大腸癌の構造 第2版

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大腸癌は腺腫から発生するのか、正常大腸粘膜から発生するのか、5,000例に及ぶ集計の解析と緻密な論理的思考を縦横に駆使してadenoma-carcinoma sequence説とde novo 発癌説の対立に明快な解答を与える。豊富な組織写真をもとに大腸癌の組織発生と発育進展の姿を明らかにし、臨床的に注意すべき初期病変の形態を剔抉、内視鏡的粘膜切除術や内視鏡的粘膜下層剥離術などの治療法にも示唆に富む。『胃癌の構造』と並ぶ著者渾身の全面書下ろし改訂版、ここに完結。
中村 恭一
発行 2010年10月判型:B5頁:232
ISBN 978-4-260-01143-3
定価 13,200円 (本体12,000円+税)

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第2版序
大腸癌組織発生の研究を振り返って


 筆者は1962年から,癌研究所病理部で外科病理学の勉強を始めました。当時,癌研究所付属病院における胃癌と大腸癌の手術件数は日本で一番多く,必然的に,それらの病理組織診断と癌組織発生に興味を抱くようになりました。外科病理診断学の勉強を続ける傍ら,胃の微小癌と粘膜内癌を対象として胃癌組織発生について研究し,胃癌の組織発生を導きました。そして,その胃癌組織発生が,諸々の臨床病理学的事象と無関係な学説であると,それは実際において役に立たない無用の長物ということになってしまいます。したがって,その胃癌組織発生を礎とした胃癌の臨床病理学的意義についても研究し,胃癌に関する臨床病理学的なより多くの事象を繰り込んだ,実際において有用な臨床病理学的体系(胃癌の構造)を築くことが必要となります。それが,『胃癌の病理―微小癌の組織発生』(金芳堂,1972)そして『胃癌の構造』(医学書院,1982)です。
 “胃癌の構造”の論理的体系化の研究を行っていた時期には,いつも気になっていたのが“大腸癌の組織発生”についてでした。1960年代以降,大腸癌組織発生の学説については,大腸癌の大部分はいわゆる正常粘膜から発生するという“de novo 癌説”,そして,大腸癌の大部分は腺腫から発生するという“腺腫癌化説”の全く逆の2つの学説があったからです。そして,それら相反する2つの学説をめぐる議論は,“癌組織診断基準の違い”によるということに終始していました。癌組織診断基準は,癌組織発生を導くための前提となることですから,必然的に,大腸癌組織発生の解明には癌組織診断基準の客観化を避けて通ることはできません。
 1970年代になると,大腸癌組織発生についてはMorsonらによる大腸癌の“腺腫-癌連続学説adenoma-carcinoma sequence”およびその前提である“dysplasia/adenomaの異型度分類と癌の組織診断基準”が世界を風靡し,一見,大腸癌組織発生は解決したかのような感を抱かせる状態となりました。日本においてもご多分にもれず,大腸癌組織発生については強い問題意識と深い思索がなされぬままに,無批判で“腺腫-癌連続学説”を全面的に受け入れていました。その癌組織診断基準はというと,腫瘍病理組織学の根底にある“腫瘍発生に関する基本概念:腫瘍とは,突然変異細胞が生体から排除されずに増殖した細胞塊である”からは大きく逸脱した,いわば社会病理学的定義であるのにもかかわらずです。日本において,未だに残っているいわゆる“鹿鳴館思想”がなさしめた結果なのでしょう。なぜならば,日本では“腺腫-癌連続学説”を支持する一方で,大腸粘膜内癌を認めるという論理的矛盾を犯していたからであり,現在においてもなお,一部ではその傾向を見て取ることができるからです。何故に論理的矛盾なのかというと,“腺腫-癌連続学説”が導かれた前提であるところのdysplasia分類の異型度と癌の定義を踏襲しなければ,あるいは,それに近い癌組織診断基準を前提としなければ,大腸癌の組織発生“大腸癌の大部分は腺腫の癌化による”を導くことができないはずであるからです。また,粘膜内に限局しているsevere dysplasiaあるいはそれに準じた異型度を癌と認めて大腸癌組織発生を導くと,大腸癌の大部分はde novo 癌となってしまうからです。
