経験型実習教育
看護師をはぐくむ理論と実践
《経験》を自ら意味づける《実習》が、看護師一生の財産になる
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《反省的実践家》ナース育成を支援するため、看護教員ができることは何か。主体的に学ぶ学習者中心のカリキュラムの提供、教員と学生の共同作業で探求する教材化の過程——理論・評価・研修・各領域別/エピソード別事例・有効性の検証に至るまで、六部構成で解説。デューイ、藤岡完治ら先人からの継承知を看護学教育のために昇華して世に贈る、40年学び続ける編者の集大成。
編集 | 安酸 史子 |
---|---|
発行 | 2015年12月判型:B5頁:280 |
ISBN | 978-4-260-02406-8 |
定価 | 3,520円 (本体3,200円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
まえがき
私は専門学校を卒業して3年間の臨床経験の後に,1981年に千葉大学看護学部に一般入試で1学年から入りなおし,看護学を学びなおした.当時は短期大学の卒業生でないと編入ができなかったため,専門学校卒の私が看護大学で学ぶためには,1年から入りなおすしかなかった.民間の救急病院や透析クリニックで平日2回の当直と日曜に日勤の看護師アルバイトをして生活費を稼ぎ,育英会からの奨学金をもらって学生生活を送った.テスト前には4~5人の同級生たちが狭いわが家に泊まりがけで来て勉強会をした.
同級生たちとわからないことを一緒に考え,持ち寄った専門書を紐解きながら,なぜを追究していくディスカッションはものすごく新鮮で楽しかった.専門基礎の学問の知識の深さでは舌を巻く同級生たちが何人もいた.実習が始まると,実習グループの同級生たちからちょっとした質問をたくさん受けるようになった.すでに看護師ライセンスがあり臨床を知っている私は,一緒に実習する同級生でありながらメンターのような役割を担っていたように思う.当時,助手の教員たちも張りつきで実習についてきてくれたので,相談しやすい存在ではあったが,聞きにくいとか恥ずかしいと思うようなちょっとしたことは気軽に聞ける私に聞いてきた.
看護師や教員が叱りつけるような出来事でも,必ず学生なりの理由がある.そのことを言えない学生も多くいた.忙しそうな看護師には報告のタイミングを見つけることがいかに難しいか.一方的に決めつけられると言えなくなってしまう学生がいかに多いか.彼女たちの優秀さを知っているがゆえに,持っている潜在力のすごさと同時に,それを実習の場で発揮することの困難さをまざまざと痛感させられた.私は1人の看護学生の立場で同級生と一緒に実習を経験するなかで,本当に多くの貴重な学びをした.
思い起こせば,新卒すぐの看護師時代にも,スタッフナースとして学生に指導する経験があったが,そのときには,臨床現場で自分が知っていて,役立ったと思うことを,質問の形をとりながら,学生に教え込んでいた.学生は完全に聞くモードになり,教えている私はご満悦だったように思う.学生が困っていることではなく,自分が教えたいことを教えていたが,じょうずに教えているくらいに思っていた.今から考えると恥ずかしいが,「経験型実習教育」と対比して説明している,まさに「指導型」の実習教育をしていたのである.
修士課程では,看護教育学講座に入り,実習教育について研究した.1987年に杉森みど里教授に提出した修士論文「看護学実習における教授=学習過程成立に関する研究」では,看護学実習において教授=学習過程が成立する条件は,一言でいえば,教師が看護学における各科教授法の知識および技能と看護教育学的な視点を有し,それが身についた能力となっていることだと結論づけた.それから再度,臨床看護師として3年間の経験を経て,1990年に私の看護教師人生が始まった.それ以降,私は看護教育学的な視点をもった実習教育のあり方について,私自身の教師経験をもとに追究し続けてきた.
「経験型実習教育」という名称は,1997年に雑誌 『看護教育』 で提唱したのが初めである.それから実習指導者講習会や看護学校,看護大学など研修を依頼された施設で持論を語り,多くの看護教員の生の声を聞き,経験型実習教育の理論と実践についての説明や研修方法をバージョンアップしてきた.日本における看護教育の歴史をたどると,1987年に厚生省から「看護制度検討会報告書」が提出され,21世紀に向けての看護制度改革の基本的方向の検討結果として,看護の大学および大学院の増設,専門看護婦の育成,訪問看護婦の育成,などが提言されている.1992年には,厚生労働省と文部科学省より「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」が制定され,この条文を根拠に看護系4年制大学設置が促進され,看護の高等教育化が急激に進行してきた.経験型実習教育の考え方は,私の個人的な経験の集大成であるとともに,看護基礎教育課程が専門学校から4年制化へと大きくシフトしてきた日本の看護教育界で,時代が求めた考え方ではないかと考えている.
本書の構成は,第一部では経験型実習教育の理論,第二部では理論の展開,第三部では評価について述べた.また,これまでの経験型実習教育についての講義や研修の経験から,具体例を示すことが読者の理解につながると考え,第四部に研修,第五部に事例を多くとりいれた.努力義務化されているファカルティ・ディベロプメント(FD)でぜひ活用していただきたいと希望している.最後に第六部では経験型実習教育の有効性の検証を掲載した.また,本書は遅筆の私1人でなく,多くの仲間たちとの協働作業によって仕上がったものであることを明記しておきたい.励まし続けてくださった編集部青木大祐氏,制作部佐藤博氏にお礼を申し上げたい.
