“脳と心”からみた
統合失調症の理解

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統合失調症診療・研究の第一人者による待望のモノグラフ。疾患概念や病態仮説の歴史的進展から神経生物学的研究の最前線までを平易に詳説。画像研究、認知神経心理学、精神薬理学、神経生理学、遺伝子解析など様々な角度からのアプローチにより、統合失調の本態に迫る内容。統合失調症を予後良好な疾患にすることを目指して長年診療・研究に携わってきた著者畢竟の書き下ろし。
倉知 正佳
発行 2016年06月判型:A5頁:304
ISBN 978-4-260-02552-2
定価 5,280円 (本体4,800円+税)

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 統合失調症は青年期に好発し,しばしば慢性に経過することから,患者や家族の人生に深い影響を及ぼす.この疾患を予後良好な疾患にするためには,何をすればよいのだろうか.
 統合失調症の概念は19世紀末~20世紀初頭にかけて成立し,症候学は進展したが,その諸症状の背景にある脳の病態は長い間ほとんど全く不明であった.しかし,1970年代に入り,機能画像で慢性統合失調症における前頭低活性が(IngvarとFranzén, 1974),そして,CTを用いて慢性統合失調症における脳室の拡大が報告された(Johnstoneら,1976).その後,きわめて多数の脳画像研究が行われ,健常者群との重なりは大きいものの,統合失調症患者群では,前頭-側頭辺縁-傍辺縁領域に軽度の形態学的変化が生じていることが明らかとなった.近年では,統合失調症の病態への理解も著しく進歩し,有力な病態生化学的仮説も登場している.本疾患の予後に関連する要因もかなり明らかになってきている.これらのことを背景に,本疾患を予後良好な疾患にするためには,何をすればよいか,という問いかけができるようになってきたと思われる.本書は,この問いに対して,“脳と心”の視点から,できるだけ具体的・実証的に答えようとするものである.
 第Ⅰ部では,統合失調症とはどのような疾患かについて概説し,その終わりに,転帰に関連する生物-心理-社会的要因を挙げた.第Ⅱ部統合失調症の神経生物学では,本疾患の病態について,筆者が理解する範囲で述べた.第Ⅲ部予後良好な疾患にするために,では,その試みとして,治療薬開発の方向性と早期介入について述べた.付録は,歴史的事項の補足である.
 執筆に際しては,歴史的な歩みを尊重するようにした.過去から現在に至る先人の業績と見解をできるだけ忠実にたどることにより,今後の展望もおのずと明らかになると考えるからである.それぞれのテーマに関連して,筆者が所属した富山医科薬科大学(現・富山大学)神経精神医学教室の研究成果も紹介するようにした.本文中の人名表記は,原論文・著書の著者名表記に基づき,first nameも書くようにしたが(例.Robert Spitzer),イニシャルだけの場合はそのようにした(例.T.J. Crow).なお,特に高名な人物などには,仮名表記を併用した(例.エミール・クレペリン).
 本書の主な読者として想定しているのは,統合失調症について学ぼうとしている医学・医療関係者である.本書が統合失調症の理解と治療の進歩に貢献することができれば,これに過ぎる著者の喜びはない.
 本書の執筆が可能になったのは,富山大学医学部神経精神医学教室の鈴木道雄教授をはじめとする諸氏との共同研究,そして,(故)島薗安雄教授,(故)大塚良作教授,山口成良金沢大学名誉教授,鳥居方策金沢医科大学名誉教授,伊崎公徳福井大学名誉教授のご指導のお蔭である.(故)秋元波留夫先生にも折に触れて励ましをいただいた.教室活動には,日頃から富山県精神科医会の諸先生からもご支援をいただいた.記してこれらの諸先生に深く感謝致します.校正刷りを読み,適切なコメントを寄せられた鈴木道雄教授にもお礼申し上げます.
 終わりになりましたが,本書の原稿の仕上がりを辛抱強く待っていただき,入念な編集と制作により,本書の完成度を高めて下さった,医学書院の方々に心からの謝意を表します.

