精神療法の基本
支持から認知行動療法まで

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臨床医が外来患者を診療する際に役に立つ精神療法の理論やテクニックについて、米国での長い臨床経験をもつスペシャリストがまとめた解説書。精神療法の位置づけという基礎的な内容から、患者とのラポートづくりや効果的な面接の技法といった実際の治療でのポイント、臨床でみかける機会の多い疾患の特徴と介入方法まで網羅的に解説。限られた時間でより有効な診療を行う手助けとなるであろう1冊。
堀越 勝 / 野村 俊明
発行 2012年12月判型:A5頁:288
ISBN 978-4-260-01672-8
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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 精神療法は主に会話を通して行われる介入法である.会話は普通言葉を使って行われ,言葉はその使い手によって不思議と変化する.同じ言葉も言い方ひとつで語意と全く違う意味を伝えてしまうことがある.「怒っていない」と語気を強めて言えば,かえって怒っていることが伝わってしまう.また,その言葉を誰が発するかによっても意味合いは大きく異なる.普段から語気の強い人であっても,それを相手が知っているのなら,語気の強さはさほどの意味を持たなくなる.言葉はまるで御し難い名馬のようで,達人が使いこなせば,相手の心を打ち,目に涙をもたらすが,素人が使えば同じ涙でもその意味が違ってくる.
 このように,言葉はその使い方によって,人を癒すこともあれば,傷つけることもある.そうであるならば,人々を癒すことの出来る優れた精神療法家は,言葉の達人ということになりはしないだろうか.
 近年,精神療法の効果について,また精神療法のどの部分がどのように治療効果に影響するかについてなどの研究が行われるようになった.そうした実証的な研究の中で,ランバート(Lambert, 1992)1)は,精神療法において,患者側の要因や治療外の要因がどれだけ治療効果に関与するかについての研究結果を報告している.その結果によると,各精神療法に特化したテクニックの部分15%に対し,残りの85%は,治療関係(30%),患者側の期待・プラセボ(15%),ラッキーな出来事や自然治癒力など患者側に起こる治療外の変化(40%)であった.この数字を見る限り,特化した精神療法のテクニックに比べ,患者と交わされる共感的な言葉,温かさなどに基づいた治療関係のほうが割合的に重要ということになる.やはり,こうした研究結果を見ても,関係作りやコミュニケーション技法などを充実させることで,テクニックや理論にはそれほど精通していないとしても,日常診療を精神療法化することは可能なのではないだろうか.
 本書はある意味で,精神療法の型の1つを示すものである.複雑な理論や技法ではなく,常識的で普段既に行っていることを見直すことから始めている.それは,挨拶の仕方,問題を見える形に図式化して理解すること,会話の中のある言葉に注目することで相手の心の状態を知ること,関係作りの順番を一定方向に整えたり,質問の方法を工夫したりすることと,日常診療を型に沿ってまとめ直す作業である.歴史的な達人や名人たちは皆,型から始め,そして型に終わるという.「型どおり」「型にはまる」また「作法通り」「マニュアル通り」などの言葉にはどこか,味気ない,通り一遍でつまらない印象があるが,型を見直し,治療関係の土台を整えるだけで達人級の伸びしろを獲得することが出来るものと信じる.本書は3章構成になっており,第1章は,総論として,人間の問題の捉え方,治療関係の作り方,基本的な介入方略などについて述べ,第2章は各論として,各精神疾患への応用,さらには臨床訓練の方法などについて対談の形式で紹介する.最終章には第1・2章の内容を精神科外来で生かすためのポイントがまとめられている.
 このような本を作るアイデアは,共著者の野村俊明先生との間でずいぶん長い間温めてきた.話を始めてから期が熟すまでに10年近い時が経ったことになる.ある意味で本書は野村先生との10年間分の会話をまとめたものと言えるかもしれない.そして,医学書院の皆さんのご理解と援助なくしてこのプロジェクトは完了することはなかった.頭の下がる思いで一杯である.
 私自身は臨床心理学や行動医学の教育と訓練の全てを米国で受け,ライセンスを取得し,クリニカル・サイコロジストとして医療施設などで臨床経験を積んだ後に帰国したが,臨床訓練についてはネオフロディアンの最先鋒の一人であるLawrence E. Hedges先生(Listening Perspective Study Center)に最も長く指導を受けたことになる.また,認知行動療法(CBT)については悲嘆カウンセリングのJ. William Worden先生に手ほどきを受けた後,行動医学の訓練を受けたハーバード大学の教育病院であるケンブリッジ病院とマサチューセッツ総合病院(MGH)のスーパーバイザー達に徹底的に叩き込まれ,不安障害,特に強迫性障害についてはMGH/マクレーン病院の強迫性障害研究所のMichael A. Jenike先生をはじめLee Baer先生,William E. Minichiello先生らに指導を受けた.この他に,大学院時代のJohn Carter先生やJim Guy先生など,これまでに影響を受けた先生方は枚挙に暇がない.聖路加国際病院の日野原重明先生と,いまは亡き名古屋大学の武澤純先生の導きで帰国を果たし,帰国後は,最も親しい友人の一人でもある京都大学の古川壽亮先生,現職の上司に当たる大野裕先生に指導を仰ぎながら今日に至っている.最後になるが,今回の企画を実現させるために尽力し,何時間も資料を片手にコーヒーに付き合って下さった,心理士であり精神科医であり,親友であり師でもある共著者の野村先生に心から感謝の意を表したい.

