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死亡直前と看取りのエビデンス

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患者が亡くなる直前の医学的問題や看取りに関する解説をした本書は、(1)死亡までの過程と病態、(2)死亡直前に生じる苦痛の緩和、(3)望ましい看取り方、のそれぞれについて、医療職者が知っておくべき最新のエビデンスをまとめている。著者の経験に基づくナラティブな解説も豊富に記載されており、医師や看護師のみならず、人の臨終に関わる多くの読者の助けとなる書である。
森田 達也 / 白土 明美
発行 2015年10月判型:B5頁:204
ISBN 978-4-260-02402-0
定価 3,300円 (本体3,000円+税)
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まえがき

 本書は、患者が亡くなる前後の、臨終前後の、死亡直前から直後の医学的問題についての「エビデンス」をまとめて解説している。
 執筆に当たっては、エビデンスのただの「貼り付け」にならないように、筆者の経験に基づくナラティブな解説を増やして、医師はもちろん、看護師のみならず、できればひとの臨終に関わる多くの方にも読んでもらえるように努力した(つもりである)。また、個々の研究を紹介するという視点ではなく、その研究に至るまでの歴史的経緯や臨床での意義が伝わるように詳しく記載するように努めた(つもりである)。
 ターミナルケアに関する類書はいくつかあるが、今日ある書籍のほとんどは経験則によるものであり、最新のエビデンスを網羅したものはほとんどないと思う。患者の死亡前後に臨床家がどう振る舞ったらよいか、はデータを基にして考えることではなく、経験的にならっていくもの、こうするべきだという理念から決まるものだという意見もあるだろう。しかし、筆者は思う、本当にそうだろうか。どの領域であっても、自分の臨床能力を改善し向上させていこうとすれば、「何か」を基にして振り返っていくことは不可欠だ。データの蓄積は(量的なものにしろ、質的なものにしろ)その有力な方法の1つである。「命が助かったか」「退院後に後遺症がなかったか」という結果がはっきり見える他の領域とは異なり、緩和ケア・ターミナルケアでは、ケアを行った相手は亡くなってしまう。まさに「死人に口なし」である。あのとき、「あれは勘弁してほしかった」、「これはやらないでほしかった」と患者が思っていたとしても、もう教えてくれる人はいない。だからこそ、私たちは、謙虚にデータを積み重ねて、真摯に向かい合わなければならない。
 死亡前後に人間に何が起こるのか、は、最近になって急速に実証研究が進みつつある領域である。「死」は「生」と同じ頻度で生じるにもかかわらず、「人が生まれる過程」は熱心に研究されているが、「人が亡くなる過程」はほとんど研究されない。不思議である。緩和ケアの研究というと、痛みなど症状に関する治療がイメージされるが、緩和ケアの研究対象は幅広く、死亡直前に関するエビデンスも急速に蓄積されつつある。今や、教科書にこれこれと記載されていたこと、経験的にあれがよいと言われていたことのうち、実証研究によっていくつかは否定され、いくつかは肯定されるようになった。このような知識を知らずに患者に臨床実践を行うことは現代の臨床家には許されなくなるだろう。ひょっとすると患者や家族のほうが勉強しているかもしれないのである。
 当然のことながら、知識が増えたからといって、死という一大事にあたって家族も臨床家も迷いがなくなるわけではない。そして、知識が増えたからといってそれがそのままよいケアができるというわけでもない。マザーテレサのいった「It is not how much we do, but how much love we put in the doing. It is not how much we give, but how much love we put in the giving.(どれだけしたか、どれだけ与えたかが大事なのではなく、大切なことは、ひとつひとつのことにどれだけ愛を注いだかです)」は今日すべてに通じるものである。しかし、自分の知識がないから迷っているのか、知識を持ったうえで「迷っている」(この場合は熟慮しているというほうがよいのかもしれない)のかははっきり知っておきたい。そして、自分の知識がないというその理由だけで、患者や家族をよけいに苦しめることだけは避けたい。
 本書を執筆するにあたって、筆者がホスピス病棟の主治医として、在宅診療の主治医として、多くの患者さんの死を経験したときに、すべてを学べと励ましてくれた患者さん自身、ご家族にまず感謝したい。本書のすべては身を投げ出して筆者に経験の機会を与えてくれた患者さんとご家族のものである。また、若かった未熟な医師を叱り励ましてくれた現場力あふれる多くの看護師さんたちに感謝の気持ちを述べたい。特に、昨年亡くなられた聖隷三方原病院看護部高橋知子さんに感謝します。
 本書が死の床にある患者に寄り添おうとする多くの臨床家の助けとなることを願っています。