 平成28年春
 倉知正佳

文献
1) Ingvar DH, Franzén G : Distribution of cerebral activity in chronic schizophrenia. Lancet 304 : 1484-1486, 1974
2) Johnstone EC, Crow TJ, Frith CD, et al : Cerebral ventricular size and cognitive impairment in chronic schizophrenia. Lancet 308 : 924-926, 1976

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第Ⅰ部 統合失調症とはどのような疾患か
 第1章 統合失調症の概念と診断
   1.統合失調症概念の成立
   2.統合失調症に近縁な精神状態
   3.診断
 第2章 精神症候学の進歩
   1.K. シュナイダーの一級症状
   2.自我障害(disturbance of the self)
   3.諸症状の出現頻度と認知心理学的アプローチ
   4.症候群分類
   5.陰性症状と陽性症状の用語の由来
 第3章 疫学,遺伝的および環境的要因
   1.疫学
   2.遺伝的要因
   3.環境的要因
   4.遺伝と環境の相互作用
 第4章 発病仮説と脳の発達過程
   1.病前の性格・行動特徴
   2.思春期の精神病様体験
   3.脆弱性/ストレスモデル
   4.神経発達障害仮説
   5.脳の発達過程
 第5章 経過と転帰
   1.判定基準
   2.ドイツ語圏での研究
   3.日本での研究
   4.WHOの統合失調症の国際的共同研究
   5.初回エピソード精神病の5年後の転帰
   6.統合失調症の範囲
 第6章 転帰に関連する生物-心理-社会的要因
   1.未治療精神病期間
   2.陰性症状
   3.認知機能
   4.脳形態
   5.再発に関連する要因
   6.統合失調症の診断基準の妥当性

第Ⅱ部 統合失調症の神経生物学
 第7章 精神症状の神経心理学
   1.思考形式の障害
   2.陽性症状
   3.陰性症状
   4.症候群
 第8章 認知機能障害
   1.統合失調症に認知機能障害はあるか
   2.認知機能障害の特徴と臨床的意義
   3.社会認知障害
   4.認知機能障害の神経生物学的背景
   5.探索的眼球運動
   6.治療による改善可能性
 第9章 脳の形態学的変化
   1.統合失調症の脳の形態学的変化の概要
   2.脳の形態学的変化は進行性か? 疾病時期ごとのまとめ
   3.脳画像検査の臨床的意義
 第10章 病態形成
   1.疾患の病理と脆弱性に関連する変化との区別
   2.脳の組織学的変化
   3.遺伝子多型と脳形態
 第11章 病態生化学的仮説
   1.ドーパミン仮説
   2.N-methyl-d-aspartate(NMDA)受容体の機能低下仮説
   3.GABAergic origin hypothesis
   4.酸化ストレス
   5.カルボニルストレス
   6.遺伝子発現制御の障害

第Ⅲ部 予後良好な疾患にするために
 第12章 脳の組織学的変化を改善しうる治療薬の開発
   1.抗精神病薬開発のストラテジー
   2.現行の向精神薬の神経保護作用
   3.脳の組織学的変化を改善しうる治療薬の探索/開発
 第13章 早期介入
   1.初回エピソード
   2.リスク精神状態(at-risk mental state)
   3.早期介入の実際
 付録 歴史的な補足
   1.E. クレペリン(Emil Kraepelin,1899)による「早発性痴呆」病像の記述
   2.M. ブロイラー(Manfred Bleuler,1972)の転帰の基準

あとがき
索引

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統合失調症の病変は脳のどこにどんな形であるのか
書評者: 岡崎 祐士 (道ノ尾病院名誉顧問/都立松沢病院名誉院長)
 本書は,富山大名誉教授倉知正佳先生(以下,著者)の精神神経医学研究の集大成ともいうべき著書である。近年,これほど中味が濃く真剣に読んだ精神医学書はない。本書の執筆のために注がれた著者の熱意と努力に敬意を表するものである。