 食道から小腸までの長い消化管に発生する癌の大部分は良性腫瘍から発生しているのではなく,いわゆる正常上皮から発生しています。ところが,大腸癌は腺腫から発生するということになると,長い消化管の癌組織発生は『バウヒン弁を抜けると,大腸癌は腺腫から発生する』ということになり,長い消化管の中で大腸のみは癌組織発生に関して特異的であるということになります。“胃癌の構造”の研究の時期にはいつも,バウヒン弁の背後には何があるのであろうか?という単純な疑問が頭にこびりついていて離れませんでした。腺腫-癌連続学説を認めるためには,バウヒン弁の背後にあること,つまり大腸粘膜の全身臓器・組織の中における特殊性を説明できることが必要となります。川端康成著“雪国”の有名な冒頭文『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。』がありますが,それは日本海を渡ってくる湿った冬の季節風と上越の山脈とがもたらす上越線列車の車窓に流れる冬の風物詩ですが,その背後には北から日本海を渡ってくる湿った季節風と山脈の存在をもって雪国であることの因果を説明することができるようにです。それに対して,腺腫-癌連続学派は家族性大腸腺腫症をその傍証としますが,それは通常個体とは癌発生の場が遺伝子レベルで異なっていますから,“腫瘍発生に関する基本概念”の証明とはなっても,通常個体における大腸癌発生のモデルとはなり得ません。モデルとは,あらゆる点で相似であることが求められます。また,その疾患の大腸の全割による組織学的検索によって,小さな腺腫内癌を見出すことができませんでした。さらには,腫瘍発生の基本概念からは,突然変異細胞である癌細胞の発生頻度は,確率的にde novo 癌である可能性が高いのです。
 1975年,筑波大学へ赴任することになり,また,“胃癌の構造”に関する研究も一段落したので,気になっていた“大腸癌組織発生の研究”を手がけることにしました。その研究を始めるにあたっては,前にも述べてあるように,大腸の腺腫と癌との組織学的鑑別診断を如何に客観化するかが問題となります。従来から行われている,癌組織診断基準となる異型度を数枚の写真で呈示する方法を踏襲しても主観的な基準にしかすぎず,そのような方法をもって癌組織診断基準を設定し,そして腺腫-癌連続学説とは異なった大腸癌の組織発生を導きそれを主張したところで,しょせん,『大腸癌組織診断基準の違いである』と権威者からは無視され,また,多数を占めている腺腫-癌連続学説信奉者からは,一蹴されて終わりとなるからです。ここにおいては,どうしても従来からのなかば主観に頼らざるを得ない癌組織診断基準をより客観化して,大腸癌組織発生を検討することが必要となります。
 大腸癌の組織学的判定基準の客観化については,癌細胞が織りなす複雑な組織模様のパターン認識と組織診断が脳内でどのように為されているのか,根源的なことにまで逆のぼって考えてみる必要があります。つまり,われわれが顕微鏡で大腸の腫瘍組織を一目見て,癌あるいは腺腫であると診断なさしめているのは,何がそうさせているのか?ということです。それは腺腫・癌の組織模様が正常粘膜模様に比べて乱れているかどうか,乱れている場合にはその乱れの程度によって腺腫あるいは癌と診断しています。大腸正常粘膜の組織模様は整然としていますが,腺腫・癌ともなると組織模様に乱れが認められ,その乱れが異型性であり,乱れの程度が異型度です。その乱れの程度の判断は,学習と経験の積み重ねによって脳内に形成される“異型度物差し”をもってなされています。その物差しの目盛りはどのようになっているのであろうか?ということになります。そして,その“物差し”を目で見えるようにすることが癌組織診断の客観化ということになります。
 顕微鏡下に切り取られる大腸腺腫・癌の組織模様は無数に存在し,それらには同一である2つ以上の組織模様は決して存在しません。それら無数の組織模様には固有の異型度があり,われわれは思考上で,それら無数の組織模様の乱れの程度“異型度”をその強さの順に並べることができます。そして,正常を0,最も異型度の強い組織模様を1とした異型度線分上の点とそれら無数の異型度とを1対1に対応づけることができ,無数の異型度は異型度線分を埋め尽くします。すなわち,“異型”の性質は数直線と同じ連続体です。したがって,異型度は,異型度線分上における正常組織模様のある幅をもった線分上の点からの“かけ離れの距離”に言い換えることができます。このようなことからは,良性悪性の組織診断を客観化するということは,腺腫と癌が呈する組織模様の乱れの程度(異型度)を数値化することになります。
 大腸の腺腫と癌は他臓器の腺腫・癌に比べると組織構造の点で単純であることから,“コンピュータ画像解析による細胞・構造異型度の数値化と大腸癌組織診断基準”についての研究を始めました。まずはじめには,われわれが組織標本を顕微鏡で一目見て,それが腺腫あるいは癌であると診断しているのは腺管模様の乱れ(構造異型)であり,腺管細胞の不規則性(細胞異型)です。それらの組織所見を数値化するために構造異型度係数(ISA),細胞異型度係数(ING)を定義して,正常,明らかに良性の腺腫,および明らかな癌の3群について計測を行って,大腸癌組織診断基準となる良性悪性振り分けのための二変量線形判別関数を導いてみました。Morsonの論文の癌組織診断基準(dysplasia分類)でmoderate dysplasiaとsevere dysplasiaとして呈示されている写真の異型度は,日常の胃・大腸腺腫と癌の病理組織学的検査を通して明らかに粘膜内癌であると思っていたので,この大腸腺腫と癌の良性悪性を振り分ける判別式を用いてその写真を検討すると,それらは癌の値を示しました。さらには,Morsonのdysplasia分類にしたがって,粘膜内癌(severe dysplasia)および腺腫(moderate dysplasia)を計測すると,やはり同じような結果が得られました。判別式を用いて大腸癌の組織発生を導いてみると,大腸癌の大部分はde novo 癌であるという結果でした。