 Live as if you were to die tomorrow.(もし自分が明日死ぬとしたとしても、後悔しないように今日の1分1分を生きよう)
〈ガンジー〉

 Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose.(人間はいつか必ず死ぬ、自分はいままさに1時間1時間ごとに死に近づいている。そうしっかりと意識すれば、自分が何か失ってはいけないものを持っているとは思わなくなる)
〈スティーブ・ジョブズ〉

 人、死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。愚かなる人、この楽しびを忘れて、いたづがはしく外の楽しびを求め、この財を忘れて、危く他の財を貪るには、志満つ事なし。行ける間生を楽しまずして、死に臨みて死を恐れば、この理あるべからず。人皆生を楽しまざるは、死を恐れざる故なり。死を恐れざるにはあらず、死の近き事を忘るゝなり
〈徒然草〉

 2015年9月
 森田達也

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まえがき

1 死亡までの過程と病態についてのエビデンス
 1 死亡までに生じる変化と機序:死亡までに起こること
   1 死亡が近づくまでのADLと症状の週・月の単位での経過
   2 死亡がまさに差し迫っている(死亡直前である)ことを示す徴候の類型
   3 死亡に至るまでの徴候の出現の仕方
   4 バイタルを定期的にとる意味
   5 「死亡直前」に絞った予測指標
   6 急変の頻度と病態
   7 死亡までの経過のエビデンスを踏まえた説明
   8 看取りのパンフレットを使った家族の感想
   9 看取りのパンフレットを使用するうえでの医師・看護師の注意
 2 予後の予測:信頼性を持って予後を予測する方法
   1 家族の悲嘆にも影響する予後予測
   2 死亡直前に急激に変化するADL
   3 楽観的になる傾向が明らかな医師の予測
   4 全身状態・食事・呼吸・むくみ・意識が余命予測の指標
   5 中期以上の予測に使う予測指標:PaP scoreとPiPS models
   6 短期的、簡便に予測するpalliative prognostic index(PPI)
   7 どの予測尺度がよいのか?
   8 非がん患者の生命予後
 3 輸液:する?しない?と輸液の価値
   1 変わりつつある終末期の輸液の実態
   2 死亡直前期の輸液はquality of lifeと生命予後に効果がないとの比較試験
   3 real worldでの観察研究
   4 看護領域での比較試験
   5 生理学的な研究
   6 スターリングの法則と終末期の水分出納のまとめ
   7 いのちの象徴としての輸液と勧められるケア
 4 鎮静(セデーション):苦痛緩和の最後の手段(last resort)
   1 歴史的経緯の大筋:こっそりしていることからガイドラインへ
   2 鎮静と安楽死との違い:安楽死・自殺幇助・治療中止
   3 鎮静と安楽死とのグレーゾーンとクリアゾーン:重要な薬物の投与方法と量
   4 鎮静は寿命を縮める「あぶない治療」か?
   5 効果と合併症:何%の患者に何が起こるのか?
   6 鎮静を受ける患者の家族の体験
   7 鎮静を受ける患者と家族に勧められるケア:家族は何を望むのか?
   8 鎮静についてのエビデンスに基づいたパンフレット
   9 悩ましい説明のしかた
   10 鎮静をしないことがよいことなのか
 5 蘇生と終末期に備えた話:アドバンスケアプランニングと意思決定
   1 蘇生:DNR、DNAR、DNHの意味
   2 終末期の蘇生の成功率に関するエビデンス
   3 リビングウイル、アドバンスディレクティブ、エンドオブライフディスカッション
   4 蘇生の意思決定に関するエビデンス:英語圏での実証研究
   5 意思決定の深い話:いろいろなバイアス
   6 終末期について話し合うことと患者・家族のQOLの強い関係
   7 終末期の話をすることの医師-患者関係への影響
   8 早期からの緩和ケアは、「早期からの終末期の意思決定」?

