 76歳男性,失神  本当に普通の便?
 Case 22 77歳男性,肩こり  初めての肩こり?
 Case 23 78歳男性,側腹部痛  いつもの尿路結石?
 Case 24 78歳男性,発熱  ちゃんとみましたか?
 Case 25 80歳男性,めまい  危険なめまい
 Case 26 80歳女性,全身倦怠感  倦怠感だけじゃない
 Case 27 82歳女性,嘔吐  頭部打撲による嘔吐?
 Case 28 85歳女性,両下腿浮腫  思い込んだら,まっしぐら
 Case 29 82歳女性,嚥下困難  よく噛んで味わおう
 Case 30 84歳女性,呼吸困難  高齢者の非特異的症状の原因は?
 Case 31 88歳女性,食欲不振  痛いなんて言ってなかったのに…

 あとがき
 第3章 ケースブック 診断名一覧
 索引


column
 1 外来看護師とのコミュニケーション
 2 怒られないコンサルテーション
 3 3,4年目は青かった…
 4 女性をみたら妊娠と思え
 5 毎回聴診すべき?
 6 診察中にPHSが鳴ったら…
 7 親同伴の女子高生に妊娠歴を聞くには
 8 タメ口? 敬語?
 9 普段は2合,ときどき3合
 10 服の上から血圧測定OK?
 11 忙しいときも暇なときも同じように
 12 医師頼みより神頼み?
 13 体調管理とカンの鈍り
 14 忙しいときほど丁寧に
 15 医師の服装はどうあるべき?
 16 全身をみてもらっていると思っている
 17 高齢者の「ああ,そうですか」はあてにならない
 18 「飲んでる薬は白くて丸くて小さい粒なんです」
 19 認知症は思いのほか多い
 20 「外に家族が待っていませんか?」
 21 帰してしまった患者さんを呼び戻す法
 22 高齢者のパンツは脱がせろ

開く

思いもよらない症状から始まる重大疾患を学ぶ
書評者: 仲田 和正 (健育会西伊豆病院長)
 この本は後半の「ケースブック」から読み始めることをぜひお勧めする。思いもよらない症状から始まる重大疾患のオンパレードで,日ごろ,自分は見過ごしてきたのではないかと不安に駆られること必定である。

 過呼吸症候群と思ったらケトアシドーシス,若い女性のvasovagal syncopeと思ったら子宮外妊娠による出血,28歳,痩せた女性で神経性食思不振症と思ったら胃癌,腹痛で腹部疾患と思ったら心不全によるうっ血肝,ただの肩コリと思ったらSAH(クモ膜下出血)など,悪夢のようなどんでん返しの連続で息継ぐ暇がない。大変心臓に悪い本である。

 私自身,外来で「肩コリ」を主訴としたwalk-inの正常血圧患者で,翌日警察から「自宅で死亡している」と電話があり驚愕した経験がある。死後CTではSAHであった。

 SAHの97%は人生最大の突発性頭痛で始まるが,残り3%はそうではないのである。私は,急性頸部痛ではcrowned dens syndromeや頸長筋石灰化性腱炎をルールアウトするために頸椎CTも撮ってきたが,この件以来,頭部CTを上位頸椎を含めて撮るようになった。最初の思い込みの恐ろしさ,自分の経験のみに頼ることの恐ろしさを知った。医学は誠に広く奥深い。

 また,意識障害の縮瞳した患者で「橋部出血かな?」と思っていたら,検査技師が「縮瞳」の一言でChE(コリンエステラーゼ)を測定してくれて有機リン中毒と判明したこともあった。嘔吐して初めて農薬臭に気付くこともあるが,独特の臭いに気付いていれば診断できたはずであった。

 東京から腹痛で来た患者さんの腹部エコーを行ったところ,肝臓内に石灰化した線状のものが複数あったので「もしかしてお生まれは山梨ですか?」とお聞きしたところ「えっ,何でわかるんですか?」とひどく驚かれたことがあった。日本住血吸虫の既往のある患者であった。このときだけは,横にいたナースにひどく尊敬された。刑事コロンボになった気分であった。エッヘン。

 この本の前半は臨床決断についての総論と,症候別のルールである。臨床決断はあまり成書を読むこともなかったので,私にとっては目新しく参考になった。

 情報収集するためにOPQRST(Onset, Provocation, Quality, Radiation, Severity, Time course)で網羅的に病歴を取り,鑑別診断の絞り込みにはVINDICATE(Vascular, Inflammatory, Neoplasm, Degenerative, Intoxication, Congenital, Autoimmune/Allergy, Trauma, Endocrine)で,病理学的,解剖学的に網羅し,最終的に3から5つ,最大でも7つの鑑別診断に絞り込むのである。