 一方,西沢 護先生(前東京都がん検診センター所長)は大腸の実体顕微鏡観察によって微小病変の中に微小de novo 癌を見出しましたが,腺腫内癌は認められませんでした。このようなことがあって,1984年11月,第26回日本消化器病学会・パネルディスカッション『大腸発癌をめぐる諸問題』,“西沢 護・中村恭一:実体顕微鏡観察からみた考察”で大腸癌の組織発生“de novo 癌説”を発表しました。
 この“de novo 癌説”を発表してからは,幸いにも多くの国内外の学会での特別講演に招聘され(表I),また,国内外における消化管癌に関する研修会で“大腸癌の構造:大腸癌の組織発生とそれから眺めた臨床病理学的意義”の講演・講義を行ってきました(表II)。1989年には,『大腸癌の構造,第1版』を出版することができました。
 それら学会と研修会とを通じて,大腸癌の組織発生に関して数多くの外国の病理医,外科医,そして内視鏡医と討論をしました。彼らの多くは腺腫-癌連続学説が実際においてもたらす論理的矛盾を理解し,その学説が実際と如何に乖離しているかを理解し,そして,腺腫-癌連続学説は誤りであることを即座に認めました。その原因は癌組織診断基準にあることにも,理解を示しました。ところが,外国の一部の病理医,内視鏡医,そして外科医は異口同音に“However,Sin embargo”と言って,続いて言うことには『腺腫-癌連続学説の前提となっているMorsonによるdysplasia分類すなわち大腸癌組織診断基準に反する診断をすると,ボスに受け入れられない』,と。この時には,再度“腺腫-癌連続学説”から派生する論理的矛盾と異常さを指摘して,『論理は権威よりも強し』と言うと納得します。『小さなIIc+IIa型早期癌症例を持っているが,なかなか発表することができない』と言って,その組織標本を見せてくれた病理医もいました。また,頑なに腺腫-癌連続学説を信奉する一流の内視鏡医と病理医は『粘膜内癌は切除すれば完全治癒が得られるから,癌とは診断しない』と言う。それに対しては『進行癌の手術後5年生存例については,5年後に進行癌の診断をdysplasiaに変更するのか?』と質問すると,『?!?!?』で討論は終わり。
 日本における大腸癌組織発生についての議論はどのようであったでしょうか。当然のことながら,多くの腺腫-癌連続学説学派によって非論理的な反論あるいは辻褄合わせがなされましたが,さらにはその辻褄合わせが矛盾を呼ぶような結果ともなりました。腺腫-癌連続学説学派は,Morsonによる癌組織診断基準のsevere dysplasia=粘膜内癌とみなせばよいと主張しますが,そうすると腺腫-癌連続学説は成り立たずにde novo 癌説となってしまうにもかかわらずです。このように,腺腫-癌連続学説が誤りであることの根源的な原因は,癌組織診断基準にあります。それにもかかわらず,腺腫-癌連続学説学派は基準を大きく見直すこともなく,Morsonの癌組織診断基準に準じた独自の癌組織診断基準を用いて大腸癌組織発生『大腸癌の大部分は腺腫の癌化による』を導き,相も変わらず腺腫-癌連続学説を支持している傾向がみられます。遺伝子水準における大腸癌の組織発生の研究では,論理的に矛盾を多く孕んでいる腺腫-癌連続学説:(大腸粘膜)→(腺腫)→(癌)→(転移)が正しいという前提のもとに,遺伝子変化をあてはめて大腸の癌化機序を説明しようとしていますが,それは腺腫-癌連続学説が正しいということの証明とはならず,砂上の楼閣に屋上屋を架しているようなことです。論理的に,明らかに誤りである腺腫-癌連続学説を礎としているからです。
 脳の中に形成されている癌組織診断基準は,良性悪性境界領域においては客観性が失われて主観的判断となります。主観とは“自己の存在主張”であると言われています。そうすると,癌組織診断基準を変えるということは,いったん,自己の存在否定ということになりますから,強い問題意識と深い思索がなければ,癌組織診断基準に関するパラダイム・シフトは難しいのかも知れません。
 一方では,腺腫-癌連続学説から脱却することによって微小癌および小さなIIc,IIc+IIa型癌の発見・診断がなされるようになり,現在では多くの微小de novo 癌が奔流となって日常的にわれわれの目の前に現れています。すなわち,1984年に“大腸癌de novo 癌学説”を発表して以来,大腸癌組織発生をめぐる討論は,まさしくトーマス・クーンの言う“概念転換を特徴づける一般的パターン”(下表)を辿り,現在では大腸癌組織発生“de novo 癌学説”は白日の下にその存在権を得ていると思うのは著者の思い込みでしょうか。

