ほんとうに確かなことから考える妊娠・出産の話
コクランレビューからひもとく
「確かなこと」を共有し、話し合おう
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医療や健康の分野で最も信頼性が高いと言われている情報源であるコクランレビュー。本書では、その中から妊娠・出産にかかわるものを集め、紹介している。適度な距離感をもって、医療や健康の情報とつきあうために。妊産婦さんにとってのよりよい診療・ケアを考える、話し合いを始めるためのツールとなる1冊。
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- 序文
- 目次
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序文
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はじめに
この本は,妊娠・出産に関して,「これはある程度確かなことだ」ということを示したうえで,実際にはどのように考えればよいのか,ということをお伝えしたいと考える中で生まれました。主に,一般の日常診療に従事している産科・小児科の医師や,助産師・看護師などの医療従事者に向けて,また,少し深く勉強してみたいと考えている一般の方,妊娠している女性とその家族を念頭において執筆しています。
ひとくちに「確かなこと」といっても,その「確からしさ」にはピンからキリまでいろいろあります。今回は,「コクランレビュー」という,医療や健康の分野で最も信頼性が高いとされている国際的な組織でまとめた情報を紹介しています。全医療分野にまたがる10,000件近いコクランレビューから,妊娠・出産にかかわるものを集め,その中でも高度に医療的ではないもの,医療介入が多くは入らずに進行している(した)妊娠・出産に関して取り上げた内容は,ほぼすべて紹介するようにしました。
「確かなこと」を考えるときの情報源
コクランとは,医療や健康にかかわる現場での判断をお手伝いするために,企業などから影響を受けない形で,できるだけ客観的な情報を集めてまとめ,それを公表している,医療者,研究者,市民からなる国際的な集まりです。1992年に設立され,25年を超える歴史をもつ組織です。設立当初は,権威主義的な医療を市民に取り戻し,客観的な情報(根拠)に基づく医療を樹立するための改革運動として始まりましたが,今では,どこの国の医療現場においても参照される,医療のスタンダードになりました。この「客観的な情報のまとめ方(=系統的レビューといいます)」を考えて確立したのが,コクランであり,その核にある考え方「根拠に基づく医療」は,近年の医療分野の十大発明にも数えられています。
「確かなこと」と適切な距離感をもつ
さて,実際に私たちは,この「確かなこと」とどのように付き合うべきでしょうか。
私たち1人ひとりは,妊娠・出産にかかわる現場においても,すべて異なる身体と異なる社会やつながりの中で暮らしています。この本で紹介している「確かなこと」も,ある属性で個人を集めた集団としてみた場合に言えることであって,1人ひとりに100%合致するというわけではありません。しかしながら,その属性をある程度の人が持っているのも事実です。このため,日常の現場で判断をする際には,「確かなこと」とのつかず離れずの適切な距離感が重要になってきます。「確かなこと」との距離感を念頭におき,そのうえで,医療従事者と市民(あるいは妊産婦やその家族)が話をするときの共有のツールとして,この本をお使いいただけるとよいのではないかと思います。
実際に各章を読み進めていくと,「確かなこと」というものは実のところあまりない,ということがわかると思います。さまざまな専門家が,それぞれに「こうだ」という意見を持っていますが,案外,誰もがみな納得するような事実というのは少ないものです。