 2012年10月
 堀越 勝

●文献
1)Lambert MJ:Implications of outcome research for psychotherapy integration. In Norcross JC, Goldfried MR(eds):Handbook of Psychotherapy Integration. pp94-129, Oxford University Press, London, 1992

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第1章 精神療法とは何か?
 はじめに
  1.日本における精神療法の現状
  2.精神科診療を精神療法化する
 簡易な精神療法を実施する意義
 精神療法化の方法と手順
  1.関係作り:「助けて」
  2.査定:「どうされましたか?」
  3.告知と介入計画:「どうしましょうか?」
  4.介入法の実施:「~しましょうか?」
  5.モニター:「いかがですか?」
  6.再発予防と終結:「さようなら」
 簡易精神療法の介入ステップ
 簡易精神療法の効果
 ステップ1:患者との関係作り
  1.患者の「助けて」と関係スタイル
  2.患者との治療関係の構築
  3.治療関係をスタートさせる-ラポート形成
  4.コミュニケーションのための主な原則
 ステップ2:「どうされましたか?」-患者の問題に気付く
  1.こころの仕組み図
  2.現実と心
  3.身体
  4.考え方
  5.感情
  6.行動
  7.関係
 ステップ3:患者に問題を気付かせる
  1.心理教育
  2.質問法
 ステップ4:介入作業を実施する
  1.問題の見方-条理問題と不条理問題
  2.問題の見方-結果を変えられる問題と変えられない問題
  3.目標設定
  4.精神療法における介入法の相違点と共通点
  5.問題への介入
 ステップ5:モニター
 ステップ6:再発予防と終結

第2章 対談:精神療法の疾患別アプローチ
 1.精神療法を行うにあたっておさえておくべきポイント
  精神療法の訓練における日米間の違い
  本書の趣旨-問題をどう捉えるか
  実際の臨床現場でのアプローチ
  ラポート作り
  こころの仕組み図について
  問題に気付かせる
  介入法の決定
  変えられるものと変えられないもの
 2.気分障害へのアプローチ
  うつ病の基礎知識
  うつ病に対する精神療法
  うつ病へのアプローチ-CBTのポイント
  子供のうつ病
  思春期のうつ病
  うつ病への発達心理学の視点
  高齢者のうつ病
  双極性障害などに対する精神療法の位置付け
 3.パニック障害,強迫性障害,恐怖症へのアプローチ
  パニック障害の基礎知識
  パニック障害に対する精神療法
  パニック障害と薬物療法
  強迫性障害の基礎知識
  強迫性障害に対する精神療法
  恐怖症に対する精神療法
 4.PTSD,心身症,失感情症へのアプローチ
  PTSDの基礎知識
  PTSDに対する精神療法
  心身症の基礎知識
  心身症に対する精神療法
  失感情症の基礎知識
  失感情症に対する精神療法
  心身医学と行動医学
 5.日本の精神療法を向上させるために
  日本の教育制度の問題点
  現状のなかでいかに精神療法を習得するか
  「やってはいけない」で学ぶ精神療法上達のコツ
  チームアプローチ
  薬物療法の効果