2 死亡前後に生じる苦痛の緩和についてのエビデンス
 1 呼吸困難
   1 呼吸困難という症状—疫学
   2 モルヒネの適応になる病態:なんでもかんでもモルヒネではない
   3 モルヒネが効くというエビデンスの意味:「死亡直前」ではない患者
   4 呼吸困難に対するモルヒネの安全性
   5 看取りの時期の呼吸困難
   6 呼吸困難のケア・非薬物療法
 2 せん妄:死亡直前の意識障害
   1 そもそも終末期の意識混濁は「病気」なのか
   2 せん妄の診断基準:操作診断の意味
   3 terminal restlessness(身の置き所のなさ)とterminal anguish
   4 せん妄の予防はできるのか?
   5 せん妄はつらいのか?
   6 終末期の幻覚と臨死意識:お迎え体験
   7 死亡直前期にもありうるちょっとしたせん妄の改善
   8 家族のせん妄体験と精神的負担
   9 家族はせん妄の何を体験しているのか?
   10 家族自身の感情
   11 せん妄についての家族の意味づけ:家族はせん妄を何だと思っているのか?
   12 家族が望む医師・看護師の態度:私たちは何をするべきか?
   13 パンフレットによる介入研究
   14 薬物療法
   15 非薬物療法の効果
 3 気道分泌:死前喘鳴(ゴロゴロ)
   1 死前喘鳴(death rattle)と気道分泌亢進(bronchial secretion)
   2 薬物療法:抗コリン薬のエビデンス
   3 死前喘鳴に対する家族の体験と希望するケア
   4 パンフレット
 4 看取りのパス:エビデンスと教訓
   1 看取りの薬物治療をパス化しようという考え
   2 comfort order setの実例
   3 comfort order setのエビデンス
   4 Liverpool Care Pathway:2013騒動の教訓
   5 Liverpool Care Pathway:ランダム化比較試験のエビデンス

3 望ましい看取り方についてのエビデンス
 1 望ましい看取り方:医師と看護師がするべきこと
   1 死亡確認前後
   2 日本の遺族の研究からみるホスピスでの看取りの実際
   3 家族からみた望ましい看取りかた:国際的にもほぼ唯一の「実証」研究
   4 望ましい看取り方の文化差
   5 間に合う・間に合わないかのエビデンス
   6 死亡「後」の話…エンゼルメイク

索引

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書評 (雑誌『訪問看護と介護』より)
書評者: 藤田 愛 (医療法人社団慈恵会 北須磨訪問看護・リハビリセンター、訪問看護師)
 まず、タイトルを見て期待が膨らみました。本を開き、目次を見渡すと、「死亡までに生じる変化と機序」「予後予測」「輸液:する? しない?」「アドバンスケアプラニングと意思決定」などが目に入りました。知りたかったことが書いてある本にやっと出会えたとワクワクしました。

 死亡までの過程や意思決定を解説した本は多いですが、筆者の経験や、結果とhow-toの解説にとどまっていることが多かったように思います。書かれている情報を読み解くことと、それを実践に活用することの間には乖離がありました。

◆現場の不安に応える多面的な解説

 看取りの段階にある方を訪問看護するとき、事前の医学的情報が十分になく、その人や家族のもつ十人十色の人生や価値観に添いつつも、自分の経験知や感覚に頼って看護を行ない、「これでいいのだろうか」と不安を拭いきれないことがあります。そのため、ひとり、ひと家族ごとに接するなかで培ってきた看護の、根拠や意味づけを明らかにしたいという思いを長年抱えていました。