読み進める中で,自分の常識と異なることがあれば,一度立ち止まって自分の常識を疑ってみる,あるいは,示されている研究結果に本当に間違いがないのか考えてみることもよいでしょう。また,示されている研究結果が自分の常識に合うのであれば,その常識に一層自信を持って,日々の診療やケアにいかしていくというようにも活用いただけるのではないかと思います。
2018年2月
著者を代表して 森 臨太郎
この本は,妊娠・出産に関して,「これはある程度確かなことだ」ということを示したうえで,実際にはどのように考えればよいのか,ということをお伝えしたいと考える中で生まれました。主に,一般の日常診療に従事している産科・小児科の医師や,助産師・看護師などの医療従事者に向けて,また,少し深く勉強してみたいと考えている一般の方,妊娠している女性とその家族を念頭において執筆しています。
ひとくちに「確かなこと」といっても,その「確からしさ」にはピンからキリまでいろいろあります。今回は,「コクランレビュー」という,医療や健康の分野で最も信頼性が高いとされている国際的な組織でまとめた情報を紹介しています。全医療分野にまたがる10,000件近いコクランレビューから,妊娠・出産にかかわるものを集め,その中でも高度に医療的ではないもの,医療介入が多くは入らずに進行している(した)妊娠・出産に関して取り上げた内容は,ほぼすべて紹介するようにしました。
「確かなこと」を考えるときの情報源
コクランとは,医療や健康にかかわる現場での判断をお手伝いするために,企業などから影響を受けない形で,できるだけ客観的な情報を集めてまとめ,それを公表している,医療者,研究者,市民からなる国際的な集まりです。1992年に設立され,25年を超える歴史をもつ組織です。設立当初は,権威主義的な医療を市民に取り戻し,客観的な情報(根拠)に基づく医療を樹立するための改革運動として始まりましたが,今では,どこの国の医療現場においても参照される,医療のスタンダードになりました。この「客観的な情報のまとめ方(=系統的レビューといいます)」を考えて確立したのが,コクランであり,その核にある考え方「根拠に基づく医療」は,近年の医療分野の十大発明にも数えられています。
「確かなこと」と適切な距離感をもつ
さて,実際に私たちは,この「確かなこと」とどのように付き合うべきでしょうか。
私たち1人ひとりは,妊娠・出産にかかわる現場においても,すべて異なる身体と異なる社会やつながりの中で暮らしています。この本で紹介している「確かなこと」も,ある属性で個人を集めた集団としてみた場合に言えることであって,1人ひとりに100%合致するというわけではありません。しかしながら,その属性をある程度の人が持っているのも事実です。このため,日常の現場で判断をする際には,「確かなこと」とのつかず離れずの適切な距離感が重要になってきます。「確かなこと」との距離感を念頭におき,そのうえで,医療従事者と市民(あるいは妊産婦やその家族)が話をするときの共有のツールとして,この本をお使いいただけるとよいのではないかと思います。
実際に各章を読み進めていくと,「確かなこと」というものは実のところあまりない,ということがわかると思います。さまざまな専門家が,それぞれに「こうだ」という意見を持っていますが,案外,誰もがみな納得するような事実というのは少ないものです。
読み進める中で,自分の常識と異なることがあれば,一度立ち止まって自分の常識を疑ってみる,あるいは,示されている研究結果に本当に間違いがないのか考えてみることもよいでしょう。また,示されている研究結果が自分の常識に合うのであれば,その常識に一層自信を持って,日々の診療やケアにいかしていくというようにも活用いただけるのではないかと思います。
2018年2月
著者を代表して 森 臨太郎
目次
開く
はじめに
系統的レビューとコクランレビュー
妊娠中~産褥期の医療サポート
・妊婦健診・指導
自身の妊娠についての医学的な記録をもつこと
妊婦健診の回数
妊娠中の指導を個別に行なうか,集団で行なうか
妊婦健診を集団で行なうこと
・出産場所
医療介入を最小限にするような場所での出産
助産師が主導する妊娠・出産・産褥ケア
自宅分娩
・継続したサポート体制
