睡眠障害国際分類 第2版
診断とコードの手引
睡眠医療のための必携書
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米国睡眠医学会による睡眠障害国際分類(第2版)の日本語版。睡眠障害、覚醒障害を実用的かつ経験的な観点から分類し、その特徴や検査所見、診断基準などを科学的および臨床的論拠に基づいてまとめている。成人患者のみならず、小児患者についても言及。
著 | 米国睡眠医学会 |
---|---|
訳 | 日本睡眠学会診断分類委員会 |
発行 | 日本睡眠学会 |
販売 | 医学書院 |
発行 | 2010年07月判型:B5頁:296 |
ISBN | 978-4-260-00917-1 |
定価 | 6,600円 (本体6,000円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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翻訳にあたって/まえがき
翻訳にあたって 日本睡眠学会 診断分類委員会・委員長 粥川 裕平
あまりにも長い時間,お待たせすることになったが,ようやく睡眠医療に携わる方々に,睡眠障害国際分類第2版(ICSD-2)日本語版をお届けすることになった.ここではその歴史とICSD-2の特徴を記すことにしたい.
睡眠障害分類の歴史
20世紀の後半,先進国における睡眠障害の増加や国民の関心の高まりを背景に,1979年に睡眠障害センター連合(Association of Sleep Disorders Centers;ASDC)を中心とする睡眠・覚醒障害の診断分類(Diagnostic Classification of Sleep and Arousal Disorders1);DCSAD,1979)が,提言された.この分類の特徴は,従来知られていた不眠群,過眠群,睡眠時随伴症(パラソムニア)に,睡眠・覚醒スケジュール障害(sleep-wake schedule disorder)という全く新しい概念の睡眠障害が加えられたことである.
1990年には米国睡眠障害連合(American Sleep Disorders Association;ASDA)を中心にヨーロッパ睡眠学会,日本睡眠学会,ラテンアメリカ睡眠学会が共同で睡眠障害国際分類(The International Classification of Sleep Disorders;ICSD)第1版を発刊した(ICSD-1)2).ICSD-1では臨床症状を詳細に記述し,多軸診断と重症度分類を取り入れ,PSGやMSLTなどの検査所見を加え,原因別分類を目指した中身になっている.
WHOは1992年にICD-10を発表している.ICD-10では睡眠障害はF51:非器質性睡眠障害(non-organic sleep disorders)とG47:器質性睡眠障害(organic sleep disorders)に二分されている3).
さらに米国では精神医学会(American Psychiatric Association;APA)が作成した「精神障害の診断と統計の手引き Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders;DSM」があり,1994年第4版改訂版(DSM-IV)では原発性睡眠障害(primary sleep disorders)が睡眠異常(dyssomnias)と睡眠時随伴症群(parasomnias)に2大別され,睡眠異常に原発性不眠症,原発性過眠症など不眠,過眠を分け,臨床的に使いやすく工夫されている4).1990年に発表されたICSD-1は広く国際的に用いられていたが,2005年に第2版(ICSD-2)が発表された5).
ICSD-2の睡眠障害分類の特徴
米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine;AASM)発刊のICSD-2は現在のところ知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づく記述,合理的で科学的に妥当な全体構造の中での睡眠・覚醒障害の提示,睡眠・覚醒障害をできる限りICD-9とICD-10に対応させる,の3つの目的で作成された.
その概要は,現時点で臨床的にも有用だと思われる8つのカテゴリー(①不眠症群,②睡眠関連呼吸障害群,③中枢性過眠症群,④概日リズム睡眠障害群,⑤睡眠時随伴症群,⑥睡眠関連運動障害群,⑦孤発性の諸症状,正常範囲内と思われる亜型症状,未解決の諸症状,⑧そのほかの睡眠障害)に睡眠障害を分類している.将来的にはいろいろなことが明らかになるにつれて,睡眠障害分類のためにもっと包括的な枠組みが最終的にはもたらされることが期待されている.
ICSD-2では成人患者も小児患者も共に1つの睡眠障害に分類しているが,以下の3つの睡眠障害に限っては,特別に小児という名称を用いている.すなわち,小児期の行動性不眠症・小児の閉塞性睡眠時無呼吸・乳幼児期の原発性睡眠時無呼吸である.
ICSD-1とICSD-2の相違点
ICSD-1とICSD-2の相違点は次の通りである.
a) ICSD-2は多軸方式ではない.
b) ICSD-1とは異なり,ICSD-2には睡眠障害を診断するのに用いる最新の手順一覧は列挙していない.
c) ICSD-1の「内在因性睡眠障害」と「外在因性睡眠障害」という用語を削除した.
d) 精神疾患・神経疾患・そのほか身体疾患によるもの,という続発性睡眠障害はICSD-2には含まれていない.
e) ICSD-1には完全な診断基準に加えて最小限基準が列挙されていたが,ICSD-2に記載されているのは一組の基準のみで,患者がこれらの基準すべてに適合しなければ,睡眠障害の診断をするべきではない.また,ICSD-2には重症度基準がない.
ICSD-2とICD-10との相互関係
ICSD(睡眠障害国際分類)とICD(疾患国際分類)がまとまることが望ましいのは明らかで,長い目で見れば不可避であろう.したがって,ICSD-2では,可能な限りICD固有の考えや構造を採択して,ICDとの最終的な融合という目標に向けて動くようにしている.
日本語版についての注意点
DSM-IV-TRでは睡眠障害が診断基準にも入っているが,原書では,米国精神医学会の了解を得て,睡眠障害の鑑別診断の際に出会うことが多い次の精神疾患と行動障害を取り上げ,付録Bとして掲載している.気分障害,不安障害,身体表現性障害,統合失調症とその他の精神病性障害,幼児期・小児期または青年期に通常初めて診断される障害,パーソナリティ障害.
ただし,米国睡眠医学会(AASM)から版権を委託された世界睡眠学会連合(WFSRSMS)とのICSD-2の日本語版の版権契約に際して,付録Bを除外することという厳しい条件が前提として求められた.このため,本書・ICSD-2日本語版に付録Bは掲載されていない.読者の皆様には「DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(新訂版)」(医学書院,2004)をご参照いただきたい.
翻訳について
1990年のICSD-1が,1994年日本睡眠学会・診断分類委員会の本多裕委員長を中心に訳出されたのが1994年であった.2005年にICSD-2が出ると,日本語版の発行を目指し直ちに翻訳作業に入った.松浦千佳子氏(名古屋工業大学大学院准教授)が短期間で全文を下訳され,その草稿をもとに,診断分類委員会委員に委託し手を加え,翻訳作業は順調に進んでいた.
しかし,AASMの刊行でありながら,版権はWFSRSMFに委託されていたこともあり版権交渉に数年の時間を費やすこととなった.また,闘病を続けながら翻訳作業の最後のつめを行っておられた本多先生の病状が好転せず,2009年9月1日に本書の発刊を見届けることなく,ご逝去された.
