DSM-5 鑑別診断ハンドブック
精神疾患の診断に迷ったときの道しるべ!
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精神疾患の世界的な診断基準DSM-5の米国精神医学会オフィシャルシリーズの1冊。DSM-5診断基準を用いた鑑別診断の進め方を解説した実践的テキスト。幻覚や不安、抑うつなど、29の主要な精神症状についてフローチャート形式で疾患を絞り込み、その疾患を早見表で鑑別することができる。診療場面で常に手元に置いておきたい1冊。
※「DSM-5」は American Psychiatric Publishing により米国で商標登録されています。
シリーズ | DSM-5 |
---|---|
原著 | Michael B. First |
監訳 | 髙橋 三郎 |
訳 | 下田 和孝 / 大曽根 彰 |
発行 | 2015年05月判型:B5頁:268 |
ISBN | 978-4-260-02101-2 |
定価 | 6,600円 (本体6,000円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
訳者の序/序
訳者の序
本書はDSM-5 Handbook of Differential Diagnosis(2014)の全訳である.原著の著者は,コロンビア大学臨床教授兼ニューヨーク州精神医学研究所,臨床症候学研究員のMichael B. Firstである.米国精神医学会は2013年の『DSM-5』(『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』,医学書院,2014)の刊行に伴い,学会の出版局であるAmerican Psychiatric Publishing社よりその関連書数冊を出版した.これらは,DSM-5による診断面接,臨床症例集,自己学習問題集,解説と学習の手引き,鑑別診断のための判定系統樹などであり,そのどれもがDSM-5をよりよく理解するために大変有用である.このうち『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』,いわゆる「ミニD」(医学書院,2014)と『DSM-5 診断面接ポケットマニュアル』(医学書院,2015)はすでに刊行されている.
記憶されている方もあるだろうが,DSM-III(1980)には巻末の付録Aに「鑑別診断のための判定系統図」と題して,精神病的病像,根拠のない不安および回避的行動,気分障害,反社会的反抗的行動,身体的愁訴および身体疾患など7つの症候群についてのdecision treeが描かれてあった.鑑別診断のための判定系統図についてDSM-IIIの編集実行委員長Spitzer教授は,「この目的は分類の構成と層的構造を理解するのを助けることにある」と述べている〔高橋三郎,花田耕一,藤縄昭(訳):DSM-III 精神障害の分類と診断の手引,医学書院,1982〕.
この当時から,本書の著者であるFirst教授は鑑別診断,特にいわゆる「流れ図」の制作に取り組んでいた.DSM-IV(1994)で作成実行チーム委員長がA. Frances教授に代わってからはEditor, Text and Criteria として重要な立場にある一方で,10の代表的症候群の判定系統樹を作成した.DSM-IIIではこれらの判定系統樹は多分に思弁的な感じの単純なものにすぎなかったが,DSM-IVでは診断基準に基づいて得られた数量的データの分析結果を盛り込んだ複雑な構造をもつようになってきた.First教授はDSMによるSCID,すなわち「構造化面接」の著者としてもよく知られている〔SCID-II:高橋三郎(監訳),大曽根彰(訳),DSM-IV II軸人格障害のための構造化面接,医学書院,2002〕.これらの著作でわかるようにコンピュータに強く,DSM-IV作成の際にはReliability Field Trial(信頼性実地試行)の分析を担当した.
2013年に出版されたDSM-5では,First教授は作成実行チームの中心にはいないが,なおEditorial and Coding Consultantsの1人として協力する立場にある.しかし,いわゆる親本のDSM-5マニュアルを開いてみれば気づくように,判定系統樹が入っていない.代わりに,この領域が大幅に増補されて,29の判定系統樹と各疾患群の記述的要約による66点の表が,この著者の手によって単独刊行されたわけである.
こうした図解は,ちょうど道に迷ったときに地図を広げて今いる場所の見当をつけるようなものである.言い換えれば,方角に迷った挙句,思いもしないインシデントやアクシデントに見舞われないように,診断についても図を広げて考え直す習慣をつけたいものである.いまだにほとんどの精神疾患群が症状と徴候で定義されており,決定的な診断マーカーが発見されていないわけであるから,なおさらのことである.
臨床診断とは,各精神科医が多岐にわたる精神疾患群のおのおのについて多数の患者の診察経験を通して凝縮した各疾患群の特質を理解することで始まるはずである.しかし,対象疾患に偏りのある診療を続けている医師や,臨床経験の浅い医師にとっては,陥りやすい独断を予防し修正する必要があり,この目的として,1つは症例集があり,これまであまり経験しなかった症例を理解することが役立つ.もう1つは鍵となる症状を見落として細目にこだわりすぎていることに気づき,現在のスタンスが正しいかを確認するために判定系統樹があれば役立つ.
本書の特徴は,第1章「段階的な鑑別診断」で著者が解説しているように,精神科の診断は6段階に構成されるといい,(1)詐病と作為症の除外,(2)物質的要因の除外,(3)病因となる医学的疾患の除外,(4)特定の原発性疾患の決定,(5)適応障害の鑑別,(6)非精神疾患との境界の確定,であるという.この序説はむしろくどくどしいが,これらは経験の豊富な精神科医ならば誰でもが行っていることである.
コンピュータに詳しい著者の本領が発揮されたところは,もちろん29項目の判定系統樹であって,33年前の初期のDSM-IIIの図は,10個に満たない症状と徴候のあるなしで答えが出るという単純な構造だった.これが,2層3層構造,すなわち中間のフィルターを経て最終診断に至る複雑な構造になった.29項目の流れ図の出発点には,妄想,幻覚,不安,気分の変化はもとより,低い学業成績,児童または青年における行動の問題,注意散漫から始まり,食欲の変化または異常な食行動,過眠,性機能不全を含み,さらに,過度の物質使用,記憶喪失,認知障害に至るまで今日考えうる代表的な症候群をすべて網羅した判定系統樹が作られた.一方,66点の表のほうは,DSM-5マニュアルの診断基準を要約したにすぎないという印象を免れないが,それでも,現実の患者の治療と処遇を決めるためにはこれで十分役立つであろう.