概念転換を特徴づける一般的パターン(トーマス・クーン)

 1.一般的に受け入れられている概念では,説明できない異常の指摘。その変則性は,はじめ,虚偽として無視されるか,あるいは辻褄が合うようにモデルが拡大解釈される。
 2.無視あるいは辻褄をあわせるだけではすまなくなる変則性の数の増加,そして,むしろ概念が誤っていることがわかる。
 3.変則性のない概念の成立。
 4.新しい概念が体制側から議論をはばまれ,時には古い概念に固執する人たちと血みどろの争いにまで発展することもある過渡期。
 5.新しい概念が,その後の報告をさらに説明できるようになり,新たな知見が得られるということで受容される。

“パラダイム・ブック:新しい世界観-新時代のコンセプトを求めて.日本実業出版,1986”より引用.


 1975年の秋から毎月1回,故・白壁彦夫教授および西沢 護先生と大腸炎症性疾患および大腸早期癌の症例検討会(白壁フォーラム)を行ってきました。そして,白壁フォーラムの20周年記念として,大きさ2cm以下の大腸癌について臨床的病理学的にまとめることになりました。それは1994年,第48回日本消化器病学会(於,札幌)で,白壁彦夫教授によって発表されました。白壁フォーラムによる径2cm以下の大腸癌約5,000例の膨大な統計的資料〔白壁フォーラム編集委員会(編):白壁フォーラム・大腸疾患の診断.医学書院,1996〕を用いることによって,癌組織発生別にみた大腸癌の生物学的振る舞いの差異を明らかにすることができました。『大腸癌の構造,第2版』の出版に際しては,その統計資料の一部を活用することによって,大腸癌の構造の臨床病理学的意義をより補強することができ,また,その構造を拡張することができました。
 1989年“大腸癌の構造,第1版”を出版した時には,消化管診断の第一人者であるとともに隠れ文学者である友人・清成秀康博士(前・国立九州がんセンター,放射線科部長)による立派な書評を頂戴しました。その書評の最後には,『“de novo 癌説”の行方を十分に目と耳を澄まして見守りたい』と書いてありました。“大腸癌の構造,第2版”の出版に際して,“概念転換を特徴づける一般的パターン”の道を辿って,現在はその道の終着点に近づいている,あるいは到達しているとの言葉を頂戴することができるかどうか? その言葉を期待して静かに見つめていることにします。
 終わりにあたって,まだ不完全ですが一応の大腸癌に関する臨床病理学を体系化することができました。ここに至るまでは,この『大腸癌の構造』に理解を示してくれた国内外の多くの協力者なくしては実現不可能なことです。改めて,諸先生にお礼を申し上げます。

