疾病論 第2版
人間が病気になるということ

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人が病気になるとは? 単に病態生理をシェーマを駆使し明快に解説するのみでなく、患者の日常風景を小説風に描写し病気の成り立ちを語る。初版で選んだ重要疾患47例にさらに11例を加え、収載項目と内容を充実。免疫学や癌の知識を豊富に盛り込み、急性冠症候群、IgA腎症、非アルコール性脂肪性肝疾患、脳腫瘍、MRSA肺炎、間質性肺炎など主流をなしつつある病像を的確にとらえ、日常的な観察のポイントを明確に提示する。
井上 泰
発行 2011年03月判型:B5頁:376
ISBN 978-4-260-01019-1
定価 3,520円 (本体3,200円+税)

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第2版によせて…むずかしいことをやさしく,そして,深く書く

 『学生のための疾病論─人間が病気になるということ』を世に問うたのは2001年の7月であった。幸いにも多くの読者に恵まれ,様々なご批判も評価もいただいた。そのことが筆者により質の高い疾病論に改訂しなければならないという緊張感と責任感を喚起し続けたのだが,時間はそんなことなど微塵〈みじん〉も意に介さず流れた。
 高度で複雑なシステムをもつ人間が,病気になるとはどういうことなのか,あたかも小説のように病気の成り立ちを語り伝えるという基本方針はそのままに,改訂の目標は10項目あった。疾病の成り立ちを理解するために不可欠な免疫学の知識をしっかりと入れ込むこと。悪性新生物(癌)の記述を深めること,とりわけ,増加の著しい乳癌と前立腺癌,しずかに増え続ける悪性リンパ腫を加えること。生活習慣病の合併症である心筋梗塞や脳血管障害の理解にどうしても必要な粥状動脈硬化症の病理,特に,急性心筋梗塞への移行のリスクの高い急性冠症候群acute coronary syndrome(ACS)発生に重要なアテローム血栓症を詳述すること。今日,増加傾向にあるARDSとして姿を現し急激に発症する間質性肺炎および緩やかに進行する特発性肺線維症に代表される慢性びまん性肺疾患を追加すること。院内感染の代名詞ともなったMRSA肺炎の実情を記載すること。今後,腎疾患の主流になるIgA腎症と肝疾患の主流になるであろう非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)を取り上げること。突如出現する頭痛を経験した患者さんの“特別な不安”対象である脳腫瘍の実像を提示すること。脳血管性認知症の皮質下深部白質病変であるビンスワンガー病を加えること,そして,導入部として設定した病気を担った患者さんの日常風景の描写をより深く書き込むことであった。
 “むずかしいことをやさしく,やさしいことを深く,深いことを愉快に,愉快なことを真面目に書く”という井上ひさし氏の“ものを書く気骨〈きこつ〉”を反芻〈はんすう〉しながら,10の課題を書き切ったといえる。だから,初版よりかなり内容は濃くなっているはずである。
 疾病の成り立ちをしっかり理解しようとしても,そう簡単に“その理解”を手に入れることはできない。しかし,学習の厳しさから逃げず辛抱〈しんぼう〉して突き抜けたとき,“その理解”が,病める患者さんを前にした臨床現場で,君の瞬時の対応の中に生かされた臨場感〈りんじょうかん〉を必ずや実感するに違いない。いや,されんことを願ってやまない。

 しっかりと君の手の中に握られた“その理解”は,あの懐かしい空の青さだ。

 2011年3月
 井上 泰

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巻頭カラー 実物を見る
 癌は球体である:肉眼像が教える癌発生のしくみ
 正常骨髄と白血病の骨髄
 DICで出現するフィブリン血栓を腎糸球体に見る
 正常大動脈の組織構造
 ガス交換を担う肺胞の構造:肺の実質は空気である
 急性肺炎の2つの形:肺胞性肺炎と間質性肺炎
 腎臓の構成要素:糸球体と尿細管と尿細管周囲毛細血管
 ランゲルハンス島は確かに島に見える

