医療におけるヒューマンエラー 第2版
なぜ間違える どう防ぐ
医療事故の見方、考え方を変える
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なぜ医療事故は減らないのか。それは、事故の見方・考え方が間違っているから。本書では、事故の構造、ヒューマンエラー発生のメカニズム、人間に頼らない対策の立て方を、心理学とヒューマンファクター工学をベースに解説。さらに、人間の行動モデルからエラー行動を分析するImSAFERを紹介する。医療事故のリスク低減のために、事故の見方・考え方を変える1冊。
著 | 河野 龍太郎 |
---|---|
発行 | 2014年03月判型:B5頁:200 |
ISBN | 978-4-260-01937-8 |
定価 | 3,080円 (本体2,800円+税) |
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- 序文
- 目次
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序文
開く
はじめに
本書の初版(第1版)のまえがきの日付を見ると,2004年6月となっています。当時,私は企業の研究所でヒューマンファクターの研究に従事していました。今,こうして第2版の前書きを書いているのは2014年1月ですから,約10年前に第1版を書いたことになります。10年一昔といいますが,果たして医療は安全なシステムとなったのでしょうか。
10年後の私の感想は,確かにいろいろな点で改善が見られ,医療関係者の努力は高く評価できます。ただし,私は医療における限界もはっきりと理解することができました。「医療事故は必ず起こる」,こう断言できます。
医療安全の重要性を認識した国は,平成18年の医療法改正により,医療安全管理体制の整備を行う医療機関の拡大等を図りました。同年4月の診療報酬改定では,医療安全対策加算を新設しました。さらに,平成19年3月には,医療安全管理者の業務指針とその業務内容に応じた医療安全管理者養成のための研修プログラム作成指針を作成しました。
この研修プログラムには「研修において習得すべき基本的事項」が示され,事例の分析能力を持つことが要求されています。そのため医療安全管理者養成コースでは,約1日の事例分析実習が取り入れられています。ところが,実習の内容や分析結果を見ると,表層的な分析で終わっているものがあり,有効な対策が引き出されていない可能性があります。
実際に事例分析を行う中で,よく聞く疑問や悩みを列挙してみます。
(1)分析結果が分析者によって異なる。
(2)背後要因が十分掘り下げられていない。
(3)因果関係の飛躍や要因の抜けがある。
分析結果の違いは多くの場合,分析者の経験や知識,あるいは利用するモデルの違いが原因と考えられます。特に,背後要因の探索に自由記述方式を取り入れている分析方法では,この違いを避けることは困難です。この欠点を解決するためにチェックリストの利用が考えられますが,抜けを避けるためには項目を増やすしかなく,簡単に分析するために自由記述方式にしたことが,逆に手間と時間を増やしてしまうのです。
一方,この10年間に,私はいろいろな病院や研究会でヒューマンエラーのメカニズムや対応策について講義をしたり,分析手法の研修指導をしてきました。その経験の中で,どのようにすれば的確な分析をしてもらえるだろうかと自分なりに考え,改良を加えてきました。
第1版ではMedical SAFERを提案し実習を指導してきましたが,この分析手法の持つ問題点も出てきました。そこで,少しずつ分析手法に改良を加えました。第2版ではヒューマンエラー事象分析手法の改良点として,以下の特徴を持った新しいヒューマンエラー事象分析手法ImSAFERを提案します。
(1)分析結果の安定性
(2)利用可能な時間や分析者の能力に対応した分析レベルの導入
(3)背後要因の抽出方法の効率化
ImSAFERはこれまでの問題点を解決するために,心理学から2つの人間行動モデルを導入しました。ImSAFERの特徴は,まさに人間の行動モデルを使ってエラー行動を分析していく点にあります。私の知っている範囲では,ここまで人間行動モデルを強調して分析を進めていく手法は他にないと思います。この方法は分析だけでなく,ものの見方・考え方を変えるためのツールとしても使えます。そして,このものの見方・考え方を変えることが,医療現場での患者のキュアやケアにも大変役立つと確信しています。
