高次脳機能作業療法学

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優れた作業療法士になるためには、日常生活活動を豊かにするための中枢機能である「高次脳機能」の理解は必須といえる。本巻では、高次脳機能分野の予備知識が少なくてもスムーズに学習の導入が図れるレベルを心がけ、基礎事項から評価・治療といった実践内容、さらには具体的事例にいたるまで幅広く、かつわかりやすくまとめた。高次脳機能分野の第一線で活躍されている作業療法士の手による、学生や若手作業療法士必携の教科書。
*「標準作業療法学」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 標準作業療法学 専門分野
シリーズ監修 矢谷 令子
編集 能登 真一
発行 2012年01月判型:B5頁:280
ISBN 978-4-260-01390-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
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  • 序文
  • 目次
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 このたび,医学書院の「標準作業療法学シリーズ」に高次脳機能分野が追加されることとなった.このことは,ほとんどの作業療法士養成校で“高次脳機能作業療法学”という類の科目が身体機能作業療法学などから独立して開講されているという現状とともに,作業療法士によるわかりやすい教科書が必要とされている背景がある.いずれにせよ,この分野の知識を評価方法や治療方法と合わせて学習できることは,学生諸君あるいは作業療法士の資格を取得されてまだ日が浅い皆さんにとって,専門職としての深みを増す1つのチャンスとしてとらえていただきたい.
 脳卒中を中心とした身体障害領域で活躍されようとしている方々はもちろんのこと,認知症を伴う高齢者を対象とする高齢期領域においても,高次脳機能作業療法学の理解なしには優れた作業療法士となることはできない.なぜなら,人が毎日の生活を営むうえで欠かせないコミュニケーションやさまざまな行為の土台になっているのが高次脳機能だからである.
 さて,言語聴覚士の制度化と臨床現場での増加はわれわれリハビリテーション関係職種として大いに歓迎すべきことである.しかしながら,このことによって作業療法士の高次脳機能分野での士気が下がるということは決してあってはならない.むしろ,言語聴覚士と協力しながらより細かな評価を行ったり,治療計画を立てたりと役割を分担し,対象者にとって親切でていねいな対応が実践されるようになるべきであろう.つまり,高次脳機能障害の評価は言語聴覚士に任せておけばよいということではなく,作業療法士も積極的に行い,あるいは言語聴覚士が評価を実施するような病院,施設にあっても評価結果を解釈できるだけの知識をもちながら治療計画を立てていく必要が当然あるということである.
 上記のことを念頭において,対象者やその家族までをも包み込むような評価と治療が実践できる真の作業療法士を目指して学習してもらえることを期待したい.
 最後になったが,作業療法士にとってこの高次脳機能分野の発展に尽力された先輩諸氏の存在を忘れるわけにいかない.対象者の症状の理解や治療方法に手がかりの少なかった時代にそれらに積極的に取り組み,多くのアドバイスを後進に残していただいた.そうして,現在の高次脳機能作業療法学の基盤がつくられ,発展がもたらされたといえる.敬意を表するとともに,この場を借りて御礼を述べさせていただきたい.あわせて,本刊の刊行にあたって尽力いただいた医学書院編集部の方々に感謝申し上げる.

 2011年10月
 能登 真一

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序章 高次脳機能作業療法学を学ぶ皆さんへ
第1章 高次脳機能作業療法学の基礎
 I 脳の機能解剖と画像所見の診かた
 II 脳の発達と高次脳機能の獲得
 III 高次脳機能障害を引きおこす疾患
 IV 高次脳機能障害を支える法律や制度
第2章 高次脳機能作業療法の実践
 I 評価の原則
 II 治療の原則
 III 評価と治療の関係
 IV 失語に対する作業療法
 V 失行(運動,行為の障害)に対する作業療法
 VI 失認(対象認知の障害)に対する作業療法
 VII 半側空間無視に対する作業療法
 VIII 記憶障害に対する作業療法
 IX 注意障害に対する作業療法
 X 遂行機能障害に対する作業療法
 XI 社会的行動障害に対する作業療法
 XII 認知症に対する作業療法
第3章 高次脳機能作業療法の実践事例
 I 脳血管障害(急性期:左半球損傷)
 II 脳血管障害(急性期:右半球損傷)
 III 脳血管障害(回復期:左半球損傷;失語,失行)
 IV 脳血管障害(回復期:右半球損傷;半側空間無視)
 V 頭部外傷,くも膜下出血など(回復期)
 VI 頭部外傷,くも膜下出血など(維持期~社会復帰支援)
 VII 認知症(脳血管性認知症)
 VIII 認知症(アルツハイマー病)
高次脳機能作業療法学の発展に向けて

さらに深く学ぶために
索引

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高次脳機能障害者への支援の基礎となる良質の教科書
書評者: 岩瀬 義昭 (鹿児島大教授・基礎作業療法学)
 15年ほど前までは,高次脳機能障害者を取り巻く社会的状況には厳しいものがあり,障害者自身だけでなく家族も支援制度の不十分さに苦しんでいた。1990年代後半から社会的支援の必要性が認識されだし,2001年度から高次脳機能障害支援モデル事業,2006年度から高次脳機能障害支援普及事業が実施された。その結果,全都道府県に支援拠点が設置されるに至った。その経緯は,高次脳機能障害支援モデル事業の中心となって活躍された中島八十一先生(国立障害者リハビリテーションセンター学院長)が所属されている日本高次脳機能障害学会の学術総会などにて,その都度発表されてきていた。