なお,表紙を飾るガーベラの花言葉は「希望」「常に前進」.学び手の無限の可能性に期待して,その緑のつぼみを,開花直前の暗闇を背景としてあしらった.どんな花が咲くのかは学生次第.そのつぼみを上手にひらかせるのが教師の役割ではないだろうか.
2015年10月
安酸史子
私は専門学校を卒業して3年間の臨床経験の後に,1981年に千葉大学看護学部に一般入試で1学年から入りなおし,看護学を学びなおした.当時は短期大学の卒業生でないと編入ができなかったため,専門学校卒の私が看護大学で学ぶためには,1年から入りなおすしかなかった.民間の救急病院や透析クリニックで平日2回の当直と日曜に日勤の看護師アルバイトをして生活費を稼ぎ,育英会からの奨学金をもらって学生生活を送った.テスト前には4~5人の同級生たちが狭いわが家に泊まりがけで来て勉強会をした.
同級生たちとわからないことを一緒に考え,持ち寄った専門書を紐解きながら,なぜを追究していくディスカッションはものすごく新鮮で楽しかった.専門基礎の学問の知識の深さでは舌を巻く同級生たちが何人もいた.実習が始まると,実習グループの同級生たちからちょっとした質問をたくさん受けるようになった.すでに看護師ライセンスがあり臨床を知っている私は,一緒に実習する同級生でありながらメンターのような役割を担っていたように思う.当時,助手の教員たちも張りつきで実習についてきてくれたので,相談しやすい存在ではあったが,聞きにくいとか恥ずかしいと思うようなちょっとしたことは気軽に聞ける私に聞いてきた.
看護師や教員が叱りつけるような出来事でも,必ず学生なりの理由がある.そのことを言えない学生も多くいた.忙しそうな看護師には報告のタイミングを見つけることがいかに難しいか.一方的に決めつけられると言えなくなってしまう学生がいかに多いか.彼女たちの優秀さを知っているがゆえに,持っている潜在力のすごさと同時に,それを実習の場で発揮することの困難さをまざまざと痛感させられた.私は1人の看護学生の立場で同級生と一緒に実習を経験するなかで,本当に多くの貴重な学びをした.
思い起こせば,新卒すぐの看護師時代にも,スタッフナースとして学生に指導する経験があったが,そのときには,臨床現場で自分が知っていて,役立ったと思うことを,質問の形をとりながら,学生に教え込んでいた.学生は完全に聞くモードになり,教えている私はご満悦だったように思う.学生が困っていることではなく,自分が教えたいことを教えていたが,じょうずに教えているくらいに思っていた.今から考えると恥ずかしいが,「経験型実習教育」と対比して説明している,まさに「指導型」の実習教育をしていたのである.
修士課程では,看護教育学講座に入り,実習教育について研究した.1987年に杉森みど里教授に提出した修士論文「看護学実習における教授=学習過程成立に関する研究」では,看護学実習において教授=学習過程が成立する条件は,一言でいえば,教師が看護学における各科教授法の知識および技能と看護教育学的な視点を有し,それが身についた能力となっていることだと結論づけた.それから再度,臨床看護師として3年間の経験を経て,1990年に私の看護教師人生が始まった.それ以降,私は看護教育学的な視点をもった実習教育のあり方について,私自身の教師経験をもとに追究し続けてきた.
「経験型実習教育」という名称は,1997年に雑誌 『看護教育』 で提唱したのが初めである.それから実習指導者講習会や看護学校,看護大学など研修を依頼された施設で持論を語り,多くの看護教員の生の声を聞き,経験型実習教育の理論と実践についての説明や研修方法をバージョンアップしてきた.日本における看護教育の歴史をたどると,1987年に厚生省から「看護制度検討会報告書」が提出され,21世紀に向けての看護制度改革の基本的方向の検討結果として,看護の大学および大学院の増設,専門看護婦の育成,訪問看護婦の育成,などが提言されている.1992年には,厚生労働省と文部科学省より「看護婦等の人材確保の促進に関する法律」が制定され,この条文を根拠に看護系4年制大学設置が促進され,看護の高等教育化が急激に進行してきた.経験型実習教育の考え方は,私の個人的な経験の集大成であるとともに,看護基礎教育課程が専門学校から4年制化へと大きくシフトしてきた日本の看護教育界で,時代が求めた考え方ではないかと考えている.
本書の構成は,第一部では経験型実習教育の理論,第二部では理論の展開,第三部では評価について述べた.また,これまでの経験型実習教育についての講義や研修の経験から,具体例を示すことが読者の理解につながると考え,第四部に研修,第五部に事例を多くとりいれた.努力義務化されているファカルティ・ディベロプメント(FD)でぜひ活用していただきたいと希望している.最後に第六部では経験型実習教育の有効性の検証を掲載した.また,本書は遅筆の私1人でなく,多くの仲間たちとの協働作業によって仕上がったものであることを明記しておきたい.励まし続けてくださった編集部青木大祐氏,制作部佐藤博氏にお礼を申し上げたい.
なお,表紙を飾るガーベラの花言葉は「希望」「常に前進」.学び手の無限の可能性に期待して,その緑のつぼみを,開花直前の暗闇を背景としてあしらった.どんな花が咲くのかは学生次第.そのつぼみを上手にひらかせるのが教師の役割ではないだろうか.