 2010年8月14日
 箱根・緑の村“La casa de la bella vista”にて  中村恭一


表I “大腸癌の構造”,“大腸癌の組織発生”の講演を行った学会
 1.第26回日本消化器病学会,1984年11月(千葉):パネル・ディスカッション:西沢 護,中村恭一『大腸発癌をめぐる諸問題』実体顕微鏡観察からみた考察。
 2.第42回日本大腸肛門病学会:特別講演,1987年11月(千葉)。
 3.第20回パンアメリカ消化器病学会:特別講演,1988年4月(キトー,エクアドル)。
 4.第77回日本病理学会総会:宿題報告,1988年5月(札幌)。
 5.第30回日本消化器病学会:特別講演,1988年10月(鹿児島)。
 6.国際消化器病研修会記念講演,1990年3月(サンチャゴ,チリ)。
 7.第3回国際シンポジウム“早期消化管癌”,1991年9月(台北,台湾)。
 8.第19回ブラジル病理学会:特別講演,1993年6月(サントス,ブラジル)。
 9.第31回コロンビア病理学会:特別講演,1994年8月(メデリン,コロンビア)。
 10.台北市110周年記念国際医学講演会“早期大腸癌の診断と治療”:特別講演,1994年9月(台北,台湾)。
 11.第10回世界消化器病学会:Controversies in Gastroenterology,1994年10月(ロスアンゼルス,アメリカ)。
 12.ノーベル・フォーラム・ミニシンポジウム:大腸癌の発生,治療に関する新しい考え方。1994年10月(カロリンスカ,スウェーデン)。
 13.第1回韓国・日本消化管病理学セミナー:講演,1994年11月(ソウル,韓国)。
 14.第21回ブラジル病理学会:講演,1997年4月(ブラジリア,ブラジル)。
 15.プレジデンテ・プルーデンテ市50周年記念医学講演会:講演,1997年8月(プレジデンテ・プルーデンテ,ブラジル)。
 16.第3回ウルグアイ病理学会:特別講演,1997年11月(モンテビデオ,ウルグアイ)。

表II “大腸癌の構造”の講義をした研修会
 (1)1983~1991年:国際消化器病理学研修会,筑波大学
  International Advanced Course of Gastroenterological Pathology.
 (2)1992~1999年:国際消化器病理学研修会,東京医科歯科大学
  International Advanced Course of Gastroenterological Pathology.
 (3)1981~1995年:El Curso Internacional de Avances en Gastroenterológia, Hospital San Borja, Santiago de Chile. Co-ordinador : Profesor Dr. Pedro Llorens S.
  国際最新消化器病研修会,(サンチャゴ,チリ)。
 (4)Llorens P. y Nakamura K.(Editores) : Diagnóstico y Tratamiento de las Afecciones Rectocolónicas. Instituto Chileno-Japones de Enfermedades Digestivas, Hospital San Borja, Santiago de Chile, 1995.
  ペドロ・ヨレンス,中村恭一(編集):直腸・結腸疾患の診断と治療.チリ日本消化器疾患研究所,1995.

