印象から始める歩行分析
エキスパートは何を考え,どこを見ているのか?

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力強い、滑らか、硬い、重い、不安定…など、身近にある「印象の言葉」で各歩行相の逸脱した動きを認識し、O.G.I.G.の歩行分析を応用したデータフォームをチェックすることで主な原因を把握。さらに観察カードを用いることで問題点を絞り込み、具体的な解決策を導き出す過程を体験することができる1冊。
盆子原 秀三 / 山本 澄子
発行 2018年11月判型:B5頁:152
ISBN 978-4-260-03590-3
定価 4,400円 (本体4,000円+税)

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印象から始める歩行分析とは
 観察による歩行分析とは,歩行を観察することによりその障害の部位,程度を即座に評価診断することであり,さらに治療方針へと結び付けていくことである.これはRancho Los Amigos HospitalのPerry博士らを中心にO.G.I.G(Observational Gait Instructor Group)によって体系化されたものとして知られている.一般的に臨床場面においてセラピストは,疾患名や障害の程度,社会的背景,またQOL(Quality of life)などの情報を考慮しながら動作分析を実施している.10m歩行速度や歩幅など時間や距離的な客観的データとともに,正常からの偏りの動作を観察しているわけであるが,すべての偏りが重要ではない.その中から機能形態障害へ関連付け,その偏りを起こす第一の原因を推測していくのである.その推測された原因に対する治療と歩行分析を繰り返すことにより,逸脱動作の原因をさらに明確にすることができる.つまり観察による歩行分析は,健常な歩行パターンと比較してその偏りを読み取る段階と,偏りの原因に対するいくつかの推論から問題点をさらに絞り込む段階があると考えられる.
 私は博士論文『観察による歩行分析の熟練度について』(2009年)において,国際医療福祉大学大学院福祉支援工学分野 山本澄子教授の指導のもと,理学療法の経験を10年以上有し,なおかつ日常の理学療法プロセスにおいて歩行分析の頻度が高いと自他ともに認める者を20人選び,障害のある歩行を観察してもらい,気が付いた点をカード化(相,部位,逸脱)するように指示した.その後,観察者は出されたカードをKJ法によって分析した.その結果,全体のカードの45%が全周期における印象を表すカードであった.例えば“ドタンドタンという感じ”,“かたい感じ”,“安定している/していない”,“重い感じ”,“リズムがいい/一定してない”などの臨床場面で患者の動きを直接的に理学療法士が表現するような言葉であった.さらに観察者は,その印象というカード群と分析上重要視したカードとに関連付けをしていた.つまり観察の始まりは印象であり,その印象を検証するために1つひとつの逸脱した動作があり,それをトップダウン思考によって展開することが経験豊富なセラピストの特徴ではないかと考えたわけである.この全体的な印象は,過去の意識化できた記憶内容であり,特定の印象を意識するという認知の働きとともにその後の行動が規定されていく.つまり推論により列挙した問題点に対して治療を行い,その結果を得るという臨床経験の中で,特に意識化ができた内容が印象として表れているのではないかと推測する.
 一般的に観察による歩行分析の信頼性は中等度で,1人の障害のある方を多くの観察者によって分析した場合,その逸脱した動きに対する一致度は半分程度の割合である.しかしこれは人間の眼というフィルターを通して映った画像において,どの部位が正常に比較して異常なのかを識別しているにすぎない.観察者はさらにその識別したものを意味のある動きとして認識する.このことを経験によって積み上げることで,少しの変化も見逃さないという観察眼になっていくものと考える.

 本書は観察による歩行分析を基盤としているが,この分析の切り口として,全体的な印象から各相にわたる逸脱した動きとを関連付けていく過程を表している.フランスの文豪バルザックは,「歩き方は身体の表情である」と述べ,歩き方には各種の職業や生活習慣が映し出されているとしている.セラピストが単に機能的な側面だけに固守するのではなく,内面的な側面にも推察できるよう感性を磨き,より相手に寄り添った支援が行えることを願う.
 本書の出版にあたり,症例としてビデオを提供していただいた患者の皆様に最大の敬意を表したい.先達の経験知や学生諸君の気付きによって,本書の構想ができたことに感謝を申し上げます.山本澄子教授にはこのような「印象」という漠然としたタイトルにもかかわらず,多くの助言をいただき感謝に堪えません.量的研究のエビデンス思考が主流の昨今、本書を出版するためには医学書院大野様の励ましと多くのスタッフの皆様方のご尽力があったことを特にここに記します.
 最後に,執筆中に亡くなった最愛の兄にこの感動を捧げたい.
 私が理学療法士となるきっかけとなり,大きな力を与えてくれた父に感謝する.