いまここに,ICSD-2日本語版を,本多先生の多大なるご尽力と,当診断分類委員会委員の諸先生のご協力により,皆様のお手元にお届けすることができる運びとなった.記して(本サイトでは省略)感謝の意を表するとともに,発刊の日の目を見ないまま逝去された本多裕先生の比類なき不屈の精神力とご尽力に,敬意を表し,本書を捧げるものである.
疾病分類学は,実用的であることが第一であるが,重症度分類や持続期間などが削除された面は,必ずしもICSD-1よりも進歩とはいえないかもしれない.その点の評価は読者に委ねられている.ともあれ本書が,わが国の睡眠医療・医学の更なる発展に寄与することを切に願うものである.
文献
1) Association of Sleep Disorders Centers:Diagnostic Classification of Sleep and Arousal Disorders. 1st ed, Sleep 2:1-122, 1979.(高橋康郎:新しい睡眠覚醒障害の診断分類―Diagnostic Classification of Sleep and Arousal Disorders(ASDC and APSS, 1979)の紹介.臨床精神医学9:389-405,1980.)
2) Diagnostic Classification Steering Committee(Thorpy MJ, Chairman):International Classification of Sleep Disorders;Diagnostic and Coding Manual. American Sleep Disorders Association, Rochester, 1990.(日本睡眠学会診断分類委員会(訳):睡眠障害国際分類 診断とコードの手引き.1994.笹氣出版)
3) World Health Organization:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioral Disorders;Clinical descriptions and diagnostic guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992.(融 道男,中根允文,小見山 実(監訳):ICD-10 精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン.医学書院,東京,1993.)
4) American Psychiatric Association:Sleep Disorders. In:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed(DSM-IV). pp551-607, American Psychiatric Association, Washington DC, 1994.(高橋三郎,大野 裕,染矢俊幸(訳):睡眠障害.DSM-IV;精神疾患の診断・統計マニュアル.pp555-609,医学書院,東京,1996.)
5) American Academy of Sleep Medicine:The International Classification of Sleep Disorders, 2nd ed, Diagnostic and Coding Manual. American Academy of Sleep Medicine, Westchester, 2005.
まえがき
ICSD-2の目的
・現在知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づいて記述すること.
・合理的で科学的に妥当な全体構造の中で睡眠障害と覚醒障害を提示すること.
・睡眠障害と覚醒障害をできる限りICD-9とICD-10に対応させること.
ICSD-2の概要
個々の睡眠障害についての知見はかなり流動的である.例えばナルコレプシーや睡眠時無呼吸などでは膨大な研究や文献が存在し,その基礎となる病態生理学的機序の理解に接近しつつある.一方,その睡眠障害が存在することを立証するのに十分な根拠に乏しい例もある.このような知見の不均一性のために,すべての睡眠障害を表す一貫した枠組みを開発しようとする試みはかなり困難を伴う.
個々の睡眠障害についての知見のレベルが不均一であることを考えると,すべての睡眠障害を分類する共通の枠組みを探求することは断念せざるを得なかった.したがってICSD-2では,現時点で最も実用的で経験的な意味をなすように思われる8つのカテゴリーに睡眠障害を分類している.かくして分類の中には共通の訴え(不眠や過眠など)に基づいたものもあるし,推定される基礎的病因(概日リズム睡眠障害なら生物時計の障害など)に基づくものもある.また,睡眠関連呼吸障害のように,問題が生じる器官系によってまとめたものもある.いろいろなことが明らかになるにつれて,睡眠障害分類のためにもっと包括的な枠組みが最終的にはもたらされることが期待されるが,我々はいまだその段階には到達していない.
上述の考えに基づき,ICSD-2では睡眠障害を以下の8つのカテゴリーに分類している.
I.不眠症
II.睡眠関連呼吸障害群
III.中枢性過眠症群(概日リズム睡眠障害,睡眠関連呼吸障害,そのほかの夜間睡眠障害による過眠は除く)
IV.概日リズム睡眠障害群
V.睡眠時随伴症群
VI.睡眠関連運動障害群
VII.孤発性の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題
VIII.その他の睡眠障害
睡眠関連の文献にはまだ十分に立証されていない睡眠病理の症例がたくさんある.ICSD-2では,新しく睡眠障害を加えるためには,2つの異なるセンターから最低2症例(それぞれ最低でも2つの症例)が著名な雑誌に発表されており,新しい障害として認めるだけの詳しい説明がなければならないこととした.睡眠障害がICSD-2に特別に記載されていない場合は,適当な「その他」の診断を用いる.
同様に,明らかに8つの睡眠障害カテゴリーのうちの1つ(例:睡眠時随伴症)に属しているが,掲載してあるすべての診断基準に適合していない場合,そのカテゴリー内の特定の障害として診断することができない.この場合には,適当な「その他」の診断名を用いること.しかしながら,十分な情報が得られないか,あるいはすべての診断基準に適合するどうかがわからない場合には,「未確定」または「NOS」(特定不能)が適当な診断名となる.
「孤発性の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題」のカテゴリーには,必ずしも睡眠病理を指摘しなくても十分睡眠臨床家の目にとまるようになると考えられるものを掲載した.このカテゴリーの他の項目は,日中の過度の眠気を伴わない過度の長時間睡眠など,正常と病気の境界にまたがるものである.
ICSD-2では成人患者も小児患者も共に1つの睡眠障害に分類している.大抵の場合,小児の発現形は個々の睡眠障害の本文中,通常は「患者統計(有病率など)」か「発症・経過・合併症」に組み入れてある.しかしながら,次の3つの睡眠障害に限っては,小児期の症状発現や診断基準が独特なので,特別に小児という名称を用いている:小児期の行動性不眠症・小児の閉塞性睡眠時無呼吸・乳幼児期の原発性睡眠時無呼吸.
多くの睡眠障害の形成は多因子的である.例えば,不眠症の症例でも,睡眠相後退症候群,不適切な睡眠衛生,またうつ病に関連していることがある.「多因子性」を表すコードはないが,特定された要素は別々にコード化する.したがって,上述の例では3つの診断名がつくことになる.
個々の睡眠障害の本文での記述書式
ICSD-1と同様,記述を包括的で一貫性のあるものとするために,各睡眠障害の本文は標準化された形式で作成した.各本文には以下の小見出しを使用している.
◆同義語
この障害を呼ぶために過去に使用されていた,または現在使われている他の用語や表現を記述する.混乱の可能性がある場合には,この障害には含まれないものも明記する.同義語として受け入れられる用語がたくさんある場合には,より望ましいものを示す.
◆基本的特徴
ここでは障害の主症状と主だった特徴を記述する.
