こころを診る技術
精神科面接と初診時対応の基本
精神科面接の新たな必読書、誕生!
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「精神科における標準的な面接および初診時対応はどうあるべきか?」についてまとめた実践書。よい患者-医師関係を築く第一歩となる初回面接を中心に、精神科面接の基本的な心構えから話の聞き方・伝え方、特に注意して聞くべきポイントまでを幅広く、具体的に解説。診断基準・ガイドラインの用い方や薬物療法に関する考え方など、長年臨床家として活躍してきた著者ならではの技術や心得なども豊富に盛り込まれている。
著 | 宮岡 等 |
---|---|
発行 | 2014年07月判型:B6頁:232 |
ISBN | 978-4-260-02020-6 |
定価 | 2,750円 (本体2,500円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
まえがき
精神医療の質の低下が言われる昨今,筆者が最も気にかけていることは,「精神科医による抗不安薬,抗うつ薬,睡眠薬の多剤大量処方問題」である.この問題の背景には薬物療法では精神療法より高い診療報酬を得ることができる,薬剤の効果を誇張した製薬会社の宣伝,精神科医の薬物療法に対する乏しい知識など,様々な要因が挙げられる.その中で筆者が大きな問題であり,個々の精神科医自身の努力で改善できると考えているのが,不安や抑うつに対して,適切な面接ができないから薬で対応しようとする,いわば「薬を処方するしか能のない精神科医」の増加である.筆者はすでにどこかの病院やクリニックで治療を受けていて,紹介で,あるいは自らより良い治療を探して,受診される患者さんを診る機会が多いが,話を聞くと,あまりにも面接時間が短いだけでなく,かえって精神科医の言葉が患者さんを傷つけているのではないかと感じることが少なくない.また面接や精神療法の教育というと,「精神療法の専門家の話を聞こう」という方向に進みやすいが,一方で,安易に認知行動療法や精神分析療法などの専門的精神療法を実施されて,「本当にこれほど濃厚な治療が必要であろうか」「かえって精神療法の副作用とでも言うべき症状が出ているのではないか」と疑いたくなることもある.
新しい薬剤を治療で用いるには毒性試験を含む多くの治験が必要であるが,新たな精神療法技法が紹介されると十分な吟味なくすぐ治療に取り入れようとする精神科医や心理士がいるのも気がかりである.専門的な精神療法の講習会に行こうとする若手医師に「勉強する順番が違う」と声をかけたこともある.筆者が考えているのはこのような「専門的」な精神療法に導入すべきかどうかを評価する前段階の面接能力ともいえる.
今,精神科医に求められているのは,専門的な精神療法ではなく,普通の面接,常識的な面接,患者さんを傷つけない面接とでも呼ぶべきレベルの面接なのではないか.いわば精神科医であれば実施すべき標準的な面接であり,それが本書を書こうと思ったきっかけである.「こころを診る技術-精神科面接と初診時対応の基本」などと題する精神医学の基本に関わる本を書ける知識も実力もあるとは思っていないが,こういう本はかえって精神療法の専門家ではない者が書いたほうがよい面もあるし,現在自分の置かれた立場が様々な視点で精神医療をみる機会が多いことや,医学生や研修医への教育や彼らとの議論を通して,若い医師が迷いやすい点を把握しやすい立場にあるという利点は生かせると考えた.
さて,ただ最低限ここまではやってほしい「精神科面接と初診時対応」を考えているうちに,冒頭で述べた「薬を処方するしか能のない精神科医」は面接が下手なだけでなく,疾患の診断や治療に関する最低限の知識も習得できていないのではないかと疑うようになった.「適切な面接は十分な精神医学の知識があって初めて可能となる」と思う.従来の面接やカウンセリング技法の本に対してどうもしっくりこないと感じていたのは,内容が専門的過ぎるためだけではなく,精神医学の基礎知識に関する説明が足りないと感じていたためかもしれない.このような筆者の思考の流れから,本書には面接のすすめ方と同程度に,精神医学の必須知識,精神医療に対する筆者の考え方も含まれることとなった.後者は筆者が病棟回診や外来診療において研修医や学生に話したことのメモからの引用が多くなっているため,「私が若い精神科医に伝えたいこと」のような内容になっている.またコラムには過去のいろいろな時期に筆者がふと考え雑誌の巻頭言や編集後記として記載したものを転載した.
本書を書くに至った筆者の背景とでもいうべき現状を少し述べる.筆者は,約100床の閉鎖病棟をもつ北里大学東病院精神神経科に勤務しており,精神科病棟がなくリエゾン精神医療と児童精神科を置く北里大学病院精神神経科も兼務している.北里大学東病院精神神経科は神奈川県の精神科救急基幹病院であるため,輪番で措置入院や精神科救急の入院症例を受け入れている.筆者は両病院において,通常の精神科臨床に加えて初期および後期研修医指導にも携っている.また大学では,医学部の教員として医学部学生の教育も重要な役割である.地域医療との関係という点でいえば,北里大学のある神奈川県相模原市は全国に20市ある政令指定都市の1つであるが,唯一,市民病院にあたる医療機関がない.よって市民病院的役割や市の精神保健行政関連業務に関わる機会も多い.公的な認知症疾患医療センターは北里大学東病院内にあるし,発達障害支援センター,精神医療審査会,学校カウンセラーへの助言,公立学校の教員のメンタルヘルスなどの業務にも広く関わっている.その他に教室の中には職域精神医学の研究会があるし,医療裁判における意見書やマスメディアの取材などもできるだけ断らないように心がけてきた.精神医療を外から見る立場の人との接点が多いことが,筆者の考えに大きな影響を与えているように思う.