 本書では、私たちが日々遭遇する、死にゆく過程にみられる兆候やそのときどきのケアのあり方、症状緩和について、身近な言葉で見出しがつけられています。そして、医学的な、またはケアに関する研究結果を紹介しつつ、エビデンスとナラティブ両方の視点で解説されています。

 たとえば輸液については、終末期に生じる症状の緩和につながるか、生命予後は改善するかなどの複数の研究結果を示しつつ、「輸液には医学的な意味だけがあるのではない」とし、本人や家族の価値観や心情についての調査結果も掲載し、「輸液の価値はそれぞれのケースで違う」と説明しています。輸液を、「する・しない」の二択ではなく、多面的にとらえて判断することを促す記述になっています。

◆スタッフの勉強会で活用

 私の訪問看護ステーションでは、年間40名ほどの方の看取りの過程を支えています。入職2か月の新人から18年のベテランまで、経験に幅のある14名の看護師が働いており、個々の臨床経験から培われた知識や価値観に相違があります。それでもどの看護師も、病院勤務や在宅で看取りを経験して、表面的な兆候はわかっていましたし、最終的な意思決定支援にも携わってきました。しかし、なぜそうなるのか・なぜそうするのかというエビデンスや、ケアの意味についての知識は浅いままでした。

 そこで、本書を当施設の全員に配付し、項目ごとに事前学習をして、勉強会で意見交換をすることにしました。次いで、得た知見や知識を用いて事例検討を始めました。それぞれの経験知や価値観のみに偏らず、これまでなかった角度からの意見も出て、多面的な議論ができるようになりました。

 本書は、在宅や施設など多くの現場で死や看取りに関わる看護師が抱く日々の「なぜ」について知識を与えてくれます。単なる経験ではなく、知識を根拠に、ひとり、ひと家族ごとの看護をどのようなものにしてゆくか考えたり、「いまやっていることはこれでよかった」という自信をつけるのに役立つ1冊です。

(『訪問看護と介護』2016年6月号掲載)
終末期ケアのエビデンスに著者の臨床経験を交えて解説した頼りになる1冊 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 田村 恵子 (京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 教授)
 緩和ケアの臨床で向き合うのは苦痛を体験して苦悩する患者や家族であり,その苦悩は客観的に数値化して捉えることは難しく,ケアはそれぞれの医療者の経験則によって実践されてきた。

 しかし,近年,人が死亡に至るまでの過程を対象とした実証研究が進んでおり,死亡直前の医学的問題や看取りに関する科学的根拠(エビデンス)も蓄積されてきている。こうした現状を鑑み,著者はエビデンスを積極的に活かして死亡直前や看取りの時期のケアを提供することが必要であると考え,本書が誕生した。

 まえがきにも記されているように本書は,人が死にゆく過程と病態について,死亡直前に生じる医学的問題とそのケアについてのエビデンスを解説しているが,そこに著者の経験が著者のイラストとともに絶妙な口調で書き加えられており,一味違う風味を醸し出している。

◆看護師の視点から考える本書の活用法

 本書の活用法について看護師の視点から紹介してみたい。

 例えば,死が週単位で近づいてくる中で,輸液をいつまでどの程度行うかは臨床ではよく遭遇する問題である。「何も食べられないのだから『点滴くらいはしてほしい』」という患者・家族からの訴えはよく耳にするものであり,その対応として「点滴くらいしておこう」という医師の指示もよく目にするものである。多くの看護師は「本当に必要なの? 負担になるだけじゃないの?」と疑問を感じて,これでいいのかと悩む。

 そこで本書を紐解いてみると,「余命が週単位の患者を対象とした場合は,輸液をルーチンに行うことは患者の自覚できる症状や生命予後には影響しない」とのエビデンスが提示されている。しかし,同時に「輸液は医学的な意味だけを持っているものでなく,患者・家族によってその考えが異なる」との研究結果も示されている。