本書の著者が「序」で述べているように,鑑別診断で遭遇する最大の問題は,最終診断に至るまでに結論を早めてしまい,その後はこの偏りを通して引き出された情報だけを吟味しながら過ごしている,ということである.これは特に,患者とともに歩みともに過ごす本物の精神科医の陥りやすい落とし穴であるが,それらしくないこの著者だからこそ言えることであろう.
本書の翻訳作業は,2014年秋より獨協医科大学精神神経医学講座25名の方々の手により行われ,下田和孝主任教授と大曽根彰講師が見直したものに最終的に監訳者が手を入れた.なお,本書では原文の太字部分をゴシック体に,イタリック書体部分を点線の下線として翻訳した.本書が読者諸兄姉の毎日の診療に役立つことを願っている.
2015年3月
埼玉江南病院にて
訳者を代表して 高橋三郎
序
鑑別診断は臨床家としてのわれわれの仕事の基本である.ほとんどの患者は「私はうつ病です.抗うつ薬を処方してください」と言って診察室に来るのではない(そう言って来る人もいるが).さらに典型的には,患者は臨床的に意味のある苦痛や障害の原因である抑うつ気分や疲労感(医学用語でいう「主訴」)のような特定の症状の軽減を求めて相談に来る.これら当面の症状に直面するときのわれわれの仕事は,それらの症状を説明しうるDSM-5に含まれる多様な疾患のすべて〔例:抑うつ気分や疲労感については,うつ病,持続性抑うつ障害(気分変調症),双極I型障害,双極II型障害,統合失調感情障害,他の医学的疾患による抑うつ障害,物質・医薬品誘発性抑うつ障害,適応障害などを含む可能性〕から,症状を選び抜くことである.ひとたび診断候補のリストを決定したら,われわれの次の仕事は,追加の情報を集めること——生育歴,他の情報提供者,治療歴,現在症診察,臨床検査などから——であり,これが,この鑑別診断のリストから1つ最も有望な候補者をより分け,初期治療計画へと導く初期診断になる.しかし,初期評価が完成されたのちに入手した追加情報によって,診断や治療計画の変更が妥当とされる可能性については常に考えておかなければならない.例えば,過去の入院診療録を請求した結果,抑うつエピソードだったと患者が報告していたものが,実際は混合性の特徴を伴う躁病エピソードであったことが明らかになり,反復性のうつ病という初期診断が双極I型障害に変更されるかもしれない.
本書は多くの異なった視点から問題を提示することにより,総合的な鑑別診断を作り上げる技術を上達させるに違いない.第1章「段階的な鑑別診断」では,6段階の診断構成を提供することで,いずれの患者もみな評価される際に考慮されるべき鑑別診断の問題点を探索する.第2章「系統樹による鑑別診断」では,鑑別診断が下から上へ——すなわち抑うつ気分,妄想,不眠のような患者の当面の症状を発端として取り組まれる.29の判定系統樹のそれぞれが,どのDSM-5の診断をその特定の症状の鑑別診断の際に考慮すべきかを示しており,可能性のある候補の中から選ぶ際に関係した思考過程を反映する決定点を提供する.第3章「表による鑑別診断」では,鑑別診断は診断をまとめる過程のより後半の時点,すなわち,暫定診断に到達し,考えうるすべての代案が十分考慮されたと確信できると思った後の段階における方法である.この章には66点の鑑別診断表があり,1つの表が最も重要なDSM-5疾患のそれぞれに相当する.第2章の判定系統樹と第3章の鑑別診断表との間の連係を容易にするため,判定系統樹の最後の枝に含まれる疾患のそれぞれに応じた鑑別診断表を示している.
判定系統樹と鑑別診断表で提供される情報は多少重なっているが,それぞれの形式はその長所をもっており,また状況によってはそれぞれが大なり小なり有用である.判定系統樹は特定の症状の分類を決定する段階的手順の全体的規則に集中したものである.鑑別診断表はDSM-5のほとんどの疾患に対して用意されており,重要な特徴を共有するため,考慮され除外されるべき疾患を示している.判定系統樹や鑑別診断表には,それぞれの疾患を1つずつつき合わせて比較できる利点があり,鑑別点のみならず類似点の両方が強調されている.多様な読者が,本書をいろいろと異なった目的と方法で用いることだろう.ある人は,DSM-5診断を下す過程の包括的な全体像に興味をもち,本書を最初から最後まで繰り返し読むことに価値を見いだすだろう.他の人は,特定の患者の鑑別診断を助ける参考書として本書をより多く用いるだろう.
どんな判定系統樹や鑑別診断表の組み合わせが示す診断の手順よりも診断されるおのおのの人のほうがはるかに複雑であるという事実によって,精神科診断の技術と科学は苦しめられたり祝福されたりする.臨床家はDSM-5の基準や本書の中の判定系統樹や鑑別診断表を機械的に,あるいは料理本のように当てはめる誘惑を常に抑えなければならない.ここで概説された方法は,臨床的判断の中心的役割と蓄積された経験の叡智を高めることであり,単に置き換えるためのものではない.これに反して,DSM-5に含まれている鑑別診断の概要を意識しない臨床家は独特な診断癖をもつようになってしまうかもしれず,そのため臨床家間や,臨床家と患者および家族との間で診断情報の連絡を促進させるというDSM-5の中心的な機能の1つを損なってしまう.DSM-5の原則の奴隷になるのではなく,DSM-5の原則に従えば可能となる正確さを知り,それを利用することは有用である.