以前から若い医師に勧めうるような面接を含めた診療の基本的なテキストが欲しいと考えていたが,結果的に本書はそれをも満たす試みとなった.本書が少しでも精神医学を研修しようとする医師に役立つことを願っているし,心理士などのコメディカルスタッフにも,こころの医療の鋳型として利用してほしい.
また,精神科医の質が問われている昨今,患者さんやプライマリケア医から「どうやって精神科医を選んだらよいか」と質問される機会が増えた.本書は説明なしに難しい用語を用いることはできるだけ避けたので,ひょっとしたら患者さんの医師選びにも役立たないかと考えている.本書で示した初診時面接に比べて,聞かれる内容が著しく少ない場合や面接時間が短い場合,初期対応が異なる場合は,その医師でよいかを再検討し,セカンドオピニオンを求めるなどの行動があってもよいかもしれない.
最後にもう1点強調しておきたい.最近,向精神薬の使用を極端に否定する医師や医療スタッフに出会うことがある.そんな中で,「多剤大量処方問題を気にかけて面接に関する本を書く」などと言うと,「おまえは向精神薬療法自体に反対か」と質問されそうであるが,筆者は,向精神薬なしに精神医療はできないし,向精神薬は適切に使いさえすれば治療に極めて有用であると考えている.自施設では重症うつ病も精神科救急も担当し,必要な状況では躊躇なく向精神薬を用いている.その点については誤解されないようにひと言触れておきたい.
まだまだ自分の臨床全般を他者の評価を受けて改善させていかなければならないのはわかっているが,本書は一応標準的な診療のあり方は示せているようにも思う.いろいろなご意見をいただき,さらに自分の臨床や知識を修正していくつもりである.
2014年5月
宮岡 等
精神医療の質の低下が言われる昨今,筆者が最も気にかけていることは,「精神科医による抗不安薬,抗うつ薬,睡眠薬の多剤大量処方問題」である.この問題の背景には薬物療法では精神療法より高い診療報酬を得ることができる,薬剤の効果を誇張した製薬会社の宣伝,精神科医の薬物療法に対する乏しい知識など,様々な要因が挙げられる.その中で筆者が大きな問題であり,個々の精神科医自身の努力で改善できると考えているのが,不安や抑うつに対して,適切な面接ができないから薬で対応しようとする,いわば「薬を処方するしか能のない精神科医」の増加である.筆者はすでにどこかの病院やクリニックで治療を受けていて,紹介で,あるいは自らより良い治療を探して,受診される患者さんを診る機会が多いが,話を聞くと,あまりにも面接時間が短いだけでなく,かえって精神科医の言葉が患者さんを傷つけているのではないかと感じることが少なくない.また面接や精神療法の教育というと,「精神療法の専門家の話を聞こう」という方向に進みやすいが,一方で,安易に認知行動療法や精神分析療法などの専門的精神療法を実施されて,「本当にこれほど濃厚な治療が必要であろうか」「かえって精神療法の副作用とでも言うべき症状が出ているのではないか」と疑いたくなることもある.
新しい薬剤を治療で用いるには毒性試験を含む多くの治験が必要であるが,新たな精神療法技法が紹介されると十分な吟味なくすぐ治療に取り入れようとする精神科医や心理士がいるのも気がかりである.専門的な精神療法の講習会に行こうとする若手医師に「勉強する順番が違う」と声をかけたこともある.筆者が考えているのはこのような「専門的」な精神療法に導入すべきかどうかを評価する前段階の面接能力ともいえる.
今,精神科医に求められているのは,専門的な精神療法ではなく,普通の面接,常識的な面接,患者さんを傷つけない面接とでも呼ぶべきレベルの面接なのではないか.いわば精神科医であれば実施すべき標準的な面接であり,それが本書を書こうと思ったきっかけである.「こころを診る技術-精神科面接と初診時対応の基本」などと題する精神医学の基本に関わる本を書ける知識も実力もあるとは思っていないが,こういう本はかえって精神療法の専門家ではない者が書いたほうがよい面もあるし,現在自分の置かれた立場が様々な視点で精神医療をみる機会が多いことや,医学生や研修医への教育や彼らとの議論を通して,若い医師が迷いやすい点を把握しやすい立場にあるという利点は生かせると考えた.
さて,ただ最低限ここまではやってほしい「精神科面接と初診時対応」を考えているうちに,冒頭で述べた「薬を処方するしか能のない精神科医」は面接が下手なだけでなく,疾患の診断や治療に関する最低限の知識も習得できていないのではないかと疑うようになった.「適切な面接は十分な精神医学の知識があって初めて可能となる」と思う.従来の面接やカウンセリング技法の本に対してどうもしっくりこないと感じていたのは,内容が専門的過ぎるためだけではなく,精神医学の基礎知識に関する説明が足りないと感じていたためかもしれない.このような筆者の思考の流れから,本書には面接のすすめ方と同程度に,精神医学の必須知識,精神医療に対する筆者の考え方も含まれることとなった.後者は筆者が病棟回診や外来診療において研修医や学生に話したことのメモからの引用が多くなっているため,「私が若い精神科医に伝えたいこと」のような内容になっている.またコラムには過去のいろいろな時期に筆者がふと考え雑誌の巻頭言や編集後記として記載したものを転載した.