2015年10月
安酸史子
本書の研究には,平成16~17年度科学研究費補助金基盤研究(B),平成18~19年度科学研究費補助金基盤研究(C),平成21~24年度科学研究費補助金基盤研究(B)の交付を受けて実施されたものが含まれている.なお,成果物として下記のDVDを作成した.動画は http://経験型実習.net から視聴可能である.
・経験型実習教育とは(19分24秒)
・ケアリングと経験型実習(16分52秒)
・指導型実習と経験型実習の指導アプローチの違い(14分11秒)
・経験型実習指導教員へのアドバイス(19分55秒)
・経験型実習教育の研修プログラム 事例ビデオ教材(成人看護学編)(12分4秒)
・経験型実習教育の研修プログラム 事例ビデオ教材(老年看護学編)(7分15秒,8分29秒)
・経験型実習教育の研修プログラム 事例ビデオ教材(精神看護学編)(7分30秒,12分6秒)
・経験型実習教育とは(19分24秒)
・ケアリングと経験型実習(16分52秒)
・指導型実習と経験型実習の指導アプローチの違い(14分11秒)
・経験型実習指導教員へのアドバイス(19分55秒)
・経験型実習教育の研修プログラム 事例ビデオ教材(成人看護学編)(12分4秒)
・経験型実習教育の研修プログラム 事例ビデオ教材(老年看護学編)(7分15秒,8分29秒)
・経験型実習教育の研修プログラム 事例ビデオ教材(精神看護学編)(7分30秒,12分6秒)
目次
開く
まえがき
序章 なぜ看護学教育で経験型実習を提唱するのか
第一部 理論
第1章 なぜ経験型実習教育なのか
I 看護学における技術教育論の検討
II 技術教育で育成する学力「経験から学ぶ力」
III 学生にとっての実習教育
IV 教師にとっての実習教育
第2章 経験型実習教育を支える理論
I 発見的学習と斎藤喜博の授業論
II デューイの経験論と実習教育
III ショーンの「反省的実践家」
IV ケアリングと実習教育
V 成人教育学-学生を大人と捉えて教育するには
VI 自己効力理論(1)-学生の自己効力感
VII 学生の自立度に合わせた指導方法
VIII 自己効力理論(2)-教師の自己効力感
第二部 理論の展開
第1章 経験型実習教育の展開
I 経験型実習教育における授業過程モデル
II 「指導型実習教育」と「経験型実習教育」の違い
第2章 円滑に取り入れるための工夫(1) カードメソッドの活用
I 経験型実習教育とカードメソッド
II カードメソッドの方法(手順)
III カードメソッドの教育効果
第3章 円滑に取り入れるための工夫(2) イメージ・マップの活用
I 経験型実習教育とイメージ・マップ
II 老年看護学実習でのイメージ・マップの活用方法
III 老年看護学実習でのイメージ・マップの活用による成果
IV 今後の課題
第三部 評価
第1章 一般教育学における評価の考え方
I 評価について
II 人を育てる評価
III 向上目標の設定
IV 学習評価の機能
V Bottom-upの目標設定
第2章 主体的学びにつなげる評価方法
I 教育的批評モデル
II ルーブリック評価
第3章 経験型実習教育における評価
第四部 研修
第1章 必要とされる能力
I 経験型実習教育に必要な教師の能力
II 経験型実習教育で求められる学生の能力
III 看護教師と臨床指導者の役割分担と共同
第2章 経験型実習教育を行うための能力を伸ばす研修プログラム
I 経験型実習教育における目標
II 経験型実習教育において教師が実施すべきこと
III 経験型実習教育を実施するにあたって必要な教師の力
IV 教師の力を伸ばすワーク
V 経験型実習教育において学生がすべきこと
VI 経験型実習教育を実施するにあたって必要な学生の力
VII 学生のレディネスを整えるワーク
第3章 教材化のためのワークショッププログラム
I 事例の教材化を学ぶワークショップ
II 教員と臨床実習指導者とがともに行う経験型実習教育ワークショップ
III 経験型実習教育教材DVDを使用した展開方法
IV 学生を対象とした経験型実習ワークショッププログラム
第五部 事例
第1章 各領域別の実習展開
I 基礎看護学実習
II 成人看護学実習(慢性期)
III 老年看護学実習
IV 母性看護学実習
V 在宅看護学実習
VI 小児看護学実習
VII 精神看護学実習
第2章 エピソード別の事例展開
I 短大3年,終末期患者への寄り添い
II 大学3年,認知症高齢者との関わり
III 大学3年,成人急性期実習にて
IV 大学3年,難病患児のケアを通して
V 学生グループ,障害の受容から認識へ
VI 海外留学中の大学院生,担当教諭との対話
第六部 有効性の検証
第1章 学生からの評価
第2章 学部卒業生による評価
第3章 学内研修プログラムの評価
第4章 成人看護学実習における教師の実践的力量からみた成果
終章 経験型実習教育の課題と展望
索引
序章 なぜ看護学教育で経験型実習を提唱するのか
第一部 理論
第1章 なぜ経験型実習教育なのか
I 看護学における技術教育論の検討
II 技術教育で育成する学力「経験から学ぶ力」
III 学生にとっての実習教育
IV 教師にとっての実習教育
第2章 経験型実習教育を支える理論
I 発見的学習と斎藤喜博の授業論
II デューイの経験論と実習教育
III ショーンの「反省的実践家」
IV ケアリングと実習教育
V 成人教育学-学生を大人と捉えて教育するには
VI 自己効力理論(1)-学生の自己効力感
VII 学生の自立度に合わせた指導方法