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A.大腸癌の構造とは-腫瘍発生の基本概念の上にたつ大腸の腺腫と癌の
 臨床病理学的関係

 I.腫瘍発生の基本概念
 II.“腫瘍発生の基本概念”の上にたつ大腸癌の臨床病理学的構造
 III.大腸癌組織発生の研究の歴史を管見する
B.“腺腫-癌連続学説”の構造,その崩壊
 I.腺腫-癌連続学説の礎となっている“腫瘍発生の基本概念”を無視した
  大腸の腺腫と癌の定義
 II.腺腫-癌連続学説『大腸癌の大部分(95%)は腺腫の癌化による』を導いた
  癌組織診断基準(前提),そこから派生してくる問題点
  1.大腸粘膜のいわゆる正常上皮は癌化しない
  2.全身の臓器・組織から発生する腫瘍の中で,なぜ大腸癌のみが
   腺腫から発生するのであろうか?
  3.家族性大腸腺腫症は腺腫-癌連続学説の傍証となりうるか?
  4.大腸癌の発育過程における“失われた鎖の環”
  5.奇怪な現象“大腸癌,夜の破局”
  6.腺腫-癌連続学説の前提となっているdysplasia/adenoma分類と癌組織診断基準,
   そしてそれから派生する内部矛盾と奇妙な現象
 III.大腸癌の構造の崩壊と再建
C.“大腸癌の構造”の礎-癌組織診断基準
 I.なぜ,癌組織診断基準は癌組織発生を導くための礎か?
 II.“大腸癌の構造”の礎:癌組織診断基準に求められること
 III.礎,癌組織診断基準は客観的であるか?
 IV.“異型性”ということ
  1.“異型”という物差しの形成過程と問題点
  2.異型性の定義とその組織所見
  3.異型性の強さの程度-異型度
  4.異型の性質は?-連続体
 V.実際において“異型度”判断はどのようになされているか?
  1.ブラック・ボックスの中の物差しは?
  2.“異型度”の物差しを目で見えるようにするためには?
 VI.癌組織診断基準の客観化-その1:異型度の数値変換
  1.腺管単位の核・細胞質比(N/C)の数値化:核腺管比指標(ING)
  2.構造異型としての腺管密度の数値化:構造乱れ指標(ISA)
  3.異型度指標INGとISAの関係
  4.明らかな良性腺腫と明らかな癌以外の良性悪性境界領域病変のING値とISA値は
  5.異型度指標INGとISAのまとめ
 VII.癌組織診断の客観化-その2:異型度指標INGとISAによる癌組織診断基準
  1.異型度指標INGとISAを用いて癌組織診断基準をどのように設定するか?
  2.判別式FCAの検討(1):実際例で
  3.複雑な組織模様のパターン認識と判別式と
  4.判別式FCAの検討(2):良性悪性の組織診断と判別式による結果との食い違い
  5.判別式FCAの検討(3):経過観察例におけるING値とISA値
  6.粘膜内癌とsm浸潤癌の粘膜内進展部の異型度係数の比較
 VIII.複雑多様な組織模様(異型度),その数値変換のまとめ
D.“大腸癌の構造”の基底-大腸癌組織発生
 I.良性悪性振り分けのための判別式を用いて導かれる大腸癌の組織発生
  1.腺腫由来癌とde novo 癌の定義
  2.判別式FCAとFADを用いて導かれる大腸癌組織発生
  3.微小癌の組織所見
 II.判別式を用いて導かれた大腸癌組織発生の検討
  1.文献的にみたde novo
 III.大腸癌研究会および白壁フォーラムによる大腸癌組織発生についての集計から
 IV.大腸癌組織発生のまとめ
E.“大腸癌の構造”-臨床病理学的なこと
 I.大腸癌の発育進展過程(1):判別式を用いて導かれた癌組織発生の観点から
  1.癌の大きさと腸管壁浸潤
  2.癌の大きさと肉眼形態
  3.大腸癌組織発生別にみた癌発育進展過程のまとめ
 II.大腸癌の発育進展過程(2):白壁フォーラム統計による検討
  1.大腸癌の組織発生別にみた発育進展過程
  2.癌の大きさと肉眼型と深達度:内視鏡的粘膜切除の観点から
  3.脈管内侵襲と所属リンパ節転移
  4.白壁フォーラム大腸癌統計より眺めた大腸癌の組織発生と
   早期における発育進展のまとめ
 III.判別式を前提として導かれた大腸癌組織発生,その観点から
  腺腫-癌連続学説において派生した矛盾は解決するか?
F.“大腸癌の構造”に繰り込むべきこと
 I.“腫瘍発生の基本概念”の上にたつ“大腸癌の構造”
 II.“大腸癌の構造”に繰り込むべきこと:絨毛状腫瘍
  1.絨毛状腫瘍と管状腫瘍の組織学的差異は?
  2.絨毛状と管状の組織構造について
  3.絨毛状腺腫は癌化しやすいのか?
  4.絨毛状腫瘍の良性悪性振り分けに判別式FCAを適用することができるか?
  5.絨毛状腫瘍症例,判別式FCAの適用症例
  6.絨毛状腫瘍についてのまとめ
 III.“大腸癌の構造”に繰り込むべきこと:大腸癌の組織型分類
  1.大腸癌組織型分類の前提と臨床病理学的意義は?
  2.大腸癌組織型分類を再考する
  3.腫瘍病理学の前提に基づく大腸癌組織型分類