謝辞
DSM-IVとDSM-IV-TRの“Handbook of Differential Diagnosis”の共著者であるAllen Frances, M.D. とHarold Alan Pincus, M.D. に,本書に確かな基盤を与えるよう援助してくれたことに感謝したい.また妻であるLeslee Synderに,この原稿を注意深く校正してくれたことに感謝したい.最後に,本書の製作を助けてくれたAmerican Psychiatric Publishingの方々,判定系統樹の描き直しを担当した制作責任者のRick Prather,最初の原稿整理編集をしてくれたDebra J. Berman,とりわけ上級開発編集者のAnn M. Eng——判定系統樹と鑑別診断表を細部にわたり編集し,私が細部まですべて正確に成し遂げるのを助けてくれた——に感謝したい.
訳者の序
本書はDSM-5 Handbook of Differential Diagnosis(2014)の全訳である.原著の著者は,コロンビア大学臨床教授兼ニューヨーク州精神医学研究所,臨床症候学研究員のMichael B. Firstである.米国精神医学会は2013年の『DSM-5』(『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』,医学書院,2014)の刊行に伴い,学会の出版局であるAmerican Psychiatric Publishing社よりその関連書数冊を出版した.これらは,DSM-5による診断面接,臨床症例集,自己学習問題集,解説と学習の手引き,鑑別診断のための判定系統樹などであり,そのどれもがDSM-5をよりよく理解するために大変有用である.このうち『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』,いわゆる「ミニD」(医学書院,2014)と『DSM-5 診断面接ポケットマニュアル』(医学書院,2015)はすでに刊行されている.
記憶されている方もあるだろうが,DSM-III(1980)には巻末の付録Aに「鑑別診断のための判定系統図」と題して,精神病的病像,根拠のない不安および回避的行動,気分障害,反社会的反抗的行動,身体的愁訴および身体疾患など7つの症候群についてのdecision treeが描かれてあった.鑑別診断のための判定系統図についてDSM-IIIの編集実行委員長Spitzer教授は,「この目的は分類の構成と層的構造を理解するのを助けることにある」と述べている〔高橋三郎,花田耕一,藤縄昭(訳):DSM-III 精神障害の分類と診断の手引,医学書院,1982〕.
この当時から,本書の著者であるFirst教授は鑑別診断,特にいわゆる「流れ図」の制作に取り組んでいた.DSM-IV(1994)で作成実行チーム委員長がA. Frances教授に代わってからはEditor, Text and Criteria として重要な立場にある一方で,10の代表的症候群の判定系統樹を作成した.DSM-IIIではこれらの判定系統樹は多分に思弁的な感じの単純なものにすぎなかったが,DSM-IVでは診断基準に基づいて得られた数量的データの分析結果を盛り込んだ複雑な構造をもつようになってきた.First教授はDSMによるSCID,すなわち「構造化面接」の著者としてもよく知られている〔SCID-II:高橋三郎(監訳),大曽根彰(訳),DSM-IV II軸人格障害のための構造化面接,医学書院,2002〕.これらの著作でわかるようにコンピュータに強く,DSM-IV作成の際にはReliability Field Trial(信頼性実地試行)の分析を担当した.
2013年に出版されたDSM-5では,First教授は作成実行チームの中心にはいないが,なおEditorial and Coding Consultantsの1人として協力する立場にある.しかし,いわゆる親本のDSM-5マニュアルを開いてみれば気づくように,判定系統樹が入っていない.代わりに,この領域が大幅に増補されて,29の判定系統樹と各疾患群の記述的要約による66点の表が,この著者の手によって単独刊行されたわけである.
こうした図解は,ちょうど道に迷ったときに地図を広げて今いる場所の見当をつけるようなものである.言い換えれば,方角に迷った挙句,思いもしないインシデントやアクシデントに見舞われないように,診断についても図を広げて考え直す習慣をつけたいものである.いまだにほとんどの精神疾患群が症状と徴候で定義されており,決定的な診断マーカーが発見されていないわけであるから,なおさらのことである.
臨床診断とは,各精神科医が多岐にわたる精神疾患群のおのおのについて多数の患者の診察経験を通して凝縮した各疾患群の特質を理解することで始まるはずである.しかし,対象疾患に偏りのある診療を続けている医師や,臨床経験の浅い医師にとっては,陥りやすい独断を予防し修正する必要があり,この目的として,1つは症例集があり,これまであまり経験しなかった症例を理解することが役立つ.もう1つは鍵となる症状を見落として細目にこだわりすぎていることに気づき,現在のスタンスが正しいかを確認するために判定系統樹があれば役立つ.
本書の特徴は,第1章「段階的な鑑別診断」で著者が解説しているように,精神科の診断は6段階に構成されるといい,(1)詐病と作為症の除外,(2)物質的要因の除外,(3)病因となる医学的疾患の除外,(4)特定の原発性疾患の決定,(5)適応障害の鑑別,(6)非精神疾患との境界の確定,であるという.この序説はむしろくどくどしいが,これらは経験の豊富な精神科医ならば誰でもが行っていることである.
コンピュータに詳しい著者の本領が発揮されたところは,もちろん29項目の判定系統樹であって,33年前の初期のDSM-IIIの図は,10個に満たない症状と徴候のあるなしで答えが出るという単純な構造だった.これが,2層3層構造,すなわち中間のフィルターを経て最終診断に至る複雑な構造になった.29項目の流れ図の出発点には,妄想,幻覚,不安,気分の変化はもとより,低い学業成績,児童または青年における行動の問題,注意散漫から始まり,食欲の変化または異常な食行動,過眠,性機能不全を含み,さらに,過度の物質使用,記憶喪失,認知障害に至るまで今日考えうる代表的な症候群をすべて網羅した判定系統樹が作られた.一方,66点の表のほうは,DSM-5マニュアルの診断基準を要約したにすぎないという印象を免れないが,それでも,現実の患者の治療と処遇を決めるためにはこれで十分役立つであろう.