 著者は,序で「統合失調症は青年期に好発し,しばしば慢性に経過することから,患者や家族の人生に深い影響を及ぼす。この疾患を予後良好な疾患にするためには,何をすればよいのだろうか」と本書の目的を設定している。本書は3部13章と付録から成る回答である。

 第Ⅰ部「統合失調症はどのような疾患か」に6章(統合失調症の概念と診断,精神症候学の進歩,疫学,遺伝的および環境的要因,発病仮説と脳の発達過程,経過と転帰,転帰に関連する生物-心理-社会的要因),第Ⅱ部「統合失調症の神経生物学」に5章(精神症状の神経心理学,認知機能障害,脳の形態学的変化,病態形成,病態生化学的仮説),第Ⅲ部「予後良好な疾患にするために」に2章(脳の組織学的変化を改善しうる治療薬の開発,早期介入)を割き,歴史的経緯を踏まえて記述されている。紙幅の関係で一部のみ紹介する。

 統合失調症概念の成立からICD-10やDSM-5への変化が,クレペリンとM.ブロイラーの著者翻訳原典を収載して解説されている。クレペリンが当初,精神的病衰(痴呆)に至る進行性の慢性疾患としたのは,重症例の一般化の結果であり,転帰は多様である。精神症状とは独立に認知機能障害の存在と社会的転帰との関連が見出された。そして認知リハビリテーションの薬物に匹敵する効果について紹介している。

 統合失調症症候の背景脳病態は,1970年代の脳画像検査登場まで長い間不明であった。著者は,膨大な統合失調症の脳画像研究を整理し,統合失調症には「前頭-側頭辺縁-傍辺縁領域に軽度の形態学的変化」が確認されるという。脆弱性関連の変化と疾患の病理を区別して,著者は「側頭葉の変化は統合失調症への脆弱性に関連し,思春期前後に前頭葉の変化が加わることにより,側頭葉機能障害が臨床的に顕在化し,統合失調症症状が発現する」(p.195)として側頭-前頭2段階発症仮説を導いた。

 転帰不良に関連する要因のうち,陰性症状,認知機能障害,および側脳室の(進行性)拡大に共通する背景として,前頭-視床線維が走る内包前脚の体積減少が示唆する前頭-視床結合障害という著者らの貢献が大きい知見を紹介している。

 このように諸症状・知見と相関する脳部位・形態と機能・神経回路が知られるようになった。神経心理学の進化である。例えば,させられ体験の他者性が身体・外空間図式を司る右下頭頂小葉の活性と関連する,などである。

 統合失調症が成立する成因と発病メカニズムについては,初期神経発達障害による脆弱性形成に,青年期の後期神経発達障害による脳の成熟障害(シナプス刈り込みや結合の障害を想定)が加わり,発病に至るとする仮説を重視している。実際,統合失調症には前頭-側頭皮質体積軽度減少,錐体ニューロン樹状突起棘減少,前頭葉機能の障害,髄鞘関連遺伝子発現減少などがみられ,これは後期神経発達障害仮説によりよく説明できるという。

 さらに,このような病態が生じる病態生化学仮説に及び,PV陽性GABAニューロン機能不全仮説に力点を置いて,DA仮説,NMDA仮説,酸化ストレス,カルボニルストレス,脳成熟障害による遺伝子発現制御障害説が紹介されている。

 そして,統合失調症を予後良好な疾患にする2つの案が提唱されている。脳の組織学的変化(ここではPY陽性GABAニューロン/NMDA受容体の機能低下)を改善する治療薬の開発と早期介入である。脳の組織学的変化の改善作用をスクリーニング項目に加えて,開発途上のT817やスルフォラファンへの期待が述べられている。初回エピソード早期治療および前駆期(臨床的ハイリスク)からの支援/薬物治療による精神病発症予防である。