 症候別ルールの項は咽頭痛,浮腫,意識障害など主要症候で留意すべき重要なルールを説明している。

 この本は昔,医局で聞いた先輩医師たちの失敗談,武勇伝の集大成のような本である。失敗した症例こそは,あらゆる角度から徹底的な反省を行い,できる限り多くの教訓をくみ取らなければならない。そして医師仲間に話し経験を皆の共有知識とすべきである。

 通読して,改めて患者さんの主訴によく耳を傾けること,日ごろから常に本を読み自分の水平線を広げ続けることの重要性をひしひしと感じた。つくづく「医師は一生勉強し続けなければならないのだなあ」と謙虚になれる本である! お薦めです!!!
医学生からベテラン開業医まですべての医師に
書評者: 井村 洋 (飯塚病院総合診療科部長)
 外来診療トレーニングにとって,最良の参考書が出た。一般外来向けに作られているが,ERでも応用できる。いずれの現場でも,「“帰してはいけない患者”を帰してしまう危険性をはらんでいる」からである。その危険性を下げるためには,外来診療においても,病棟診療と同様に,反復学習と教育的介入の機会が必要となる。このことを本書は強調し,それを求める学習者に向けて作成されている。

 「帰してはいけない患者を帰さない」ことは,外来診療のすべてではない。「帰してはいけない患者であっても危険を最小限に抑えて帰す」ことや,「帰してもいい患者にもしっかりケアする」こともある。それでも,あえて本書が強調していることは,十分に外来診療の教育を受ける機会がない学習者にとっては,「帰してはいけない患者」を見逃さない技能の獲得が,患者にとっても医師にとっても最優先されるということである(異議なし!)。その技能支援のため,本書は生み出された。

 全3章からなっており,第1章では,外来で使えるgeneral ruleが提示されている。外来における判断・決断の“オペレーションシステム”が,わかりやすくシンプルに提示されている。長年の外来教育から,編み出された方法が示されているのであろう。説得力満点かつ必要十分。「“胸騒ぎ”を“決断”に導くgeneral rule」と,本書の腰帯に詠われているとおりである。この30ページ分の内容を繰り返し伝えるだけでも,明日からできる指導医になれそうだ(私はそうする)。

 第2章では,初期研修の経験目標と同様の27症候についての,「見逃してはいけない疾患」「見分け方」「安心なサイン」「general rule」が述べられている。いずれも,見開き2ページに収まっている。フォーマットが一定しており,字数も限られているので,診療中でも確認が可能である。もしも,症状から見逃してはいけない疾患が思い付かなくても,患者の前で当該の箇所を開いて,「あなたの症状からは,これらが見逃してはいけない疾患です。そして……」と説明を続ければ,説得力アップにつながるかもしれない。問診票があれば,主訴を見た直後に,見逃してはいけない疾患だけをチラ見した後で診療に臨めば,帰してはいけない患者を帰すリスクを下げることにつながろう。指導医はチラ見をして「この主訴から帰してはいけない疾患は?」と問いかけることにも使える(2人ともチラ見したら,どうなるのって? それはそれで,より深い議論が始まるのでは……)。

 第3章では,31の見逃し症例の事例についての解説が提示されている。「非典型的なくも膜下出血の症状」「明らかにショックバイタルなのに看過してしまう」など,読みながら痛い経験を思い出すものばかりである。各々のケースについて数個のTIPS(教訓)がついており,独学をしていても,まるで指導医がいるかのように,思考・決断に際する知恵を授けてもらえる。

 本書は,医学生からベテラン開業医まですべての医師に,目を通していただく価値がある。一般外来やER看護師の学習にも有用である。私は,医学生や初期研修医に対して,総合医の中核技能の説明に使用する。「本書の内容ができるようになれば,総合医技能の一つは研修修了です」と。
院内トリアージを行う看護師も必読,判断に至るまでの思考過程を可視化した一冊
書評者: 藤野 智子 (聖マリアンナ医大病院看護部/急性・重症患者看護専門看護師)
 2012年度の診療報酬改定で,院内トリアージが算定対象(院内トリアージ実施料,初診時100点)となりました。これに伴い,院内トリアージを正式に開始した施設も多いのではないでしょうか。実はトリアージ1)を実施する看護師に必要とされる能力は多岐にわたり2),特に診断が確定していない患者に対する臨床推論や診断学といった,看護師が十分な教育を受けているとはいい難い力も必要とされます。