本書の著者が「序」で述べているように,鑑別診断で遭遇する最大の問題は,最終診断に至るまでに結論を早めてしまい,その後はこの偏りを通して引き出された情報だけを吟味しながら過ごしている,ということである.これは特に,患者とともに歩みともに過ごす本物の精神科医の陥りやすい落とし穴であるが,それらしくないこの著者だからこそ言えることであろう.
本書の翻訳作業は,2014年秋より獨協医科大学精神神経医学講座25名の方々の手により行われ,下田和孝主任教授と大曽根彰講師が見直したものに最終的に監訳者が手を入れた.なお,本書では原文の太字部分をゴシック体に,イタリック書体部分を点線の下線として翻訳した.本書が読者諸兄姉の毎日の診療に役立つことを願っている.
2015年3月
埼玉江南病院にて
訳者を代表して 高橋三郎
序
鑑別診断は臨床家としてのわれわれの仕事の基本である.ほとんどの患者は「私はうつ病です.抗うつ薬を処方してください」と言って診察室に来るのではない(そう言って来る人もいるが).さらに典型的には,患者は臨床的に意味のある苦痛や障害の原因である抑うつ気分や疲労感(医学用語でいう「主訴」)のような特定の症状の軽減を求めて相談に来る.これら当面の症状に直面するときのわれわれの仕事は,それらの症状を説明しうるDSM-5に含まれる多様な疾患のすべて〔例:抑うつ気分や疲労感については,うつ病,持続性抑うつ障害(気分変調症),双極I型障害,双極II型障害,統合失調感情障害,他の医学的疾患による抑うつ障害,物質・医薬品誘発性抑うつ障害,適応障害などを含む可能性〕から,症状を選び抜くことである.ひとたび診断候補のリストを決定したら,われわれの次の仕事は,追加の情報を集めること——生育歴,他の情報提供者,治療歴,現在症診察,臨床検査などから——であり,これが,この鑑別診断のリストから1つ最も有望な候補者をより分け,初期治療計画へと導く初期診断になる.しかし,初期評価が完成されたのちに入手した追加情報によって,診断や治療計画の変更が妥当とされる可能性については常に考えておかなければならない.例えば,過去の入院診療録を請求した結果,抑うつエピソードだったと患者が報告していたものが,実際は混合性の特徴を伴う躁病エピソードであったことが明らかになり,反復性のうつ病という初期診断が双極I型障害に変更されるかもしれない.
本書は多くの異なった視点から問題を提示することにより,総合的な鑑別診断を作り上げる技術を上達させるに違いない.第1章「段階的な鑑別診断」では,6段階の診断構成を提供することで,いずれの患者もみな評価される際に考慮されるべき鑑別診断の問題点を探索する.第2章「系統樹による鑑別診断」では,鑑別診断が下から上へ——すなわち抑うつ気分,妄想,不眠のような患者の当面の症状を発端として取り組まれる.29の判定系統樹のそれぞれが,どのDSM-5の診断をその特定の症状の鑑別診断の際に考慮すべきかを示しており,可能性のある候補の中から選ぶ際に関係した思考過程を反映する決定点を提供する.第3章「表による鑑別診断」では,鑑別診断は診断をまとめる過程のより後半の時点,すなわち,暫定診断に到達し,考えうるすべての代案が十分考慮されたと確信できると思った後の段階における方法である.この章には66点の鑑別診断表があり,1つの表が最も重要なDSM-5疾患のそれぞれに相当する.第2章の判定系統樹と第3章の鑑別診断表との間の連係を容易にするため,判定系統樹の最後の枝に含まれる疾患のそれぞれに応じた鑑別診断表を示している.
判定系統樹と鑑別診断表で提供される情報は多少重なっているが,それぞれの形式はその長所をもっており,また状況によってはそれぞれが大なり小なり有用である.判定系統樹は特定の症状の分類を決定する段階的手順の全体的規則に集中したものである.鑑別診断表はDSM-5のほとんどの疾患に対して用意されており,重要な特徴を共有するため,考慮され除外されるべき疾患を示している.判定系統樹や鑑別診断表には,それぞれの疾患を1つずつつき合わせて比較できる利点があり,鑑別点のみならず類似点の両方が強調されている.多様な読者が,本書をいろいろと異なった目的と方法で用いることだろう.ある人は,DSM-5診断を下す過程の包括的な全体像に興味をもち,本書を最初から最後まで繰り返し読むことに価値を見いだすだろう.他の人は,特定の患者の鑑別診断を助ける参考書として本書をより多く用いるだろう.
どんな判定系統樹や鑑別診断表の組み合わせが示す診断の手順よりも診断されるおのおのの人のほうがはるかに複雑であるという事実によって,精神科診断の技術と科学は苦しめられたり祝福されたりする.臨床家はDSM-5の基準や本書の中の判定系統樹や鑑別診断表を機械的に,あるいは料理本のように当てはめる誘惑を常に抑えなければならない.ここで概説された方法は,臨床的判断の中心的役割と蓄積された経験の叡智を高めることであり,単に置き換えるためのものではない.これに反して,DSM-5に含まれている鑑別診断の概要を意識しない臨床家は独特な診断癖をもつようになってしまうかもしれず,そのため臨床家間や,臨床家と患者および家族との間で診断情報の連絡を促進させるというDSM-5の中心的な機能の1つを損なってしまう.DSM-5の原則の奴隷になるのではなく,DSM-5の原則に従えば可能となる正確さを知り,それを利用することは有用である.