VIII 自己効力理論(2)-教師の自己効力感
第二部 理論の展開
第1章 経験型実習教育の展開
I 経験型実習教育における授業過程モデル
II 「指導型実習教育」と「経験型実習教育」の違い
第2章 円滑に取り入れるための工夫(1) カードメソッドの活用
I 経験型実習教育とカードメソッド
II カードメソッドの方法(手順)
III カードメソッドの教育効果
第3章 円滑に取り入れるための工夫(2) イメージ・マップの活用
I 経験型実習教育とイメージ・マップ
II 老年看護学実習でのイメージ・マップの活用方法
III 老年看護学実習でのイメージ・マップの活用による成果
IV 今後の課題
第三部 評価
第1章 一般教育学における評価の考え方
I 評価について
II 人を育てる評価
III 向上目標の設定
IV 学習評価の機能
V Bottom-upの目標設定
第2章 主体的学びにつなげる評価方法
I 教育的批評モデル
II ルーブリック評価
第3章 経験型実習教育における評価
第四部 研修
第1章 必要とされる能力
I 経験型実習教育に必要な教師の能力
II 経験型実習教育で求められる学生の能力
III 看護教師と臨床指導者の役割分担と共同
第2章 経験型実習教育を行うための能力を伸ばす研修プログラム
I 経験型実習教育における目標
II 経験型実習教育において教師が実施すべきこと
III 経験型実習教育を実施するにあたって必要な教師の力
IV 教師の力を伸ばすワーク
V 経験型実習教育において学生がすべきこと
VI 経験型実習教育を実施するにあたって必要な学生の力
VII 学生のレディネスを整えるワーク
第3章 教材化のためのワークショッププログラム
I 事例の教材化を学ぶワークショップ
II 教員と臨床実習指導者とがともに行う経験型実習教育ワークショップ
III 経験型実習教育教材DVDを使用した展開方法
IV 学生を対象とした経験型実習ワークショッププログラム
第五部 事例
第1章 各領域別の実習展開
I 基礎看護学実習
II 成人看護学実習(慢性期)
III 老年看護学実習
IV 母性看護学実習
V 在宅看護学実習
VI 小児看護学実習
VII 精神看護学実習
第2章 エピソード別の事例展開
I 短大3年,終末期患者への寄り添い
II 大学3年,認知症高齢者との関わり
III 大学3年,成人急性期実習にて
IV 大学3年,難病患児のケアを通して
V 学生グループ,障害の受容から認識へ
VI 海外留学中の大学院生,担当教諭との対話
第六部 有効性の検証
第1章 学生からの評価
第2章 学部卒業生による評価
第3章 学内研修プログラムの評価
第4章 成人看護学実習における教師の実践的力量からみた成果
終章 経験型実習教育の課題と展望
索引
書評
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反省的実践家を育てる臨床実習教育の専門書 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 日高 艶子 (聖マリア学院大学看護学部看護学科 教授)
◆臨床ナースから再び看護学を学ぶ志を貫いた先駆者の歩み
本書は,編者である安酸の千葉大学看護学部の学生時代の経験が発端となり誕生したといえる。編者は,看護専門学校で基礎教育を受け看護師免許を取得し,臨床で看護師としての経験を3年間積み,1981年に千葉大学看護学部に入学する。1980年代の初期に,既に看護師の免許を取得しているにもかかわらず,仕事を辞め再度看護学を学ぶという志の高い看護師が果たしてどれくらいいただろうか。この行動こそが,「生涯学習者」としてのあり方そのものであるといえる。
編者は千葉大学で現役の学生たちと共に看護学を学ぶ過程で,学生たちの潜在能力の高さに気づく。また,特に臨床実習において学生たちが十分に自分の能力を発揮できない状況にあることを知る。
また,看護師として臨床で看護学生の教育に携わったときの自分自身の教育のあり方についても,相手が経験していることに注意深く耳を傾け,相手が自分の経験を通して自分自身で学んでいくことができるような教育ではなく,指導者である自分が,既に知っていることを教えるという,「指導型」の教育をしていたことに気づくのである。
編者が2度目の看護学生時代に出会った,若い同級生たちとの「対話」や,これまでに自分自身が携わってきた看護の基礎教育,とりわけ臨床教育のあり方について反省的思考をもって探求し,これまでの経験を知性的に意味豊かな経験とし,その結果として誕生したのが本書であるといえる。
◆看護の学びに臨床実習がどれほど重要か
本書の構成は,序章,第一部:理論,第二部:理論の展開,第三部:評価,第四部:研修,第五部:事例,第六部:有効性の検証,終章から構成されている。序章には,なぜ「経験型実習教育」なのかについて編者の熱い思いが記述されている。
看護学の基礎教育において編者がいかに臨床実習を重視してきたかが理解できる。編者は,臨床実習について,「教室での講義や演習で習得した理論と看護技術を検証し,それらの現象から本質・理論へ,抽象から再び具体へと繰り返すことによって,看護する能力を高めるために,きわめて重要な授業である」と述べている。そして,この臨床実習の教育内容や方法が看護学教育の質を左右するとも述べ,それゆえ,教育内容が看護学の理論に基づいていることが必要不可欠であると主張している。
