急性腹症の診断レシピ
病歴・身体所見・CT

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急性腹症を「上腹部痛」「下腹部痛」「腹部全般痛」の3つのカテゴリーに分けて考え、それぞれで早期診断すべき重要疾患を、年齢、性別と基礎疾患からのアプローチ方法について解説。「CTの活用法」「診断がつかない場合の考え方」の章も設け、筆者のライフワークである急性腹症に正面から取り組んだ意欲作。This is the way of decision making in an acute abdomen!

窪田 忠夫
発行 2023年03月判型:A5頁:320
ISBN 978-4-260-04974-0
定価 4,950円 (本体4,500円+税)

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 なぜ医学書に低温調理器? 表紙を見て不思議に思った方もいるかもしれません.料理をするのは好きなので低温調理器には以前から興味がありましたが,いきなり調理器を買う前にまず低温調理がいかなるものか試してみました.鍋にお湯を沸かして温度計を入れて,弱火を着けたり消したりしながら60℃に調節をして,そこでジップロック🄬に入れた鶏ムネ肉を2時間加熱してみたところ,その柔らかさと美味しさにびっくりました.これはイケる! と早速ネットで低温調理器を調べたのですがここで意外な障壁がありました.低温調理器って結構大きさ(高さ)があるのです.つまりこれを利用するには深さのある鍋が必要になります.手持ちの鍋のサイズを測ってみるとお目当ての製品はフィットしないようで,購入を躊躇していました.
 低温調理という手法はおそらく以前からあったと思うのですが,火を使わずに電気でお湯を温度管理して調理するという低温調理器の存在を知った時には,とても合理的でシンプルに目的を追求した方法と感じました.タンパク質のアクチンは65℃以上で変性して硬くなってしまうのですが,逆にこの温度以下で調理すれば鶏ムネ肉や豚ロースがとても柔らかく仕上がります.ローストビーフや何とトンカツまで低温調理器を使ったレシピがあります.味の追求に特化した方法で,まさに合理的という他ありません.

 翻って,本書のテーマである「急性腹症の診察」はどうでしょうか.目的を達成するために合理的に行われているでしょうか? 若手医師からのプレゼンテーションを聴くと,多くの人は病歴,身体所見,血液検査,画像検査(つまりCT)の順で所見を説明して最後に診断をいいます.若手医師が病歴と身体所見をいい終わった時点で私はあえていったん口を挟み,「この時点では,何の疾患と思ったの?」と聞くようにしています.するとその反応は,「……」と考え込んでしまうか,腹痛という主訴だけで思いつく疾患の羅列となってしまうことが多いです(p3).つまり,辛辣な言い方をすれば病歴聴取と身体所見は診断をしようとして行われていないのです.「診察というものがそういうものだから」「決まった手順だから」という慣習でやっているのです.みなさん,時間をかけてしっかり病歴聴取をしています.身体診察も時間をかけて詳細にとっています.カルテにも多くの記載がされています.でも,でも,悲しいかな,その後どうするかというと,ひたすらCTを眺めて腹痛の原因を探しています.自分でCTを眺めて診断するのはまだましな方で,自身が診察した後に放射線医の読影レポートに記載された診断が,仮にまったく想定外の診断であったとしてもそちらが即採用になっていたりします.
 どうしてこうなってしまったのか? 答えは簡単です.腹痛の原因を検索するのにCTがとても有用だからです.病歴と身体所見で診断するよりもCTを撮った方が正確にわかるからです.時間をかけて診察した結果よりも数分で撮り終えるCTの結果の方が信用できるからです.それもそのはず,多くの腹痛疾患は腹部内臓に形態的異常があります.つまり内臓が腫れたり形が変わったりしています.身体所見の手法は画像診断がなかった頃に,聴診したり打診したりして腹部内臓の変化を知ろうとして開発されたのです.CTで内臓が(ほぼダイレクトに)見えてしまえば,何百年も前の方法でやる必要性を感じないのは当然でしょう.
 でもそれならば,診察は本当に必要なのでしょうか? カルテが詳細に記載されていないと(上級医に)何かいわれそう……という理由だけで診察を行うなら,診断という目的達成という観点からはむしろ時間の無駄です.診察が重要視されないならばいっそのことやめてしまって「私は診察ではなく腹痛は即CTを撮る派です」と開き直ってしまった方が潔いし,合理的だし,時間の無駄もないです.そういう医師が出現したとしても,目的達成を第一にというならば私にはその医師を否定はできません.それが現代の合理的な腹痛診療なのかもしれません.