謝辞
DSM-IVとDSM-IV-TRの“Handbook of Differential Diagnosis”の共著者であるAllen Frances, M.D. とHarold Alan Pincus, M.D. に,本書に確かな基盤を与えるよう援助してくれたことに感謝したい.また妻であるLeslee Synderに,この原稿を注意深く校正してくれたことに感謝したい.最後に,本書の製作を助けてくれたAmerican Psychiatric Publishingの方々,判定系統樹の描き直しを担当した制作責任者のRick Prather,最初の原稿整理編集をしてくれたDebra J. Berman,とりわけ上級開発編集者のAnn M. Eng——判定系統樹と鑑別診断表を細部にわたり編集し,私が細部まですべて正確に成し遂げるのを助けてくれた——に感謝したい.
目次
開く
1 段階的な鑑別診断
2 系統樹による鑑別診断
2.1 低い学業成績の判定系統樹
2.2 児童または青年における行動の問題の判定系統樹
2.3 発語の障害の判定系統樹
2.4 注意散漫の判定系統樹
2.5 妄想の判定系統樹
2.6 幻覚の判定系統樹
2.7 緊張病性症状の判定系統樹
2.8 高揚した,または開放的な気分の判定系統樹
2.9 易怒的な気分の判定系統樹
2.10 抑うつ気分の判定系統樹
2.11 自殺念慮または自殺行動の判定系統樹
2.12 精神運動制止の判定系統樹
2.13 不安の判定系統樹
2.14 パニック発作の判定系統樹
2.15 回避行動の判定系統樹
2.16 病因に関連する心的外傷または心理社会的ストレス因の判定系統樹
2.17 身体愁訴または病気/外見不安の判定系統樹
2.18 食欲の変化または異常な食行動の判定系統樹
2.19 不眠の判定系統樹
2.20 過眠の判定系統樹
2.21 女性の性機能不全の判定系統樹
2.22 男性の性機能不全の判定系統樹
2.23 攻撃的行動の判定系統樹
2.24 衝動性または衝動制御の問題の判定系統樹
2.25 自傷の判定系統樹
2.26 過度の物質使用の判定系統樹
2.27 記憶喪失の判定系統樹
2.28 認知障害の判定系統樹
2.29 病因となる医学的疾患の判定系統樹
3 表による鑑別診断
3.1 神経発達症群/神経発達障害群
3.1.1 知的能力障害(知的発達症/知的発達障害)の鑑別診断
3.1.2 コミュニケーション症群/コミュニケーション障害群の鑑別診断
3.1.3 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害の鑑別診断
3.1.4 注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害の鑑別診断
3.1.5 限局性学習症/限局性学習障害の鑑別診断
3.1.6 チック症群/チック障害群の鑑別診断
3.2 統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群
3.2.1 統合失調症または統合失調症様障害の鑑別診断
3.2.2 統合失調感情障害の鑑別診断
3.2.3 妄想性障害の鑑別診断
3.2.4 短期精神病性障害の鑑別診断
3.2.5 特定不能の緊張病の鑑別診断
3.3 双極性障害および関連障害群
3.3.1 双極I型障害の鑑別診断
3.3.2 双極II型障害の鑑別診断
3.3.3 気分循環性障害の鑑別診断
3.4 抑うつ障害群
3.4.1 うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害の鑑別診断
3.4.2 持続性抑うつ障害(気分変調症)の鑑別診断
3.4.3 月経前不快気分障害の鑑別診断
3.4.4 重篤気分調節症の鑑別診断
3.5 不安症群/不安障害群
3.5.1 分離不安症/分離不安障害の鑑別診断
3.5.2 選択性緘黙の鑑別診断
3.5.3 限局性恐怖症の鑑別診断
3.5.4 社交不安症/社交不安障害(社交恐怖)の鑑別診断
3.5.5 パニック症/パニック障害の鑑別診断
3.5.6 広場恐怖症の鑑別診断
3.5.7 全般不安症/全般性不安障害の鑑別診断
3.6 強迫症および関連症群/強迫性障害および関連障害群
3.6.1 強迫症/強迫性障害の鑑別診断
3.6.2 醜形恐怖症/身体醜形障害の鑑別診断
3.6.3 ためこみ症の鑑別診断
3.6.4 抜毛症の鑑別診断
3.6.5 皮膚むしり症の鑑別診断
3.7 心的外傷およびストレス因関連障害群
3.7.1 心的外傷後ストレス障害または急性ストレス障害の鑑別診断
3.7.2 適応障害の鑑別診断
3.8 解離症群/解離性障害群
3.8.1 解離性健忘の鑑別診断
3.8.2 離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害の鑑別診断
3.9 身体症状症および関連症群
3.9.1 身体症状症の鑑別診断
3.9.2 病気不安症の鑑別診断
3.9.3 変換症/転換性障害(機能性神経症状症)の鑑別診断
3.9.4 他の医学的疾患に影響する心理的要因の鑑別診断
3.9.5 作為症/虚偽性障害の鑑別診断
3.10 食行動障害および摂食障害群
3.10.1 回避・制限性食物摂取症/回避・制限性食物摂取障害の鑑別診断
3.10.2 神経性やせ症/神経性無食欲症の鑑別診断
3.10.3 神経性過食症/神経性大食症の鑑別診断
3.10.4 過食性障害の鑑別診断
3.11 睡眠-覚醒障害群
3.11.1 不眠障害の鑑別診断
3.11.2 過眠障害の鑑別診断
3.12 性機能不全群
3.12.1 性機能不全群の鑑別診断
3.13 性別違和
3.13.1 性別違和の鑑別診断
3.14 秩序破壊的・衝動制御・素行症群
3.14.1 反抗挑発症/反抗挑戦性障害の鑑別診断
3.14.2 間欠爆発症/間欠性爆発性障害の鑑別診断
3.14.3 素行症/素行障害の鑑別診断
3.15 物質関連障害および嗜癖性障害群
3.15.1 物質使用障害群の鑑別診断
3.15.2 ギャンブル障害の鑑別診断
3.16 神経認知障害群
3.16.1 せん妄の鑑別診断
3.16.2 認知症(DSM-5)または軽度認知障害(DSM-5)の鑑別診断
3.17 パーソナリティ障害群