序章を踏まえ,第一部,第二部に進むと経験型実習を支える重要な理論として,米国の哲学者であり教育学者であるジョン・デューイの「反省的経験」,それを継承し,教育の場面に応用したドナルド・ショーンの「反省的実践家」そして,ネル・ノディングスに代表される「ケアリング」,米国の教育心理学者アルバート・バンデューラが提唱する「自己効力理論」が説明されている。
さらに先へ進むと,経験型実習事例が領域別に紹介され,読者の理解をサポートしている。経験型実習教育は,学習者自身が経験に意味づけし,その経験の意味を豊かにすることによって,さらに,将来の経験を豊かな経験へと方向づけることが推測され,また,学生たちの「困難を乗り越える力」「対処する能力」つまり,しなやかなパワーを育む教育方法となり得ることが期待される。
本書は,反省的実践家を育てる臨床実習教育の専門書と言え,臨床実習教育に新たな視点をもたらす良書といえる。
(『看護管理』2016年4月号掲載)
臨床現場のケア改善に寄与する教育書 (雑誌『看護教育』より)
書評者: 筒井 真優美 (日本赤十字看護大学国際センター長)
安酸史子氏がなぜ,経験型実習教育に関心を向けたのか。それは氏の学びの経歴に関係する。氏は専門学校を卒業後に臨床を経験し,千葉大学看護学部に1学年から入り直している。同級生と一緒に実習するなかで,「看護師や教員が叱りつけるような出来事でも,必ず学生なりの理由がある。そのことを言えない学生も多くいた」(p. v)ことを,臨床をふまえ,改めて一人の看護学生の立場で学んだのである。学生時代にこうした“学び”への関心が芽生えていたのだ。
そうした思いから,長きにわたる教員生活の結実といえるこの書籍は以下の一文にその哲学が示されている。「経験型実習教育においては,学習者を成人と捉え(成人教育学),教育内容はヒューマンケアリングを志向し,関わりの方法論としてはケアリング及び自己効力理論を基盤にしている。経験型実習教育では,教師は学生が豊かな直接的経験ができるように学習環境を整え,反省的経験の過程が促進されるような学習の場を準備し,学生による探求が進むように援助する。この経験の捉え方はデューイの考え方をもとにしている」(p.52)。
安酸氏は経験型実習教育を,指導型の実習教育と対比して説明している。指導型が「教師の価値観を看護の初学者の学生に学ばせる」ことに対して,経験型は「経験の意味づけによる学生の看護観の形成を援助する」ことを焦点にしている。
経験型実習教育はこうすべきという行動形成ではなく,学生と対話し,学生の経験を大切にしてかかわるのである。すなわち,学生の経験を中心に実習教育が展開している。
具体的には,学生の困っていること,気になっていることをよく聴き,受け止める。学生の強みを見つける。どのような行動をしたら状態が改善すると思っているかを聞き,今後どのような状況になるかの認識を高め,どのような行動をとればよい結果をもたらすのかという期待を高める(pp. 53-56)。しかし,急性期の人々が入院している現場では,現場の状況に教員も飲み込まれ,学生の話をゆっくりと聴くより,現場に迷惑にならないように,そして実習の場を今後も継続して提供してもらえるように行動せざるを得ないというジレンマがある。このような状況も理解しつつ安酸氏は,実習教育では学生の経験に目を向けることの重要性を唱えているのである。
本書は理論,理論の展開,評価,研修,事例,有効性の検証と6部から構成されており,どのように経験型実習教育を展開すればよいかわかりやすい。この著書は,まさに氏の経験の賜物として,安酸氏の強い思いを感じる。この経験型実習教育により,現場がよりよいケアリングの環境になることを期待している。
(『看護教育』2016年3月号掲載)
「人は経験から学ぶ」-新しい看護教育学の実践書
書評者: 浅田 匡 (早大教授・教育実践学)
看護はヒトを相手とする専門職である。医療者として,看護師にはできなければならない看護技術を習得することが求められる。それは,基礎看護学,成人看護学など7つの領域別に固有な看護技術を含め,習得すべき看護技術が言葉で説明され,繰り返し練習(訓練)される。しかしながら,ヒトを相手にするがゆえに,看護には正解はない。看護とは,専門的看護技術に支えられながら,一人ひとりの患者との相互作用において成り立つのであり,看護実践という状況に埋め込まれている。したがって,看護師にはその場での経験に基づく具体的な看護行為が求められる。
本書で示された「経験型実習教育」とは,看護における看護師の経験のリフレクションに焦点を当てた教育プログラムである。指導型とされる,技術伝達と捉えられがちであった看護技術教育を,看護本来の意味から捉え直そうとしているのが経験型実習教育であろう。具体事例が数多く示されているが,そこに共通するのは,看護学生が「できなかったこと」から「考えて,患者にすべきことをやってみて,看護がより良くできる」という学習プロセスである。それを自ら意味づける経験が,正解のない看護場面において患者にとってより良い看護ができるような看護実践力を育成することになるというのが編者の理想であろう。
本書は,「看護ができなかったという経験」から学生自身がその考えに気付き,状況をより詳細に把握する,患者の視点から考える,といったことが自ら考えられるような構成に確かになっている。しかし,看護は行為であり,患者にとってより良い看護行為ができなければならない。その意味で,「経験を意味付ける」ことと,「できる」(行為)ということとをどうつなげていくかは,経験型実習教育の今後の課題であるとともに,看護教育の中心課題でもあるだろう。