本書を書くに至った筆者の背景とでもいうべき現状を少し述べる.筆者は,約100床の閉鎖病棟をもつ北里大学東病院精神神経科に勤務しており,精神科病棟がなくリエゾン精神医療と児童精神科を置く北里大学病院精神神経科も兼務している.北里大学東病院精神神経科は神奈川県の精神科救急基幹病院であるため,輪番で措置入院や精神科救急の入院症例を受け入れている.筆者は両病院において,通常の精神科臨床に加えて初期および後期研修医指導にも携っている.また大学では,医学部の教員として医学部学生の教育も重要な役割である.地域医療との関係という点でいえば,北里大学のある神奈川県相模原市は全国に20市ある政令指定都市の1つであるが,唯一,市民病院にあたる医療機関がない.よって市民病院的役割や市の精神保健行政関連業務に関わる機会も多い.公的な認知症疾患医療センターは北里大学東病院内にあるし,発達障害支援センター,精神医療審査会,学校カウンセラーへの助言,公立学校の教員のメンタルヘルスなどの業務にも広く関わっている.その他に教室の中には職域精神医学の研究会があるし,医療裁判における意見書やマスメディアの取材などもできるだけ断らないように心がけてきた.精神医療を外から見る立場の人との接点が多いことが,筆者の考えに大きな影響を与えているように思う.
以前から若い医師に勧めうるような面接を含めた診療の基本的なテキストが欲しいと考えていたが,結果的に本書はそれをも満たす試みとなった.本書が少しでも精神医学を研修しようとする医師に役立つことを願っているし,心理士などのコメディカルスタッフにも,こころの医療の鋳型として利用してほしい.
また,精神科医の質が問われている昨今,患者さんやプライマリケア医から「どうやって精神科医を選んだらよいか」と質問される機会が増えた.本書は説明なしに難しい用語を用いることはできるだけ避けたので,ひょっとしたら患者さんの医師選びにも役立たないかと考えている.本書で示した初診時面接に比べて,聞かれる内容が著しく少ない場合や面接時間が短い場合,初期対応が異なる場合は,その医師でよいかを再検討し,セカンドオピニオンを求めるなどの行動があってもよいかもしれない.
最後にもう1点強調しておきたい.最近,向精神薬の使用を極端に否定する医師や医療スタッフに出会うことがある.そんな中で,「多剤大量処方問題を気にかけて面接に関する本を書く」などと言うと,「おまえは向精神薬療法自体に反対か」と質問されそうであるが,筆者は,向精神薬なしに精神医療はできないし,向精神薬は適切に使いさえすれば治療に極めて有用であると考えている.自施設では重症うつ病も精神科救急も担当し,必要な状況では躊躇なく向精神薬を用いている.その点については誤解されないようにひと言触れておきたい.
まだまだ自分の臨床全般を他者の評価を受けて改善させていかなければならないのはわかっているが,本書は一応標準的な診療のあり方は示せているようにも思う.いろいろなご意見をいただき,さらに自分の臨床や知識を修正していくつもりである.
2014年5月
宮岡 等
目次
開く
第1章 なぜ精神科は面接が大切か
精神科面接と精神医療の質
「治す」よりも「支える」精神療法
「面接がうまい」だけではなく,十分な知識が必要
医療面接を「ハンバーガー屋の店員教育」と侮るなかれ
なぜ多剤大量処方の問題は起こったのか
第2章 知っておきたい医療面接の基本
なぜ医療面接は生まれたか
医療面接の教育
医療面接における評価
精神疾患が対象となる「医療面接上級編」
医療面接と精神科面接の相違
第3章 症例と解説でみる精神科の初診時面接
1 うつ病が疑われる症例
導入
症状を尋ねる
精神現在症の評価
既往歴,家族歴,社会機能を尋ねる
治療方針の説明
2 心気症が疑われる症例
精神科初診までの経過と口腔外科医の対応
精神科初診:治療への導入
病歴の聴取と診断
治療方針を伝える
治療開始後の経過
第4章 診療の基本
患者に不快感を与えない服装を
診察状況に応じて患者と医師の位置関係を考える
相手の目を見つめすぎない
ゆっくり話す
大きめの時計を見やすい場所に
第5章 初診時面接・初期対応
1 診療の枠組み
患者と家族,どちらの話を先に聞くか
個人情報と守秘義務
2 面接の姿勢と方法
問診項目のリストを見ながら面接してもよい
「傾聴」と「受容」が最も大切である
「共感」はきちんと言葉で伝える
3 病歴や精神症状の尋ね方
精神現在症の評価を心がける
定義に沿って症状を正確に評価する
行動の問題の背景にある精神症状を考える
症状として記載できない言動は慎重に評価する
思路(思考過程)を評価する
近親者に対する妄想の判断は難しい
関係者の話だけを頼りに妄想と判断しない
軽度の認知症は通常の会話では見いだせない
生活史,家族関係は初診時に評価する
経過は途切れないように尋ねる
過去の症状や行動は慎重に評価する
専門用語や曖昧な表現は避け,具体的に質問する
印象は慎重に伝える
4 診断の考え方
治療すべき症状を明確にする
「外因→内因→心因」の順に考える診断学の弊害
「どの診断も合わない」感覚は重視すべき