3.17.1 猜疑性パーソナリティ障害/妄想性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.2 シゾイドパーソナリティ障害/スキゾイドパーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.3 統合失調型パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.4 反社会性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.5 境界性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.6 演技性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.7 自己愛性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.8 回避性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.9 依存性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.10 強迫性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.11 他の医学的疾患によるパーソナリティ変化の鑑別診断
3.18 パラフィリア障害群
3.18.1 パラフィリア障害群の鑑別診断
索引
2 系統樹による鑑別診断
2.1 低い学業成績の判定系統樹
2.2 児童または青年における行動の問題の判定系統樹
2.3 発語の障害の判定系統樹
2.4 注意散漫の判定系統樹
2.5 妄想の判定系統樹
2.6 幻覚の判定系統樹
2.7 緊張病性症状の判定系統樹
2.8 高揚した,または開放的な気分の判定系統樹
2.9 易怒的な気分の判定系統樹
2.10 抑うつ気分の判定系統樹
2.11 自殺念慮または自殺行動の判定系統樹
2.12 精神運動制止の判定系統樹
2.13 不安の判定系統樹
2.14 パニック発作の判定系統樹
2.15 回避行動の判定系統樹
2.16 病因に関連する心的外傷または心理社会的ストレス因の判定系統樹
2.17 身体愁訴または病気/外見不安の判定系統樹
2.18 食欲の変化または異常な食行動の判定系統樹
2.19 不眠の判定系統樹
2.20 過眠の判定系統樹
2.21 女性の性機能不全の判定系統樹
2.22 男性の性機能不全の判定系統樹
2.23 攻撃的行動の判定系統樹
2.24 衝動性または衝動制御の問題の判定系統樹
2.25 自傷の判定系統樹
2.26 過度の物質使用の判定系統樹
2.27 記憶喪失の判定系統樹
2.28 認知障害の判定系統樹
2.29 病因となる医学的疾患の判定系統樹
3 表による鑑別診断
3.1 神経発達症群/神経発達障害群
3.1.1 知的能力障害(知的発達症/知的発達障害)の鑑別診断
3.1.2 コミュニケーション症群/コミュニケーション障害群の鑑別診断
3.1.3 自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害の鑑別診断
3.1.4 注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害の鑑別診断
3.1.5 限局性学習症/限局性学習障害の鑑別診断
3.1.6 チック症群/チック障害群の鑑別診断
3.2 統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群
3.2.1 統合失調症または統合失調症様障害の鑑別診断
3.2.2 統合失調感情障害の鑑別診断
3.2.3 妄想性障害の鑑別診断
3.2.4 短期精神病性障害の鑑別診断
3.2.5 特定不能の緊張病の鑑別診断
3.3 双極性障害および関連障害群
3.3.1 双極I型障害の鑑別診断
3.3.2 双極II型障害の鑑別診断
3.3.3 気分循環性障害の鑑別診断
3.4 抑うつ障害群
3.4.1 うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害の鑑別診断
3.4.2 持続性抑うつ障害(気分変調症)の鑑別診断
3.4.3 月経前不快気分障害の鑑別診断
3.4.4 重篤気分調節症の鑑別診断
3.5 不安症群/不安障害群
3.5.1 分離不安症/分離不安障害の鑑別診断
3.5.2 選択性緘黙の鑑別診断
3.5.3 限局性恐怖症の鑑別診断
3.5.4 社交不安症/社交不安障害(社交恐怖)の鑑別診断
3.5.5 パニック症/パニック障害の鑑別診断
3.5.6 広場恐怖症の鑑別診断
3.5.7 全般不安症/全般性不安障害の鑑別診断
3.6 強迫症および関連症群/強迫性障害および関連障害群
3.6.1 強迫症/強迫性障害の鑑別診断
3.6.2 醜形恐怖症/身体醜形障害の鑑別診断
3.6.3 ためこみ症の鑑別診断
3.6.4 抜毛症の鑑別診断
3.6.5 皮膚むしり症の鑑別診断
3.7 心的外傷およびストレス因関連障害群
3.7.1 心的外傷後ストレス障害または急性ストレス障害の鑑別診断
3.7.2 適応障害の鑑別診断
3.8 解離症群/解離性障害群
3.8.1 解離性健忘の鑑別診断
3.8.2 離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害の鑑別診断
3.9 身体症状症および関連症群
3.9.1 身体症状症の鑑別診断
3.9.2 病気不安症の鑑別診断
3.9.3 変換症/転換性障害(機能性神経症状症)の鑑別診断
3.9.4 他の医学的疾患に影響する心理的要因の鑑別診断
3.9.5 作為症/虚偽性障害の鑑別診断
3.10 食行動障害および摂食障害群
3.10.1 回避・制限性食物摂取症/回避・制限性食物摂取障害の鑑別診断
3.10.2 神経性やせ症/神経性無食欲症の鑑別診断
3.10.3 神経性過食症/神経性大食症の鑑別診断
3.10.4 過食性障害の鑑別診断
3.11 睡眠-覚醒障害群
3.11.1 不眠障害の鑑別診断
3.11.2 過眠障害の鑑別診断
3.12 性機能不全群
3.12.1 性機能不全群の鑑別診断
3.13 性別違和
3.13.1 性別違和の鑑別診断
3.14 秩序破壊的・衝動制御・素行症群
3.14.1 反抗挑発症/反抗挑戦性障害の鑑別診断
3.14.2 間欠爆発症/間欠性爆発性障害の鑑別診断