◆随伴特徴
必ずではないが,よく認められる特徴と,さらに診断にはそれほど重要ではないと思われる特徴を記載する.
◆患者統計(有病率など)
有病率,性比,そしてもしわかれば好発年齢も含める.
◆素因・誘因
わかる範囲で,その障害の発症に発展する外的要因はもちろん内的要因を記述する.また,障害を誘発する可能性のある要因を記述する.
◆家族的発現様式
障害が,一般人口よりも,生物学的に関連のある家族成員により多く認められるかを記載する.家族的発現様式の存在が認められるからといって,その障害の遺伝的基盤の証明にならないのは,言うまでもない.
◆発症・経過・合併症
この障害が最初に現れる典型的な年齢層を(もしあれば)記述する.また,未治療の場合の通常の臨床経過と転帰,さらに起こりうる合併症を記述する.
◆病理・病態生理
障害の病理学的特徴と病態生理学的特徴について判明していることを記述する.基礎疾患がある場合には,その特徴のいくつかを提示することがある.
◆睡眠ポリグラフ・その他の検査所見
報告されている睡眠ポリグラフ検査と反復睡眠潜時検査の特徴を記述する.また,障害を特徴づける,または診断の際有用な,他の客観的所見についても記述する.
◆診断基準
患者はこの障害であると診断するのに必要な症状を,最小限の診断基準として記述する.また,診断には有用であるが,この診断名をもつ各患者に必ずしも認められなくてもよい症状や特徴も記載する.ICSD-1には診断基準と最小限基準の2種類があったが,ICSD-2には1つの診断基準しかないことに留意されたい.
◆臨床的・病態生理学的亜型
この診断の根底にあると考えられる病態生理の臨床的発現の亜型を記述する.この項目が該当しない睡眠障害もある.
◆未解決事項と今後の課題
その障害に関する科学的あるいは臨床的文献で重要な論争があったり,この領域の研究が急速に進んでいて最終的にどのように分類体系に適合するのか現在のところ不明である場合,ここで簡単に検討する.必要な研究を示唆する場合もある.すべてに該当するものではない.
◆鑑別診断
同じような症状が認められる障害を記述して,これら他の障害がどのように当該の障害と鑑別できるかを検討する.
文献
この障害の基本的特徴が提示されており,さらに目を通すことが推奨される文献を掲載する.
ICSD-1とICSD-2の決定的な相違点
個々の睡眠障害に関する多くの変更のほかにも,ICSD-1とICSD-2には以下のような構造上の変更がある.
・ICSD-2は多軸方式ではない.ICSD-2は睡眠障害の診断のみを扱うものである(ICSD-1のA軸).
・ICSD-1とは異なり,ICSD-2には睡眠障害を診断するのに用いる最新の手順一覧は列挙していない.これらの手順と睡眠専門家の利用には国によってかなり差があって,それをコード化することはここで扱う全体的作業の一部ではないと感じられたからである.
・睡眠障害を8つのカテゴリーにまとめるため,「内在因性睡眠障害」と「外在因性睡眠障害」という用語を削除した.
・精神疾患・神経疾患・その他身体疾患によるもの,という続発性睡眠障害はICSD-2には含まれていない.ICD基準に従って,基礎的な精神疾患,神経疾患,またはその他の身体疾患が診断されれば,それが第1次診断となって,それまでの睡眠関連診断は取り消すのが通常である.基礎疾患の一症状とみなされるからである.
・個々の障害を記述する本文の概要を修正した.特に,ICSD-1には完全な診断基準に加えて最小限基準が列挙されていた.ICSD-2に記載されているのは一組の基準のみである.患者がこれらの基準のすべてに適合しなければ,睡眠障害の診断をするべきではない.また,ICSD-2には重症度基準がない.このような基準が,いろいろな国で一様に該当することはないと感じられたからである.
ICSD-2とICD-9および10との相互関係
ICSD(睡眠障害国際分類)とICD(国際疾病分類)がまとまることが望ましいのは明らかで,長い目で見れば不可避であろう.したがって,ICSD-2では,可能な限りICD固有の考えや構造を採択して,ICDとの最終的な融合という目標に向けて動くようにしている.だが,大きな障壁がある.その主たるものは,ICDのすべての診断において,最初に当該障害が器質性であるか否かを問題にしていることである.睡眠障害の分野では,この判別は極めて難しい場合が多く,そう判別することで加わる情報もほとんどなく,患者を理解するためには逆効果でさえあることがある.
1980年代後半にICSD-1が開発された際には,すでにICD-9が出版されていた.ナルコレプシーやむずむず脚症候群など,いくつかの睡眠障害はすでにICD-9のいろいろな項目に記載されていた.ICSD-1のその他の睡眠障害は,ICD-9でうまく適合する余地があるように見える分野にできる限り組み入れたものである.主として器質性であると思われる睡眠障害には780.5,主として非器質性と思われる睡眠障害には307.4とした.
ICD-9とは異なり,ICD-10は睡眠障害のための特別枠を設けている〔器質性睡眠障害にはG47で,「物質または既知の生理的病態によらない睡眠障害」(通常は心理的または行動的睡眠障害をさす)にはF51という形で〕.しかし,ICD-10では睡眠障害はわずかしかコード化されていない.現在これを執筆している間にも,ICSD-2と,ICD-9とICD-10のコードを決める母体である国立保健統計センター(NCHS)の間で検討を重ねている.これらのコードは毎年見直され改訂されている.最新の情報についてはNCHSのWebサイト(http://www.cdc.gov/nchs/icd9.htm)を参照のこと.
経緯
1990年に出版されたICSDまでの睡眠障害の疾病論の進展については,ICSD-1のまえがきに詳しく述べられている.その後,1997年に若干の改訂が行われた.
2001年に米国睡眠医学会(AASM)理事会が「睡眠障害国際分類の臨床専門家の使用」について研究を委託し,これはSleep, Vol. 26, 2003;48-51で報告されている.この研究によると,臨床専門家がICSDを診断目的と請求書作成目的で使用する一方で,多くは構成と簡便さの点で1979年の旧版の睡眠障害センター連合(ASDC)睡眠障害分類を好んでいることが確認された.
その後,2001年6月8日シカゴの睡眠専門家会議(APSS)で,AASMの代表,睡眠研究学会(SRS),またそのほか5つの睡眠研究学会(フィンランド・スイス・フランス・ドイツ・日本)の代表の間で,ICSD改訂について初めて正式な検討会が行われた.このグループはICSDの改訂を強く支持するものであった.
その後,2002年1月16日にAASM理事会による正式な提案要請が交付され,2002年6月のAASM理事会会議でPeter Hauri博士(PhD)がICSD改訂委員会委員長に任命された.その後数カ月にわたり,睡眠医学の主要分野から選ばれた8人が委員に任命された.