しかしながら,経験型実習教育は看護学生の気付き(アウェアネス)のレベルにとどまっているのではないだろうか。この課題に対しては,本書でも指摘されているように,教師の役割が重要となる。看護学生の経験の意味付けを促進する役割とは,非指示的カウンセリングにみられるリフレクターあるいはファシリテーターの役割であろう。すなわち,看護学生の経験を映す鏡の役割である。その意味で,教師と看護学生との相互作用はカウンセリングのプロセスとも読み取れ,そこでは共感や全面的な受容といったスキルが教師には求められている。それゆえ,看護学生の気付きがポイントとなり,看護技術と直結するつながりを本書から直接的に読み取ることは不十分になっているのかもしれない。モデルとしての教師など,教師の役割をさらに検討することが求められよう。
このように,いくつかの課題はあるにせよ,本書は看護師を育てるための実習教育に焦点を当てながら,「人は経験から学ぶ」という考えを基盤とし,看護教育を看護だけではなく教育という視点から体系的に,かつ具体的に示した書である。借り物ではない看護教育学を志向した書であると言えるだろう。
本書で示された資料や具体例に基づき,多様な実習教育が各地で行われ,看護教育学として結実していくことを期待したい。
多様な事例の中に自己を見つける-省察的実践者としての教員の学びを援助する1冊 (雑誌『看護研究』より)
書評者: 前川 幸子 (甲南女子大学看護リハビリテーション学部教授)
近年,看護系大学が急増し,それに伴う教育の質をどのように担保していくのかが課題となっている。そのためのFaculty Developmentの重要性は周知のとおりであるが,中でも重視したいのは,看護学実習教育である。なぜなら,看護の本質を学生と共に考えるアクチュアルな教育現場が,看護学実習だからである。本書は,この看護学実習におけるパラダイム転換を試みた1冊といえる。それは技術的合理性に基づく医学モデルからの脱却であり,学生が自らの看護実践の経験を通して看護の意味を形成していくことを重視した,「経験型実習教育」なのである。
編者であり著者の安酸は,自らの学生時代の看護学実習経験をもとに,教育・研究者として学生と向き合いながら,一貫して「経験型実習」の必要性を著書や論文を通して唱えてきた。学生の経験を基盤とする教育を推奨するのは,本書が「経験から学んでいく力」を「学力」と位置づけることに起因する。進化し続ける医療界に身を置く看護師が,生涯学習者となっていくためにこの力量は欠くことはできない。つまり,新たな知識の習得だけで看護はできず,「これは看護であるか否か」という看護哲学のもと,患者を中心に据えた倫理的判断に基づく実践こそが看護なのである。そのためには,自らの経験を振り返ることで看護とは何かを学ぶ学習者を育むための「経験型実習教育」が必要なのである。
本書は6部構成となっている。著者らは各部でテーマを変え,事柄性を変えながら,学生の経験を大切にした実習教育を説いていく。例えば,理論に基づく看護学生の事例では,私が気になっていた学生と重なり合い,閉ざされていた関わりの鍵が開く思いがした。他方で,これまで特に気に留めてこなかった学生が浮上して,「あのとき,どのようなことを感じていたのだろうか」と気になり始めたりもした。教員の実習指導経験が喚起されるのは,学生-教員の相互作用が個別具体的に著されているからであり,多様な事例の中に思わず自己を見つけてしまうのである。
このような経験型実習の根幹となる看護技術とは,看護師の「看護観の技術表現」であり,患者と看護師との相互主体的な関わりをもとにした看護の知識,技術,態度の統一的な行動,としている。その習得には,学生が優れた看護技術に出会うこと,そしてなぜそれが優れているのかを,根拠をもって基礎教育課程で学ぶことだとしている。つまり「経験型実習教育」は,臨床看護の場だけではなく,その前段階である学内の教育課程でも,学生の経験を重視した講義・演習が必要なのである。本書では言及されていない学内授業と実習との関連性,4年間の教育課程は,本書から我々に与えられた課題といえる。学生の経験を中心に据えながら,教員が省察的実践者として自らの経験を語り合うこと,共有し合うことは,教育力の向上につながることだろう。ぜひ,手にとってほしい1冊である。
(『看護研究』Vol.49 No.1 掲載)
書評者: 日高 艶子 (聖マリア学院大学看護学部看護学科 教授)
◆臨床ナースから再び看護学を学ぶ志を貫いた先駆者の歩み
本書は,編者である安酸の千葉大学看護学部の学生時代の経験が発端となり誕生したといえる。編者は,看護専門学校で基礎教育を受け看護師免許を取得し,臨床で看護師としての経験を3年間積み,1981年に千葉大学看護学部に入学する。1980年代の初期に,既に看護師の免許を取得しているにもかかわらず,仕事を辞め再度看護学を学ぶという志の高い看護師が果たしてどれくらいいただろうか。この行動こそが,「生涯学習者」としてのあり方そのものであるといえる。
編者は千葉大学で現役の学生たちと共に看護学を学ぶ過程で,学生たちの潜在能力の高さに気づく。また,特に臨床実習において学生たちが十分に自分の能力を発揮できない状況にあることを知る。
また,看護師として臨床で看護学生の教育に携わったときの自分自身の教育のあり方についても,相手が経験していることに注意深く耳を傾け,相手が自分の経験を通して自分自身で学んでいくことができるような教育ではなく,指導者である自分が,既に知っていることを教えるという,「指導型」の教育をしていたことに気づくのである。