3.14.3 素行症/素行障害の鑑別診断
3.15 物質関連障害および嗜癖性障害群
3.15.1 物質使用障害群の鑑別診断
3.15.2 ギャンブル障害の鑑別診断
3.16 神経認知障害群
3.16.1 せん妄の鑑別診断
3.16.2 認知症(DSM-5)または軽度認知障害(DSM-5)の鑑別診断
3.17 パーソナリティ障害群
3.17.1 猜疑性パーソナリティ障害/妄想性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.2 シゾイドパーソナリティ障害/スキゾイドパーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.3 統合失調型パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.4 反社会性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.5 境界性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.6 演技性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.7 自己愛性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.8 回避性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.9 依存性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.10 強迫性パーソナリティ障害の鑑別診断
3.17.11 他の医学的疾患によるパーソナリティ変化の鑑別診断
3.18 パラフィリア障害群
3.18.1 パラフィリア障害群の鑑別診断
索引
書評
開く
DSM-5を実臨床で使用するにおいて必携の書
書評者: 渡邊 衡一郎 (杏林大学医学部教授・精神神経科学)
2013年,米国精神医学会(APA)よりDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition(DSM-5)が発表され,翌2014年に日本語版が紹介された。しかしながら,現状はわが国でまだ広く浸透したとはいえず,いまだにその変更点,利点あるいは問題点についての特集が学術雑誌で組まれるほどである。
それはなぜだろうか。わが国の診断でこれまでより重んじられて来たのが世界保健機関(WHO)による国際疾病分類(ICD)であることも影響しているだろうが,それ以上に今回疾患カテゴリー群があまりに増えすぎてしまい鑑別が難しい,あるいはいまだに各カテゴリーがどのようなものか不明な点が多いことなどが理由として挙げられる。またわが国の精神科医は「うつ状態」「不安状態」など,旧来からの状態像診断が好きなことも一因として考えられる。
そのような状況で上梓された本書は,まずはパニック発作,高揚した気分,妄想,記憶喪失など状態像から入り,その後いくつもの鑑別を樹系図式に行うことで適切な診断が下せ,状態像から最終的にDSM-5診断に結び付けることが可能となっている。上述のわが国の精神科医の思考・判断パターンに合致した対応が可能となるのである。
評者も実際に本書でたどってみたが,不安症の見落としに気づき,へぇとうなったほどである。またそれぞれ各疾患カテゴリーの鑑別をどうするかが分かり,そのことによって診断ポイントを改めて学べることも可能となっている。
DSM-5には問題はまだあるものの,あまりに雑駁であった診断がこれまでより詳細に描写できるようになった。本書は研修医や若手医師にとって,診療をしていく上で必要不可欠となる診断を適切に下す際に極めて参考になるとともに,いまだDSM-5をきちんと読破していない,理解しきれていない医師にもぜひ薦めたい。もちろん,DSM-5を既に使っている医師が今一度確認のために使用するのにも重宝するだろう。本書は,あらゆる臨床医にとって必携の書と考える。
DSM-5診断に行きつくための道しるべ
書評者: 上野 修一 (愛媛大教授・精神科)
DSMは,すでに精神科診断の国際共通言語として,通常の診療,教育,研究に欠かせないツールとなっている。2013年5月に19年ぶりに第5版が発表され,翌年に日本語版が刊行された。だが,まだ,DSM-5診断に戸惑っている精神科医は少なくないのではないだろうか。
本書は,2014年に発表された“DSM-5 Handbook of Differential Diagnosis”の日本語訳である。『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』(以下,『DSM-5マニュアル』)と大きく異なる点は,症状から診断に行きつく,いわゆるDSMの「逆引き」本であることにある。加えて,鑑別診断が見通せる俯瞰的情報も載っており,すでに出版されている『DSM-5マニュアル』や『DSM-5精神疾患の分類と診断の手引』(ミニD)と組み合わせると,DSM-5に基づく診断が双方向性に行えるようになっている。
この本は3章からなる。まず第1章では,「段階的な鑑別診断」を論じる。6つの鑑別診断におけるコツを示す。段階1は「患者が自分の症状の性質や重症度に正直でなかったら,正確な精神医学的診断に到達する臨床家の能力の意味もなくなるので,第1の段階は詐病と作為症を除外する」と書き始めているが,精神科の基本「(正確に症状が訴えることができない)意識障害を見逃せば,精神疾患を診断できない」ことと同義であると思う。このように忘れてはならない基本的素養から始まり,段階3では,「DSMでは,もはや器質的,身体的,および機能的という言葉は使用しない」と示し,精神疾患の背景に明確な脳の質的変化があるとの現代精神医学の考え方を支持している。そして,第1章のまとめとして,具体的な症例を挙げ,この本の使い方について詳細に説明する。
第2章では「系統樹による鑑別診断」を示す。まずは,状態像を理解するためのサマリーを提示した後,どの系統樹からスタートしても,使用方法を理解さえしていれば,操作的診断に行きつくように作成されている。
第3章では,DSM-5に挙げられている疾患名から考えられる鑑別診断を網羅しており,確定診断の助けとなる編集である。加えて,『DSM-5マニュアル』の参照ページを記載しているため,すぐに逆方向的に確認できる点はありがたい。