電話による妊娠中や産褥期のサポート
妊娠・出産期間中の継続したケアの提供
出産後に健康な母子の早期退院
妊娠中~産褥期の栄養
・栄養管理
妊娠中の摂取カロリーとタンパク質
妊娠前後の葉酸投与
妊娠中の葉酸投与
妊娠中の塩分制限
妊娠中のビタミンA投与
妊娠中のビタミンC投与
妊娠中のビタミンD投与
妊娠中のビタミンE投与
カルシウム投与と妊娠高血圧症候群
妊娠中のカルシウム投与
妊娠中の亜鉛投与
産後の食事や運動
・体重管理
妊娠中の有酸素運動
肥満妊婦の体重増加を防ぐ方法
体重減少を目的とした胃バンディング術
妊娠糖尿病を予防するための運動
・嗜好品の摂取
社会心理的な方法による妊娠中の禁煙
ニコチン置換療法を含めた薬物による妊娠中の禁煙
妊娠中の飲酒制限
妊娠中のカフェイン摂取
妊娠後期~分娩期のケア
・早産の予防
早産につながるリスクの評価方法
自宅での陣痛監視
超音波を使用した子宮頸管の評価
胎児性フィブロネクチンの測定
下部生殖器官の感染症のスクリーニングと治療
単胎妊婦への経口β受容体刺激薬の予防的投与
双胎妊婦への経口β受容体刺激薬の予防的投与
シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害薬の投与
プロゲステロンの投与
細菌性腟症への抗菌薬の投与
プロバイオティクスの投与
ペッサリーの使用
子宮頸管縫縮術
ベッド上安静
リラクゼーション
特殊外来の設置
妊娠中の支援
・骨盤位のケア
妊娠37週以前の外回転術の効果
妊娠満期時の外回転術の効果
外回転術に補足的に行なう診療の効果
さまざまな体位変化による骨盤位の矯正効果
妊娠後期や分娩中の膝胸位の効果
お灸の効果
予定帝王切開の効果
迅速経腟分娩と通常の経腟分娩
・多胎妊娠への対応
多胎妊娠専用の健診プログラム
多胎妊娠における栄養
入院やベッド上安静による早産予防
子宮頸管縫縮術による早産予防
経口β受容体刺激薬の予防的投与
早期に分娩を開始すること
妊娠37週時点での分娩
予定帝王切開
早産の双生児を同じコットでケアする効果
不妊治療の方法
出産に関するさまざまなルーチン
【剃毛】
【浣腸】
【分娩中の入浴と水中出産】
【分娩第1期における姿勢】
【分娩第2期の姿勢】
【パルトグラム(分娩進行表)の使用】
【内診】
【分娩中の食事や水分制限】
【分娩中に起こるケトーシス】
【点滴補液による分娩時間の短縮】
【会陰裂傷を予防する介入】
【会陰切開】
母子のメンタルヘルスケア
・妊娠早期からのケア
妊娠中・出産後のメンタルヘルスの評価
社会心理学的・心理学的な方法による妊娠うつ病の治療
マッサージ,鍼治療,光療法,ω-3脂肪酸による妊娠うつ病の治療
産後うつの予防
社会心理学的・心理学的な産後うつの治療
抗うつ薬による産後うつ病の治療
ホルモン療法による産後うつの予防・治療
妊婦への家庭内暴力の予防・軽減
・産後の継続支援
産後の母児関係形成
集団で行なうペアレンティング・トレーニング
ベビーマッサージの効果
親のメンタルヘルス
若年出産の親のメンタルヘルス
赤ちゃんのケアと子育て
・母乳育児
母乳哺育開始の方法
早期皮膚接触の効果
母子同室の影響
自律哺乳の影響
カップ授乳の効果
おしゃぶりの影響
搾乳方法
水分摂取量と母乳
離乳食の開始
完全母乳哺育の期間とアレルギー性疾患発症
母乳哺育中の食事制限
長鎖多価不飽和脂肪酸摂取の影響
経口避妊薬の影響
母乳哺育促進のための制度
支援による母乳哺育期間の延長
乳房ケアの効果
産後乳腺炎の予防法
・皮膚ケア
おむつかぶれ
おむつかぶれの治療法
とびひ
栄養補助によるアトピー性皮膚炎の治療
プロバイオティクスによる湿疹治療
食事制限によるアトピー性皮膚炎の治療
アトピー性皮膚炎をもつ子どもたちへの心理教育的介入
・発達支援
言語発達遅延や障害への治療介入
ディスレキシア
自閉症スペクトラムに対する早期行動療法
親による早期介入
ソーシャルスキル向上のための介入
音楽療法
心の理論認知モデルによる介入
グルテン,カゼイン除去食
ω-3脂肪酸補助療法
ビタミンB6およびマグネシウム補助療法