「診断保留」という姿勢はとらない
操作的診断基準を用いる際の注意点
現在,症状がなくても過去の診断を安易に否定しない
意識障害,認知症,うつ状態を鑑別する
睡眠関連障害の鑑別・合併を検討する
自閉症スペクトラムやADHDの鑑別・合併を検討する
5 対応の基本
過度に医療化する必要はない
病名告知には疾患の説明が不可欠である
得意な治療だけを押しつけない
予測される治療の効果を説明する
家族も一緒に治療する姿勢を示す
具体的に指示する
治療目標を明確にする
6 治療方針の伝え方
入院の必要性は総合的に判断する
shared decision makingを重視する
薬剤の投与経路に応じた同意を得る
治療アドヒアランスには医師の説明が影響する
第6章 通常の外来での精神科面接と対応
1 頭に置いておくべき大原則
日常臨床における基本的面接
「良い面接」よりも「悪くない面接」を心がける
面接は多角的に評価する
患者の目に映る自分を想像して面接を修正する
時間をかけた精神療法だけが治療面接ではない
面接の副作用を常に考える
自分の技術を反省する
面接を透明化する
2 対応のポイント
「話す」よりも「聞く」ことを心がける
手助けしたいという態度を示す
感情的な反応を返さない
患者の言葉を否定せず,全面的に肯定もしない
患者-医師関係に注意を払う
ストレス脆弱性モデルは常に説明する
症状や状況を客観的に見るように促す
「待つこと」の大切さを伝える
心理内面に深く入りすぎない
社会機能の向上を目標にする
同じ診療環境で治療を続ける
常に治療の終結を意識する
3 臨床に役立つ精神分析の知識
転移と逆転移
分裂
症候移動
4 精神療法や面接の副作用
「副作用がある」と知ることが大切
副作用はなぜ起こるのか
どんな副作用があるか
求められる対応
第7章 場面や患者ごとに検討すべき対応
がん患者のうつ状態
身体症状に心気症症状が加わった状態
身体疾患様病名を告知されている場合
発達障害やその合併が疑われる場合
認知症症状を認める場合
家族のみで相談に来た場合
第8章 症状評価・操作的診断基準の考え方
1 症状評価
測定方法の種類
目的と実施のポイント
臨床での必要性と用い方
2 操作的診断基準
操作的診断基準と従来の診断体系の相違
操作的診断基準の不適切使用
3 治療ガイドライン
ガイドラインの成り立ち:EBMとEC
用いるうえでの心得
第9章 薬物療法の大原則
通常の診療には薬物療法の知識が不可欠
単剤投与を心がける
向精神薬療法以外の対応も必ず考える
年齢や身体疾患を考慮して少量から開始する
効果のプロフィールによる抗不安薬の使い分けは不要
ベンゾジアゼピン系薬剤は興奮を強めることがある
ベンゾジアゼピン系薬剤を安全な薬剤と考えない
エチゾラムは他の向精神薬と同様の注意が必要
軽症のうつ状態には抗うつ薬が有効でない可能性がある
抗うつ薬の選択は副作用を指標とすべき
身体疾患治療薬も含めて薬物相互作用を考える
フルニトラゼパムは特に注意すべき薬剤である
適切な情報を選ぶ
向精神薬ではプラセボ効果が大きい
添付文書の記載を十分知って薬物療法を行う
新規向精神薬の印象を安易に古典的薬剤に応用しない
副作用治療薬を加えるよりも原因薬を調整する
第10章 診療録の書き方
診療録記載は重要である
診療録の一般的記載
精神症状全般の評価
身体症状や身体所見
法律や保険診療に関係する記載
医師の説明と同意内容
情報共有の手段であるという理解
面接の連続性
あとがき
索引
Columns
(1)「あなたもうつ病」キャンペーン?
(2)面接と立場
(3)認知行動療法の隆盛に思う
(4)過度の医療化を防ぐ地域医療
(5)disease mongering
(6)治療しないことの効果
(7)「インフォームド・コンセントがあればよい」という誤解
(8)面接の透明性
(9)認知行動療法とdisease mongering
(10)認知症のBPSDにも非薬物的対応が大切
(11)リエゾンはバトルである!
(12)面接ではわからないが自記式質問票ではわかる?
(13)必須薬
(14)睡眠薬をめぐる問題
(15)添付文書を理解する
(16)適切な薬物療法と精神科研修
精神科面接と精神医療の質
「治す」よりも「支える」精神療法
「面接がうまい」だけではなく,十分な知識が必要
医療面接を「ハンバーガー屋の店員教育」と侮るなかれ
なぜ多剤大量処方の問題は起こったのか
第2章 知っておきたい医療面接の基本
なぜ医療面接は生まれたか
医療面接の教育
医療面接における評価
精神疾患が対象となる「医療面接上級編」
医療面接と精神科面接の相違
第3章 症例と解説でみる精神科の初診時面接
1 うつ病が疑われる症例
導入
症状を尋ねる
精神現在症の評価
既往歴,家族歴,社会機能を尋ねる
治療方針の説明
2 心気症が疑われる症例
精神科初診までの経過と口腔外科医の対応
精神科初診:治療への導入
病歴の聴取と診断
治療方針を伝える
治療開始後の経過
第4章 診療の基本
患者に不快感を与えない服装を
診察状況に応じて患者と医師の位置関係を考える
相手の目を見つめすぎない