第1章 血液疾患
 鉄欠乏性貧血 最もよくみられる貧血
 自己免疫性溶血性貧血 見過ごしやすい黄疸を伴う貧血
 悪性貧血 悪性だなんてとんでもない。診断されれば必ず治る貧血
 再生不良性貧血 白血病に似た治療のむずかしい貧血
 急性白血病 貧血・出血傾向・易感染性を見抜きなさい
 多発性骨髄腫 これは血液の癌なのです
 播種性血管内凝固症候群(DIC) 出血と凝固が同時におこる不思議な病態
 血友病 男児に発生する伴性劣性遺伝疾患
 悪性リンパ腫 コリコリと首にしこりが

第2章 循環器疾患
 高血圧 姿の見えない怖いやつ(その1)
 狭心症
  1:安定狭心症(労作狭心症) 顛末がわかっており,あわてず対応できる狭心症
  2:不安定狭心症(急性冠症候群) 顛末が予想できない,パニックに陥る狭心症
 急性心筋梗塞 死の不安がよぎる突然の胸痛・呼吸困難
 完全房室ブロック(III度房室ブロック) むくみ・呼吸困難・そして理解できない意識消失
  循環器病態生理の基礎(1) 重要なのは毛細血管なのです
  循環器病態生理の基礎(2) 粥状動脈硬化へのプロセス
  循環器病態生理の基礎(3) 心臓はまさにポンプだ
  循環器病態生理の基礎(4) ひたすら心臓の収縮刺激を送り続ける

第3章 呼吸器疾患
 気管内異物 突然の咳が,突然止まったら
 気管支喘息 闇の淵に沈む,恐怖の呼吸困難
 自然気胸 この胸痛は,一体何だ?!
 マイコプラズマ肺炎 なかなか咳がとれない肺炎
 MRSA肺炎 幕引きは日和見感染症
 急性間質性肺炎(ハンマン・リッチ症候群) 日常の風景が突如変わるとき
 慢性間質性肺炎(特発性肺線維症) コンコンという咳から始まる呼吸不全への長い道
 慢性肺気腫 ゆるやかに進行する呼吸困難
 肺結核 古くて新しい感染症
 肺癌 タバコは肺癌の危険因子の1つです
  呼吸器病態生理の基礎(1) すべては肺胞でなされる
  呼吸器病態生理の基礎(2) 肺はまことにしなやかな臓器です
  呼吸器病態生理の基礎(3) 果てしなき呼吸運動「吸って吐いて,また吸って」

第4章 消化器疾患
 食道癌 早期発見のむずかしい消化管の癌
 出血性ショックを伴った胃潰瘍 潰瘍で死ぬわけにはいかない
 胃癌
  1:進行胃癌 見つかったときには進行癌
  2:早期胃癌 内視鏡手術で治ってしまう胃癌もあります
 肥厚性幽門狭窄症 有名な噴水状の嘔吐
 腸重積症 小児の腸閉塞(イレウス)
 大腸癌 問題は血便です
 潰瘍性大腸炎 粘血便と慢性の下痢
 クローン病 腹痛と慢性の下痢
 胆石症 発作性の突き刺すような右季肋部疝痛
 急性膵臓炎 この炎症は膵臓だけにとどまりません
 慢性肝炎から肝硬変,そして肝臓癌へ これは必然的な結果である
 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD) 知らぬ間に肝硬変になることがある
  胃・十二指腸潰瘍の病態生理 細菌感染が潰瘍に関与している

第5章 腎・泌尿器疾患
 ネフローゼ症候群 大量のタンパク尿と浮腫
 急性腎不全 急激な乏尿
 慢性腎不全 ゆるやかに進む乏尿
 腎盂腎炎 悪寒戦慄を伴う腎臓の感染症
 IgA腎症 最も多い糸球体の病気
 前立腺癌と前立腺肥大症 前立腺癌は男性の乳癌といっていい
  腎臓の病態生理(1) 尿の原料は血液です
  腎臓の病態生理(2) 1,000mLの血液から1mLの尿ができます
  腎臓の病態生理(3) 血液の状態を一定に保ち続ける