改訂委員会では全員参加の終日会議を5回行った.2002年11月23日,2003年5月5日,2003年6月6日(APSS学会中),2003年9月27日,そして2004年4月23日である.だが,改訂委員会の作業のほとんどはEメールや電話で行った.
各委員は,改訂版ICSD(ICSD-2と呼ぶ)の全体構造を策定してから,各睡眠障害カテゴリーについて著名な睡眠専門家からなる小委員会を設立した.この小委員会でまず,どの睡眠障害を担当カテゴリーに入れるべきかを決定し,各々の障害について詳述していった.ここでも,作業はほとんどEメール・ファックス・電話のみで行われた.
2003年6月6日(シカゴのAPSS学会中)に公開フォーラムを行い,ICSD-2の青写真を検討した.2004年5月にはAASMのWeb上にICSD-2の全草稿を掲載して,コメントや意見を求めた.また,Web上に発表された提案については,2004年6月,フィラデルフィアのAPSSの開催期間中に公開フォーラムで検討した.
AASM理事会は2004年3月の会議で草稿を細部にわたって検討した.さらに,ICSD-2の開発に関わらなかった睡眠専門家集団にもICSD-2の草稿に目を通してもらい,変更すべき点を指摘してもらった.
翻訳にあたって 日本睡眠学会 診断分類委員会・委員長 粥川 裕平
あまりにも長い時間,お待たせすることになったが,ようやく睡眠医療に携わる方々に,睡眠障害国際分類第2版(ICSD-2)日本語版をお届けすることになった.ここではその歴史とICSD-2の特徴を記すことにしたい.
睡眠障害分類の歴史
20世紀の後半,先進国における睡眠障害の増加や国民の関心の高まりを背景に,1979年に睡眠障害センター連合(Association of Sleep Disorders Centers;ASDC)を中心とする睡眠・覚醒障害の診断分類(Diagnostic Classification of Sleep and Arousal Disorders1);DCSAD,1979)が,提言された.この分類の特徴は,従来知られていた不眠群,過眠群,睡眠時随伴症(パラソムニア)に,睡眠・覚醒スケジュール障害(sleep-wake schedule disorder)という全く新しい概念の睡眠障害が加えられたことである.
1990年には米国睡眠障害連合(American Sleep Disorders Association;ASDA)を中心にヨーロッパ睡眠学会,日本睡眠学会,ラテンアメリカ睡眠学会が共同で睡眠障害国際分類(The International Classification of Sleep Disorders;ICSD)第1版を発刊した(ICSD-1)2).ICSD-1では臨床症状を詳細に記述し,多軸診断と重症度分類を取り入れ,PSGやMSLTなどの検査所見を加え,原因別分類を目指した中身になっている.
WHOは1992年にICD-10を発表している.ICD-10では睡眠障害はF51:非器質性睡眠障害(non-organic sleep disorders)とG47:器質性睡眠障害(organic sleep disorders)に二分されている3).
さらに米国では精神医学会(American Psychiatric Association;APA)が作成した「精神障害の診断と統計の手引き Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders;DSM」があり,1994年第4版改訂版(DSM-IV)では原発性睡眠障害(primary sleep disorders)が睡眠異常(dyssomnias)と睡眠時随伴症群(parasomnias)に2大別され,睡眠異常に原発性不眠症,原発性過眠症など不眠,過眠を分け,臨床的に使いやすく工夫されている4).1990年に発表されたICSD-1は広く国際的に用いられていたが,2005年に第2版(ICSD-2)が発表された5).
ICSD-2の睡眠障害分類の特徴
米国睡眠医学会(American Academy of Sleep Medicine;AASM)発刊のICSD-2は現在のところ知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づく記述,合理的で科学的に妥当な全体構造の中での睡眠・覚醒障害の提示,睡眠・覚醒障害をできる限りICD-9とICD-10に対応させる,の3つの目的で作成された.
その概要は,現時点で臨床的にも有用だと思われる8つのカテゴリー(①不眠症群,②睡眠関連呼吸障害群,③中枢性過眠症群,④概日リズム睡眠障害群,⑤睡眠時随伴症群,⑥睡眠関連運動障害群,⑦孤発性の諸症状,正常範囲内と思われる亜型症状,未解決の諸症状,⑧そのほかの睡眠障害)に睡眠障害を分類している.将来的にはいろいろなことが明らかになるにつれて,睡眠障害分類のためにもっと包括的な枠組みが最終的にはもたらされることが期待されている.
ICSD-2では成人患者も小児患者も共に1つの睡眠障害に分類しているが,以下の3つの睡眠障害に限っては,特別に小児という名称を用いている.すなわち,小児期の行動性不眠症・小児の閉塞性睡眠時無呼吸・乳幼児期の原発性睡眠時無呼吸である.
ICSD-1とICSD-2の相違点
ICSD-1とICSD-2の相違点は次の通りである.
a) ICSD-2は多軸方式ではない.
b) ICSD-1とは異なり,ICSD-2には睡眠障害を診断するのに用いる最新の手順一覧は列挙していない.
c) ICSD-1の「内在因性睡眠障害」と「外在因性睡眠障害」という用語を削除した.
d) 精神疾患・神経疾患・そのほか身体疾患によるもの,という続発性睡眠障害はICSD-2には含まれていない.
e) ICSD-1には完全な診断基準に加えて最小限基準が列挙されていたが,ICSD-2に記載されているのは一組の基準のみで,患者がこれらの基準すべてに適合しなければ,睡眠障害の診断をするべきではない.また,ICSD-2には重症度基準がない.
ICSD-2とICD-10との相互関係
ICSD(睡眠障害国際分類)とICD(疾患国際分類)がまとまることが望ましいのは明らかで,長い目で見れば不可避であろう.したがって,ICSD-2では,可能な限りICD固有の考えや構造を採択して,ICDとの最終的な融合という目標に向けて動くようにしている.
日本語版についての注意点
DSM-IV-TRでは睡眠障害が診断基準にも入っているが,原書では,米国精神医学会の了解を得て,睡眠障害の鑑別診断の際に出会うことが多い次の精神疾患と行動障害を取り上げ,付録Bとして掲載している.気分障害,不安障害,身体表現性障害,統合失調症とその他の精神病性障害,幼児期・小児期または青年期に通常初めて診断される障害,パーソナリティ障害.
ただし,米国睡眠医学会(AASM)から版権を委託された世界睡眠学会連合(WFSRSMS)とのICSD-2の日本語版の版権契約に際して,付録Bを除外することという厳しい条件が前提として求められた.このため,本書・ICSD-2日本語版に付録Bは掲載されていない.読者の皆様には「DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル(新訂版)」(医学書院,2004)をご参照いただきたい.