この10年の間にとても衝撃的な災害と事故が発生しました。2011年3月11日の東日本大震災と,それに引き続く福島第一原子力発電所の事故です。この2つの大きな事象における医療関係者の貢献は非常に大きく,高く評価されました。
また一方で,私が強く感じたことは,日本人のリスク感覚の欠如あるいは不足の問題です。リスクはすべての分野に存在し,それらが相互にリンクしていることを理解しなければなりません。これはリスクマネジメントの基本的な考え方です。さらにリスクマネジメントで最も重要なことは,現状を理解することです。
本書ではリスク感覚については直接言及していません。しかし医療における問題解決には,冷静な観察力が要求され,この分析手法を利用することでリスク感覚の養成にも役立つと考えられます。
医療事故を1件でも少なくするために,本書が広く活用され,エラーの見方・考え方が変わり,医療システムとして有効な対策がとられることを心から期待しています。
2014年1月
河野龍太郎
本書の初版(第1版)のまえがきの日付を見ると,2004年6月となっています。当時,私は企業の研究所でヒューマンファクターの研究に従事していました。今,こうして第2版の前書きを書いているのは2014年1月ですから,約10年前に第1版を書いたことになります。10年一昔といいますが,果たして医療は安全なシステムとなったのでしょうか。
10年後の私の感想は,確かにいろいろな点で改善が見られ,医療関係者の努力は高く評価できます。ただし,私は医療における限界もはっきりと理解することができました。「医療事故は必ず起こる」,こう断言できます。
医療安全の重要性を認識した国は,平成18年の医療法改正により,医療安全管理体制の整備を行う医療機関の拡大等を図りました。同年4月の診療報酬改定では,医療安全対策加算を新設しました。さらに,平成19年3月には,医療安全管理者の業務指針とその業務内容に応じた医療安全管理者養成のための研修プログラム作成指針を作成しました。
この研修プログラムには「研修において習得すべき基本的事項」が示され,事例の分析能力を持つことが要求されています。そのため医療安全管理者養成コースでは,約1日の事例分析実習が取り入れられています。ところが,実習の内容や分析結果を見ると,表層的な分析で終わっているものがあり,有効な対策が引き出されていない可能性があります。
実際に事例分析を行う中で,よく聞く疑問や悩みを列挙してみます。
(1)分析結果が分析者によって異なる。
(2)背後要因が十分掘り下げられていない。
(3)因果関係の飛躍や要因の抜けがある。
分析結果の違いは多くの場合,分析者の経験や知識,あるいは利用するモデルの違いが原因と考えられます。特に,背後要因の探索に自由記述方式を取り入れている分析方法では,この違いを避けることは困難です。この欠点を解決するためにチェックリストの利用が考えられますが,抜けを避けるためには項目を増やすしかなく,簡単に分析するために自由記述方式にしたことが,逆に手間と時間を増やしてしまうのです。
一方,この10年間に,私はいろいろな病院や研究会でヒューマンエラーのメカニズムや対応策について講義をしたり,分析手法の研修指導をしてきました。その経験の中で,どのようにすれば的確な分析をしてもらえるだろうかと自分なりに考え,改良を加えてきました。
第1版ではMedical SAFERを提案し実習を指導してきましたが,この分析手法の持つ問題点も出てきました。そこで,少しずつ分析手法に改良を加えました。第2版ではヒューマンエラー事象分析手法の改良点として,以下の特徴を持った新しいヒューマンエラー事象分析手法ImSAFERを提案します。
(1)分析結果の安定性
(2)利用可能な時間や分析者の能力に対応した分析レベルの導入
(3)背後要因の抽出方法の効率化
ImSAFERはこれまでの問題点を解決するために,心理学から2つの人間行動モデルを導入しました。ImSAFERの特徴は,まさに人間の行動モデルを使ってエラー行動を分析していく点にあります。私の知っている範囲では,ここまで人間行動モデルを強調して分析を進めていく手法は他にないと思います。この方法は分析だけでなく,ものの見方・考え方を変えるためのツールとしても使えます。そして,このものの見方・考え方を変えることが,医療現場での患者のキュアやケアにも大変役立つと確信しています。
この10年の間にとても衝撃的な災害と事故が発生しました。2011年3月11日の東日本大震災と,それに引き続く福島第一原子力発電所の事故です。この2つの大きな事象における医療関係者の貢献は非常に大きく,高く評価されました。
