「医療クライシス」を超えて
イギリスと日本の医療・介護のゆくえ

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著者が前著(『「医療費抑制の時代」を超えて』)で危惧していた「医療クライシス(危機・岐路)」は現実のものになった。本書ではクライシスからの脱出に必要な課題を、その現状と要因、そしてイギリスの医療・福祉改革をもとに考える。さらに「見える化」とマネジメントによる改革の課題を、介護予防と健康の社会的決定要因(健康格差)、リハビリテーション医療、終末期ケアの研究を踏まえ提示する。
近藤 克則
発行 2012年03月判型:A5頁:328
ISBN 978-4-260-00833-4
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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 前拙著『「医療費抑制の時代」を超えて-イギリスの医療・福祉改革』(医学書院,2004)では,イギリス医療の荒廃ぶりとその要因分析をした.それらと日本の実情を元に日本の医療費も抑制されすぎており,そのままでは医療荒廃を招くと指摘した.その後,日本医療が「クライシス(分岐点・危機)」にあることは誰の目にも明らかとなった.
 問題があることを指摘すること,その原因を分析することに比べると,課題克服の戦略を練ること,しかも効果があり副作用が少なく効率的でもある対策へと具体化していくことは容易でない.しかし,いま日本の医療・福祉界や社会(保障)政策を考える者が直面しているのは,「クライシス」からの脱却に向けて,まさにこれらに取り組むことである.
 本書では,前著以降に明らかとなってきた日本医療が「クライシス」の瀬戸際に立つ実態と課題を整理し,イギリスにおける医療改革のその後の展開を参考に,脱却に向けた手がかりを探る.そこから見えてきた答えは,課題解決に向けたマネジメントの強化が必要であるということだ.マネジメントに必要な課題の設定や戦略の策定,対策の具体化のための論議を建設的に進める鍵は「見える化」と「評価と説明責任」である.それなしに,現状と改革方向についての認識の共有や事実に基づいた政策形成は進まない.また,論議を深めるには,論点を明確にするための対案や原案を示すことが必要である.本書ではこの間に私が考え,データを集める仕組みの開発に取り組み,そのデータを用いて「見える化」を進めて実証し,提案してきたものをまとめて示したい.それは医療を中心に予防から福祉を含む改革の枠組みと,今や世界一の長寿国日本で重要となる介護予防,リハビリテーション,終末期ケアにおける具体例を含む.総論と各論の両面から医療・介護改革の方向と克服すべき課題を取り上げる.そして,それらは医療と介護にとどまらず,より広い社会(保障)政策にも適応可能なものだと考えている.
 第1章「医療クライシスの背景と医療制度改革に向けた3つの課題」では,日本で顕在化した「医療クライシス」をいくつかの側面から描き,その背景や原因を探る.医療制度改革で数値目標として掲げられたのが医療費水準のみであったこと.それを実現するための方法-窓口負担の引き上げ-は妥当なのか,副作用はないのかを検討する.そして「医療クライシス」からの脱却に向けて今後取り上げられるであろう3つの論点「医療費水準を上げるのか抑制を図るのか」「医療費を私的それとも公的どちらの財源で賄うのか」「財源はあるのか」などについて考え,(1)公的医療費拡大が必要という国民の合意形成,(2)そのための医療界・医師への信頼の再構築,(3)医療費拡大が医療の質向上につながる仕組み作り-の3つが課題として待ち受けていることを指摘する.
