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精神障害のある救急患者対応マニュアル
必須薬10と治療パターン40

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精神障害とその関連疾患のある救急患者を対象にした治療マニュアル。現場でよく遭遇する40症状(幻覚・妄想、急性覚醒剤中毒、せん妄など)について、「診断のポイント」「治療フローチャート」「精神科医にうまく引き継ぐコツ」を示しながらコンパクトに解説。また必須医薬品を10品目に厳選、それらの特徴と実践的な使い方を凝縮して収載した。救急科と精神科の双方に通暁する著者だから書きうる、現場目線の実践知!
監修 宮岡 等
執筆 上條 吉人
発行 2007年08月判型:B6変頁:312
ISBN 978-4-260-00496-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
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監修にあたって(宮岡 等)/(上條吉人)

監修にあたって
 北里大学病院救命救急センターは,大学病院としては比較的大きな規模の精神科病棟(129床)を有する北里大学東病院から,700メートルの距離にあります。救命救急センターと精神科は,身体疾患の治療を終えた後に精神面の治療が必要な患者さんへの対応や精神科で治療中の方の身体合併症などで,密接な連携があります。精神保健指定医の資格を持ち,精神科医から救急医に転身するというユニークな経歴を歩んだ上條吉人氏は,救命救急センターと精神科の診療における連携の中心的な存在となっています。
 救命救急センターをローテートした研修医はとても満足して戻ってきます。第1の理由は,上條氏という精神医学のわかる救急医がいることです。彼は,救命救急センターで自らの得意とする急性中毒や外傷など,幅広い救急疾患の初期治療から経皮的心肺補助装置や急性血液浄化法などによる集中治療の指揮まで執っています。同時に精神科からの研修医に対しては,最終的に「精神科医になる医師に必要な救命救急医学」という視点を持って教えてくれています。第2に,救命救急センターでは自殺をはじめとして,精神疾患や向精神薬が関係した急性中毒,水中毒,けいれん,呼吸循環器系疾患などが少なくありません。このような精神疾患が関係する病態に対して戸惑ったり,何か一般の医療に比べて治療意欲が弱いようにすらみえる救急医に出会うことは少なくありません。しかし上條氏が治療に加わると,彼の人柄,精神疾患患者に対する意識,そして精神医学に関する豊富な知識によって,救急医の戸惑いや偏見が一掃されるようです。
 本書は,救命救急医学を専門とする医師が精神疾患患者や向精神薬が関係する病態の治療にあたる時,とても役立つと思います。精神科医が書いた身体科の医師向けの本は,著者がわかりやすく書いたつもりでも,読者には難しいことが少なくありません。日常臨床で救急医に接している上條氏ですから当然のことでしょうが,どのように救急医に説明したら理解してもらえるかを心得ているようです。精神医学の複雑な部分も,簡潔に明日からの診療にすぐ役立つようにまとめてくれました。精神科医である私からみても,正確な精神医学の知識に基づいてわかりやすく書かれていると思います。精神医学が一般医学の中にうまく溶け込んでいくことを願っている私としてはこのような本を書き上げた上條氏に感謝したいという思いです。一方,本書は精神科医にも有用です。精神疾患患者の身体合併症における初期治療は自分でしないといけないのですから,とりあえずすべきこと,早急に専門医に委ねるべきことがよくわかります。
 リエゾン精神医学の臨床では,身体科の医師も少しは精神医学の知識を持ち,精神科医もその身体領域についてある程度の知識を持って,両方の科の医師が共通の土俵で議論を展開し,双方の判断や治療に厳しい意見を述べ合う姿勢が不可欠です。精神科医も身体科の医師も,相手に対して「先生の判断,あるいは治療のこの部分はこれでよいのだろうか」という問いかけができないといけません。このような考えをあらかじめ著者と話したわけではありませんが,同じ問題意識があったのでしょうか,両方の立場の医師が一緒に勉強しやすい見事な本を作り上げてくれました。
 本書は精神障害が関係する救急患者に偏見なく最良の医療を提供してほしいという思いを込めて,上條氏が豊富な体験をもとに執筆したものです。本書が救急医療やリエゾン精神医学に携わっておられるすべてのスタッフの方々のよき道標となれば,監修者としてはこの上ない喜びです。
 2007年8月吉日
 北里大学医学部精神科学主任教授 宮岡 等