翻訳について
1990年のICSD-1が,1994年日本睡眠学会・診断分類委員会の本多裕委員長を中心に訳出されたのが1994年であった.2005年にICSD-2が出ると,日本語版の発行を目指し直ちに翻訳作業に入った.松浦千佳子氏(名古屋工業大学大学院准教授)が短期間で全文を下訳され,その草稿をもとに,診断分類委員会委員に委託し手を加え,翻訳作業は順調に進んでいた.
しかし,AASMの刊行でありながら,版権はWFSRSMFに委託されていたこともあり版権交渉に数年の時間を費やすこととなった.また,闘病を続けながら翻訳作業の最後のつめを行っておられた本多先生の病状が好転せず,2009年9月1日に本書の発刊を見届けることなく,ご逝去された.
いまここに,ICSD-2日本語版を,本多先生の多大なるご尽力と,当診断分類委員会委員の諸先生のご協力により,皆様のお手元にお届けすることができる運びとなった.記して(本サイトでは省略)感謝の意を表するとともに,発刊の日の目を見ないまま逝去された本多裕先生の比類なき不屈の精神力とご尽力に,敬意を表し,本書を捧げるものである.
疾病分類学は,実用的であることが第一であるが,重症度分類や持続期間などが削除された面は,必ずしもICSD-1よりも進歩とはいえないかもしれない.その点の評価は読者に委ねられている.ともあれ本書が,わが国の睡眠医療・医学の更なる発展に寄与することを切に願うものである.
文献
1) Association of Sleep Disorders Centers:Diagnostic Classification of Sleep and Arousal Disorders. 1st ed, Sleep 2:1-122, 1979.(高橋康郎:新しい睡眠覚醒障害の診断分類―Diagnostic Classification of Sleep and Arousal Disorders(ASDC and APSS, 1979)の紹介.臨床精神医学9:389-405,1980.)
2) Diagnostic Classification Steering Committee(Thorpy MJ, Chairman):International Classification of Sleep Disorders;Diagnostic and Coding Manual. American Sleep Disorders Association, Rochester, 1990.(日本睡眠学会診断分類委員会(訳):睡眠障害国際分類 診断とコードの手引き.1994.笹氣出版)
3) World Health Organization:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioral Disorders;Clinical descriptions and diagnostic guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992.(融 道男,中根允文,小見山 実(監訳):ICD-10 精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン.医学書院,東京,1993.)
4) American Psychiatric Association:Sleep Disorders. In:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed(DSM-IV). pp551-607, American Psychiatric Association, Washington DC, 1994.(高橋三郎,大野 裕,染矢俊幸(訳):睡眠障害.DSM-IV;精神疾患の診断・統計マニュアル.pp555-609,医学書院,東京,1996.)
5) American Academy of Sleep Medicine:The International Classification of Sleep Disorders, 2nd ed, Diagnostic and Coding Manual. American Academy of Sleep Medicine, Westchester, 2005.
まえがき
ICSD-2の目的
・現在知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づいて記述すること.
・合理的で科学的に妥当な全体構造の中で睡眠障害と覚醒障害を提示すること.
・睡眠障害と覚醒障害をできる限りICD-9とICD-10に対応させること.
ICSD-2の概要
個々の睡眠障害についての知見はかなり流動的である.例えばナルコレプシーや睡眠時無呼吸などでは膨大な研究や文献が存在し,その基礎となる病態生理学的機序の理解に接近しつつある.一方,その睡眠障害が存在することを立証するのに十分な根拠に乏しい例もある.このような知見の不均一性のために,すべての睡眠障害を表す一貫した枠組みを開発しようとする試みはかなり困難を伴う.
個々の睡眠障害についての知見のレベルが不均一であることを考えると,すべての睡眠障害を分類する共通の枠組みを探求することは断念せざるを得なかった.したがってICSD-2では,現時点で最も実用的で経験的な意味をなすように思われる8つのカテゴリーに睡眠障害を分類している.かくして分類の中には共通の訴え(不眠や過眠など)に基づいたものもあるし,推定される基礎的病因(概日リズム睡眠障害なら生物時計の障害など)に基づくものもある.また,睡眠関連呼吸障害のように,問題が生じる器官系によってまとめたものもある.いろいろなことが明らかになるにつれて,睡眠障害分類のためにもっと包括的な枠組みが最終的にはもたらされることが期待されるが,我々はいまだその段階には到達していない.
上述の考えに基づき,ICSD-2では睡眠障害を以下の8つのカテゴリーに分類している.
I.不眠症
II.睡眠関連呼吸障害群
III.中枢性過眠症群(概日リズム睡眠障害,睡眠関連呼吸障害,そのほかの夜間睡眠障害による過眠は除く)
IV.概日リズム睡眠障害群
V.睡眠時随伴症群
VI.睡眠関連運動障害群
VII.孤発性の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題
VIII.その他の睡眠障害
睡眠関連の文献にはまだ十分に立証されていない睡眠病理の症例がたくさんある.ICSD-2では,新しく睡眠障害を加えるためには,2つの異なるセンターから最低2症例(それぞれ最低でも2つの症例)が著名な雑誌に発表されており,新しい障害として認めるだけの詳しい説明がなければならないこととした.睡眠障害がICSD-2に特別に記載されていない場合は,適当な「その他」の診断を用いる.
同様に,明らかに8つの睡眠障害カテゴリーのうちの1つ(例:睡眠時随伴症)に属しているが,掲載してあるすべての診断基準に適合していない場合,そのカテゴリー内の特定の障害として診断することができない.この場合には,適当な「その他」の診断名を用いること.しかしながら,十分な情報が得られないか,あるいはすべての診断基準に適合するどうかがわからない場合には,「未確定」または「NOS」(特定不能)が適当な診断名となる.
「孤発性の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題」のカテゴリーには,必ずしも睡眠病理を指摘しなくても十分睡眠臨床家の目にとまるようになると考えられるものを掲載した.このカテゴリーの他の項目は,日中の過度の眠気を伴わない過度の長時間睡眠など,正常と病気の境界にまたがるものである.
ICSD-2では成人患者も小児患者も共に1つの睡眠障害に分類している.大抵の場合,小児の発現形は個々の睡眠障害の本文中,通常は「患者統計(有病率など)」か「発症・経過・合併症」に組み入れてある.しかしながら,次の3つの睡眠障害に限っては,小児期の症状発現や診断基準が独特なので,特別に小児という名称を用いている:小児期の行動性不眠症・小児の閉塞性睡眠時無呼吸・乳幼児期の原発性睡眠時無呼吸.
多くの睡眠障害の形成は多因子的である.例えば,不眠症の症例でも,睡眠相後退症候群,不適切な睡眠衛生,またうつ病に関連していることがある.「多因子性」を表すコードはないが,特定された要素は別々にコード化する.したがって,上述の例では3つの診断名がつくことになる.