また一方で,私が強く感じたことは,日本人のリスク感覚の欠如あるいは不足の問題です。リスクはすべての分野に存在し,それらが相互にリンクしていることを理解しなければなりません。これはリスクマネジメントの基本的な考え方です。さらにリスクマネジメントで最も重要なことは,現状を理解することです。
本書ではリスク感覚については直接言及していません。しかし医療における問題解決には,冷静な観察力が要求され,この分析手法を利用することでリスク感覚の養成にも役立つと考えられます。
医療事故を1件でも少なくするために,本書が広く活用され,エラーの見方・考え方が変わり,医療システムとして有効な対策がとられることを心から期待しています。
2014年1月
河野龍太郎
目次
開く
第I部 ヒューマンエラーの考え方 医療事故を捉える
1 医療における問題点
医療システムにおける管理の問題
インシデント収集における問題点
2 ヒューマンエラー研究のきっかけ
航空管制官時代の経験
エラー発生の“後”
3 これまでの考え方とエラー発生のメカニズム
ヒューマンエラーのこれまでの考え方
エラーはなぜ減らないか
ヒューマンエラー発生メカニズム
ヒューマンエラーは「結果」である
4 エラーを誘発しやすい環境
モードというもの
ナチュラルマッピング
類似機器の危険性
表示の危険性
まず,ヒューマンエラーを誘発する環境がある
5 エラーに関係のある人間の特性
生理学的特性
認知的特性
社会心理学的特性
人間特性を考慮したシステム設計
6 ヒューマンファクター工学 エラー防止の強力な味方
ヒューマンファクター工学の背景
ヒューマンファクター工学の説明モデル
人間中心のシステム構築
PmSHELLモデル 医療用ヒューマンファクター工学の説明モデル
事故の構造
7 ヒューマンエラー対策の戦略と戦術
安全は存在しない
エラーの発生防止とエラーの拡大防止
戦術的エラー対策の考え方
STEP I:危険を伴う作業遭遇数の低減
STEP II:各作業におけるエラー確率の低減
STEP III:多重のエラー検出策
STEP IV:被害を最小とするための備え
エラー対策の発想手順と具体例
エラー対策
(1):やめる(なくす)
(2):できないようにする
(3):わかりやすくする
(4):やりやすくする
(5):知覚能力を持たせる
(6):認知・予測させる
(7):安全を優先させる
(8):できる能力を持たせる
(9):自分で気づかせる
(10):検出する
(11):備える
理に適ったエラー防止策
8 安全なシステムとは
安全なシステム構築の条件
医療システムの特徴と問題点
医療システムの安全性向上のために
医療の安全をシステムで考える
第II部 ヒューマンエラー事象分析手法 医療事故を防止する
9 分析手法の基礎
分析の前提となる基礎的な考え方
背後要因の探り方
10 ImSAFER分析手順
ImSAFERの特徴
事例
分析の事前準備
分析手順
手順1:時系列事象関連図の作成
手順2:問題点の抽出
手順3:背後要因の探索(レベル別)
手順4:考えられる改善策の列挙
手順5:実行可能な改善策の決定
手順6:改善策の実施
手順7:実施した改善策の評価
付録1 どうしても時間がないとき → QuickSAFER
付録2 対策を効率よく推定するために → 背後要因探索のパターン化
「おわりに」に代えて
「医療事故は必ず起こる!」
医療のリスクを少しでも低減するために,国民全体で考えましょう
索引
1 医療における問題点
医療システムにおける管理の問題
インシデント収集における問題点
2 ヒューマンエラー研究のきっかけ
航空管制官時代の経験
エラー発生の“後”
3 これまでの考え方とエラー発生のメカニズム
ヒューマンエラーのこれまでの考え方
エラーはなぜ減らないか
ヒューマンエラー発生メカニズム
ヒューマンエラーは「結果」である
4 エラーを誘発しやすい環境
モードというもの
ナチュラルマッピング
類似機器の危険性
表示の危険性
まず,ヒューマンエラーを誘発する環境がある
5 エラーに関係のある人間の特性
生理学的特性
認知的特性
社会心理学的特性
人間特性を考慮したシステム設計
6 ヒューマンファクター工学 エラー防止の強力な味方
ヒューマンファクター工学の背景
ヒューマンファクター工学の説明モデル
人間中心のシステム構築
PmSHELLモデル 医療用ヒューマンファクター工学の説明モデル
事故の構造
7 ヒューマンエラー対策の戦略と戦術
安全は存在しない
エラーの発生防止とエラーの拡大防止
戦術的エラー対策の考え方
STEP I:危険を伴う作業遭遇数の低減
STEP II:各作業におけるエラー確率の低減
STEP III:多重のエラー検出策