第6章 内分泌・代謝疾患
 甲状腺機能亢進症(バセドウ病) いらいら・どきどき・汗っかき
 クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症) 高血圧と糖尿病を発症する
 糖尿病 姿の見えない怖いやつ(その2)
 痛風(高尿酸血症) これは,「贅沢病」です
 乳癌と乳腺症 乳房に腫瘤を触れたとき
  甲状腺機能亢進症の病態生理 コロイドの中で生まれる甲状腺ホルモン
  インスリン作用と糖尿病の病態生理 インスリン今昔物語

第7章 中枢神経疾患
 脳腫瘍 不意に襲う未知の不安
 くも膜下出血 突然の頭痛と意識障害,しかし麻痺はない
 脳出血 突然の意識障害と片麻痺
 脳血管性認知症(脳血栓と梗塞) 控えめな認知症
 アルツハイマー病 活発な認知症
 パーキンソン病 あせれども,身体進まず
 筋萎縮性側索硬化症(ALS) 過酷な進行性運動麻痺
  中枢神経の構造と機能(1) 背中を走る中枢神経
  中枢神経の構造と機能(2) 片麻痺や失語症はなぜおこる
  アルツハイマー病の脳神経病理 ニューロンの数よりシナプスの数が重要
  パーキンソン病の脳神経病理 問題はドパミンの不足なのです

第8章 膠原病・自己免疫疾患
 全身性エリテマトーデス(SLE) 若い女性の代表的な膠原病
 関節リウマチ(RA) 左右対称におこる関節痛
 川崎病(MCLS) 心筋梗塞は,小児でもおこります
  病気と免疫(1) 免疫を理解する-リンパ球とその機能を知る
  病気と免疫(2) アレルギー,過敏症,そして自己免疫疾患

さくいん

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DiseaseとIllnessを理解できる本
書評者: 岡田 忍 (千葉大大学院教授・病態学教育研究分野)
 看護を行なう者にとって必要なのは,「概念としての病気(Disease)」を理解した上で,「今,目の前にいる人の病気(Illness)」を理解することである。しかし,多くの学生は「Disease」に対する理解が不十分なまま基礎教育を終え,経験知としての「Illness」だけが増えていく。本来「Illness」の理解は「Disease」の理解なしには成り立たないはずなのに,多くの患者さんを見ているうちになんとなく「Disease」もわかったような気になってしまう。そして,例えば専門看護師をめざすなど看護の専門性をさらに高めようと思った時に,「Disease」に対する知識の不足に気付くのである。なぜ,学生の時にそのことがわからないのだろう,「Disease」と「Illness」をうまく結び付けて考えられないのだろう――そのようなことを思っていたときに偶然出会ったのが,この『疾病論―人間が病気になるということ』の第1版であった。中を開いてすぐに,「こんな本を探していたのだ」と視界がぱっと開けるような気持ちになったのを今でも鮮明に記憶している。

 早速講義に取り入れ,例えば早期がんと進行がんの深達度の違い(Disease)を話した後に,本書で紹介されている大曲教授(進行がん)と川俣さん(早期がん)の事例を提示している。そうすることで学生は早期がんと進行がんを抱える人の姿,つまりIllnessの違いを本書のリアリティある描写から鮮やかに思い描くことができ,両者を区別することの意味を知ることができる。

 本書の良いところはこのリアリティ――すなわち事例にはちゃんと名前があり,仕事を持ち,家族がいて,どんな性格や生い立ちなのかなどに関する記述によって「患者さんに関心を注ぐ」という看護職者として最も必要な姿勢を刺激する一方で,コメディカル向けだからといって妥協を許さないDiseaseについての記述の両方があることであろう。「むずかしいことをやさしく」という著者のスタンスそのもののようなイラストも素晴らしく,Diseaseの理解を助けてくれる。病理形態学者である著者だからこそ描けたのだと思う。

 『疾病論』第2版は掲載されている事例も増え,重要な疾患がほぼ網羅され,免疫学に関する記述も加わり,第1版に比較してさらに一層充実した内容になっている。臨床病理医として忙しい日々を送られる中で第2版を上梓された著者のご努力には本当に頭が下がる。

 以前,著名な看護学者であるベナー博士と話したときに「看護の対象はDiseaseではなく,Illnessである。学習には事例を使うのがよい」と言っておられた。本書はベナー博士に「日本にはこのように優れた教科書がありますよ」とぜひ自慢したい一冊である。

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