 私は医学部卒業後に出身大学の附属病院精神神経科を出発点として精神医学を研鑽していたのですが,出向先の総合病院で受け持ち患者さんが飛び降り自殺をしてしまいました。患者さんが運ばれた同病院の救急外来蘇生室に駆けつけたものの何もできず,ただ立ちすくんでいるだけでした。私はこの患者さんの心も体も救えなかったのです。この悲痛な体験をきっかけに救急医療の研修を決意して北里大学病院救命救急センターの門をたたきました。
 救命救急センターでの研修を始めてとにかく驚いたのは,「精神障害のある救急患者はこんなに多いのか!」ということでした。救命救急センターに搬送される救急患者の10~15%は自殺企図患者で,そのほとんどに精神障害がありました。身体合併症によって救命救急センターに搬送される精神障害者もいました。せん妄や脳外傷後精神障害(急性期)など入院後に発症する精神障害もありました。三次救急施設で加療される救急患者の30%前後に何らかの精神障害があるといわれているゆえんです。ところがその一方で,救急医療現場には精神障害に対する偏見がはびこっていました。研修をさせてもらっている立場にある私は何ももの申すことができず,悔しい思いを何度もしました。

 当初は半年ほど救急医療を研修した後に精神科に戻る予定でしたが,次第に身体管理の魅力に惹かれると同時に,精神科をサブスペシャリティとする救急医としての存在意義も十分にあると考えるようになり,北里大学医学部救命救急医学講座に移籍して救急医に転身する決意をしました。やがて臨床研修医や各科からのローテーターなどの若い医師を指導する立場のスタッフの一員に加わり,急性中毒を一つの専門領域として診療にあたるようになりました。
 救命救急センターに搬送される自殺企図患者のおよそ半数は急性中毒によるもので,私は身体管理をするばかりでなく,精神障害の診断・治療にあたり,さらにはその後のトリアージをしてきました。この「心も体も救う」という役割は,もともと救急医療の研修を志した経緯からして私のまさに望むところでした。その他に,水中毒などの精神障害者に特有にみられる身体合併症や悪性症候群などの向精神薬による重篤な副作用といった精神障害関連疾患の治療も担当するようになりました。

 精神障害のある救急患者さんの治療は,驚きの連続でした。たとえば,抗精神病薬で治療されているだけなのに25℃を下回る重症低体温症をきたしたり,逆に悪性症候群によって40℃を上回る高体温をきたしたり…。また,水中毒によって血清ナトリウム値が100mEq/Lを下回ったかと思えば,逆にリチウム誘発性腎性尿崩症によって170mEq/Lを上回るなど…。私は精神障害のある救急患者さんが呈する通常では体験できない病態から多くのことを学び,新たな知見も得ました。精神障害のある救急患者さんは,私にとっては臨床のみならず研究の“師”でもあったのです。
 そこで,彼らが救急医療現場で偏見にさらされずに身体合併症や精神障害の診療をきちんと受けられる手助けになればと考え,本書を執筆することにしました。精神障害のある救急患者さんとのさまざまな貴重な出会いや私の研究成果がこの1冊に結実したわけです。

 最後に,本書の執筆にあたり精神医学的観点からさまざまなアドバイスをいただいた北里大学医学部精神科学講座の宮岡等教授,および前作の「急性中毒診療ハンドブック」に引き続き,企画,構成,執筆にわたって多大なるご尽力をたまわりました医学書院医学書籍編集部の西村僚一氏,制作部の栩兼拓磨氏に心からの感謝を捧げたいと思います。
 2007年8月吉日
 北里大学講師・救命救急医学 上條吉人