ゆっくり話す
大きめの時計を見やすい場所に
第5章 初診時面接・初期対応
1 診療の枠組み
患者と家族,どちらの話を先に聞くか
個人情報と守秘義務
2 面接の姿勢と方法
問診項目のリストを見ながら面接してもよい
「傾聴」と「受容」が最も大切である
「共感」はきちんと言葉で伝える
3 病歴や精神症状の尋ね方
精神現在症の評価を心がける
定義に沿って症状を正確に評価する
行動の問題の背景にある精神症状を考える
症状として記載できない言動は慎重に評価する
思路(思考過程)を評価する
近親者に対する妄想の判断は難しい
関係者の話だけを頼りに妄想と判断しない
軽度の認知症は通常の会話では見いだせない
生活史,家族関係は初診時に評価する
経過は途切れないように尋ねる
過去の症状や行動は慎重に評価する
専門用語や曖昧な表現は避け,具体的に質問する
印象は慎重に伝える
4 診断の考え方
治療すべき症状を明確にする
「外因→内因→心因」の順に考える診断学の弊害
「どの診断も合わない」感覚は重視すべき
「診断保留」という姿勢はとらない
操作的診断基準を用いる際の注意点
現在,症状がなくても過去の診断を安易に否定しない
意識障害,認知症,うつ状態を鑑別する
睡眠関連障害の鑑別・合併を検討する
自閉症スペクトラムやADHDの鑑別・合併を検討する
5 対応の基本
過度に医療化する必要はない
病名告知には疾患の説明が不可欠である
得意な治療だけを押しつけない
予測される治療の効果を説明する
家族も一緒に治療する姿勢を示す
具体的に指示する
治療目標を明確にする
6 治療方針の伝え方
入院の必要性は総合的に判断する
shared decision makingを重視する
薬剤の投与経路に応じた同意を得る
治療アドヒアランスには医師の説明が影響する
第6章 通常の外来での精神科面接と対応
1 頭に置いておくべき大原則
日常臨床における基本的面接
「良い面接」よりも「悪くない面接」を心がける
面接は多角的に評価する
患者の目に映る自分を想像して面接を修正する
時間をかけた精神療法だけが治療面接ではない
面接の副作用を常に考える
自分の技術を反省する
面接を透明化する
2 対応のポイント
「話す」よりも「聞く」ことを心がける
手助けしたいという態度を示す
感情的な反応を返さない
患者の言葉を否定せず,全面的に肯定もしない
患者-医師関係に注意を払う
ストレス脆弱性モデルは常に説明する
症状や状況を客観的に見るように促す
「待つこと」の大切さを伝える
心理内面に深く入りすぎない
社会機能の向上を目標にする
同じ診療環境で治療を続ける
常に治療の終結を意識する
3 臨床に役立つ精神分析の知識
転移と逆転移
分裂
症候移動
4 精神療法や面接の副作用
「副作用がある」と知ることが大切
副作用はなぜ起こるのか
どんな副作用があるか
求められる対応
第7章 場面や患者ごとに検討すべき対応
がん患者のうつ状態
身体症状に心気症症状が加わった状態
身体疾患様病名を告知されている場合
発達障害やその合併が疑われる場合
認知症症状を認める場合
家族のみで相談に来た場合
第8章 症状評価・操作的診断基準の考え方
1 症状評価
測定方法の種類
目的と実施のポイント
臨床での必要性と用い方
2 操作的診断基準
操作的診断基準と従来の診断体系の相違
操作的診断基準の不適切使用
3 治療ガイドライン
ガイドラインの成り立ち:EBMとEC
用いるうえでの心得
第9章 薬物療法の大原則
通常の診療には薬物療法の知識が不可欠
単剤投与を心がける
向精神薬療法以外の対応も必ず考える
年齢や身体疾患を考慮して少量から開始する
効果のプロフィールによる抗不安薬の使い分けは不要
ベンゾジアゼピン系薬剤は興奮を強めることがある
ベンゾジアゼピン系薬剤を安全な薬剤と考えない
エチゾラムは他の向精神薬と同様の注意が必要
軽症のうつ状態には抗うつ薬が有効でない可能性がある
抗うつ薬の選択は副作用を指標とすべき
身体疾患治療薬も含めて薬物相互作用を考える
フルニトラゼパムは特に注意すべき薬剤である
適切な情報を選ぶ
向精神薬ではプラセボ効果が大きい
添付文書の記載を十分知って薬物療法を行う
新規向精神薬の印象を安易に古典的薬剤に応用しない
副作用治療薬を加えるよりも原因薬を調整する
第10章 診療録の書き方
診療録記載は重要である
診療録の一般的記載
精神症状全般の評価
身体症状や身体所見
法律や保険診療に関係する記載
医師の説明と同意内容
情報共有の手段であるという理解
面接の連続性
あとがき
索引
Columns
(1)「あなたもうつ病」キャンペーン?
(2)面接と立場
(3)認知行動療法の隆盛に思う
(4)過度の医療化を防ぐ地域医療
(5)disease mongering
(6)治療しないことの効果
(7)「インフォームド・コンセントがあればよい」という誤解
(8)面接の透明性
(9)認知行動療法とdisease mongering
(10)認知症のBPSDにも非薬物的対応が大切
(11)リエゾンはバトルである!
(12)面接ではわからないが自記式質問票ではわかる?