 第2・3章では,これらの課題を乗り越えていくために必要な枠組みと戦略を考える.まず,第2章『イギリスの医療制度改革-「見える化」とマネジメントによる改革』では,1つのモデルとなるイギリスの医療制度改革について紹介し,日本への示唆を引き出したい.医療クライシスと医療改革を経験したイギリスに学ぶべきは,(1)医療制度改革の意志と10年単位の長期的なゴールと戦略を含む政策の形成であり,それへの支持を国民から取り付けた方法である.そのために必要だったのは,(2)「見える化」を進めて「評価と説明責任」を果たせる仕組みをつくることであり,(3)限られた資源を最大限に活かすべくマネジメントすることである.
 第3章『医療・福祉の「見える化」とマネジメント』では,「見える化」とマネジメントが必要であること,そしてそれらが機能するための要件を考える.医療費や社会保障財源は,国民が納得した範囲でしか増やせない.財源を効果が大きいところに効率的に使うこと,そのために医療や介護サービス,技術システムに対する「評価と説明責任」を追求し「見える化」を進めて,限られた資源で最大の成果を生み出せるマネジメント・システムが必要である.しかし,それらは,細心の注意を持って設計されなければならない.ランキングや成功報酬を安易に導入すれば,米国に例があるように健康な人を手術してまで「治療成績を上げる」ことが起きかねない.どのように「見える化」とマネジメントを進めれば機能するのか,その要件を第3章で探りたい.
 日本の保健医療福祉をはじめとする社会サービスや社会政策領域において「見える化」とマネジメントが成熟していくには,各領域におけるデータベースの構築,プログラム評価研究やサービス評価研究,マネジメント研究を担える人材育成とエビデンスの蓄積,それらを包含したマネジメント・システムの構築が必要である.その例を今後いっそう重要性が増す分野である介護予防(第4章),リハビリテーション(第5章),終末期ケア(第6章)で示す.
 第4章「介護予防と健康の社会的決定要因」では,世界に例のないチャレンジ-介護予防政策を取り上げる.介護予防事業参加者が増えず,介護予防効果が疑問視されている.評価研究によって「見える化」が進めば「その理由は何か」そして「もう1つの戦略」も見えてくる.また,WHOが総会決議で加盟国に対策を勧告した「健康の社会的決定要因」の重要性を示す実証研究の成果を紹介し,保健医療福祉における公正の視点の重要性も指摘する.
 第5章では,「リハビリテーション医療を巡る動向と課題」を述べる.要介護高齢者の最大の原因である脳卒中を中心に,訓練量やリハビリテーション科専門医の関与などと治療成績の関連が見られる一方で,回復期リハビリテーション病棟による効果は確認できないことなど,医療サービス評価研究で明らかとなったことを紹介する.そして今後もこのような実証研究や医療の質のモニタリングを継続的に進めるために開発してきた多施設参加型のリハビリテーション患者データベースを用いた「見える化」とマネジメントのためのシステム開発のプロセスや課題なども紹介する.
 第6章「エンド・オブ・ライフケア」では,世界に先駆けて超高齢社会となった日本が,これから向かう「多死社会」の課題を考える.年間死亡者数は,2000年の約100万人から,2040年には約166万人に達すると推計されている.調べてみると在宅死が必ずしも質が高いとは限らない.どこで最期を迎えても,質の高い終末期とするために今から準備すべきことは何か.医療と福祉が連携して終末期に至るまでのケアの質を高める4条件などを示したい.
 以上の検討を踏まえ,最終章の第7章では,「評価と説明責任」と「マネジメント」の時代に向けた課題を整理する.医療・福祉界が現場の危機的状況を訴えても,それだけでは道は開けない.クライシスからの脱却に必要な(第1章で述べた)3つの課題を乗り越えるために,医療・福祉界が取り組むべきことは何かを考える.今まで以上に国民に向けて社会保障拡大の必要性を説明し理解してもらわなければならない.また社会保障費の配分のあり方などの大枠についての医療・福祉界内部での合意形成,さらに医療・福祉の実情を知る者が声をあげ,具体的な政策を練り上げていくプロセスも必要である.その試みの1つとして,本書で扱った高齢者の医療・介護の領域における「日本版NSF(National Service Framework)」の素案を示す.