鍼指圧治療
ADHDに対するペアレンティング・トレーニング
家族療法
ソーシャルスキル介入
おわりに
索引
系統的レビューとコクランレビュー
妊娠中~産褥期の医療サポート
・妊婦健診・指導
自身の妊娠についての医学的な記録をもつこと
妊婦健診の回数
妊娠中の指導を個別に行なうか,集団で行なうか
妊婦健診を集団で行なうこと
・出産場所
医療介入を最小限にするような場所での出産
助産師が主導する妊娠・出産・産褥ケア
自宅分娩
・継続したサポート体制
電話による妊娠中や産褥期のサポート
妊娠・出産期間中の継続したケアの提供
出産後に健康な母子の早期退院
妊娠中~産褥期の栄養
・栄養管理
妊娠中の摂取カロリーとタンパク質
妊娠前後の葉酸投与
妊娠中の葉酸投与
妊娠中の塩分制限
妊娠中のビタミンA投与
妊娠中のビタミンC投与
妊娠中のビタミンD投与
妊娠中のビタミンE投与
カルシウム投与と妊娠高血圧症候群
妊娠中のカルシウム投与
妊娠中の亜鉛投与
産後の食事や運動
・体重管理
妊娠中の有酸素運動
肥満妊婦の体重増加を防ぐ方法
体重減少を目的とした胃バンディング術
妊娠糖尿病を予防するための運動
・嗜好品の摂取
社会心理的な方法による妊娠中の禁煙
ニコチン置換療法を含めた薬物による妊娠中の禁煙
妊娠中の飲酒制限
妊娠中のカフェイン摂取
妊娠後期~分娩期のケア
・早産の予防
早産につながるリスクの評価方法
自宅での陣痛監視
超音波を使用した子宮頸管の評価
胎児性フィブロネクチンの測定
下部生殖器官の感染症のスクリーニングと治療
単胎妊婦への経口β受容体刺激薬の予防的投与
双胎妊婦への経口β受容体刺激薬の予防的投与
シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害薬の投与
プロゲステロンの投与
細菌性腟症への抗菌薬の投与
プロバイオティクスの投与
ペッサリーの使用
子宮頸管縫縮術
ベッド上安静
リラクゼーション
特殊外来の設置
妊娠中の支援
・骨盤位のケア
妊娠37週以前の外回転術の効果
妊娠満期時の外回転術の効果
外回転術に補足的に行なう診療の効果
さまざまな体位変化による骨盤位の矯正効果
妊娠後期や分娩中の膝胸位の効果
お灸の効果
予定帝王切開の効果
迅速経腟分娩と通常の経腟分娩
・多胎妊娠への対応
多胎妊娠専用の健診プログラム
多胎妊娠における栄養
入院やベッド上安静による早産予防
子宮頸管縫縮術による早産予防
経口β受容体刺激薬の予防的投与
早期に分娩を開始すること
妊娠37週時点での分娩
予定帝王切開
早産の双生児を同じコットでケアする効果
不妊治療の方法
出産に関するさまざまなルーチン
【剃毛】
【浣腸】
【分娩中の入浴と水中出産】
【分娩第1期における姿勢】
【分娩第2期の姿勢】
【パルトグラム(分娩進行表)の使用】
【内診】
【分娩中の食事や水分制限】
【分娩中に起こるケトーシス】
【点滴補液による分娩時間の短縮】
【会陰裂傷を予防する介入】
【会陰切開】
母子のメンタルヘルスケア
・妊娠早期からのケア
妊娠中・出産後のメンタルヘルスの評価
社会心理学的・心理学的な方法による妊娠うつ病の治療
マッサージ,鍼治療,光療法,ω-3脂肪酸による妊娠うつ病の治療
産後うつの予防
社会心理学的・心理学的な産後うつの治療
抗うつ薬による産後うつ病の治療
ホルモン療法による産後うつの予防・治療
妊婦への家庭内暴力の予防・軽減
・産後の継続支援
産後の母児関係形成
集団で行なうペアレンティング・トレーニング
ベビーマッサージの効果
親のメンタルヘルス
若年出産の親のメンタルヘルス
赤ちゃんのケアと子育て
・母乳育児
母乳哺育開始の方法
早期皮膚接触の効果
母子同室の影響
自律哺乳の影響
カップ授乳の効果
おしゃぶりの影響
搾乳方法
水分摂取量と母乳
離乳食の開始
完全母乳哺育の期間とアレルギー性疾患発症
母乳哺育中の食事制限
長鎖多価不飽和脂肪酸摂取の影響
経口避妊薬の影響
母乳哺育促進のための制度
支援による母乳哺育期間の延長
乳房ケアの効果
産後乳腺炎の予防法
・皮膚ケア
おむつかぶれ