編者が2度目の看護学生時代に出会った,若い同級生たちとの「対話」や,これまでに自分自身が携わってきた看護の基礎教育,とりわけ臨床教育のあり方について反省的思考をもって探求し,これまでの経験を知性的に意味豊かな経験とし,その結果として誕生したのが本書であるといえる。
◆看護の学びに臨床実習がどれほど重要か
本書の構成は,序章,第一部:理論,第二部:理論の展開,第三部:評価,第四部:研修,第五部:事例,第六部:有効性の検証,終章から構成されている。序章には,なぜ「経験型実習教育」なのかについて編者の熱い思いが記述されている。
看護学の基礎教育において編者がいかに臨床実習を重視してきたかが理解できる。編者は,臨床実習について,「教室での講義や演習で習得した理論と看護技術を検証し,それらの現象から本質・理論へ,抽象から再び具体へと繰り返すことによって,看護する能力を高めるために,きわめて重要な授業である」と述べている。そして,この臨床実習の教育内容や方法が看護学教育の質を左右するとも述べ,それゆえ,教育内容が看護学の理論に基づいていることが必要不可欠であると主張している。
序章を踏まえ,第一部,第二部に進むと経験型実習を支える重要な理論として,米国の哲学者であり教育学者であるジョン・デューイの「反省的経験」,それを継承し,教育の場面に応用したドナルド・ショーンの「反省的実践家」そして,ネル・ノディングスに代表される「ケアリング」,米国の教育心理学者アルバート・バンデューラが提唱する「自己効力理論」が説明されている。
さらに先へ進むと,経験型実習事例が領域別に紹介され,読者の理解をサポートしている。経験型実習教育は,学習者自身が経験に意味づけし,その経験の意味を豊かにすることによって,さらに,将来の経験を豊かな経験へと方向づけることが推測され,また,学生たちの「困難を乗り越える力」「対処する能力」つまり,しなやかなパワーを育む教育方法となり得ることが期待される。
本書は,反省的実践家を育てる臨床実習教育の専門書と言え,臨床実習教育に新たな視点をもたらす良書といえる。
(『看護管理』2016年4月号掲載)
臨床現場のケア改善に寄与する教育書 (雑誌『看護教育』より)
書評者: 筒井 真優美 (日本赤十字看護大学国際センター長)
安酸史子氏がなぜ,経験型実習教育に関心を向けたのか。それは氏の学びの経歴に関係する。氏は専門学校を卒業後に臨床を経験し,千葉大学看護学部に1学年から入り直している。同級生と一緒に実習するなかで,「看護師や教員が叱りつけるような出来事でも,必ず学生なりの理由がある。そのことを言えない学生も多くいた」(p. v)ことを,臨床をふまえ,改めて一人の看護学生の立場で学んだのである。学生時代にこうした“学び”への関心が芽生えていたのだ。
そうした思いから,長きにわたる教員生活の結実といえるこの書籍は以下の一文にその哲学が示されている。「経験型実習教育においては,学習者を成人と捉え(成人教育学),教育内容はヒューマンケアリングを志向し,関わりの方法論としてはケアリング及び自己効力理論を基盤にしている。経験型実習教育では,教師は学生が豊かな直接的経験ができるように学習環境を整え,反省的経験の過程が促進されるような学習の場を準備し,学生による探求が進むように援助する。この経験の捉え方はデューイの考え方をもとにしている」(p.52)。
安酸氏は経験型実習教育を,指導型の実習教育と対比して説明している。指導型が「教師の価値観を看護の初学者の学生に学ばせる」ことに対して,経験型は「経験の意味づけによる学生の看護観の形成を援助する」ことを焦点にしている。
経験型実習教育はこうすべきという行動形成ではなく,学生と対話し,学生の経験を大切にしてかかわるのである。すなわち,学生の経験を中心に実習教育が展開している。
具体的には,学生の困っていること,気になっていることをよく聴き,受け止める。学生の強みを見つける。どのような行動をしたら状態が改善すると思っているかを聞き,今後どのような状況になるかの認識を高め,どのような行動をとればよい結果をもたらすのかという期待を高める(pp. 53-56)。しかし,急性期の人々が入院している現場では,現場の状況に教員も飲み込まれ,学生の話をゆっくりと聴くより,現場に迷惑にならないように,そして実習の場を今後も継続して提供してもらえるように行動せざるを得ないというジレンマがある。このような状況も理解しつつ安酸氏は,実習教育では学生の経験に目を向けることの重要性を唱えているのである。
本書は理論,理論の展開,評価,研修,事例,有効性の検証と6部から構成されており,どのように経験型実習教育を展開すればよいかわかりやすい。この著書は,まさに氏の経験の賜物として,安酸氏の強い思いを感じる。この経験型実習教育により,現場がよりよいケアリングの環境になることを期待している。
(『看護教育』2016年3月号掲載)
「人は経験から学ぶ」-新しい看護教育学の実践書
書評者: 浅田 匡 (早大教授・教育実践学)
看護はヒトを相手とする専門職である。医療者として,看護師にはできなければならない看護技術を習得することが求められる。それは,基礎看護学,成人看護学など7つの領域別に固有な看護技術を含め,習得すべき看護技術が言葉で説明され,繰り返し練習(訓練)される。しかしながら,ヒトを相手にするがゆえに,看護には正解はない。看護とは,専門的看護技術に支えられながら,一人ひとりの患者との相互作用において成り立つのであり,看護実践という状況に埋め込まれている。したがって,看護師にはその場での経験に基づく具体的な看護行為が求められる。