 本書が1つの呼び水となって,ミクロ(臨床)・メゾ(プログラム)・マクロ(政策)のすべてのレベルにおける「見える化」と,見えてきた課題や現実を踏まえた改革の戦略形成,モニタリングシステムの開発,そしてそれらを活用したマネジメントの強化が進むことを願っている.

 本書の出版までにお世話になった多くの方達に深謝します.特に,実証研究の数々は,初出一覧に示した共同研究者のご協力と研究助成なしにはできなかったものばかりです.
 第3および6章は,文部科学省平成の19~21年度学術フロンティア推進事業(私立大学学術研究高度化推進事業)「地域ケア推進のための政策空間の形成とボトムアップ評価に関する研究」(代表者平野隆之教授),ならびに平成15~19年度21世紀COEプログラム「福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点」(拠点リーダー二木立教授)の成果を踏まえています.第4章は,日本学術振興会の平成18~21年度科学研究費補助金基盤研究(B)「介護予防に向けた社会疫学研究-健康寿命をエンドポイントとする大規模コホート研究」(主任研究者近藤克則),文部科学省の平成21~23年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業大学「Well-being(幸福・健康)な社会づくりに向けた社会疫学研究とその応用」(研究代表者近藤克則),平成22~23年度厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業)「介護保険の総合的政策評価ベンチマーク・システムの開発」(H22-長寿-指定-008,研究代表者近藤克則),第5章は,平成19~21年度厚生労働科学研究費補助金(H19-長寿-一般-028)「リハビリテーション患者データバンク(DB)の開発」(研究代表者近藤克則)などの研究助成と二木・平野先生をはじめとする研究組織の先生方との共同作業による成果です.
 また,これらを元にした論考は,多くの学会や雑誌などから発表の機会をいただいたことで書きためることができました.論文初出一覧を掲げ転載を許諾して下さったことに感謝します.
 最後に,前拙著に続き出版を引きうけて下さった医学書院,特に編集を担当し辛抱づよく支えて下さった大橋尚彦氏には大変お世話になりました.記して感謝します.

 2011年11月
 近藤克則

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第1章 医療クライシスの背景と医療制度改革に向けた3つの課題
 1 「医療費抑制」に偏した改革の目標・方法に妥当性はあるか
 2 医療費抑制による医療現場の荒廃
 3 「健康格差社会」日本
 4 「医療クライシス」からの脱却に向けた3つの論点
 5 公的医療費拡大に向けた3つの課題
第2章 イギリスの医療制度改革-「見える化」とマネジメントによる改革
 1 イギリスの医療改革から何を学ぶのか
 2 ニューレイバーによるNHS改革の理念と特徴-New Public Managementの新段階
 3 イギリスの医療荒廃とブレア政権による改革
 4 イギリスの医療・福祉改革における質を高める仕組み
 5 イギリスにおける医療政策の決定プロセス
 6 2000年以降のブレア政権によるNHS改革への評価
 7 ブラウン政権下の医療制度改革
 8 日本への示唆
第3章 医療・福祉の「見える化」とマネジメント
 1 医療・福祉の大きな流れをどう見るか?
 2 医療・ケアの質向上とP4P
 3 効果の「見える化」-evidence based medicine(EBM)と大規模データベース
 4 「見える化」とマネジメントを進めるための5つの視点
第4章 介護予防と健康の社会的決定要因
 1 介護予防政策の概要と現状,そして課題
 2 検証「健康格差社会」-AGESプロジェクトからの示唆
 3 健康の社会的決定要因と社会疫学
 4 「もう1つの戦略」立案に向けて
第5章 リハビリテーション医療を巡る動向と課題
 1 リハビリテーションを巡る動向
 2 より効果的なリハビリテーションを目指した実証研究事例
 3 回復期リハビリテーション病棟の光と影
 4 データバンクの開発
 5 リハ医療の残された課題
第6章 エンド・オブ・ライフケア
 1 終末期ケアの現状
 2 質の高い終末期ケアのマネジメントに向けて
 3 マネジメント教育・多職種連携教育(IPE)の必要性
 4 まとめ-エンド・オブ・ライフケアの課題
第7章 「評価と説明責任」と「マネジメント」の時代に向けて
 1 医療・福祉界の課題
 2 高齢者医療・福祉改革の課題と戦略-日本版NSF策定に向けて

あとがき
初出一覧
索引


column
 円-ポンドの為替レート
 キャメロン政権のNHS改革
 無作為化臨床(対照比較)試験(randomized clinical/controlled trial, RCT)
 偽薬(プラセーボ)・二重盲検化(double blind)RCT
 システマティック(体系的)レビューとメタ分析
 データバンクとは
 データベースとデータマネジメント・システム
 医療において脳卒中が占める位置
 介護において脳卒中が占める位置
 用語の違いは?-終末期ケア,ホスピス・緩和ケア,エンド・オブ・ライフケア
 MDS-PC(Palliative Care)で評価した終末期ケアの質
 多職種連携教育(IPE)
 日本福祉大学 終末期ケア研究会10年の歩み
 イギリスのホスピス・緩和ケア・プログラム
 いったい誰が10年後の医療のことを考えているのか?
 1人の待ち時間は約5分
 エビデンスでは決まらない.利害が決める?

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