おむつかぶれの治療法
とびひ
栄養補助によるアトピー性皮膚炎の治療
プロバイオティクスによる湿疹治療
食事制限によるアトピー性皮膚炎の治療
アトピー性皮膚炎をもつ子どもたちへの心理教育的介入
・発達支援
言語発達遅延や障害への治療介入
ディスレキシア
自閉症スペクトラムに対する早期行動療法
親による早期介入
ソーシャルスキル向上のための介入
音楽療法
心の理論認知モデルによる介入
グルテン,カゼイン除去食
ω-3脂肪酸補助療法
ビタミンB6およびマグネシウム補助療法
鍼指圧治療
ADHDに対するペアレンティング・トレーニング
家族療法
ソーシャルスキル介入
おわりに
索引
書評
開く
ルーチンケアや新たな課題への再考を促す一冊
書評者: 福井 トシ子 (日本看護協会会長)
コクランは,「1992年に設立され,25年を超える歴史をもつ組織」であり,その核になる考え方である「根拠に基づく医療」は,「近年の医療分野の十大発明にも数えられて」(本書p.iii,「はじめに」より)いるという。そのような情報源をベースとして書かれた,本書のような存在を待っていた周産期医療関係者,特に助産師は少なくないと思う。どの章も大変興味深く,参考になる。ここでは,出産時のケア,ルーチンに焦点を当てて,紹介してみたいと思う。
「出産に関するさまざまなルーチン」の中で,剃毛や浣腸は「妊産婦の心理的負荷は大きいが,明らかなメリットはない」と記載され,著者は「日本においても,近年では『ルーチンでの剃毛や浣腸はせず,必要に応じて行う』という方針の産婦人科が増えている」と述べている(p.56)。
90年以前,わが国の分娩周辺は,分娩時の導尿や浣腸がルーチンケアと称され,当たり前に行われていた。産婦が入院すると,医師は分娩監視装置装着,浣腸,導尿,剃毛というスタンプを押して入院指示をするところもあったと聞く。助産の教科書にも,初経産別に分娩時に浣腸を行う時期が記載されていた。
95年4月,前WHOヨーロッパ地域事務局女性と子どもの健康部長(当時)のマースデン・ワグナー氏が,『手術と見なされる出産』と題して,医師が剃毛,浣腸,会陰切開をする理由を述べている1)。その中で,「妊娠は疾病ではない。ところが医師は,診断と治療を頻繁に要する重い病気であるかのように妊娠を管理していくのである。出産は外科的処置を要するものでもない」と,出産が手術と見なされている状況を指摘し,WHOの調査からもこうしたルーチンワークが不要であるとしている。
また,2003年10月,第106回関東連合産婦人科学会学術集会において,石井廣重氏ら(石井第一産科婦人科クリニック)が,『WHO 59カ条による医療介入の少ないお産を目指して』という講演の中で,「今や如何にローリスク妊婦に,快適で安全なお産を提供する事に我々は重きを置かなかったか,と反省する時期に来ているのではないでしょうか。(中略)WHOの59か条にしたがって『如何に安全に医療介入のないお産を達成するか』を日常診療の目標としております。BFHに認定されてからの当院の分娩形態を報告し,どうしたらローリスクのお産を医療介入なしで終わることができるかを考えてみたいと思います」と述べている2)。
分娩時のルーチンケアとしての導尿や浣腸が不要と論じられてから,すでに20年。本書で紹介されているレビューは,剃毛は14年,浣腸は13年に更新されたものである。本書が,全ての分娩施設において,ルーチンの剃毛や浣腸は不要という方針にかじを切り,加速するためのパワーとなることを期待したい。
本書はコクランレビューをテーマ別に分類し掲載しているだけではなく,その後にまとめられた著者の解説が明快である。レビューを効果的に活用するための示唆を与えてくれる。“よい”と思われるケアをするときに,どのようなしくみや構造が必要なのかを想起することもできるし,その解説から,新たなリサーチクエスチョンを得ることもできる。ぜひ,活用したい一冊である。
●参考文献
1)マースデン・ワグナー著,藤原美幸訳.手術とみなされる出産――医師が剃毛,浣腸,会陰切開をする理由.助産婦雑誌.1995;49(4):293-7.
