看護倫理
見ているものが違うから起こること
患者さんの声から、看護倫理を考える
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序文
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刊行に寄せて
社会生活をする上で,人に迷惑をかけたり嫌なことを押しつけないといった「人としてのありよう」については,幼い頃から教えられ身についているはずです。しかし,改めて「リンリ」などといわれると,何となく身構えたり敬遠しがちではないでしょうか。どちらかといえば,“たてまえ”としての倫理であって,学生時代の授業でも,かた苦しくって難しいとの印象をもった方も少なくないと思います。
しかし,医療・看護の現場では,日常的に倫理観を踏まえた実践が求められます。それは,人間存在の根源である生命に直接関わる仕事である上に,医療や看護の受け手の人々が,年齢の両極端(乳児や高齢など)や,病気や手術などにより,必ずしも自由な選択や行動ができにくい状況におかれているからに他なりません。
これまでにも,生命倫理や看護倫理の著作は多く出版されていますが,本書は「こうしなさい」とか「こうあるべき」という指針を示すのではなく,具体的な事例や場面を通して,「そこに何が起きたのだろう」「なぜ,この場面が問題になるのだろう」ということを考え,最終的に,対象となる患者さんをはじめそのご家族に対して,自然体で倫理的な看護実践ができることを目指しています。
したがって,ここに挙げられた事例は,決して特殊で珍しいものではありません。あなた自身が出会ったり,あるいは見たことのある16のストーリーは,それぞれ3つの漫画によって表現されています。何よりも,本書の著者が言いたいのは,自らの立ち位置によって,同じ出来事や言葉の受け止め方が大きく異なることに気付いてほしいということです。そしてそのことを理解した上で,“相手の立場”から見る目を養ってほしいということだと思います。
看護現場の様相は年を追って過密になり,ともすると,患者中心という理念が空回りして,決められた日課の遂行に追われがちな状況も見聞きします。だからこそ,ちょっと立ち止まって,意識して向こう側からその出来事を見る目を訓練してはどうでしょうか。あなたの職場や実習での出来事と似通っていたり,共通なストーリーや場面を思い出しながら,できたらカンファレンスなどの素材にして討論していただきたいと思います。また,それぞれのストーリーごとに書かれている,著者の論点や対応策に関しても,ただ鵜呑みにするのではなく,あなた自身の考え方も展開してみて下さい。
看護倫理に基づく実践とは,「もし私が患者だったら,そんなふうに言ってほしくないな」「患者の立場からは,そんなやり方は嫌だ」と思うことを,決して言ったりしたりしないことから出発して,著者のいう「善い」価値観の合意に向かうプロセスの積み重ねかも知れません。
私よりずっと若いけれど,日頃から尊敬する同僚の吉田みつ子さんの新しい看護倫理へのアプローチの刊行を心から喜び,基礎教育や卒後研修において本書が活用されることを祈念してやみません。
川島みどり
はじめに
倫理原則や倫理綱領と照らし合わせて臨床現場での出来事を分析することは,看護師や患者個々の体験に即した倫理的問題に対するアプローチとして適切なのでしょうか。それは,必要なことですが,十分とは言い切れないのではないでしょうか。
既存の原則に沿って出来事を整理しようとした途端,現場から距離が生じ,豊かさが削ぎ落とされてしまう。しかし,原則に当てはめて分析するということ自体が,複雑な状況を整理することを目的とするのですから仕方のないことです。
本書では,現場に身をおく当事者としての患者,家族,看護師の体験のリアリティを大切に,これまで明確に言葉にされてこなかった部分を掘り起こし,新しい看護倫理のアプローチを模索してみました。
漫画で表現した16のストーリーは,ダイナミックな現場性を伝えてくれます。漫画の世界は,何よりも読む者を引き込み,知らず知らずのうちに,主人公の目線に立たせてくれます。
まずは漫画を読んで下さい。「ある,ある,こんな場面」と思ったら,本書の目的は半分達成されました。「私だったらどうする?」という思いも自然とわき起こってくるはずです。どうぞ,気楽に,ストーリーの世界に入り,善いケアってなんだろうと,思いを巡らせてみて下さい。
素晴らしい漫画を描いて下さった横谷順子さん,読者の目線からいつもするどい指摘を下さった編集者の品田暁子さんに,この場をかりて,心より感謝いたします。
2013年1月 吉田みつ子
目次
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はじめに
本書を読む前に 看護の営みの中に見出される「看護倫理」
scene 1 ナースコールは押せません
林さん,40歳/血液疾患のため抗がん剤治療中
scene 2 温かいお湯で身体を拭いてもらいたいけど…
森さん,75歳/慢性心不全で入院中/安静の指示が出ている
scene 3 「あとで」っていつですか?
清水さん,55歳/糖尿病の教育入院のため2週間の予定で入院中
scene 4 私はスーパーの商品?!
国分さん,80歳/風邪から肺炎を起こし入院
scene 5 全部聞こえてますよ~
梅田さん,48歳/昨日,大腸の手術を受け安静状態
scene 6 帰れるものなら帰りたい
木村さん,75歳/脳梗塞の再発作で入院
scene 7 紙おむつで洗髪?!