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I 救急医療と精神障害
  1 救急医療で遭遇する精神障害
  2 救急外来と精神障害
  3 救急病棟と精神障害
II 救急医療における精神科必須薬
 A 総論
  1 抗精神病薬
  2 抗うつ薬
  3 抗不安薬・睡眠薬
  4 抗パーキンソン薬
 B 各論
III 救急外来編マスト30
 A 精神症状編
 B 中枢神経症状編
 C 腹部症状編
 D 呼吸・循環器症状編
 E その他
IV 救急病棟編マスト10
 A 精神障害編
 B 副作用編
V 救急医療における精神障害Q&A
索引

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救急医・精神科医のすき間を埋める一冊
書評者: 黒川 顯 (日本医科大学武蔵小杉病院院長/救命救急センター長)
 昨今,精神疾患を有する人が,外傷や疾病になった時の救急医療が大きな問題になっている。この状況に自殺未遂というキーワードが加わると,初期診療をする救急病院を探すことも,身体的問題が解決したあとのフォローアップ医療の担い手を探すことも困難となる。身体科の医師は,精神疾患を診られないから引き取れないといい,精神科の医師は,少しでも身体科の問題が残っている患者は診られないと受け入れを拒否する。結局,何でも引き受けてくれる救命救急センターに運ばれ,身体的問題が解決したり,すべて解決してはいなくても急性期を脱したりした場合に,行く先がないために,いつまでも引き受けざるを得なくなってしまうのである。

 さて本書の随所にみられる薬物動態や病態の解説をみると,著者がそもそもは精神科医だったにもかかわらず,多くの救急疾患の診療にも対応する力を持っていることがよくわかる。それは,東京工業大学理学部化学科を卒業してから医学部に進学したという彼の経歴からすれば当然のこととうなずかされるとともに,持ち前の探求心と,一つひとつの症例を大切にするという日常診療への姿勢によるものであると感心させられる。

 近年,精神科医が常駐する救命救急センターが増えているが,精神科医が常駐していない施設もある。そんな施設において,本書は大いに役立つことは必至である。一方,身体科の医師がいない精神科の病院にとっては,精神科医が身体疾患を診たり,病態を考えるきっかけを与えてくれる有用な書といえる。
精神障害を有する患者に関わる医療スタッフに薦める良書
書評者: 横井 志保 (東京武蔵野病院・精神科専門看護師)
 精神障害のある患者が身体合併症を併発すると,精神機能やコミュニケーションの障害のために,医療者が介入する場面(必要な検査,治療の受け入れ,日常生活行動の援助など)で困難を感じることは少なくない。また,精神症状の悪化や向精神薬の副作用による状態変化が身体状態の悪化と判断されたり,その反対に何らかの身体状態の変化が精神症状の悪化と判断されて必要な援助や治療が提供されなかったり遅れたりする場合もある。そのため,精神障害のある患者に介入する際には,通常のフィジカルアセスメントに加えて,精神疾患や精神科治療薬の薬理作用などの幅広い知識に基づき,精神症状と身体症状を適切に見極めることのできる高度なアセスメント能力が重要になってくる。

 本書は精神障害のある患者に対し,身体治療とその援助に一刻を争う救急医療の場面における診断・治療・対応について,救急と精神の両科に精通する医師によって記されたきわめて実践的なポケットサイズの治療マニュアルである。

 まず「救急医療における精神科必須薬10」では,救急医療の場面での精神科的問題におおむね対応できる代表的な精神科治療薬を取り上げ,各薬剤の特徴や薬理について理解することができる。この後に控える「救急外来編」と「救急病棟編」の内容とも併せて,幅広い視点からの患者の適切なアセスメントや治療・対応の理解・選択,医療者間の協働に活用できる充実した内容である。

 また本書のメインである救急医療で遭遇する精神障害については,「救急外来編」「救急病棟編」で解説される。いずれも,「診断のポイント」「対応のポイント」「治療のフローチャート」「精神科医への申し送りのポイント」という一定の枠組みの中で,著者自身の豊富な臨床経験に基づく実践的で具体的な知識に研究文献からのエビデンスを交えながら理論立ててわかりやすく記されている。前者の「救急外来編」では,幻覚妄想・昏迷などの精神症状,急性薬物中毒や過飲水による電解質異常などに起因する中枢神経症状,その他腹部症状,呼吸・循環器症状など30症例が示されており,後者の「救急病棟編」では,統合失調症・うつ病,せん妄や脳外傷後の精神障害,抗精神病薬の副作用など10症例が挙げられている。