個々の睡眠障害の本文での記述書式
ICSD-1と同様,記述を包括的で一貫性のあるものとするために,各睡眠障害の本文は標準化された形式で作成した.各本文には以下の小見出しを使用している.
◆同義語
この障害を呼ぶために過去に使用されていた,または現在使われている他の用語や表現を記述する.混乱の可能性がある場合には,この障害には含まれないものも明記する.同義語として受け入れられる用語がたくさんある場合には,より望ましいものを示す.
◆基本的特徴
ここでは障害の主症状と主だった特徴を記述する.
◆随伴特徴
必ずではないが,よく認められる特徴と,さらに診断にはそれほど重要ではないと思われる特徴を記載する.
◆患者統計(有病率など)
有病率,性比,そしてもしわかれば好発年齢も含める.
◆素因・誘因
わかる範囲で,その障害の発症に発展する外的要因はもちろん内的要因を記述する.また,障害を誘発する可能性のある要因を記述する.
◆家族的発現様式
障害が,一般人口よりも,生物学的に関連のある家族成員により多く認められるかを記載する.家族的発現様式の存在が認められるからといって,その障害の遺伝的基盤の証明にならないのは,言うまでもない.
◆発症・経過・合併症
この障害が最初に現れる典型的な年齢層を(もしあれば)記述する.また,未治療の場合の通常の臨床経過と転帰,さらに起こりうる合併症を記述する.
◆病理・病態生理
障害の病理学的特徴と病態生理学的特徴について判明していることを記述する.基礎疾患がある場合には,その特徴のいくつかを提示することがある.
◆睡眠ポリグラフ・その他の検査所見
報告されている睡眠ポリグラフ検査と反復睡眠潜時検査の特徴を記述する.また,障害を特徴づける,または診断の際有用な,他の客観的所見についても記述する.
◆診断基準
患者はこの障害であると診断するのに必要な症状を,最小限の診断基準として記述する.また,診断には有用であるが,この診断名をもつ各患者に必ずしも認められなくてもよい症状や特徴も記載する.ICSD-1には診断基準と最小限基準の2種類があったが,ICSD-2には1つの診断基準しかないことに留意されたい.
◆臨床的・病態生理学的亜型
この診断の根底にあると考えられる病態生理の臨床的発現の亜型を記述する.この項目が該当しない睡眠障害もある.
◆未解決事項と今後の課題
その障害に関する科学的あるいは臨床的文献で重要な論争があったり,この領域の研究が急速に進んでいて最終的にどのように分類体系に適合するのか現在のところ不明である場合,ここで簡単に検討する.必要な研究を示唆する場合もある.すべてに該当するものではない.
◆鑑別診断
同じような症状が認められる障害を記述して,これら他の障害がどのように当該の障害と鑑別できるかを検討する.
文献
この障害の基本的特徴が提示されており,さらに目を通すことが推奨される文献を掲載する.
ICSD-1とICSD-2の決定的な相違点
個々の睡眠障害に関する多くの変更のほかにも,ICSD-1とICSD-2には以下のような構造上の変更がある.
・ICSD-2は多軸方式ではない.ICSD-2は睡眠障害の診断のみを扱うものである(ICSD-1のA軸).
・ICSD-1とは異なり,ICSD-2には睡眠障害を診断するのに用いる最新の手順一覧は列挙していない.これらの手順と睡眠専門家の利用には国によってかなり差があって,それをコード化することはここで扱う全体的作業の一部ではないと感じられたからである.
・睡眠障害を8つのカテゴリーにまとめるため,「内在因性睡眠障害」と「外在因性睡眠障害」という用語を削除した.
・精神疾患・神経疾患・その他身体疾患によるもの,という続発性睡眠障害はICSD-2には含まれていない.ICD基準に従って,基礎的な精神疾患,神経疾患,またはその他の身体疾患が診断されれば,それが第1次診断となって,それまでの睡眠関連診断は取り消すのが通常である.基礎疾患の一症状とみなされるからである.
・個々の障害を記述する本文の概要を修正した.特に,ICSD-1には完全な診断基準に加えて最小限基準が列挙されていた.ICSD-2に記載されているのは一組の基準のみである.患者がこれらの基準のすべてに適合しなければ,睡眠障害の診断をするべきではない.また,ICSD-2には重症度基準がない.このような基準が,いろいろな国で一様に該当することはないと感じられたからである.
ICSD-2とICD-9および10との相互関係
ICSD(睡眠障害国際分類)とICD(国際疾病分類)がまとまることが望ましいのは明らかで,長い目で見れば不可避であろう.したがって,ICSD-2では,可能な限りICD固有の考えや構造を採択して,ICDとの最終的な融合という目標に向けて動くようにしている.だが,大きな障壁がある.その主たるものは,ICDのすべての診断において,最初に当該障害が器質性であるか否かを問題にしていることである.睡眠障害の分野では,この判別は極めて難しい場合が多く,そう判別することで加わる情報もほとんどなく,患者を理解するためには逆効果でさえあることがある.
1980年代後半にICSD-1が開発された際には,すでにICD-9が出版されていた.ナルコレプシーやむずむず脚症候群など,いくつかの睡眠障害はすでにICD-9のいろいろな項目に記載されていた.ICSD-1のその他の睡眠障害は,ICD-9でうまく適合する余地があるように見える分野にできる限り組み入れたものである.主として器質性であると思われる睡眠障害には780.5,主として非器質性と思われる睡眠障害には307.4とした.
ICD-9とは異なり,ICD-10は睡眠障害のための特別枠を設けている〔器質性睡眠障害にはG47で,「物質または既知の生理的病態によらない睡眠障害」(通常は心理的または行動的睡眠障害をさす)にはF51という形で〕.しかし,ICD-10では睡眠障害はわずかしかコード化されていない.現在これを執筆している間にも,ICSD-2と,ICD-9とICD-10のコードを決める母体である国立保健統計センター(NCHS)の間で検討を重ねている.これらのコードは毎年見直され改訂されている.最新の情報についてはNCHSのWebサイト(http://www.cdc.gov/nchs/icd9.htm)を参照のこと.
経緯
1990年に出版されたICSDまでの睡眠障害の疾病論の進展については,ICSD-1のまえがきに詳しく述べられている.その後,1997年に若干の改訂が行われた.
2001年に米国睡眠医学会(AASM)理事会が「睡眠障害国際分類の臨床専門家の使用」について研究を委託し,これはSleep, Vol. 26, 2003;48-51で報告されている.この研究によると,臨床専門家がICSDを診断目的と請求書作成目的で使用する一方で,多くは構成と簡便さの点で1979年の旧版の睡眠障害センター連合(ASDC)睡眠障害分類を好んでいることが確認された.