鈴木さん,55歳,会社員/頸椎の手術で入院中
scene 8 そのまましちゃって大丈夫?!
永田さん,85歳/大腿骨頸部骨折で手術後リハビリ中
scene 9 もっと面会に来いってこと?
栗本さん,65歳/5年前脳梗塞を患い,左半身に麻痺が残る/
インフルエンザで入院,2週間目
scene 10 母がどうして,ここで食事を?
島田さん,90歳/自宅で転倒していたところを娘に発見され,救急で搬送後入院
scene 11 「また出てる!」私だって情けないのに…
会田さん,65歳,悪性腫瘍のターミナル期/数日前より下痢のため,おむつ使用
scene 12 どうして皆,知っているんだ?
木下さん,43歳/糖尿病からの腎症で血液透析のシャント造設のため入院
scene 13 とにかく痛い,動きたくない
沢田さん,90歳/高熱で入院後,せん妄状態が出現/息子と二人暮らし
scene 14 「行動を変えられない人」と決めつけないで
古田さん,63歳/糖尿病で入退院を繰り返している
scene 15 リハビリしたいんです
水木さん,55歳/前立腺がんから頸椎に骨転移/骨折の危険が高く,状態も悪い
scene 16 いいって言ったけど…
青山さん,60歳/両膝関節痛で歩行困難/病状改善とリハビリのため入院
COLUMN
看護は本当に専門職か?
物語論 narrative approach
徳目 virtue
メタ認知能力
「看護手順」「看護業務基準」と看護倫理の密接なる関係
苦痛に耐えるか否かを決めるのは私自身
ペアレンタリズム,パターナリズム
書評
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書評者: 長島 浩美 (太田看護専門学校 教務主任)
看護は患者と向き合うことであり,自分と向き合うことでもある。それは自分の弱さや嫌な面をまざまざと思い知らされることになる。患者の思いは目に見えないからこそ,自分の内面に気付きそれがどこから来ているのか考えをめぐらすことが必要になってくる。そしてそれが何であるかわかったとき,患者の思いを感じることができる。
当たり前のことだが,人は誰もが自分の目を通して物事を見ている。だから同じ景色を見ていても見ているものが違えば,感じ方やとらえ方が違うのは当然のことである。倫理を考えるときも同じである。物事の善しあしを判断するとき,それをどのように考えるかはその人の内面による。それは家庭でのしつけや道徳などによって育まれたものが基本となって考えや行動に表れる。
看護の仕事には倫理観が常に問われていることは言うまでもない。今,目の前に起きていることを倫理的に考え判断するためには,どのように考えていけば良いのだろうか。倫理の授業では,目に見えないことをどのように伝えれば理解できるのか,倫理の原則を学んだところで現場でとっさに考えられるのかなど,思考錯誤の連続である。
本書を手にしたとき,看護の営みの中に見いだされる「看護倫理」とあった。授業で伝えたいこと,学生に分かってほしいことは,まさにこのことである。ページをめくると漫画タッチの事例が目に入り,場面のイメージが膨らむ。特に「scene13」では,患者の訴えや拒否的な言動は「今の気持ちをわかって!」という心の叫びであると描写されている。実習でも同じようなことがある。学生が受け持ち患者に拒否される場面では「自分は患者から嫌われている」と思い込んだり,「気難しい患者」と決めつけてしまい,援助が進まないことがある。なぜ,そうなってしまうのか,患者の思いや自分の感情に向き合えたとき,患者が拒否する理由があることに気付く。そして患者の言動を憶測や思い込みでとらえている自分自身のかかわり方も振り返ることができる。
本書は,患者と看護師の間で何が起きたのか,問題と向き合い考えていくこと,さらに患者の世界と看護師の世界の両面からとらえ方の違いを理解し,それぞれの意味を見いだしていく過程が分かりやすく整理されている。
倫理的に考えるためには「これでいいのか」と自分自身に問い,自己の内面を見つめる力と考える力,そしてさまざまな視点から物事を見ようとする柔軟さをはたらかせることが必要になる。
本書の事例の一つひとつは臨地実習でも起きている身近なものである。学生のうちから悩み,考えることを身につけることは大きな力となる。そして考えてもわからないことや正解を導き出せないこともあるということに気付くことができれば,きっと目からうろこが落ちたと感じるに違いない。
「相手の側」からの眺め-看護倫理への新しいアプローチ
書評者: 宮坂 道夫 (新潟大教授・医療倫理学/生命倫理学)
倫理は難しくとっつきにくいという感覚を抱いている人に対して,本書は倫理の垣根を引き下ろし,堅苦しいイメージを変えてくれるように思える。何と言っても,全編にわたって看護現場で普通に出くわすような事例が漫画形式で描かれている。漫画そのものも細かい点に配慮されて描かれていて,状況設定や登場人物の心の動きがよく見える。