2)石井廣重,他.WHO 59カ条による医療介入の少ないお産を目指して.日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報.2003;40(3)368.
https://jsog-k.jp/journal/lfx-journal_detail-id-16814.htm
最も信頼性が高い情報源:コクランレビューを産科医だけでなく妊産婦さんやそのご家族に
書評者: 越智 博 (愛媛県立中央病院総合周産期母子医療センター長)
各医学会の診療ガイドラインは,複数の治療選択肢の評価に基づいて,患者ケアの最適化のための重要な医療について,最良の結果をめざした推奨を提示し,患者と医療者の意思決定を支援します。また,最新の臨床研究に基づいた質の高い診療がどのようなものかを明らかにすることによって,患者・家族とのコミュニケーションツールとしての役割を果たし,専門医のみならず,医療者間においても推奨される診療がどのようなものであるかをお互い理解することに貢献するものでもあります。
一方,1992年に英国で設立された「コクラン」は,臨床研究を対象に系統的レビュー(コクランレビュー)を作成し,「根拠に基づく医療(EBM)」を世界に普及してきました。臨床上の疑問を検討した論文を網羅的・系統的に検索し,その結果を統合する系統的レビューを確立しました。これまでに130か国以上の研究者・医療者により,系統的レビューが作成され,臨床上の意思決定はもちろん,世界各国の医療政策に影響を与えています。コクランレビューは医療や健康の分野で最も信頼性が高い情報源で,医療の専門分野でのガイドラインと同様の役割を果たします。
成育医療研究センター政策科学研究部はEBMの推進を行っている日本の先端施設です。部長の森臨太郎先生は,コクラン日本支部であるコクランジャパン代表でもあり,この信頼性の高いコクランレビューの中から,妊娠・出産にかかわるものを集め,本書で紹介しています。妊産婦の過ごし方や医療従事者のケアについて産科医療者・妊産婦・その家族とのお互いのコミュニケーションツールとなるEBMに基づいたこれまでにない素晴らしい内容でいっぱいです。
産科医,助産師,看護師はもちろん,妊娠・出産を迎えるに当たって妊産婦さんとそのご家族にも,この書籍をお勧めしたいと思います。EBMに基づいた知識から妊産婦さんにとってより良い診療・ケアを考えるに当たって非常に有用であるコクランレビューを,ぜひ,お役立てください。
書評者: 福井 トシ子 (日本看護協会会長)
コクランは,「1992年に設立され,25年を超える歴史をもつ組織」であり,その核になる考え方である「根拠に基づく医療」は,「近年の医療分野の十大発明にも数えられて」(本書p.iii,「はじめに」より)いるという。そのような情報源をベースとして書かれた,本書のような存在を待っていた周産期医療関係者,特に助産師は少なくないと思う。どの章も大変興味深く,参考になる。ここでは,出産時のケア,ルーチンに焦点を当てて,紹介してみたいと思う。
「出産に関するさまざまなルーチン」の中で,剃毛や浣腸は「妊産婦の心理的負荷は大きいが,明らかなメリットはない」と記載され,著者は「日本においても,近年では『ルーチンでの剃毛や浣腸はせず,必要に応じて行う』という方針の産婦人科が増えている」と述べている(p.56)。
90年以前,わが国の分娩周辺は,分娩時の導尿や浣腸がルーチンケアと称され,当たり前に行われていた。産婦が入院すると,医師は分娩監視装置装着,浣腸,導尿,剃毛というスタンプを押して入院指示をするところもあったと聞く。助産の教科書にも,初経産別に分娩時に浣腸を行う時期が記載されていた。
95年4月,前WHOヨーロッパ地域事務局女性と子どもの健康部長(当時)のマースデン・ワグナー氏が,『手術と見なされる出産』と題して,医師が剃毛,浣腸,会陰切開をする理由を述べている1)。その中で,「妊娠は疾病ではない。ところが医師は,診断と治療を頻繁に要する重い病気であるかのように妊娠を管理していくのである。出産は外科的処置を要するものでもない」と,出産が手術と見なされている状況を指摘し,WHOの調査からもこうしたルーチンワークが不要であるとしている。