(13)必須薬
(14)睡眠薬をめぐる問題
(15)添付文書を理解する
(16)適切な薬物療法と精神科研修
書評
開く
認知行動療法を実践する全ての臨床家に読んでほしい
書評者: 伊藤 絵美 (洗足ストレスコーピング・サポートオフィス代表)
宮岡等先生著『こころを診る技術』の書評を依頼され,ちょうど本書を読みたいと考えていたところなので軽い気持ちで引き受けたが,コンパクトながら多面的な内容が凝縮された本書を一気に読了したところ,若干の戸惑いを覚えた。「なぜ私が依頼されたのか?」「どの立場の人間として,私はこの書評を書けばいいのか」。というのも,本書は副題が「精神科面接と初診時対応の基本」とあるように,明らかに精神科の臨床医に向けて書かれたものであるからである。評者は精神科医ではない。認知行動療法を専門とする民間カウンセリング機関を開業する臨床心理士である。本書には,昨今の「認知行動療法ブーム」に対する批判も複数書かれていた。
ところが戸惑いながらあとがきを読んだところ,本書で最も感銘を受けることになる以下の文章に出会った。「最初は『どのようにすれば面接をうまく進めることができるか』についての工夫を中心に,本書を書こうと思っていた。しかし,書いているうちに,『どのような患者観をもっているか』『どのような患者-医者関係がよいと考えているのか』に関するきちんとした考えのないところに面接法は生まれないという,ごく当たり前のことを強く感じるようになった」。(p. 206)
これは精神科医の診療のみならず,評者のような心理士の行う心理面接にも適用し得る重要な問いだと思う。治療法の選択以前の,その治療者のあり方を問う重要な問いである。「理念」と言い換えてもよいかもしれない。そして著者自身の理念は本文で提示された「shared decision making(SDM)」(意思決定の共有)という概念に集約されている。「SDMでは,医師と患者が話し合いながら治療方針を決定するため,患者の個人的な希望まで含まれる」(p. 116)とある。認知行動療法では,良好な「協同的問題解決チーム」として治療関係を構築するという理念があるが,SDMはそれとほぼ重なるものであると評者は理解した。そして本書はSDMを精神科の医療現場で実現するために,実際にどのような知識と技術が必要なのか,ということを具体的に示した教科書なのだと思い至った。
それにしても本書の内容は,このように書くのはあまりにもせんえつ過ぎるが,それでも評者にとっては「あまりにも当然のこと」がほとんどだった。医学的な情報はさておき,治療の始め方と進め方,患者にどう説明するか,家族への対応,初診での情報の集め方,診察室の構造,時間の使い方,記録の取り方,などなど。それをわざわざこのように教科書化しなければならない現状に対する著者の深い危惧と,それを乗り越えなければという強い思いを感じた。そこではたと思い当たった。本書で批判された認知行動療法に対するいくつかの批判についてだが,それらの「認知行動療法」は,評者が本書について「あまりにも当然のこと」と思った「当然のこと」が行われていない,まずい「認知行動療法」なのではないかと。となると,むしろ本書は精神科の医師のみならず,認知行動療法を実践しようとする全ての臨床家に読んでもらいたい本である,ということになる。それが評者の結論である。
目から鱗の実用的なノウハウが盛り込まれた一冊
書評者: 野村 総一郎 (防衛医大病院 院長)
学会でも舌鋒鋭い論客として知られる宮岡等教授が,日常的には一体どんな臨床をしているのだろうと以前から興味を持っていたが,本書はまさにそれに対する回答とも言うべき一冊である。これは「どう患者を診るか」という技術書であり,「いかなる姿勢で診るべきか」という哲学書だと思う。ちょっと妙な連想になるかもしれないが,実は宮本武蔵の『五輪書』は評者の愛読書である。そこでは「剣術でいかに勝つか」を述べながら,結局は「剣とは何か」が論じられており,武士としていかに生きるかを示すガイドラインとなっている。本書はこのスタイルとの共通点が感じられ,これは宮岡教授の書いた『五輪書』だ! と直感した次第である。例えば「大半の患者は精神科外来で10分程度の面接しか受けていないが,基本的な面接を続けること自体が治療であるべき」「そのためには『良い面接』より,『悪くない面接』を心がけること」「精神面に積極的に働きかけて治そうとするより,患者に寄り添うこと」などの主張には,思わずハタと膝を打ってしまった。このあたり,まさに本書を哲学書と呼びたくなるゆえんであろう。
いや,そうは言っても,決してそこには小難しい理論が連なっているのではない。本書を読んだ読者は,あるいは不思議に思うのではあるまいか。「なぜ自分が普段悩んでいることが,宮岡先生には手に取るようにわかるのだ!」「しかも,ここにその答えがあるじゃないか!」と。そのくらいポイントを突いて臨床家が日頃困っていること,迷っていることへの武蔵流,いや宮岡流の答えが展開されているのである。例えば「自分が睡眠不足や疲れている時の面接は調子がよい時と比べて,『聞く』より『話す』ことが多くなっている。自ら話すことによって,早く面接を終えたいという気持ちがあるのであろう」という言葉にはドキッとさせられ,「今後気をつけよう」と感じたし,面接に際して「一般的にも起こりうることだが」という問いかけから入ると答えが引き出しやすい,などは診療のコツを述べた名言であろう。名言と言えば,そこかしこに耳に残りやすい機智に満ちた表現があり,それが本書をさらに読みやすくしている。例えば「リエゾンはバトルである」という考え方には思わず唸ったし,「精神療法にも副作用がある」という指摘は当然のようで,昨今忘れられていた視点である。また,「『薬を処方するしか能のない精神科医』は面接が下手なだけでなく,疾患の診断や治療に関する最低限の知識も習得できていないのではないかと疑う」というのも,辛口だが実に小気味良い一言として響いた。それもそのはず,この問題意識こそ著者が本書を書いた契機であるからだろう。