 本書は,脳卒中に対する作業療法の臨床・研究の場で活躍してきた能登真一氏の編集・著作によるものである。教育的活動の場に重心を置いてきた評者は,氏の研究に対する真摯〈しんし〉な姿勢に学ぶことが多い。本書も氏の姿勢を反映する内容となっており,そのエッセンスは序章の「高次脳機能作業療法学を学ぶ皆さんへ」と巻末の「高次脳機能作業療法学の発展に向けて」「さらに深く学ぶために」に込められている。作業療法は対象者が生活場面で人間らしさを発揮するために援助する仕事であり,他の多くの職種と協力して働かねばならないと述べている点は,氏の作業療法士としての心根を表すものであろう。また,症状のメカニズムを学習し,さらに明らかにする必要性を述べ,新しい評価方法や治療方法の開発が後進の作業療法士の努力にかかっていると期待を述べている点は,氏の研究者・教育者としての姿勢を表している。

 本書の構成は,基礎,実践,実践事例の3部となっており,基礎,実践では前述した「高次脳機能障害」だけでなく,失語・失行・失認等の高次の脳機能障害についても著述してある。この標準作業療法学シリーズは,一般教育目標と行動目標が学習者に明示され学習の段階を踏まえやすい作りとなっているが,本書の要所々々に挿入されているコラム(能登氏の手による)は,単なる教科書としてではなく読み物としてもおもしろい。この配慮が,学習者には学びやすく,そして楽しめる内容となっている。また,実践事例は事例ごとに類似事例に対するアドバイスが付いており,学生が陥りがちな,他事例に汎化できないからといって学ぼうとしない姿勢に対する教育的な配慮がされている。一方教育者も,紹介されている事例を通して,汎化できることと汎化できないことを学習者に教えやすい構成となっている。

 学生だけでなく,教育者や臨床経験を重ねた作業療法士にもぜひ一読していただきたい本書であり,これから臨床で高次脳機能障害者に接する作業療法士にも読んでいただきたい良書である。
臨床実習の有用な道標にもなる完成度の高い教科書
書評者: 網本 和 (首都大東京教授・理学療法学)
 日本の臨床現場で,高次脳機能障害の症例に深くかかわっている職種といえば作業療法士であることは論をまたない。もちろん言語聴覚士,臨床心理士,神経内科医,神経精神科医,看護師,理学療法士などチームとして関係する職種は多いが,直接症例にアプローチする機会の多さでは作業療法士の独壇場といってよい。それ故作業療法士養成の学部教育において,「高次脳機能障害」の理解と対応方法の学修は不可欠なものとして多くの大学・養成課程で必修科目とされている。

 にもかかわらず,わが国におけるスタンダードな教科書である「標準シリーズ」にこれまで独立した巻としては存在しなかった。今回初めて畏友,能登真一先生の編著による本書が上梓された。今までなかったのが不思議なくらいである。

 いわば満を持して登場した本書は,その期待を裏切らない完成度を示している。序章「高次脳機能作業療法学を学ぶ皆さんへ」で書かれている,「……この分野の勉強を怖がらないでほしい……高次脳機能障害の理解なしには,これからの作業療法士は務まらない……」との編者の記述は,その志の高さを示している。

 続いて第1章「高次脳機能作業療法学の基礎」では,脳の機能解剖と画像所見,脳の発達と高次脳機能の獲得,高次脳機能障害を引き起こす疾患,高次脳機能障害を支える法律や制度について言及されている。特に「法律と制度」については従来付録的扱いとなることが多かった領域について明示されているので,学部学生だけでなく現場の作業療法士にとっても役立つに違いない。

 第2章「高次脳機能作業療法の実践」は本書の中核をなす部分であり,評価と治療の原則に関する記述から,各種の症状別・障害別の作業療法の評価と治療アプローチが網羅され,基本的な事項の理解から先端的なアプローチについても記載されている。例えば「失行(運動,行為の障害)に対する作業療法」の項では,行為の認知モデルに基づくアプローチとして実際の道具使用とは別にジェスチャー入力を促進する方法が紹介されている。

 第2章までで基本的知識を獲得した読者は,いよいよ第3章の実践事例に進むことになる。その対応範囲は,臨床的に多くみられる脳血管障害,頭部外傷,認知症などである。それぞれの病期に応じた症例が紹介され,具体的な評価とアプローチの展開が示される。多くの学生が難しさを感じる臨床実習において,これらの具体例は極めて有用な道標となるであろう。このほか,各章末にはキーワード集が配置され知識の整理が可能であり,さらに要所に「コラム」が登場し高次脳機能障害学(神経心理学)そのものに対する興味を喚起する構成となっている。

 本書の最大の特徴は,基本的な教科書的知識を伝えるだけではない「志の高さ」であることは既に述べた。エピローグ「高次脳機能作業療法学の発展にむけて」においても編者の熱い想いを感じることができる。曰く「……高次脳機能障害を抱えた対象者を思うとき,われわれ一人一人ができることはとても微かなことである。しかし仲間の英知の結集はきっと大きな力となって,対象者やその家族のQOLを向上させることができるであろう…」。

 この分野で一冊しかテキストを選べないのだとすると,本書は間違いなくその一冊になることを強調して評者の言としたい。

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