 この書籍は,外来診療の初心者である後期研修医を主たるターゲットにしていますが,医師よりも先に患者に接触する看護師にとっても非常に有用な指南書といえます。編者は「外来診療と病棟診療はいろいろな点で大きく異なり…(略)…あくまで外来の状況設定で,外来特有の思考ロジックを学ぶことが必要」と述べています。各症状の特徴や見分け方を示した本はいくつもありますが,外来特有の思考ロジックを丁寧に,かつ明確に記述しているというところを,特に推奨したいと思います。

 全体の構成としては,第2章の症候別general ruleでは「帰してはいけない患者の見分け方」として医学的根拠が,また第3章のケースブックでは,事例に基づいたアセスメントが解説として一つ一つ丁寧に記載されており,経験したことのない看護師でもその場にいるように学習することができます。

 最も印象的だったのは第1章で,普段何気なく行っている推論過程が明文化されているので,経験のある看護師にとっても,自己の思考の整理と裏付けができるところです。読み進めていくと,確かに私自身が患者をトリアージするときの思考過程を掘り起こされ,推考のプロセスが文章として頭に入ってくることに気付きました。

 また,「臨床決断のプロセス」として,(1)情報収集,(2)解釈,(3)鑑別診断リストの作成,(4)診断の絞り込み,(5)臨床決断の5段階を示しており,一口に(1)「情報収集」といっても手法や姿勢,確認事項などさまざまな視点から記載されています。看護師が特に苦手とするのは(2)の「解釈」ですが,ここでは“感度”と“特異度”を考慮することを示唆しています。このような見方は看護師には弱い事項だと感じていますので,これを機会に学習を深めるとよいと思います。

 最後に,トリアージ加算の話に戻りますが,今回の申請条件として「看護師は3年以上の救急領域の臨床経験が必要」とされています。臨床経験のある看護師が変化に「気付く」のは,現状を経験値に照らしその相違をキャッチするか,通常のパターン認知からの逸脱をキャッチしていることが主体となるでしょう。これは臨床経験で得たかけがえのない「能力」ともいえますが,そこに裏付けまたは保証となる思考ロジックを補強することで,「気付き」を強化していけると思います。



1)ここでいうトリアージとは外来患者のトリアージを示す。
2)原田竜三:救急外来におけるトリアージ.臨牀看護 29(14):2155-2160,2003.
帰してはいけない患者か否か? 疑う眼を養うことのできる一冊
書評者: 林 寛之 (福井大病院教授・救急医学)
 時に研修医からコンサルトを受けて,アドバイスをしたら,「あっ,大丈夫だと思って帰しちゃいました」……(タラー(~_~;))。そこからすったもんだの揚げ句,呼び戻す例,神様に無事を祈る例(オイオイ!)など,さまざまある。「コンサルトって患者を帰す前にするんじゃないの!?」って悲鳴を上げたくなってしまう。

 ここにこんな素敵な本が出版されたではないか。まさしく直球ストレートなタイトル,「そりゃ帰しちゃダメだろ! お前,患者を殺す気か? おととい来やがれ,このタコ!」と言いたいところを,ちょっとだけマイルドに変換して「その患者,帰しちゃったらどんな落とし穴が待ってるのか,わかってて帰す気なの? 勘弁してよぉ」となり,もっとマイルドにすると『帰してはいけない外来患者』というタイトルになったのだろう……そうに違いない……たぶんそうかも(^o^)?

 歩いて来院する患者の0.2~0.7%にはとんでもない重症患者が紛れている。「そんなのまれじゃん」と考えていたのでは,すぐドツボにはまっちゃう。それぞれの「落とし穴」の見聞きには,臨床の勘所やパターン認識,アートがある。一般の教科書では書かれていない臨床の機微が,第1章にはきちんと書いてある。臨床家であればあるほど,この章の奥深さが伝わってくる。私なんて涙がちょちょぎれた。医療は不確実なものであり,確率論がものをいう。しかしながら「帰してはいけない患者」は確率を無視して突然やって来るので,出会い頭の事故のようなところもあるが,疑う眼を持っているのとそうでないのでは雲泥の差がある。まれな疾患を検査漬けにするのでは,腕の良い臨床家とはいえない。ましてや「教授に聞かれるから」と言って,ものも考えずに絨毯爆撃検査を繰り返すのでは,トホホのホ。不確実性を認識し,時間軸を使い,侵襲性を評価し,社会的背景を考慮することがいかに重要であるか。

 第2章では症候学の系統だったアプローチが記載されており,初学者はまずここをきちんと押さえたい。ちょっと頭でっかちの医師が書くと,ウンチクばかりが多くて結局鑑別診断が山ほど挙がってしまい,臨床には使えない代物になってしまうところが,実にコンパクトにまとまっている。

 「他人の不幸は蜜の味」なんて言ってられない。「明日はわが身」というのが正しい。医療の落とし穴は,みんなとシェアすることが重要だ。患者が系統立てて病歴を言ってくれるわけもなく,手を変え品を変えて落とし穴はやって来る。

 第3章は筆者たちの恐ろしい落とし穴体験を追体験できるようになっている。後期研修医以上は,この章は必読だ。どんな形でだまされ,どんな患者は帰してはいけないか,乞うご期待!