第3章 精神科外来における精神療法
  患者のニーズと医療上の必要性
  外来診療の現実
  新しい外来精神療法学を
  精神療法の立場と技法
  外来精神療法のために
  精神療法を身につけるために

あとがき
索引

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自身の臨床を振り返り若手教育を考える好機に
書評者: 宮岡 等 (北里大主任教授・精神医学)
 近ごろ,精神医療がお手軽に思われていることに強い危機感を感じている。わずかな研修を終えたばかりの若い精神科医が,十分な教育を受けることを放棄し,時に単独で開業までしてしまうことも少なくないと聞いている。これは,精神医療は簡単にできるものという誤解を研修のどこかで与えてしまっているわれわれ教育する立場の者の責任が大きいのであろう。精神医療の恐ろしさは,うつ病しか知らない医師にとってあらゆる精神疾患がうつ病と診断されるような事態が起こり得ることである。精神医療には客観的な指標が乏しい。診察で求められることは,患者の主観的な症状を的確に捉え,その症状から診断を考え,鑑別診断のためにさらに症状のチェックをするという,非常に複雑な作業である。その作業なくして,適正な診療が行われることはあり得ない。

 そんな精神医療について,どこまでを教育の範囲とすべきなのだろうか。特に精神療法においては最小限クリアすべきこととして何を教育すればよいのであろうか。ここ数年で,日本の精神療法の中心が認知行動療法になった。支持的精神療法はできないが,認知行動療法はできるという笑い話のような事態にも出くわす。ここまで認知行動療法が広まった理由は,厚生労働省が診療報酬の対象にしたことだけではあるまい。マニュアルに基づいて面接を行えば良いという誤解に基づいて,どこか手軽さを求めた結果,今日のような状況になったのではないだろうか。

 そのようなことを日々考えていたところ,『精神療法の基本——支持から認知行動療法まで』という本書に出会った。著者の堀越勝先生はアメリカでクリニカル・サイコロジストのライセンスを取得された筋金入りの精神療法家であり,共著者の野村俊明先生はもともとロジャース派の精神療法家として活躍された後,精神科医となられた方である。

 このような精神医療場面での精神療法に精通したお二人が,精神医療における精神療法について,基本事項から多くの工夫までを時には優しく,時には厳しく論じており,あたかもお二人からスーパーバイズを受けているかのような心持ちになり,精神療法とは何かということをあらためて考えさせられた。特に,第3章は「精神科外来における精神療法」と題して外来で効果的な精神療法を行うコツが述べられている。ここでは「平均的な精神科医が修練していく上では,これまで精神療法という言葉につきまとっていた名人芸的なニュアンスは不要であるし,むしろ妨げですらある」と断言している。精神医療では医療をやり過ぎないということも大切であると考えている立場からは,まさにわが意を得たという思いであった。

 本書は精神科で研修している若い先生方はもちろんだが,ベテランの先生方にもぜひ御一読いただきたい。自分の臨床を振り返る契機になるし,これから若い先生たちにどのような教育を行えばよいかを考える好機にもなる。