 2018年10月
 盆子原秀三

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この本の活用法について

第1章 動きの印象
 1 動きの印象を表す言葉
 2 印象と歩行の機能的課題との関連性
 3 各歩行相と動きの印象

第2章 印象を決定する歩行のメカニズム
 1 歩くとは
 2 歩行の決定要因
 3 パッセンジャーとロコモーター
 4 ロッカーファンクション

第3章 分析に必要な観察の視点
 1 観察による歩行分析に関する文献的な考察
 2 観察による歩行分析に影響を与える要因
 3 観察しやすい3つの部位
 4 各歩行相における機能的な意義について
     ~クリティカルイベントの動きと肢位への着目

第4章 印象に影響を与える逸脱した動き
 1 逸脱した動きの主原因とその分析
  1 荷重の受け継ぎ:初期接地での「力強い」と荷重応答期での「勢い」に
     影響を与える逸脱した動き
  2 単脚支持:立脚中期での「安定している」と立脚終期での「軽い」に
     影響を与える逸脱した動き
  3 遊脚前進:前遊脚期から遊脚初期での「滑らか」と遊脚中期の足部
     クリアランスによる「大きい」振出しに影響を与える逸脱した動き
  4 遊脚期に起こる機能的下肢長の左右差を原因とした異常歩行
 2 逸脱した動きのパターン化

第5章 データ・フォームによる分析
 1 データ・フォームの記載のしかた
  1 O. G. I. G歩行分析基本データ・フォーム
  2 印象に基づく歩行分析データ・フォーム(全身様式)
 2 データ・フォームの解釈の仕方:原因の絞り込み
 3 データ・フォームの活用法の実際
 4 症例提示
 5 データ・フォームを使用することの利点
 6 データ・フォームを使用するうえでの留意点

第6章 観察カードによる分析
 1 観察カードによる歩行分析の進め方
 2 分析過程での初心者(学生)とエキスパートとの比較
 3 エキスパートの着目点
 4 観察カードの活用法の実際

第7章 運動療法の立案
 1 歩行分析による問題点の解釈
 2 運動の組み立てと導入の仕方
 3 運動介入における効果判定
 4 運動療法実施の際のセラピストの心得

第8章 「印象」の理解に役立つ評価方法
 1 歩行の距離的/時間的パラメーター
 2 観察による歩幅や逸脱した動きに関して標準化された評価バッテリー
 3 ビデオ撮影の方法について

付録1 演習問題
付録2 練習用カード

参考文献
索引

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逸脱した動き,主原因,分析がまとまった第4章は圧巻
書評者: 江原 義弘 (新潟医療福祉大副学長)
 この本は著者の盆子原秀三氏がKirsten Götz Neumann氏の講演に触発され,歩行介入を効果的に実施してほしいと願い,長年に渡る臨床での試行錯誤を凝縮して意欲ある理学療法士たちのために書籍化したものである。

 私は2001年ごろに英国で開催された動作解析装置のソフトウエア講習会でKirsten氏と知り合い,彼女が米国のRancho Los Amigos National Rehabilitation Centerを拠点とする歩行分析講師の会(O.G.I.G.)の会長として講演活動をしていることを知った。彼女に誘われてドイツでの講演会に参加したところ,その講演の内容がぜひとも日本の理学療法士に必要なものであることを確信し,彼女を日本に招待し山本澄子氏らとともに日本各地で「観察による歩行分析セミナー」と称した講演会を開催した。講演は大評判となった。この講演に刺激を受けたのが月城慶一氏であり,彼はKirsten氏が出版したばかりのドイツ語の著書『Gehen verstehen:Ganganalyse in der Physiotherapie』をあっという間に和訳した。同様に彼女に大いに刺激を受けたのが盆子原氏である。彼も2003年に東京の両国で彼女の講演会を主催し,Kirsten氏の著書『観察による歩行分析』(医学書院)の訳者にも名を連ねた。

 今回の著書は盆子原氏の思いがぎっしり詰まっている。序文と第1章ではなぜ「印象」を取り上げたかの経緯と,歩行の相を「荷重の受け継ぎ」「単脚支持」「遊脚前進」という機能的課題として認識する重要性が述べられている。この3つが本書の根幹である。歩行では,この3つで動きのパターンは大きく変化するが,この3つの相をまたがって身体はよどみなく進行していく。よどみがあると印象が大きく変化する。この印象を分析の糸口にしようとする試みが本書である。第2章は歩行のメカニズムについてのおさらい。よく知られている内容の復習なので平板。第3章「分析に必要な観察の視点」は本書のメッセージの導入部なのであるが,「1.観察による歩行分析に関する文献的な考察」,「2.観察による歩行分析に影響を与える要因」,「3.観察しやすい3つの部位」,が記載されており,一般論の記載なのか,氏の訴えたいメッセージなのかその意図が不明確。4.でいよいよ「各歩行相における機能的な意義について」記載がある。前述した3つの機能的課題を軸として,各相でのクリティカルイベントとその機能的意義が詳細かつコンパクトにまとめられており,氏の思い入れがうかがえる力作である。ただ「印象」と関連付けようとする意図は感じるが,必ずしも効果的に生きているとは言えない。

 第4章の「1.逸脱した動きの主原因とその分析」は本書の最初の山場である。各相での逸脱した動き,主原因と副次的な動き,分析(方法)が表形式で極めてコンパクトにまとめられており圧巻。逸脱した動きを捉えた後に初心者が行うべきことは,最も可能性のある原因を決定するために可能性のあるすべての原因の列挙することであり,この章は極めて有用。第5章「データ・フォームによる分析」,第6章「観察カードによる分析」には,初心者が効率的に分析手法を身につけるための2つの手法の詳細が述べられている。これが本書の第2の山場である。

 盆子原氏に影響を与えたKirsten氏が大切にしていたのは,治療効果をすぐに出すことである。それは,効果を対象者に実感してもらうことが対象者のモチベーションを上げるからである。多くの理学療法士が本書で少しでも早くそれを実現できることを願っている。

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