索引

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後世に残る国宝級の書
書評者: 平山 廉三 (埼玉医大客員教授・消化器外科学)
 初版から20年余を経ての大改訂のもと,「大腸癌の構造 第2版」が上梓された。

 著者の中村は常に,「腫瘍発生の基本概念」を公理として要請し,研究の出発点とする。「細胞分裂の際の突然変異細胞が排除されずに増殖するとき癌巣が形成される。よって,細胞分裂のあるすべての所に癌が出現。胃癌,大腸癌では正常粘膜からのいわゆる‘de novo 癌’が大部分。良性限局性病変からの胃癌や腺腫由来の大腸癌もあるが少ない。胃癌については‘de novo 癌’と良性限局性病変との比率,大腸癌では‘de novo 癌’と腺腫由来の癌との比率こそが重要。単純・明解である。40年前,わが国の癌の大御所・超大家たちはこぞって「胃潰瘍,胃ポリープ,胃炎などを胃癌の前癌状態」と決めつけて胃切除をしまくった。中村は先の公理の演繹から「胃癌の大部分は‘いわゆる正常粘膜’から生じ,胃潰瘍などとは無関係」なる事実を証明し,‘前癌状態’なる超大家たちの迷妄を完膚なく否定して葬り去った経歴をもつ。

 胃癌の前癌状態に決着をつけたころ,Morsonらによるadenoma-carcinoma sequence(腺腫-癌連続学説;以下ACSとする)が世界中に流布しはじめた。大腸癌の大部分は‘de novo 癌’が占めるはずと考える中村は,‘de novo 癌’と‘腺腫癌化’の比率,ACS下支えのdysplasia/adenomaの異型度分類と癌組織診断基準に疑義を投げかけて,「大腸癌の構造」初版を出版した。ここでは,真実の大腸癌組織発生,ならびに,望ましい大腸癌の組織型分類案を予報しているが,そのあと中村は,「大腸癌の大部分は‘de novo 癌’」という証拠をそろえ,ACSの矛盾,誤謬を力強く指摘し続けたが,今回の第2版において,「白壁フォーラムにおける報告:2cm以下の大腸癌4,959例の統計的解析の成績」を詳細に解説し,ACSの息の根を止めた。

 さらに,大腸癌組織診断基準に関する国際的会合における「国際コンセンサス分類」(ウィーン,1999)の不備を指摘して渾身の分類案を示し,ACSゾンビが息を吹き返すのを封じた迫力ある提案となっている。また,退官最終講義で共鳴を得た「異型度係数による癌組織診断基準」も完成された姿が盛られている。

 医学書においては,推論にかかわる約束事(前提肯定など)の破られた非論理的議論,偏見による議論,錯覚の追認,結論先にありきの推論も多いなか,本書では,愚直なほどの注意が推論過程に払われている。論理的整合性にあふれる本書は,まずは医学者,学生諸君にとって,研究の方法のお手本となる。