訳者の序では,この本は「構造化面接」の著者として有名なMichael B. First教授が,『DSM-5マニュアル』に入っていない判定系統樹を作成し,フローチャートにより診断に行きつくようまとめたと書かれている。しかし,内容はDSM-5の考え方が色濃く反映され,後進を育成しようとする視点も大きいようだ。本書は『DSM-5マニュアル』と照らし合わせて読み進めることが前提にあるが,これらに加え『DSM-5診断面接ポケットマニュアル』を参照すると,さらにDSM-5に流れる診断の考え方が理解できると思う。何かと議論のあるDSM-5だが,精神科医として避けては通れない国際的診断基準であり,まずはその哲学を理解することが,臨床家の技能向上に役立つように思えてならない。本書のために出資しても,十分におつりがくることは保証させていただく。
書評者: 渡邊 衡一郎 (杏林大学医学部教授・精神神経科学)
2013年,米国精神医学会(APA)よりDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition(DSM-5)が発表され,翌2014年に日本語版が紹介された。しかしながら,現状はわが国でまだ広く浸透したとはいえず,いまだにその変更点,利点あるいは問題点についての特集が学術雑誌で組まれるほどである。
それはなぜだろうか。わが国の診断でこれまでより重んじられて来たのが世界保健機関(WHO)による国際疾病分類(ICD)であることも影響しているだろうが,それ以上に今回疾患カテゴリー群があまりに増えすぎてしまい鑑別が難しい,あるいはいまだに各カテゴリーがどのようなものか不明な点が多いことなどが理由として挙げられる。またわが国の精神科医は「うつ状態」「不安状態」など,旧来からの状態像診断が好きなことも一因として考えられる。
そのような状況で上梓された本書は,まずはパニック発作,高揚した気分,妄想,記憶喪失など状態像から入り,その後いくつもの鑑別を樹系図式に行うことで適切な診断が下せ,状態像から最終的にDSM-5診断に結び付けることが可能となっている。上述のわが国の精神科医の思考・判断パターンに合致した対応が可能となるのである。
評者も実際に本書でたどってみたが,不安症の見落としに気づき,へぇとうなったほどである。またそれぞれ各疾患カテゴリーの鑑別をどうするかが分かり,そのことによって診断ポイントを改めて学べることも可能となっている。
DSM-5には問題はまだあるものの,あまりに雑駁であった診断がこれまでより詳細に描写できるようになった。本書は研修医や若手医師にとって,診療をしていく上で必要不可欠となる診断を適切に下す際に極めて参考になるとともに,いまだDSM-5をきちんと読破していない,理解しきれていない医師にもぜひ薦めたい。もちろん,DSM-5を既に使っている医師が今一度確認のために使用するのにも重宝するだろう。本書は,あらゆる臨床医にとって必携の書と考える。
DSM-5診断に行きつくための道しるべ
書評者: 上野 修一 (愛媛大教授・精神科)
DSMは,すでに精神科診断の国際共通言語として,通常の診療,教育,研究に欠かせないツールとなっている。2013年5月に19年ぶりに第5版が発表され,翌年に日本語版が刊行された。だが,まだ,DSM-5診断に戸惑っている精神科医は少なくないのではないだろうか。
本書は,2014年に発表された“DSM-5 Handbook of Differential Diagnosis”の日本語訳である。『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』(以下,『DSM-5マニュアル』)と大きく異なる点は,症状から診断に行きつく,いわゆるDSMの「逆引き」本であることにある。加えて,鑑別診断が見通せる俯瞰的情報も載っており,すでに出版されている『DSM-5マニュアル』や『DSM-5精神疾患の分類と診断の手引』(ミニD)と組み合わせると,DSM-5に基づく診断が双方向性に行えるようになっている。
この本は3章からなる。まず第1章では,「段階的な鑑別診断」を論じる。6つの鑑別診断におけるコツを示す。段階1は「患者が自分の症状の性質や重症度に正直でなかったら,正確な精神医学的診断に到達する臨床家の能力の意味もなくなるので,第1の段階は詐病と作為症を除外する」と書き始めているが,精神科の基本「(正確に症状が訴えることができない)意識障害を見逃せば,精神疾患を診断できない」ことと同義であると思う。このように忘れてはならない基本的素養から始まり,段階3では,「DSMでは,もはや器質的,身体的,および機能的という言葉は使用しない」と示し,精神疾患の背景に明確な脳の質的変化があるとの現代精神医学の考え方を支持している。そして,第1章のまとめとして,具体的な症例を挙げ,この本の使い方について詳細に説明する。
第2章では「系統樹による鑑別診断」を示す。まずは,状態像を理解するためのサマリーを提示した後,どの系統樹からスタートしても,使用方法を理解さえしていれば,操作的診断に行きつくように作成されている。
第3章では,DSM-5に挙げられている疾患名から考えられる鑑別診断を網羅しており,確定診断の助けとなる編集である。加えて,『DSM-5マニュアル』の参照ページを記載しているため,すぐに逆方向的に確認できる点はありがたい。
訳者の序では,この本は「構造化面接」の著者として有名なMichael B. First教授が,『DSM-5マニュアル』に入っていない判定系統樹を作成し,フローチャートにより診断に行きつくようまとめたと書かれている。しかし,内容はDSM-5の考え方が色濃く反映され,後進を育成しようとする視点も大きいようだ。本書は『DSM-5マニュアル』と照らし合わせて読み進めることが前提にあるが,これらに加え『DSM-5診断面接ポケットマニュアル』を参照すると,さらにDSM-5に流れる診断の考え方が理解できると思う。何かと議論のあるDSM-5だが,精神科医として避けては通れない国際的診断基準であり,まずはその哲学を理解することが,臨床家の技能向上に役立つように思えてならない。本書のために出資しても,十分におつりがくることは保証させていただく。
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