以上述べてきたように,わかりやすくオーソドックスでありながら,目から鱗の実用的なノウハウが盛り込まれた本書は,まさに著者の狙いが極めて有効に結実した名著であろう。研修医向けであると同時に,むしろベテランの精神科医にも読んでほしい一冊となっている。
適切な面接なしに適切な精神科治療はありえない
書評者: 野村 俊明 (日医大教授・心理学)
本書はかねてから精神医療の在り方について積極的に辛口のコメントをしていることで知られる宮岡等氏が,おそらくは現代の精神医療への危機感から執筆した著作である。
患者数の急増,対応すべき領域の拡大,さらに書類や会議の増加などにより,精神科医は以前に比べずいぶん忙しくなったといわれる。とりわけ外来診療は時間に追われており,精神科医は限られた時間の中で適切に診断し,患者を支持して力付け,時に応じて心理教育を行う必要がある。つまり今日の精神科医には,精神科面接の力がこれまで以上に求められているのである。しかしながら指導する側もまた多忙でゆとりがないためもあって,精神科面接の修練は個人任せになりがちである。それなのにちまたに溢れている精神療法の書籍は専門的な内容のものが多く,日々の臨床の役に立ちにくい。薬物療法全盛の精神医療において精神科医の面接能力,ひいては臨床能力が低下しつつあるのではないかという問題意識が本書全体を貫いている。
筆者の言葉を借りれば,われわれは意識的に精神科面接あるいは精神療法の修練をしていかないと「薬を処方するしか能のない精神科医」になってしまう。適切な面接ができない精神科医に適切な診断ができるはずはないし,不適切な面接は薬物療法の効果を吹き飛ばしてしまう。ただし適切な面接とは「精神療法の達人による人に真似できないコツ」の集積ではなく,医学知識に基づいた基本的な対応を積み重ねていくことに他ならないとされる。そしてこうした面接がそれ自体治療的な意義を持つことが本書では説得的に述べられている。これは多くの精神療法論が精神医療の実際と乖離した形で展開されていることへの著者の批判的な見解を反映している。例えば第3章「症例と解説でみる精神科の初診時面接」ではうつ病や身体表現性障害が例示されつつ面接の実際が記述されており,「医学的知識なしに適切な精神科面接は行いえない」という本書の主張を裏付ける内容になっている。
そのほか「初期対応のポイント」「薬物療法の大原則」「精神療法の副作用」「精神分析の基礎知識」など,精神科臨床上のテーマが精神科面接と関連付けられて縦横無尽に論じられている。こうしたテーマからもわかるように,本書は面接に力点が置かれてはいるが,初期治療に焦点を当てた精神科臨床の手引きという性格も持っている。
本書を通読してあらためて実感したのは,患者の年齢や疾患の種類によって得手不得手はあるにしても,薬物療法は非常に上手だが精神療法は下手であるという精神科医は多分いないということである。適切な面接なしに薬物療法を含む適切な精神科治療はありえないということを本書は語っている。研修医・専修医などの若手はもちろん,多くの精神科医に自分の面接の仕方や診療そのものを見直す刺激を与えてくれる著作である。
書評者: 伊藤 絵美 (洗足ストレスコーピング・サポートオフィス代表)
宮岡等先生著『こころを診る技術』の書評を依頼され,ちょうど本書を読みたいと考えていたところなので軽い気持ちで引き受けたが,コンパクトながら多面的な内容が凝縮された本書を一気に読了したところ,若干の戸惑いを覚えた。「なぜ私が依頼されたのか?」「どの立場の人間として,私はこの書評を書けばいいのか」。というのも,本書は副題が「精神科面接と初診時対応の基本」とあるように,明らかに精神科の臨床医に向けて書かれたものであるからである。評者は精神科医ではない。認知行動療法を専門とする民間カウンセリング機関を開業する臨床心理士である。本書には,昨今の「認知行動療法ブーム」に対する批判も複数書かれていた。
ところが戸惑いながらあとがきを読んだところ,本書で最も感銘を受けることになる以下の文章に出会った。「最初は『どのようにすれば面接をうまく進めることができるか』についての工夫を中心に,本書を書こうと思っていた。しかし,書いているうちに,『どのような患者観をもっているか』『どのような患者-医者関係がよいと考えているのか』に関するきちんとした考えのないところに面接法は生まれないという,ごく当たり前のことを強く感じるようになった」。(p. 206)
これは精神科医の診療のみならず,評者のような心理士の行う心理面接にも適用し得る重要な問いだと思う。治療法の選択以前の,その治療者のあり方を問う重要な問いである。「理念」と言い換えてもよいかもしれない。そして著者自身の理念は本文で提示された「shared decision making(SDM)」(意思決定の共有)という概念に集約されている。「SDMでは,医師と患者が話し合いながら治療方針を決定するため,患者の個人的な希望まで含まれる」(p. 116)とある。認知行動療法では,良好な「協同的問題解決チーム」として治療関係を構築するという理念があるが,SDMはそれとほぼ重なるものであると評者は理解した。そして本書はSDMを精神科の医療現場で実現するために,実際にどのような知識と技術が必要なのか,ということを具体的に示した教科書なのだと思い至った。
それにしても本書の内容は,このように書くのはあまりにもせんえつ過ぎるが,それでも評者にとっては「あまりにも当然のこと」がほとんどだった。医学的な情報はさておき,治療の始め方と進め方,患者にどう説明するか,家族への対応,初診での情報の集め方,診察室の構造,時間の使い方,記録の取り方,などなど。それをわざわざこのように教科書化しなければならない現状に対する著者の深い危惧と,それを乗り越えなければという強い思いを感じた。そこではたと思い当たった。本書で批判された認知行動療法に対するいくつかの批判についてだが,それらの「認知行動療法」は,評者が本書について「あまりにも当然のこと」と思った「当然のこと」が行われていない,まずい「認知行動療法」なのではないかと。となると,むしろ本書は精神科の医師のみならず,認知行動療法を実践しようとする全ての臨床家に読んでもらいたい本である,ということになる。それが評者の結論である。