 TIPSもまとめてあり,文献も提示してあるので,後で勉強もできる。さぁ,読みたくなったでしょ? 最後に一つだけ追加を。「指導医のサインのない患者を帰してはいけない!」責任は上級医になすりつけましょ!?
外来診療で前に進める羅針盤のような書籍
書評者: 大橋 博樹 (多摩ファミリークリニック院長)
 私が初期研修を行った武蔵野赤十字病院の救急外来には1冊のノートが置かれていた。そこには研修医たちが各々の救急外来当直で経験したちょっとした診療のコツや,変わった風貌の患者さんのこと,そして信頼できる仲間にだから言える失敗談などが赤裸々に書いてあった。もちろん,そのころから「○○マニュアル」と呼ばれる救急外来で用いるツールはあったが,正直どれも「理想的な検査や治療」が書かれているものが多く,いつのまにか白衣のポケットの中で擦り切れていたのを覚えている。やはり,現場で最も使えるのは同じ仲間・同じ悩みを持った人たちが書いている診療のポイント集であり,つまずきやすい場所もあえて記載してあるのが,妙に親近感がわくのである。

 本書を初めて手にしたとき,あのときのノートの印象がよみがえった。

 編集は,プライマリ・ケア教育の第一人者前野哲博先生,そして数多くの著書があり若手家庭医からの人望も集める,開業医の松村真司先生である。執筆陣をみると,現場の第一線で活躍している若手指導医が中心となっている。これは,今までのマニュアルとはちょっと違うようだ。

 まず第1章を開いてみると,外来で使えるgeneral ruleについて総論的に述べている。とかく臨床決断というと,尤度比だったり陽性的中率だったり,EBM的な発想の記述が多いが,本書では決断を規定する4つの因子を,「急ぐか」「ヤバイか」「ありえるか」「予後を変えうるか」で規定している。そうそう,救急外来で迷ったときに,私もこうやって考えていたなあ,となんだか読んでいてワクワクする内容だ。そして,本書の素晴らしいのは今までなんとなく指導医も行ってきた臨床決断のアプローチをきちっと言語化していることである。第1章は若手医師だけでなく,指導医クラスの医師にもぜひ一読をお勧めしたい。

 第2章は「症候別general rule」と題して,全身倦怠感や咽頭痛,めまいなど,よくある症候を2ページの見開きで解説している。今までのこの分野の書物では,「これは危険」「これも危険」といった,見逃してはいけないポイントを次々と紹介して,かえってどこまで検査をすればよいのだろうかという混乱を招いたものも多かった。『帰してはいけない外来患者』という題名からすると,この本も……と始めは考えたが,そこは違っていた。この本には帰してはいけない患者の見分け方とともに,「これは安心」という項目があるのだ。例えば「呼吸不全がなく緩徐に発症した全身性浮腫は,外来精査が可能」とある。ともすると異論を唱える人もいるかもしれないが,これは若手医師が,まず経験するためのgeneral ruleである。この一言が外来診療でまさに前に進める羅針盤となるのだ。そして,最後にgeneral ruleとして,忘れてはならないポイントが簡潔に記してある。「頸部に圧痛のある咽頭痛は要注意!」確かに,私も咽頭間隙膿瘍を見逃したことが……。

 第3章では「ケースブック」と題して,研修医と指導医の外来でのディスカッションを通して診断に行き着く過程を記している。私も以前に編者である前野先生のカンファレンスに参加したことがあるが,自由な雰囲気で間違いを恐れずなんでも話せる環境での指導に大変感銘した。本書でもそのエッセンスが見事に表現されている。まえがきにもあるが,日本の医学教育における外来教育の質と量は明らかに不十分である。その原因には,自らが外来教育を受けたことがない指導医が外来指導を行うため,何を指導してよいかわからないという側面もある。ぜひとも第3章は悩める指導医にも読んでもらいたい。

 本書は,若手医師から現場の指導医まで,それぞれの立場で活用できる貴重な一冊である。擦り切れるまで読んでもらうことで,外来診療の向上,そして外来教育の向上につながることは間違いない。まさに「買わなければいけない外来教科書」である。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。