STEP IV:被害を最小とするための備え
エラー対策の発想手順と具体例
エラー対策
(1):やめる(なくす)
(2):できないようにする
(3):わかりやすくする
(4):やりやすくする
(5):知覚能力を持たせる
(6):認知・予測させる
(7):安全を優先させる
(8):できる能力を持たせる
(9):自分で気づかせる
(10):検出する
(11):備える
理に適ったエラー防止策
8 安全なシステムとは
安全なシステム構築の条件
医療システムの特徴と問題点
医療システムの安全性向上のために
医療の安全をシステムで考える
第II部 ヒューマンエラー事象分析手法 医療事故を防止する
9 分析手法の基礎
分析の前提となる基礎的な考え方
背後要因の探り方
10 ImSAFER分析手順
ImSAFERの特徴
事例
分析の事前準備
分析手順
手順1:時系列事象関連図の作成
手順2:問題点の抽出
手順3:背後要因の探索(レベル別)
手順4:考えられる改善策の列挙
手順5:実行可能な改善策の決定
手順6:改善策の実施
手順7:実施した改善策の評価
付録1 どうしても時間がないとき → QuickSAFER
付録2 対策を効率よく推定するために → 背後要因探索のパターン化
「おわりに」に代えて
「医療事故は必ず起こる!」
医療のリスクを少しでも低減するために,国民全体で考えましょう
索引
書評
開く
人間の行動を捉え,事故防止に向き合う
書評者: 浅香 えみ子 (獨協医大越谷病院・看護部副部長)
本書との出会いは,2004年発行の初版である。本書のタイトルにある「なぜ間違える,どう防ぐ」の問いに「(間違いの理由が)全部がわかっていたら,どうにかしている」「どんなに考えても,最後は自分たちが気を付けるしかない」という思いの中で出会った。
初版では,著者が経験した航空業界を含む多様なリスク管理を医療に応用させ,医療事故の発生をシステム構造として捉えた管理思考を提示し,さらにMedical SAFERを用いた分析手法が紹介されていた。この本で臨床に努力と根性(竹やり精神型安全と表現されている)以外の手段を取り入れることを学び,管理者としてシステムの改善により医療事故を低減する関わりをしてきた。つまり医療事故を個人の注意不足とする方向を回避し,対策を講じてきた。
さて,第2版である。初版との大きな違いは,エラー行動の分析の基盤に,人間行動モデルが置かれたことである。「医療事故は,人間の行動の結果である」という前提の下,人間の行動がどのように決定されるかが,行動モデルを用いて説明されている。
さらに,人間行動の背後要因を探る時,「人間は正しいと判断して行動する」という捉え方が示されている。例えば「薬剤を間違えた」のであれば,「なぜ薬剤を間違えたのか」ではなく,「なぜその薬剤が正しいと判断したのか」を考えさせる。この捉え方は,人間行動を客観的に分析する際の重要な視点となる。
人間の「行動」「判断」ばかりを見ていると,見落としてしまう要因がある。シンプルに人間行動の背後にあるもの(判断根拠)を振り返ることで,効率的に,エラーの背後にある要因をくまなく探ることができるのである。
臨床の事故分析では,個人を責めることを回避するために,人間の内的な側面に触れない傾向がある。しかし,人間の行動は認知が先行する以上,これを含めなければ,表層部分のみに課題を見出さざるを得ない。そこに常にジレンマがある。第2版で紹介された分析手法“ImSAFER”は,そのジレンマを軽減してくれる。なぜなら,この手法では,個人ではなく,そもそもの人間の行動を客観的に分析するからである。結果として,人間行動の深い分析が可能となり,エラーの減少,環境の改善に結び付く対策にたどりつくことができる。本書は,医療事故防止を「人間行動を含むシステムへのアプローチ」と考え,実践可能な対策を手にする考え方を学べる一冊である。
初版発行から10年が経った今,著者は変わらず言う。「医療事故は必ず起こる」「事故が起こると,患者だけでなく医療者も傷つく」と。この言葉を含め,“はじめに”と“「おわりに」に代えて”のメッセージを,特に組織管理者に読んでほしい。医療がどれだけ保証のないシステムの上にあり,スタッフはその中でプロフェッショナルリズムを期待され,リスクと背中合わせの不安,疲労と共に医療を提供しているかが語られている。これは,著者が医療従事者ではないからこそ見えた,「医療の現実」であろう。
その現実を見据えた著者の言葉は,“医療事故防止は「管理者が行う業務」ではない。人として事故防止に向き合うべきだ”というメッセージにも聞こえる。
安全は存在しない。だから攻めのリスクマネジメントを