 これらのことから,著者は臨床でのボトムラインとして,死亡直前の患者に少量(500~1000mL/日)の輸液を行うか否かの判断には,症状をどうするかということよりも,患者・家族の価値観を重視する必要があると述べている。

 この内容から,看護師は何を大切にして患者や家族へのケアを行っていけばよいか,そのポイントを学ぶことができ,看護師にとって大切なことは,1000mL/日の処方箋を見ながら,この点滴は多すぎるのではないかと悩むことではなく,患者や家族の輸液についての思いを丁寧に聴き,その意味に配慮を払うことなのだと気づくことができる。その結果,患者や家族の思いを聴くということを主目的として,ベッドサイドへ向かうことができるようになる。

◆終末期ケアに悩む看護師に自信を持たせてくれる書

 そのほかにも,日ごとにやせ衰えていく患者の腕にマンシェットを巻きながら,本当にこれで死亡時期を予測することが可能なのかと疑問を感じたとき,家族への看取りの説明をどうすればいいのだろうかと悩んだとき,死亡直前の呼吸困難の緩和やせん妄の対応に困ったとき……などなど,「これってどうすることがよいのだろう」という悩みに,エビデンスと著者の臨床経験に基づいた考え方が提示されている。おそらく多くの看護師は,もやもやが少しずつ晴れていくことを実感するだろう。

 死にゆく患者と家族に適切なケアを行いたいと願っている看護師の皆さんの側に本書を置いていただくことで,その悩みを解決しつつ,自信を持ってケアを実践できること間違いなしである。

(『看護管理』2016年5月号掲載)
終末期ケアの心強い羅針盤
書評者: 恒藤 暁 (京大病院緩和医療科長)
 わが国では,2012年に策定された「がん対策推進基本計画」において,がん対策を総合的かつ計画的に推進するために「緩和ケアの提供体制をより充実させ,緩和ケアへのアクセスを改善し,こうした苦痛を緩和することが必要である」と述べられている。そして緩和ケアチーム,緩和ケア病棟,在宅ケアなどの提供体制の整備が取り組まれており,現在,緩和ケア病棟のある医療機関は350を超えている。また,この基本計画において,「緩和ケアが終末期を対象としたものとする誤った認識があるなど,依然として国民に対して緩和ケアの理解や周知が進んでいない」とも述べられ,がんと診断されたときからの緩和ケアを推進している。このような取り組みにおいて,提供される緩和ケアの質が問われ,診断時だけでなく終末期にも目を向けて行く必要がある中で,『死亡直前と看取りのエビデンス』が発刊されたことは,まさに時宜にかなっているといえる。

 本書の執筆者は聖隷三方原病院の森田達也先生と白土明美先生である。特に森田先生とは個人的に親交があり,その仕事ぶりは尊敬を超えて畏敬の念を持っている。これまで緩和ケアの臨床現場にいながら,緩和ケアの広範囲の領域の論文を読みこなし,多数の臨床研究の論文を執筆していることはまさに“超人的”である。そして,その視点は患者と家族に向き合い,寄り添う,非常に心優しいものである。今回,執筆者の二人がこれまでのエビデンスと知識を集大成されたことは,緩和ケア従事者のひとりとして嬉しい限りである。

 本書は,「死亡までの過程と病態についてのエビデンス」「死亡前後に生じる苦痛の緩和についてのエビデンス」「望ましい看取り方についてのエビデンス」の三部構成になっている。扱っているテーマは,死亡までのADL・症状・徴候,バイタルサインを取る意味,急変,看取りの説明,予後の予測,終末期の輸液,苦痛緩和の鎮静,アドバンス・ケア・プランニング,呼吸困難,せん妄,気道分泌(死前喘鳴),看取りのパス,望ましい看取り方など多岐にわたり,終末期ケアにおいて不可欠なものばかりである。そして各テーマをエビデンスに基づいて解説するだけでなく,ナラティブな解説もあり,歴史的な経緯や臨床的な意義についても学べるようになっている。本書は,終末期ケアという荒ぶる海を航海している医療従事者にとって心強い羅針盤になるに違いない。