その後,2001年6月8日シカゴの睡眠専門家会議(APSS)で,AASMの代表,睡眠研究学会(SRS),またそのほか5つの睡眠研究学会(フィンランド・スイス・フランス・ドイツ・日本)の代表の間で,ICSD改訂について初めて正式な検討会が行われた.このグループはICSDの改訂を強く支持するものであった.
その後,2002年1月16日にAASM理事会による正式な提案要請が交付され,2002年6月のAASM理事会会議でPeter Hauri博士(PhD)がICSD改訂委員会委員長に任命された.その後数カ月にわたり,睡眠医学の主要分野から選ばれた8人が委員に任命された.
改訂委員会では全員参加の終日会議を5回行った.2002年11月23日,2003年5月5日,2003年6月6日(APSS学会中),2003年9月27日,そして2004年4月23日である.だが,改訂委員会の作業のほとんどはEメールや電話で行った.
各委員は,改訂版ICSD(ICSD-2と呼ぶ)の全体構造を策定してから,各睡眠障害カテゴリーについて著名な睡眠専門家からなる小委員会を設立した.この小委員会でまず,どの睡眠障害を担当カテゴリーに入れるべきかを決定し,各々の障害について詳述していった.ここでも,作業はほとんどEメール・ファックス・電話のみで行われた.
2003年6月6日(シカゴのAPSS学会中)に公開フォーラムを行い,ICSD-2の青写真を検討した.2004年5月にはAASMのWeb上にICSD-2の全草稿を掲載して,コメントや意見を求めた.また,Web上に発表された提案については,2004年6月,フィラデルフィアのAPSSの開催期間中に公開フォーラムで検討した.
AASM理事会は2004年3月の会議で草稿を細部にわたって検討した.さらに,ICSD-2の開発に関わらなかった睡眠専門家集団にもICSD-2の草稿に目を通してもらい,変更すべき点を指摘してもらった.
目次
開く
翻訳にあたって
謝辞
まえがき
編集にあたって
I 不眠症
II 睡眠関連呼吸障害群
中枢性睡眠時無呼吸症候群
閉塞性睡眠時無呼吸症候群
睡眠関連低換気/低酸素血症候群
身体疾患による睡眠関連低換気/低酸素血症
その他の睡眠関連呼吸障害
III 中枢性過眠症群
概日リズム睡眠障害,睡眠関連呼吸障害,その他の夜間睡眠障害による過眠は除く
IV 概日リズム睡眠障害群
V 睡眠時随伴症群
覚醒障害(ノンレム睡眠からの覚醒時に起こるもの)
通常レム睡眠に伴って起こる睡眠時随伴症
その他の睡眠時随伴症
VI 睡眠関連運動障害群
VII 孤発性の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題
VIII その他の睡眠障害
付録:睡眠障害以外の疾病として分類される諸病態に伴う睡眠障害
あとがき
用語集
略語
索引
ICSD-2作成委員会委員長略歴
ICSD-2編集責任者略歴
謝辞
まえがき
編集にあたって
I 不眠症
II 睡眠関連呼吸障害群
中枢性睡眠時無呼吸症候群
閉塞性睡眠時無呼吸症候群
睡眠関連低換気/低酸素血症候群
身体疾患による睡眠関連低換気/低酸素血症
その他の睡眠関連呼吸障害
III 中枢性過眠症群
概日リズム睡眠障害,睡眠関連呼吸障害,その他の夜間睡眠障害による過眠は除く
IV 概日リズム睡眠障害群
V 睡眠時随伴症群
覚醒障害(ノンレム睡眠からの覚醒時に起こるもの)
通常レム睡眠に伴って起こる睡眠時随伴症
その他の睡眠時随伴症
VI 睡眠関連運動障害群
VII 孤発性の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題
VIII その他の睡眠障害
付録:睡眠障害以外の疾病として分類される諸病態に伴う睡眠障害
あとがき
用語集
略語
索引
ICSD-2作成委員会委員長略歴
ICSD-2編集責任者略歴
書評
開く
診療現場でひもときたい1冊
書評者: 伴 信太郎 (名古屋大学大学院教授・総合診療科)
本書は,少なくとも睡眠薬を処方する機会のある医師(ということはほとんどの医師ということになるだろう)が参照できるところに常備されるべき本である。
その内容は,I.不眠症,II.睡眠関連呼吸障害群,III.中枢性過眠症群,IV.概日リズム睡眠障害群,V.睡眠時随伴症群,VI.睡眠関連運動障害群,VII.孤発の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題,VIII.その他の睡眠障害,付録.睡眠障害以外の疾病として分類される諸病態に伴う睡眠障害からなり,それぞれの章には3~15項目の異なる睡眠障害の疾病・症候・病態についての解説がある。
内容からもおわかりのように,一部の睡眠の専門家を除いては,最初から終わりまで通読するような書物ではない。(すべての項目を数えてみると)88ある項目名を頭の片隅に置いておき,それらのことに関して診療現場で疑問が生じたときに参考図書としてひもとくとよい。
それぞれの項目の中では同義語/基本的特徴/随伴特徴/患者統計(有病率など)/素因・誘因/家族的発現様式/発症・経過・合併症/病理・病態生理/睡眠ポリグラフ・その他の検査所見/診断基準/臨床的・病態生理学的亜型/未解決の事項と今後の課題/鑑別診断の順に記載され,例えば「寝言sleep talking」という項目では,「小さな子どもの半数と成人の5%に認め,明確な遺伝的影響がある。ほとんどの症例では重症な精神症状(病理)はともなわない」ことがわかる。また,記述が全体的にこの形式で統一されているので大変読みやすい。さらには,本書のこの記述の順序がわかれば,各項目を読むときに,時間的余裕に応じて,興味のある部分だけ読むということも可能である(例えば,診断基準と鑑別診断だけ拾い読みするなど)。
本書は,睡眠関連の病態の診断に関しては現在の世界標準であるが,やや無味乾燥であることは否めない。そこで,睡眠研究の第一人者の櫻井 武 先生(金沢大学医薬保健研究域医学系教授)の書かれた『睡眠の科学』(講談社ブルーバックス,2010)と併せて読むことをお勧めしたい。『睡眠の科学』で睡眠に関する興味をそそられながら,診断基準を読んでみると興味が倍加することは間違いない。
最後に訳文は,非常に読みやすく違和感は全くなかった。
『国際頭痛分類 第2版』(医学書院,2007)と同様に,診察室やカンファランス室には少なくとも1冊は常備しておくべき本である。
睡眠医療者の共通認識を培うために
書評者: 陳 和夫 (京大大学院教授・呼吸管理睡眠制御学)