本書のユニークな倫理の描き方は,学問的にも野心的な試みである。第一に,本書は従来の倫理が「大きな問題」ばかりに目を向けてきたことへのアンチテーゼになっている(筆者はそのような主張を述べているわけではないが)。従来の倫理の本で取り上げられてきたのは,安楽死,生殖補助医療,臓器移植といった,社会的に議論となってきた「大きな問題」ばかりであった。これに対して本書では,看護師が患者の妻に何気なく掛けた「あまり面会に来られていないようなので」という言葉が,その妻には“もっと面会に来るべきだ”という非難のこもった意味で受けとられてしまう,という場面が描かれる。こういった言葉の意味のズレや,当事者間の「温度差」というようなレベルの問題は,従来の倫理学ではほとんど顧慮されてこなかったのだが,本書では正面から取り上げられている。
第二に,本書では物語論(ナラティヴ・アプローチ)と呼ばれてきた新しい倫理の方法が大胆に展開されている。私自身も含めて,最近では物語論の観点から倫理に取り組もうという人は増えてきている。しかし,語りや対話への関心を基盤にしつつ,倫理の学習や臨床現場での問題解決をどう行うべきかという具体的な方法は,なおも十分に生み出されてはいない。本書では,一つの事例を「看護師のストーリー」と「患者のストーリー」という違った視点から相対化して捉え,それによって看護師が自らの行為を省察し,再構築するという在り方を提示している。看護師にとっては,普段から当然のように行ってきた行為が,患者や家族から見ると全く異なった意味を持っていたり,こちらが想像もしなかったような思いを刺激したりすることがある。専門家としての自らの行為に,対象との相互行為性,およびそれを可能とするような自己省察を絶えず組み込もうという態度は,現代の看護にとって本質的なものであるはずで,その意味でも本書のアプローチは,看護者に馴染みやすいものになっているように思える。
もちろん,本書によってあらゆる看護倫理の問題への模範解答が与えられているわけではなく,ここで示されているのは,倫理問題への向き合い方であり,「態度」である。実際の看護場面では,本書で取り上げられている事例以上に困難な状況もあるだろうし,患者のストーリーが「わからない」ままで推移する場合もあるだろう。しかし,ヴァージニア・ヘンダーソンが,それがほとんど不可能なことを認めつつも「他者の皮膚の内側に入っていく」ことと表現したもの(本書52ページ参照)を,読者が一つの理念として自己のものとしたならば,本書は多様な問題に向き合うための大きな手掛かりをもたらしたと言えるだろう。
看護実践を倫理的に分析することは,看護とは何かを問うことである (雑誌『看護教育』より)
書評者: 長瀬 雅子 (順天堂大学医療看護学部准教授)
看護師は自らを「医療従事者として患者のもっとも近くにいる」「患者に寄り添う」存在であると自負している。また,看護師は学生の頃から,安全,安楽で自律を尊重した看護は基本であり,「患者を中心に考える」ことを当然のこととして教えられる。したがって,看護師は常に「患者のために何が最善か」を考え,実践しようとするのである。この点において,看護を倫理に基づく実践と捉えることができる。
しかし,いくら患者の立場に立って考えようとしても,気持ちがすれ違う経験を誰しもがもつのではないだろうか。人はそれぞれ個性をもった存在であり,何を最善とするかは,人によってあるいは社会や文化によって異なる。患者,家族,看護師には個々の体験世界があり,それゆえにすれ違いが生じるのである。
本書では,このすれ違いが起こるメカニズムを丁寧に提示してくれている。まず,臨床で遭遇する場面を16のストーリーとして取り上げ,各ストーリーにおける看護師,患者,家族それぞれの体験がどのようなものであるかを,マンガと解説で示している。マンガを活用することによって,患者,家族,看護師それぞれの体験世界に私たち読み手が入り込みやすいよう工夫している。そして,「そのストーリーにおける問題はなにか」「いかに対応すればよいのか」を丁寧に探っている。
この看護師の対応についての探究では,患者との相互行為の積み重ねを重視している。看護師の対応を単に「間違っている」と指摘するのではないのである。価値観が多様化する社会であるからこそ,看護行為の善し悪しを判断する基準は患者との相互行為の積み重ねによって決定づけられる。したがって,看護師の行為を自律性の尊重,無害性,善行,公正といった倫理原則を駆使して分析するだけではなく,まず複雑な状況を整理し,その行為が看護の目的に照らして「善い」とされるか否かを分析する。そして,その状況にうまく対応するためにできることはなにかを省察することによって,倫理的に適正な看護の実践を繰り返すことができるのである。
専門職の倫理の中心には必然的に「理性」(考えること)があり,看護師の倫理的な実践は看護の目的に基づいた行為の決定である。直感や予感による行為が患者の価値観と合致したとしても,それは偶然の産物であり,専門職としての看護倫理に基づく実践ではない。まさに本書は看護師の豊かな経験を素材にした看護倫理のアプローチを扱っており,そこには「看護とは何か?」という問いが内包されている。本書を詳読し,事例を活用しながら学生同士が議論することで,学生が専門職としての看護師の責務を学び,職業アイデンティティを形成するのにふさわしい一冊である。
(『看護教育』2013年5月号掲載)