 本書は何よりも,統合失調症の病変が,脳のどこにどんな形であるのかを描こうとして,かなり成功した初の精神医学書である。本書が広く読まれて,私たちの医療の実践の質が一段も二段も向上することを期待したい。
精読を強くお薦めする優れた総説
書評者: 篠崎 和弘 (和歌山県立医大教授・神経精神医学)
 優れた総説を探し当てて読むことを若い後輩には薦めています。折々には単行本の精読も薦めますが,英文だと反応が鈍いものです。著者自ら統合失調症の「古典的精神医学と現代の精神医学の橋渡し的役割をはたしているかもしれない」(p.279)とあとがきに記された本書は,精読を強くお薦めする単行本です。また幸いに日本語です。母国語でこの高いレベルの本が読めるのはこの国に生まれた僥倖と言えるでしょう。若い医師たちや,研究をめざす医師はもちろん,臨床で活躍している医師にも,読んでいただきたい本です。

 臨床家の中には,研究段階の生物学的知見が臨床に必要か,と疑問を持たれる方もおられるでしょう。それに対する答えはこうです。臨床家は「統合失調症は患者や家族の人生に深い影響を及ぼす。予後良好な疾患にするためには何をすればよいのだろうか」(p.iii)と工夫を凝らしていることでしょう。また統合失調症の全体像が未解明であること,薬物治療が満足できるレベルに達してないことにも歯がゆい思いをされると思います。それゆえ,不完全な知識と技術で臨床をしている,という危うさを熟知しておくことは,専門家としての責任であり,また治療の選択肢を増やしてくれるはずです。この本が「理解」と題されているのはそのような意味もあってではないでしょうか。

 第1章はクレペリンに始まって,最終章は早期介入(ARMS)で終わっています。主要な研究や病態仮説が網羅されており,読者は鳥瞰的な理解へ導かれます。文章は論理的で,読み手を先へ先へと導いてくれます。全ての章においてご自身の見解が披瀝されているのですが,ご自身と教室の論文に全てが裏打ちされています。精神科医として神経病理学でスタートされ,神経薬理学,神経心理学,画像研究,認知神経心理学,精神生理学,遺伝子解析と広い領域で業績を挙げておられることの証でしょう。そのため教室の研究に基づくレビューではありますが,包括的で偏りのない内容となっています。

 本書は3部,13章で構成されています。第Ⅰ部「統合失調症とはどのような疾患か」では概念,症候学,疫学,発病仮説,転帰,転帰に関連する要因が紹介されています。第Ⅱ部「統合失調症の神経生物学」は神経心理学,認知機能障害,脳の形態学的変化,病態形成,病態生化学的仮説から構成されており,最も読み応えがあります。なかでも,側頭-前頭2段階発症仮説(第10章)は先生のオリジナルです。「神経発達障害に由来する側頭葉の脆弱性がある方に思春期前後に前頭葉の成熟障害が加わると,側頭葉障害が顕在化し統合失調症症状(ドーパミン過剰伝達)が発現する」。このジャクソン流の動的仮説によって,前頭葉障害による陰性症状と内側側頭葉構造による陽性症状の両方を多くの患者が持つことについてなるほどと納得させられます。この仮説からどのようなバリエーションが導かれるのかも言及されていますので,本書を手に取って楽しんでください。第Ⅲ部「予後良好な疾患にするために」でも先生が富山で関与しておられる新薬開発の橋渡し研究と,早期介入活動が紹介されています。

 本書から読み取れる別の興味は,研究と人材育成の素晴らしい堅固なシステムを新設医科大学で作られたことです。地域医療と人材育成を目標として,国際的に評価される臨床研究活動を梃にされました。臨床研究の充実と,基礎と臨床の橋渡しができる人材の育成が臨床医学の課題ですが,成功例として参考になります。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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