 ただ本書を読むには注意も必要である。どのページを開いても,示唆に富む記載に満ちており,特に第3章を通読するだけでも外来での精神療法がうまくできるような錯覚を与えてしまう恐れがある。お手軽好きな人たちが第3章だけを読んでその気になってしまったら,それこそ本書の目的とは反対の方向に精神療法が向かってしまわないかと心配してしまう。「第1章,第2章を十分に理解しないと第3章に進んではいけない」と注意書きを入れて欲しかったというのは唯一の不満かもしれない。
認知療法,認知行動療法と騒ぐ前と後に
書評者: 古川 壽亮 (京大大学院教授・健康増進・行動学)
 堀越勝先生が『精神療法の基本――支持から認知行動療法まで』を書き下ろしてこのたび医学書院から上梓されると聞いたとき,「いよいよ堀越先生,動き出されたな!」と喜びました。書評をお引き受けし現物を送っていただいて,本書が堀越先生の書き下ろしの部分と,野村俊明先生との対談の二部構成になっていることを知ったとき,「素晴らしい。堀越先生の真価を発揮してもらうのに,これに勝る形式はないぞ!」と驚きました。

 読み通してみて,まさに期待に違わないと感じました。堀越先生と私とは約10年来の知り合いで,この10年間は私自身が認知行動療法を学び,また若い人に教えるようになった10年でもあったので,さまざまな機会を通じて堀越先生に教えていただきながらようやくその任をこなしてきたというのが真実です。その過程で私の中には「堀越語録」がたまっています。この知恵をぜひ日本で精神療法を学ぶ人のみならず,メンタルヘルス関係者すべてにシェアしていただきたいと思っていたので,今回の出版ほど時宜にかなったものはありません。本書の中に堀越先生の知恵が詰まっています。以下にその一部を,私の中の「堀越語録」に照らし合わせながら,お伝えしましょう。ただし,「堀越語録」とはいえ,私というフィルターを通しての記録ですから,以下の引用の責任は私にあります。

 堀越先生の一貫した主張のその一は,精神療法とは何ら深遠な名人芸ではなく,(ほとんど)誰でもが学べる技法である,ただし学ぶためには(今の日本の実情からは)想像を超える練習が必要である,です。その練習をするにも,これまた「芸を盗む」などという密教もどきの世界ではなく,学習者が学べるように工夫した具体的なステップがあり,堀越先生のワークショップではその手練手管がまるで手品のように繰り出されますが,本書第1章にもその一部が開陳されています。第1章のステップ1の原則の辺りがそうですね。

 堀越先生の主張のその二は,認知行動療法は確かに実証的な基盤が一番豊富なので大切ですが,それ以上にそしてそれ以前に,基本的な精神療法を身につけていなくては,認知行動療法はできませんよ,です。自分が育ってくる中で身につけた素のコミュニケーションスキルの上に認知行動療法をのせるのではなくて,基本的なコミュニケーションスキルを習得する訓練をしなくてはまさに“木に竹を接ぐ”のたとえ通りになります。本書の副題が「認知行動療法まで」となっているのは,そのためです。

 また,堀越先生は,「エビデンスがある,エビデンスがある」と騒ぐ人がいるが,エビデンスがあるということはそのエビデンスの元となった臨床試験の通りにするからエビデンスがあるといえるのだとも指摘されます。今の日本で認知行動療法をやっている人の中でどれだけの人が,臨床試験の中でどのようにされているから認知行動療法が対照群よりも有効性が高いことが示されるのかを実体験を通じて知っているでしょうか。また,エビデンスを冷徹に眺めたとき,認知行動療法は今世間に叫ばれているよりもはるかに相対化されます。堀越先生はそのことも十分に知って(というのは,先生の訓練の始まりが精神分析であったからでもあるのでしょうが),本書を書いておられます。だから,本書はやはり「精神療法の基本」なのです。

 堀越先生のアプローチは極めて実践的,学習的,効果的です。精神療法のステップを「助けて」「どうされましたか?」「どうしましょうか?」「~しましょうか?」「いかがですか」「さようなら」という具体的な言葉がけにサマライズしているところに,堀越先生のアプローチが象徴的に現れているといえるでしょう。

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