目から鱗の実用的なノウハウが盛り込まれた一冊
書評者: 野村 総一郎 (防衛医大病院 院長)
学会でも舌鋒鋭い論客として知られる宮岡等教授が,日常的には一体どんな臨床をしているのだろうと以前から興味を持っていたが,本書はまさにそれに対する回答とも言うべき一冊である。これは「どう患者を診るか」という技術書であり,「いかなる姿勢で診るべきか」という哲学書だと思う。ちょっと妙な連想になるかもしれないが,実は宮本武蔵の『五輪書』は評者の愛読書である。そこでは「剣術でいかに勝つか」を述べながら,結局は「剣とは何か」が論じられており,武士としていかに生きるかを示すガイドラインとなっている。本書はこのスタイルとの共通点が感じられ,これは宮岡教授の書いた『五輪書』だ! と直感した次第である。例えば「大半の患者は精神科外来で10分程度の面接しか受けていないが,基本的な面接を続けること自体が治療であるべき」「そのためには『良い面接』より,『悪くない面接』を心がけること」「精神面に積極的に働きかけて治そうとするより,患者に寄り添うこと」などの主張には,思わずハタと膝を打ってしまった。このあたり,まさに本書を哲学書と呼びたくなるゆえんであろう。
いや,そうは言っても,決してそこには小難しい理論が連なっているのではない。本書を読んだ読者は,あるいは不思議に思うのではあるまいか。「なぜ自分が普段悩んでいることが,宮岡先生には手に取るようにわかるのだ!」「しかも,ここにその答えがあるじゃないか!」と。そのくらいポイントを突いて臨床家が日頃困っていること,迷っていることへの武蔵流,いや宮岡流の答えが展開されているのである。例えば「自分が睡眠不足や疲れている時の面接は調子がよい時と比べて,『聞く』より『話す』ことが多くなっている。自ら話すことによって,早く面接を終えたいという気持ちがあるのであろう」という言葉にはドキッとさせられ,「今後気をつけよう」と感じたし,面接に際して「一般的にも起こりうることだが」という問いかけから入ると答えが引き出しやすい,などは診療のコツを述べた名言であろう。名言と言えば,そこかしこに耳に残りやすい機智に満ちた表現があり,それが本書をさらに読みやすくしている。例えば「リエゾンはバトルである」という考え方には思わず唸ったし,「精神療法にも副作用がある」という指摘は当然のようで,昨今忘れられていた視点である。また,「『薬を処方するしか能のない精神科医』は面接が下手なだけでなく,疾患の診断や治療に関する最低限の知識も習得できていないのではないかと疑う」というのも,辛口だが実に小気味良い一言として響いた。それもそのはず,この問題意識こそ著者が本書を書いた契機であるからだろう。
以上述べてきたように,わかりやすくオーソドックスでありながら,目から鱗の実用的なノウハウが盛り込まれた本書は,まさに著者の狙いが極めて有効に結実した名著であろう。研修医向けであると同時に,むしろベテランの精神科医にも読んでほしい一冊となっている。
適切な面接なしに適切な精神科治療はありえない
書評者: 野村 俊明 (日医大教授・心理学)
本書はかねてから精神医療の在り方について積極的に辛口のコメントをしていることで知られる宮岡等氏が,おそらくは現代の精神医療への危機感から執筆した著作である。
患者数の急増,対応すべき領域の拡大,さらに書類や会議の増加などにより,精神科医は以前に比べずいぶん忙しくなったといわれる。とりわけ外来診療は時間に追われており,精神科医は限られた時間の中で適切に診断し,患者を支持して力付け,時に応じて心理教育を行う必要がある。つまり今日の精神科医には,精神科面接の力がこれまで以上に求められているのである。しかしながら指導する側もまた多忙でゆとりがないためもあって,精神科面接の修練は個人任せになりがちである。それなのにちまたに溢れている精神療法の書籍は専門的な内容のものが多く,日々の臨床の役に立ちにくい。薬物療法全盛の精神医療において精神科医の面接能力,ひいては臨床能力が低下しつつあるのではないかという問題意識が本書全体を貫いている。
筆者の言葉を借りれば,われわれは意識的に精神科面接あるいは精神療法の修練をしていかないと「薬を処方するしか能のない精神科医」になってしまう。適切な面接ができない精神科医に適切な診断ができるはずはないし,不適切な面接は薬物療法の効果を吹き飛ばしてしまう。ただし適切な面接とは「精神療法の達人による人に真似できないコツ」の集積ではなく,医学知識に基づいた基本的な対応を積み重ねていくことに他ならないとされる。そしてこうした面接がそれ自体治療的な意義を持つことが本書では説得的に述べられている。これは多くの精神療法論が精神医療の実際と乖離した形で展開されていることへの著者の批判的な見解を反映している。例えば第3章「症例と解説でみる精神科の初診時面接」ではうつ病や身体表現性障害が例示されつつ面接の実際が記述されており,「医学的知識なしに適切な精神科面接は行いえない」という本書の主張を裏付ける内容になっている。
そのほか「初期対応のポイント」「薬物療法の大原則」「精神療法の副作用」「精神分析の基礎知識」など,精神科臨床上のテーマが精神科面接と関連付けられて縦横無尽に論じられている。こうしたテーマからもわかるように,本書は面接に力点が置かれてはいるが,初期治療に焦点を当てた精神科臨床の手引きという性格も持っている。
本書を通読してあらためて実感したのは,患者の年齢や疾患の種類によって得手不得手はあるにしても,薬物療法は非常に上手だが精神療法は下手であるという精神科医は多分いないということである。適切な面接なしに薬物療法を含む適切な精神科治療はありえないということを本書は語っている。研修医・専修医などの若手はもちろん,多くの精神科医に自分の面接の仕方や診療そのものを見直す刺激を与えてくれる著作である。
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