 特筆すべきは,「自殺企図患者を救命するべきか」「精神障害者の身体合併症はなぜ重症化するのか」などの疑問に「心も身体も救う」医療者として著者が答える「救急医療における精神障害Q&A」である。精神障害のある患者は,対応の困難さや疾患そのものに対する偏見から救急医療の場では敬遠されがちであったが,このような旧弊を戒め,医療スタッフの理解や認識を転換する必要性を述べた部分に,意を同じくする読者も多いのではないかと考える。

 本書は救急医療の現場で働く医療スタッフのみならず,単科精神病院で働く者やリエゾン精神医学の分野で働く者など,初学者からベテランまで精神障害を有する患者に関わる医療スタッフにとって幅広くお薦めしたい良書である。
急性期身体疾患と精神障害救急医と精神科医を結ぶ良書
書評者: 大野 博司 (洛和会音羽病院ICU/CCU,感染症科,腎臓内科,総合診療科)
 この本は本当にすばらしい。

 私は医師になってからずっと地域の救急病院で勤務してきました。その救急医療の中で,多くの精神障害のある患者の治療にも関わってきました。

1)薬物中毒で入院加療となり対症療法・経過観察で軽快するケース(睡眠薬大量服薬など)
2)救急外来に何度となくリストカット,薬物中毒で来院するケース(境界型人格障害など)
3)内科疾患で入院し既往症で精神疾患に出会うケース(統合失調症患者の水中毒など)
4)身体疾患で入院するも夜間不穏となるケース(せん妄,アルコール離脱など)
5)抗精神病薬投与中の副作用のケース(ジスキネジア,薬剤性パーキンソンニズムなど)

 上記のような精神疾患のある患者に遭遇すると,対症療法として,抗不安薬,抗精神病薬などをどのように使い,対応するかでいつもとまどっていました。そんな場面に遭遇するたびに,「いつかはしっかりと救急の現場で精神疾患をみる」ための勉強をしなければと思っていました。

 今まで精神障害の救急患者対応のマニュアル本は多数ありますが,一般化されてはいるが精神科の十分な理解のもとに書かれたものではないため,内容の深みや個別のケースで実際に活用される,現場サイドに立って書かれた本は残念ながらなかったと思います。

 そのときに,上條吉人先生の書かれたこの『精神障害のある救急患者対応マニュアル』に出会いました。タイトルは「マニュアル」となっていますが,決して研修医のポケットブック的な安易な本ではありません。必要なときにすぐに開くことができますが,内容を十分に理解するためにしっかりと読みこむ必要があります。

 この本の大きな特徴は,(1)「救急医療における精神科必須薬10」と(2)「救急外来・病棟での治療40」の2つに大きく分かれている点です。

 「精神科必須薬10」の大部分は日夜使っている薬剤であり,使用時の注意点や微妙な使い分けについて(抗精神病薬のブチロフェノン,フェノチアジン,セロトニン・ドパミン拮抗薬や抗うつ薬のSSRI,SNRIの違い)の言及はとても有用でした。これらは救急の現場でぜひ使いこなしたいものです。

 あなたが集中治療室での重症管理をする立場ならば,これらに追加して,鎮静剤・抗痙攣薬としてのプロポフォール,鎮痛薬のフェンタニル,そして筋弛緩薬としてベクロニウム,パンクロニウムくらいまで使いこなせればよいのではないでしょうか。

 「治療40」の章では,救急外来と救急病棟に分けて書かれています。

 外来で遭遇する精神疾患およびその治療薬の副作用を(1)精神症状,(2)中枢神経症状,(3)腹部症状,(4)呼吸・循環器症状に分けて書かれています。また,病棟で遭遇する精神障害(せん妄,アルコール離脱など),抗精神病薬の副作用についても書かれています。