 余録を一つ。中村の記述には,見事なlogical consistencyが見て取れ,過度に細分化してとらえた所見や,分断的な結論が聊かも見当たらない。中村の友人の多くは,……癌研病理の最奥の部屋で,斜めに構えて,夏でもセーターを着て,いつ自宅を訪れても顕微鏡を眺めていて,と中村の観察への集中力,持久力を強調する。実は,中村の切片凝視の時間は短い。そのあとの,切片を眺めつつの黙思・暝想にこそ,長い時間が割かれる。概算すると,約50年で約20万時間の暝想が凝縮して本書が生まれた。中村の独特な黙思・暝想と,雪舟の描く達磨(慧可断臂図)とは重なる。壁面が達磨の眼前20cm弱に迫るように,中村は接眼レンズ下20 cmの標本をボンヤリと見渡しながら想いを巡らす。そのとき,連想・妄想が消えて,癌が真相を語り始める(試しに,眼前20cm弱に4本の指を立て,この指が5本,6本に見え始めたとき,連想・妄想も,喜怒哀楽も消え去ってしまう,という極意がある由)。

 1960年代から,わが国の消化管の癌診断学が世界をリードし続けた。この大戦果の多くが,個性溢れる中村の癌科学思想,およびこれに共鳴した同志によって成就した。中村による「胃癌の病理」「胃癌の構造」「大腸癌の構造」に今回の改訂版が加わったことで,日本の診断学が完勝を続けたころの「作戦書および戦勝の記録集」の完結をみた。後世に残る国宝級の著書である。
大腸癌診療における不滅の道標~中村恭一著「大腸癌の構造 第2版」によせて
書評者: 高木 篤 (みなと医療生活協同組合協立総合病院消化器内科)
 本書はいまだに世界的に信じられている「大腸癌の多くは腺腫から発生する」というMorsonの“腺腫-癌連続学説 adenoma-carcinoma sequence”を徹底的に論破し,「大腸癌の大部分は正常粘膜から発生する」というde novo 学説を体系的に対置した本である。

 本書は複数の執筆者による見解をオムニバス的に集めただけの安易な本ではない。一人の著者の極限の思索によって書き下ろされた渾身の書であり,骨太で一貫性のある論理構造を持つ科学書である。癌・腺腫・非腫瘍を画像的に客観的に診断する判別式を完備し,腫瘍発生の基本概念,診断基準,組織発生,臨床病理を整合性をもって見事に解説している。

 著者の中村恭一先生は問いかける。大腸以外の臓器では正常粘膜からのde novo 発生が主体であるのにバウヒン弁を越えたらなぜ突然腺腫が発癌の主体になるのかと。言われてみればもっともである。そして著者は「トンネルを抜けたらそこは雪国だった」などとユーモラスな比喩を駆使しながら腺腫―癌連続学説の矛盾点を逐一指摘しde novo 学説を対置して圧倒していく。まさに「論理は権威より強し」である。そこにはオセロゲームの黒一色の盤を四隅を白にしてすべて白にひっくり返していくような痛快さがあり一気に読ませてしまう。それが本書の第1版が1989年に出版されてからロングセラーを続けている理由だろう。

 著者は腺腫―癌連続学説が世界の常識だった1984年にde novo 学説を敢然と主張し異を唱えた。1984年といえば1986年に工藤によって大腸IIc型de novo 癌が報告される「有史以前」である。著者の主張は当時から全くぶれていない。1989年に本書の第1版が出版されて以来,本書は預言の書として北極星のように不滅の道標であり続けた。小林・益川理論に導かれて残りのクォークが発見されたように,本書に導かれるように工藤進英先生の薫陶を受けた秋田学派らによってIIcを含む微小なde novo 癌が多数発見されてきた。歴史的な本でありながらその正しさと重要性は今日においてその輝きを増している。

 第2版にあたり鮮やかなカラー版として蘇っただけでなく,多くのde novo 癌の知見と白壁フォーラムの約五千例の2cm以下の大腸癌による詳細なデータ解析が加わりさらに説得力が増した。今後データを集積していけば日本発の病理診断基準が世界のスタンダードになる日も夢ではないだろう。

 本書を読むと,大腸内視鏡ではほとんど進行癌にならないポリープに目を奪われることなく,胃カメラのように正常粘膜に潜んでいるIIcなどの宿主の生命を奪うde novo 癌を見落とさないことが大事だと痛感する。de novo 学説でなければ大腸癌死を減らすことはできないとさえ思う。

 その意味で本書は大腸癌発育進展の学徒のみならず大腸癌診療にかかわるすべての人にとって必読の書であるといえよう。

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