書評者: 本田 孝行 (信大教授・病態解析診断学)
ヒューマンエラーの発生メカニズムを熟知し,ヒューマンファクター工学理論を用いたリスクマネジメントを推奨するのが本書の主旨である。これだけでは何を言いたいのか理解しにくいが,要は,リスクを待ち受けて対処するのではなく,積極的にリスクを軽減する攻めのリスクマネジメントを行うのがよいと述べている。
リスクマネジメントにおいて100%の安全確保が要求される限り,起こり得るすべてのリスクに対処しなければならない。そうなると,リスクに対し網羅的に対処する必要が生じ,人の注意に頼る対策が多くなる。結果として,現場の人間に常に緊張を強いる受け身のリスクマネジメントが行われ,かえってヒューマンエラーの生まれる環境ができてしまう。
攻めのリスクマネジメントを行うにはどうすればよいのであろうか。本書では,冒頭で“医療事故は必ず起きる”と断言している。さらに,“安全”は概念であり,実際には存在しないと述べている。国際標準化機構(ISO)の定義では,“安全”は“許容できないリスクがないこと”である。医療においてリスクゼロはあり得ないので,“安全”は存在しない。“完璧な安全”という概念を捨てれば,リスクマネジメントを受け身から攻めに転じることができる。“100%の安全を確保する”から“リスクを許容できる範囲に下げる”という目標に変えれば,リスクを下げるための能動的な介入策を行えばよい。医療事故が起きても,許容範囲内であればよいという考え方である。
“リスクを許容範囲に下げる”という目標が定まれば,これを達成するために戦略を考えればよい。リスクマネジメントにも総論があり,本書ではそれを“エラーを起こしやすい環境”と“エラーに関係のある人間の特性”として説明している。
医療事故を起こすのは最後に関わった不幸な人であるが,その人の責任だけで医療事故が起こるわけではない。医療事故が生じるまでの過程に,多くの問題点が介在している。人は,どんなに注意しても誤りを犯すという特性を排除できないので,可能な限り人に頼らない医療事故防止のためのシステム作りが必要である。
ただ,総論だけでは解決できない問題も多い。個々の実例を検討し,総論を補う必要がある。本書では,“ヒューマンエラー事象分析手法”で具体的解決法を示している。医療事故においても数多くの改善点が存在し,一つでも実行されればアクシデントは避けられる。常に全体(総論)を見渡しながら,個々の事例に学ぶ姿勢が重要なのは,リスクマネジメントに限らず,どの世界においても変わらない。
実在しない100%の安全を確保するために,現場に過度の緊張と注意力を要求するよりは,戦略的にリスクを軽減するほうが効果的である。視点を少し変えるだけで,リスクマネジメントを受け身から攻めに変えられる。人は攻めるほうが,モチベーションを保ちながら力を発揮できる。ぜひ本書を精読し,ヒューマンエラーを防ぐための,攻めのリスクマネジメント手法を習得してもらいたい。
書評者: 浅香 えみ子 (獨協医大越谷病院・看護部副部長)
本書との出会いは,2004年発行の初版である。本書のタイトルにある「なぜ間違える,どう防ぐ」の問いに「(間違いの理由が)全部がわかっていたら,どうにかしている」「どんなに考えても,最後は自分たちが気を付けるしかない」という思いの中で出会った。
初版では,著者が経験した航空業界を含む多様なリスク管理を医療に応用させ,医療事故の発生をシステム構造として捉えた管理思考を提示し,さらにMedical SAFERを用いた分析手法が紹介されていた。この本で臨床に努力と根性(竹やり精神型安全と表現されている)以外の手段を取り入れることを学び,管理者としてシステムの改善により医療事故を低減する関わりをしてきた。つまり医療事故を個人の注意不足とする方向を回避し,対策を講じてきた。
さて,第2版である。初版との大きな違いは,エラー行動の分析の基盤に,人間行動モデルが置かれたことである。「医療事故は,人間の行動の結果である」という前提の下,人間の行動がどのように決定されるかが,行動モデルを用いて説明されている。
さらに,人間行動の背後要因を探る時,「人間は正しいと判断して行動する」という捉え方が示されている。例えば「薬剤を間違えた」のであれば,「なぜ薬剤を間違えたのか」ではなく,「なぜその薬剤が正しいと判断したのか」を考えさせる。この捉え方は,人間行動を客観的に分析する際の重要な視点となる。
人間の「行動」「判断」ばかりを見ていると,見落としてしまう要因がある。シンプルに人間行動の背後にあるもの(判断根拠)を振り返ることで,効率的に,エラーの背後にある要因をくまなく探ることができるのである。