 本書が緩和ケア従事者のみならず,臨床現場にいる全ての医療従事者に大いに活用され,患者と家族と医療従事者にとって最期のときをより良く過ごせるようになることを心から願うものである。
エビデンスを軸に医療者を導くことで国民の幸せに貢献する一冊
書評者: 川越 正平 (あおぞら診療所院長)
 緩和ケアの現場で取り扱う事象は「患者の苦痛」という主観であり、画像や数値の形で客観的に捉えることは難しい。さらに、ケアの対象者は亡くなってしまうことから、検証することも極めて困難である。「まえがき」にあるように、「ターミナルケアに関する書籍のほとんどは経験則によるものであり、最新のエビデンスを網羅したものは見当たらない」ことを鑑みた著者が、世界各地で蓄積されつつあるエビデンスを今後「知らずに臨床実践を行うことは許されなくなる」と考え、執筆したのが本書である。さまざまな命題について、「エビデンス」を軸に論を進める構成は真新しく、読み進むうちにどんどん引き込まれる魅力を有している。

 「がん患者の30%は急変して死亡する」「ルーチンのバイタル測定は死亡を予測することには役立たない」「医師は患者の生命予後を楽観的に予測する傾向がある」などのエビデンスは、臨床現場において明日から活かせる知見である。今後の病態変化を予測して伝えることにより、患者は少しでも安心して過ごすことができる。予期していなかった時期に患者を失ってしまうことは、家族のうつ病や複雑性悲嘆の原因になるという知見を踏まえ、医療者は生命予後予測の技術を身につけておく必要がある。

 また、「遠隔転移を有する肺がん患者の69%、大腸がん患者の81%が化学療法によってがんが完治するかもしれないという誤った認識を持っていた」という米国での研究結果は教訓的である。さらに、2010年にNEJMに発表され、世界的に大きな反響を呼んだ早期緩和ケアの比較試験について、一連の論文を丹念に紹介している。これらを踏まえ、緩和ケアの役割として、症状をみるだけではなく、治療医が説明したことを「患者にとってどうするのがよいか」という文脈でともに考え、今後について相談する必要があるとの国際的な議論を紹介しつつ、意思決定支援が個々の治療と同等か、それ以上に患者にとって意味をもちうると解説している。

 「水分の移動は、静水圧(輸液量)、膠質浸透圧(おおむねアルブミン)、細胞膜の透過性(炎症反応)で規定される」などの病態解説も明快である。安楽死、自殺幇助、治療の差し控え・中止、そして鎮静の違いについて、世界各国の来歴を丹念に紹介し、臨床家が「この行為は生命短縮を意図していないかと常に顧みる」必要性を強調している。また、がん患者の7割が体験する終末期せん妄はpart of natural dying processと呼ばれ、「死に至る通常の過程の一部であって修正するべきではない」という代表的な教科書の紹介記事も見逃せない。さらに、「病院で亡くなると魂がそこにとどまってしまうので、亡くなりそうになったら自宅に戻す」という台湾の死生観も興味深い。

 締めくくりに、「医療者は襟を正して読み、明日からの臨床に役立ててほしい」という文章が頭に浮かんだが、イラストでも登場する著者からは「そんなことないよ、マンガみたいに寝転びながら読んでね~」といなされそうな気がする。確かに、呼吸困難の章のように、「顔に風を当てることがオプソの内服と同じくらいの効果があると思うと是非試したくなりますよね」というようなお茶目(・・・)な記述が随所にちりばめられていることも、読者に親近感をもたらすことだろう。短期予測に優れていると世界的に評価されている予後予測尺度PPIの開発や、地域緩和ケアの大型研究OPTIMを牽引した実績など、わが国の緩和研究の第一人者である著者が、章ごとに「臨床のボトムライン」を指し示し、今後進められるべき研究についての示唆をちりばめていることに深い敬意を表したい。医療者を導くことで国民の幸せに貢献する一冊である。

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