本書で示された「経験型実習教育」とは,看護における看護師の経験のリフレクションに焦点を当てた教育プログラムである。指導型とされる,技術伝達と捉えられがちであった看護技術教育を,看護本来の意味から捉え直そうとしているのが経験型実習教育であろう。具体事例が数多く示されているが,そこに共通するのは,看護学生が「できなかったこと」から「考えて,患者にすべきことをやってみて,看護がより良くできる」という学習プロセスである。それを自ら意味づける経験が,正解のない看護場面において患者にとってより良い看護ができるような看護実践力を育成することになるというのが編者の理想であろう。
本書は,「看護ができなかったという経験」から学生自身がその考えに気付き,状況をより詳細に把握する,患者の視点から考える,といったことが自ら考えられるような構成に確かになっている。しかし,看護は行為であり,患者にとってより良い看護行為ができなければならない。その意味で,「経験を意味付ける」ことと,「できる」(行為)ということとをどうつなげていくかは,経験型実習教育の今後の課題であるとともに,看護教育の中心課題でもあるだろう。
しかしながら,経験型実習教育は看護学生の気付き(アウェアネス)のレベルにとどまっているのではないだろうか。この課題に対しては,本書でも指摘されているように,教師の役割が重要となる。看護学生の経験の意味付けを促進する役割とは,非指示的カウンセリングにみられるリフレクターあるいはファシリテーターの役割であろう。すなわち,看護学生の経験を映す鏡の役割である。その意味で,教師と看護学生との相互作用はカウンセリングのプロセスとも読み取れ,そこでは共感や全面的な受容といったスキルが教師には求められている。それゆえ,看護学生の気付きがポイントとなり,看護技術と直結するつながりを本書から直接的に読み取ることは不十分になっているのかもしれない。モデルとしての教師など,教師の役割をさらに検討することが求められよう。
このように,いくつかの課題はあるにせよ,本書は看護師を育てるための実習教育に焦点を当てながら,「人は経験から学ぶ」という考えを基盤とし,看護教育を看護だけではなく教育という視点から体系的に,かつ具体的に示した書である。借り物ではない看護教育学を志向した書であると言えるだろう。
本書で示された資料や具体例に基づき,多様な実習教育が各地で行われ,看護教育学として結実していくことを期待したい。
多様な事例の中に自己を見つける-省察的実践者としての教員の学びを援助する1冊 (雑誌『看護研究』より)
書評者: 前川 幸子 (甲南女子大学看護リハビリテーション学部教授)
近年,看護系大学が急増し,それに伴う教育の質をどのように担保していくのかが課題となっている。そのためのFaculty Developmentの重要性は周知のとおりであるが,中でも重視したいのは,看護学実習教育である。なぜなら,看護の本質を学生と共に考えるアクチュアルな教育現場が,看護学実習だからである。本書は,この看護学実習におけるパラダイム転換を試みた1冊といえる。それは技術的合理性に基づく医学モデルからの脱却であり,学生が自らの看護実践の経験を通して看護の意味を形成していくことを重視した,「経験型実習教育」なのである。
編者であり著者の安酸は,自らの学生時代の看護学実習経験をもとに,教育・研究者として学生と向き合いながら,一貫して「経験型実習」の必要性を著書や論文を通して唱えてきた。学生の経験を基盤とする教育を推奨するのは,本書が「経験から学んでいく力」を「学力」と位置づけることに起因する。進化し続ける医療界に身を置く看護師が,生涯学習者となっていくためにこの力量は欠くことはできない。つまり,新たな知識の習得だけで看護はできず,「これは看護であるか否か」という看護哲学のもと,患者を中心に据えた倫理的判断に基づく実践こそが看護なのである。そのためには,自らの経験を振り返ることで看護とは何かを学ぶ学習者を育むための「経験型実習教育」が必要なのである。
本書は6部構成となっている。著者らは各部でテーマを変え,事柄性を変えながら,学生の経験を大切にした実習教育を説いていく。例えば,理論に基づく看護学生の事例では,私が気になっていた学生と重なり合い,閉ざされていた関わりの鍵が開く思いがした。他方で,これまで特に気に留めてこなかった学生が浮上して,「あのとき,どのようなことを感じていたのだろうか」と気になり始めたりもした。教員の実習指導経験が喚起されるのは,学生-教員の相互作用が個別具体的に著されているからであり,多様な事例の中に思わず自己を見つけてしまうのである。
このような経験型実習の根幹となる看護技術とは,看護師の「看護観の技術表現」であり,患者と看護師との相互主体的な関わりをもとにした看護の知識,技術,態度の統一的な行動,としている。その習得には,学生が優れた看護技術に出会うこと,そしてなぜそれが優れているのかを,根拠をもって基礎教育課程で学ぶことだとしている。つまり「経験型実習教育」は,臨床看護の場だけではなく,その前段階である学内の教育課程でも,学生の経験を重視した講義・演習が必要なのである。本書では言及されていない学内授業と実習との関連性,4年間の教育課程は,本書から我々に与えられた課題といえる。学生の経験を中心に据えながら,教員が省察的実践者として自らの経験を語り合うこと,共有し合うことは,教育力の向上につながることだろう。ぜひ,手にとってほしい1冊である。
(『看護研究』Vol.49 No.1 掲載)
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