 各項はケースからはじまり,「診断のポイント」「治療のポイント」「治療のフローチャート」「精神科への申し送りのポイント」と非常に明解に書かれており,さらに理解を助けるイラストが多数あります。どの時点で精神科に引き継ぐか,精神科に提供する情報で何が必要か,精神科に身体疾患を診療する立場から何をお願いするかなど,まさに現場ですぐに役に立つことが満載です。

 救急科と精神科の第一線の現場を知っている人だからこそ書けた,「救急医と精神科医」「急性期身体疾患と精神障害」を結びつける優れた本です。

 私にとって臨床医学のよい本とは,(1)短期間で読める(数日~2週間以内),(2)臨床の現場ですぐ開け,役に立つ,そして何よりも(3)著者に実際に会いたくなる,一緒に働いてみたくなる,そんな本です。

 この本を救急医療と精神医療の間で働く第一線の病院の医師・ナース・コメディカルに広く薦めます。

 繰り返しになりますが,この本は本当にすばらしい。
学術性に裏打ちされた現場感覚を有した良書
書評者: 八田 耕太郎 (順天堂大学大学院准教授/精神・行動科学)
本書は,精神障害者の身体合併症のうち救急性のある疾患40パターンについての治療マニュアルである。マニュアルといっても,その病態から治療までの明快な解説は,生化学的あるいは生理学的理解を可能にしており,深みのある実用書兼専門書といえる。精神障害者の身体合併症に関する書籍はこれまでにもあるが,精神科側から論じれば身体疾患に関する病態生理の深みに欠けていたり,非精神科医が書けば精神疾患への理解の浅さから机上論的であったりといった記憶がある。その点で本書は,納得しながら読める好著である。このような内容の書籍を生み出せたのは著者の稀有な経歴にもよるのであろう。

 例えば,向精神薬の急性中毒に対する処置とその根底にある考え方の明快な論理性は,東工大で化学を修得したがゆえと思われる。実際,著者は中毒研究の第一人者である。さらに,深い精神疾患への理解のもとに身体疾患への治療が組み立てられているため,精神科医が読んでも臨場感がある。その背景には,東京医科歯科大学や東京都立広尾病院で精神科医として研鑽を積んだ経験が生きているのであろう。そして,精神障害者の身体合併症のうち救急性のある疾患として40パターンを選び出し読者を納得させる的確さは,救急医として北里大学救命救急センターで最重症の身体合併症に対応してきた実力のなせる業であろう。

 このような卓越した著者から生み出された本書の特徴は,病態の神経科学的な理解や生理学的理解を容易にするイラストと治療手順のフローチャートの多さである。手技のイラストも多く,配慮が行き届いている感がある。さらに,症例と共に呈示される病態を特徴づける心電図や画像所見の実物が多いことは出色である。例えば,水中毒による急性ナトリウム血症の項では,著明な脳浮腫を呈した来院時頭部CTとナトリウム補正により脳浮腫が改善した後の頭部CTを対比して掲載している。その他,水中毒による慢性低ナトリウム血症に比較的急激なナトリウム補正をした際の中心性橋脱髄を思わせる頭部MRI,過量服薬による低体温に伴う心電図異常(Osborn波),摂食障害患者の急性胃拡張や向精神薬による麻痺性イレウスの腹部単純X線とCT,向精神薬による尿閉の腹部単純CT,肺動脈血栓塞栓症の胸部単純X線と造影CT,カルバマゼピン誘発性徐脈性不整脈のホルター心電図,抗精神病薬誘発のtorsade de pointesを捉えた心電図,急性三環系抗うつ薬中毒による心室性頻拍の心電図などが収載されている。さらに秀逸なのは,豊富な文献的裏づけがなされ,現場主義ながらエビデンスにこだわって「信じられていること」に対してもその是非を明快に示している。著者自身の研究成果も多く盛り込まれて,著者の真摯な医学的探求心が伝わってくる。

 学術性に裏打ちされた現場感覚の本であることから,内科系・外科系を問わず研修医,看護師から専門医まで,一般救急の現場あるいは精神医療の現場で仕事をしている,あるいはする可能性のある人に薦められる。手軽に携行できる,しかし中身の濃い本である。

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