また,2003年10月,第106回関東連合産婦人科学会学術集会において,石井廣重氏ら(石井第一産科婦人科クリニック)が,『WHO 59カ条による医療介入の少ないお産を目指して』という講演の中で,「今や如何にローリスク妊婦に,快適で安全なお産を提供する事に我々は重きを置かなかったか,と反省する時期に来ているのではないでしょうか。(中略)WHOの59か条にしたがって『如何に安全に医療介入のないお産を達成するか』を日常診療の目標としております。BFHに認定されてからの当院の分娩形態を報告し,どうしたらローリスクのお産を医療介入なしで終わることができるかを考えてみたいと思います」と述べている2)。
分娩時のルーチンケアとしての導尿や浣腸が不要と論じられてから,すでに20年。本書で紹介されているレビューは,剃毛は14年,浣腸は13年に更新されたものである。本書が,全ての分娩施設において,ルーチンの剃毛や浣腸は不要という方針にかじを切り,加速するためのパワーとなることを期待したい。
本書はコクランレビューをテーマ別に分類し掲載しているだけではなく,その後にまとめられた著者の解説が明快である。レビューを効果的に活用するための示唆を与えてくれる。“よい”と思われるケアをするときに,どのようなしくみや構造が必要なのかを想起することもできるし,その解説から,新たなリサーチクエスチョンを得ることもできる。ぜひ,活用したい一冊である。
●参考文献
1)マースデン・ワグナー著,藤原美幸訳.手術とみなされる出産――医師が剃毛,浣腸,会陰切開をする理由.助産婦雑誌.1995;49(4):293-7.
2)石井廣重,他.WHO 59カ条による医療介入の少ないお産を目指して.日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報.2003;40(3)368.
https://jsog-k.jp/journal/lfx-journal_detail-id-16814.htm
最も信頼性が高い情報源:コクランレビューを産科医だけでなく妊産婦さんやそのご家族に
書評者: 越智 博 (愛媛県立中央病院総合周産期母子医療センター長)
各医学会の診療ガイドラインは,複数の治療選択肢の評価に基づいて,患者ケアの最適化のための重要な医療について,最良の結果をめざした推奨を提示し,患者と医療者の意思決定を支援します。また,最新の臨床研究に基づいた質の高い診療がどのようなものかを明らかにすることによって,患者・家族とのコミュニケーションツールとしての役割を果たし,専門医のみならず,医療者間においても推奨される診療がどのようなものであるかをお互い理解することに貢献するものでもあります。
一方,1992年に英国で設立された「コクラン」は,臨床研究を対象に系統的レビュー(コクランレビュー)を作成し,「根拠に基づく医療(EBM)」を世界に普及してきました。臨床上の疑問を検討した論文を網羅的・系統的に検索し,その結果を統合する系統的レビューを確立しました。これまでに130か国以上の研究者・医療者により,系統的レビューが作成され,臨床上の意思決定はもちろん,世界各国の医療政策に影響を与えています。コクランレビューは医療や健康の分野で最も信頼性が高い情報源で,医療の専門分野でのガイドラインと同様の役割を果たします。
成育医療研究センター政策科学研究部はEBMの推進を行っている日本の先端施設です。部長の森臨太郎先生は,コクラン日本支部であるコクランジャパン代表でもあり,この信頼性の高いコクランレビューの中から,妊娠・出産にかかわるものを集め,本書で紹介しています。妊産婦の過ごし方や医療従事者のケアについて産科医療者・妊産婦・その家族とのお互いのコミュニケーションツールとなるEBMに基づいたこれまでにない素晴らしい内容でいっぱいです。
産科医,助産師,看護師はもちろん,妊娠・出産を迎えるに当たって妊産婦さんとそのご家族にも,この書籍をお勧めしたいと思います。EBMに基づいた知識から妊産婦さんにとってより良い診療・ケアを考えるに当たって非常に有用であるコクランレビューを,ぜひ,お役立てください。