臨床の事故分析では,個人を責めることを回避するために,人間の内的な側面に触れない傾向がある。しかし,人間の行動は認知が先行する以上,これを含めなければ,表層部分のみに課題を見出さざるを得ない。そこに常にジレンマがある。第2版で紹介された分析手法“ImSAFER”は,そのジレンマを軽減してくれる。なぜなら,この手法では,個人ではなく,そもそもの人間の行動を客観的に分析するからである。結果として,人間行動の深い分析が可能となり,エラーの減少,環境の改善に結び付く対策にたどりつくことができる。本書は,医療事故防止を「人間行動を含むシステムへのアプローチ」と考え,実践可能な対策を手にする考え方を学べる一冊である。
初版発行から10年が経った今,著者は変わらず言う。「医療事故は必ず起こる」「事故が起こると,患者だけでなく医療者も傷つく」と。この言葉を含め,“はじめに”と“「おわりに」に代えて”のメッセージを,特に組織管理者に読んでほしい。医療がどれだけ保証のないシステムの上にあり,スタッフはその中でプロフェッショナルリズムを期待され,リスクと背中合わせの不安,疲労と共に医療を提供しているかが語られている。これは,著者が医療従事者ではないからこそ見えた,「医療の現実」であろう。
その現実を見据えた著者の言葉は,“医療事故防止は「管理者が行う業務」ではない。人として事故防止に向き合うべきだ”というメッセージにも聞こえる。
安全は存在しない。だから攻めのリスクマネジメントを
書評者: 本田 孝行 (信大教授・病態解析診断学)
ヒューマンエラーの発生メカニズムを熟知し,ヒューマンファクター工学理論を用いたリスクマネジメントを推奨するのが本書の主旨である。これだけでは何を言いたいのか理解しにくいが,要は,リスクを待ち受けて対処するのではなく,積極的にリスクを軽減する攻めのリスクマネジメントを行うのがよいと述べている。
リスクマネジメントにおいて100%の安全確保が要求される限り,起こり得るすべてのリスクに対処しなければならない。そうなると,リスクに対し網羅的に対処する必要が生じ,人の注意に頼る対策が多くなる。結果として,現場の人間に常に緊張を強いる受け身のリスクマネジメントが行われ,かえってヒューマンエラーの生まれる環境ができてしまう。
攻めのリスクマネジメントを行うにはどうすればよいのであろうか。本書では,冒頭で“医療事故は必ず起きる”と断言している。さらに,“安全”は概念であり,実際には存在しないと述べている。国際標準化機構(ISO)の定義では,“安全”は“許容できないリスクがないこと”である。医療においてリスクゼロはあり得ないので,“安全”は存在しない。“完璧な安全”という概念を捨てれば,リスクマネジメントを受け身から攻めに転じることができる。“100%の安全を確保する”から“リスクを許容できる範囲に下げる”という目標に変えれば,リスクを下げるための能動的な介入策を行えばよい。医療事故が起きても,許容範囲内であればよいという考え方である。
“リスクを許容範囲に下げる”という目標が定まれば,これを達成するために戦略を考えればよい。リスクマネジメントにも総論があり,本書ではそれを“エラーを起こしやすい環境”と“エラーに関係のある人間の特性”として説明している。
医療事故を起こすのは最後に関わった不幸な人であるが,その人の責任だけで医療事故が起こるわけではない。医療事故が生じるまでの過程に,多くの問題点が介在している。人は,どんなに注意しても誤りを犯すという特性を排除できないので,可能な限り人に頼らない医療事故防止のためのシステム作りが必要である。
ただ,総論だけでは解決できない問題も多い。個々の実例を検討し,総論を補う必要がある。本書では,“ヒューマンエラー事象分析手法”で具体的解決法を示している。医療事故においても数多くの改善点が存在し,一つでも実行されればアクシデントは避けられる。常に全体(総論)を見渡しながら,個々の事例に学ぶ姿勢が重要なのは,リスクマネジメントに限らず,どの世界においても変わらない。
実在しない100%の安全を確保するために,現場に過度の緊張と注意力を要求するよりは,戦略的にリスクを軽減するほうが効果的である。視点を少し変えるだけで,リスクマネジメントを受け身から攻めに変えられる。人は攻めるほうが,モチベーションを保ちながら力を発揮できる。ぜひ本書を精読し,ヒューマンエラーを防ぐための,攻めのリスクマネジメント手法を習得してもらいたい。
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