睡眠学を学ぶに当たり,当然のことながら原著を読み,理解することが基本であるが,数多くの情報量を取得しなければならない現在,重要な知識を迅速にかつ正確に学ぶことも必須であり,適切な翻訳本の必要性にもつながる。また,睡眠学の領域はその学会員の構成をみてもわかるように,医師,検査技師,看護師などの睡眠障害に携わる医療者が多く存在する。検査,診断,治療にあたって,共通認識をもって対応することが他の領域にまして必要であり,さらに,新しい診断基準,概念も数多く見られる領域であることから,そのキャッチアップが重要である。実際,京都大学医学部附属病院の検査技師の方々も本書を大変喜び,随時参照されている。
筆者の専門は呼吸器内科領域であり,サブスペシャリティーとして睡眠学,その中でも睡眠呼吸障害を専門としている。閉塞性睡眠時無呼吸での過度の日中の眠気の鑑別には,睡眠関連呼吸障害によらない過眠を見分けることが重要であるが,そのためには睡眠学の中の専門領域からさらに関連する領域へとその知識を増やす必要があり,本書はこの点でも筆者にとっても大変ありがたい書籍になっている。また,睡眠関連呼吸障害群を担当されている原著者はBradley D,White D,Young T先生など,この領域で多くの事を発見し,進展に貢献してきた先生方であり,まさに,前書きにICSD-2の目的として書かれている「現在知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づいて記述すること」が実感できる。
ICSD-2発刊後,さらに米国睡眠医学会(AASM)による睡眠および随伴イベントの判定マニュアルが2007年に出版されており,低呼吸の定義や診断基準に新たな変化も出ている。睡眠学領域がいまだ解明すべき領域も多く,進展が早いがために変更点も重ねられていくのであろう。
本書の完成のため5年間の継続した尽力をなされた故 本多 裕先生,およびそれを引き継がれた粥川裕平先生ならびに翻訳にかかわられたすべての先生方に感謝するとともに,睡眠医療に携わる医師,歯科医師,検査技師,看護師および睡眠医療に関心を持つ多くの分野の先生方に本書を座右の書としていただきたい。
書評者: 伴 信太郎 (名古屋大学大学院教授・総合診療科)
本書は,少なくとも睡眠薬を処方する機会のある医師(ということはほとんどの医師ということになるだろう)が参照できるところに常備されるべき本である。
その内容は,I.不眠症,II.睡眠関連呼吸障害群,III.中枢性過眠症群,IV.概日リズム睡眠障害群,V.睡眠時随伴症群,VI.睡眠関連運動障害群,VII.孤発の諸症状,正常範囲と思われる異型症状,未解決の諸問題,VIII.その他の睡眠障害,付録.睡眠障害以外の疾病として分類される諸病態に伴う睡眠障害からなり,それぞれの章には3~15項目の異なる睡眠障害の疾病・症候・病態についての解説がある。
内容からもおわかりのように,一部の睡眠の専門家を除いては,最初から終わりまで通読するような書物ではない。(すべての項目を数えてみると)88ある項目名を頭の片隅に置いておき,それらのことに関して診療現場で疑問が生じたときに参考図書としてひもとくとよい。
それぞれの項目の中では同義語/基本的特徴/随伴特徴/患者統計(有病率など)/素因・誘因/家族的発現様式/発症・経過・合併症/病理・病態生理/睡眠ポリグラフ・その他の検査所見/診断基準/臨床的・病態生理学的亜型/未解決の事項と今後の課題/鑑別診断の順に記載され,例えば「寝言sleep talking」という項目では,「小さな子どもの半数と成人の5%に認め,明確な遺伝的影響がある。ほとんどの症例では重症な精神症状(病理)はともなわない」ことがわかる。また,記述が全体的にこの形式で統一されているので大変読みやすい。さらには,本書のこの記述の順序がわかれば,各項目を読むときに,時間的余裕に応じて,興味のある部分だけ読むということも可能である(例えば,診断基準と鑑別診断だけ拾い読みするなど)。
本書は,睡眠関連の病態の診断に関しては現在の世界標準であるが,やや無味乾燥であることは否めない。そこで,睡眠研究の第一人者の櫻井 武 先生(金沢大学医薬保健研究域医学系教授)の書かれた『睡眠の科学』(講談社ブルーバックス,2010)と併せて読むことをお勧めしたい。『睡眠の科学』で睡眠に関する興味をそそられながら,診断基準を読んでみると興味が倍加することは間違いない。
最後に訳文は,非常に読みやすく違和感は全くなかった。
『国際頭痛分類 第2版』(医学書院,2007)と同様に,診察室やカンファランス室には少なくとも1冊は常備しておくべき本である。
睡眠医療者の共通認識を培うために
書評者: 陳 和夫 (京大大学院教授・呼吸管理睡眠制御学)
睡眠学を学ぶに当たり,当然のことながら原著を読み,理解することが基本であるが,数多くの情報量を取得しなければならない現在,重要な知識を迅速にかつ正確に学ぶことも必須であり,適切な翻訳本の必要性にもつながる。また,睡眠学の領域はその学会員の構成をみてもわかるように,医師,検査技師,看護師などの睡眠障害に携わる医療者が多く存在する。検査,診断,治療にあたって,共通認識をもって対応することが他の領域にまして必要であり,さらに,新しい診断基準,概念も数多く見られる領域であることから,そのキャッチアップが重要である。実際,京都大学医学部附属病院の検査技師の方々も本書を大変喜び,随時参照されている。
筆者の専門は呼吸器内科領域であり,サブスペシャリティーとして睡眠学,その中でも睡眠呼吸障害を専門としている。閉塞性睡眠時無呼吸での過度の日中の眠気の鑑別には,睡眠関連呼吸障害によらない過眠を見分けることが重要であるが,そのためには睡眠学の中の専門領域からさらに関連する領域へとその知識を増やす必要があり,本書はこの点でも筆者にとっても大変ありがたい書籍になっている。また,睡眠関連呼吸障害群を担当されている原著者はBradley D,White D,Young T先生など,この領域で多くの事を発見し,進展に貢献してきた先生方であり,まさに,前書きにICSD-2の目的として書かれている「現在知られている睡眠障害と覚醒障害のすべてについて,科学的および臨床的論拠に基づいて記述すること」が実感できる。
ICSD-2発刊後,さらに米国睡眠医学会(AASM)による睡眠および随伴イベントの判定マニュアルが2007年に出版されており,低呼吸の定義や診断基準に新たな変化も出ている。睡眠学領域がいまだ解明すべき領域も多く,進展が早いがために変更点も重ねられていくのであろう。
本書の完成のため5年間の継続した尽力をなされた故 本多 裕先生,およびそれを引き継がれた粥川裕平先生ならびに翻訳にかかわられたすべての先生方に感謝するとともに,睡眠医療に携わる医師,歯科医師,検査技師,看護師および睡眠医療に関心を持つ多くの分野の先生方に本書を座右の書としていただきたい。
更新情報
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