 話は低温調理に戻ります.「低温調理器が欲しいが,器具を入れる深い鍋がない」「新しく鍋を買ってまで低温調理器を手に入れても使わなかったら嫌だな」……などとグダグダ考えていたそんな折に,知人と低温調理器の話をしていて「やってみたいけど深い鍋がない」と私が愚痴をこぼすと,「バケツでやればよい」と一蹴されました.目からうろこでした.確かにそうです.食材はジップロック🄬に入れてあるのでお湯を入れる容器は鍋である必要はないのです.「調理だから鍋で」という常識にとらわれ,合理性第一に考えていなかった自分に気づきました.
 未曾有のコロナ禍で,合理性のある政策を打ち出せない日本にイライラしながら今回の低温調理のエピソードを経て,私はいままでとは違う切り口で急性腹症にアプローチする本を作ってみたくなりました.「従来の概念に囚われず,急性腹症を適切に早期診断して治療につなげる」「一番の目的は治療(手術)が必要な疾患の見逃しや hospital delay を減らすこと」「その目的達成のためにはどうするのがよいのか,それを追究してみようではないか?」,そんな風に考えました.

 本書は筆者の意見をメインに綴っているので,流行りのEBMとは一線を画すものです.しかし本書の記載は,日常診療で筆者が専攻医や初期研修医に繰り返し話している内容そのものなので,同じく急性腹症を扱うみなさんにとってもきっと何か参考にしていただける部分があるのではないかと期待しています.また,当初はいわゆる診療マニュアルとして執筆するはずであった本書を一風変わった内容にしてしまった私のわがままをお許しくださった医学書院と西村僚一氏,細かい編集を担当してくださいました阿部将也氏にはこの場を借りて厚く御礼申し上げます.

 2023年2月
 窪田忠夫

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疾患別の参照頁
本書の活用法

第1章 急性腹症といかに対峙すべきか
  1 診察の手順に問題はないか?
  2 急性腹症を診察する目的と本書のコンセプト
  3 部位別に鑑別疾患を限定する
  4 基礎状態によって鑑別を変える
  5 発症様式に最大の注意を払う
  6 初期診断の対象とすべきではない疾患群

第2章 急性腹症と緊急性
  1 急性腹症と緊急性
  2 優先度別の治療方針

第3章 上腹部痛
  1 上腹部痛の考え方
  2 50歳未満の健康者の上腹部痛
  3 50歳以上70歳未満の上腹部痛
  4 70歳以上の上腹部痛
  5 初期の鑑別疾患以外の考え方
  6 リストのバージョンアップ

第4章 下腹部痛
  1 下腹部痛の考え方
  2 若年健康者の下腹部痛
  3 高齢者の下腹部痛
  4 初期の鑑別疾患以外の考え方
  5 リストのバージョンアップ

第5章 腹部全般痛(もしくは限局性の乏しい腹痛)
  1 腹部全般痛の考え方
  2 若年~健康中年者の腹部全般痛
  3 中高年の動脈硬化リスク者の腹部全般痛
  4 高齢者の腹部全般痛
  5 初期の鑑別疾患以外の考え方
  6 リストのバージョンアップ

第6章 臓器障害を伴う腹痛
  1 臓器障害に着目する理由
  2 循環障害
  3 呼吸障害
  4 脳神経障害
  5 肝機能障害

第7章 女性の腹痛
  1 女性の腹痛の特徴
  2 若年健康女性の腹痛
  3 高齢女性の腹痛
  4 女性の腹痛に関する早期診断の考え方

第8章 小児の腹痛
  1 小児の腹痛の特徴
  2 幼児期の腹痛の考え方
  3 学童期の腹痛の考え方
  4 思春期の腹痛の考え方

第9章 CTの活用法
  1 CTをどう使うか?
  2 CTが適している疾患(病態)
  3 CTだけに頼ると見落とす可能性のある疾患(病態)
  4 CTでは診断できない疾患
  5 消化管内腔以外のエアー
  6 造影CTの活用法
 Column1 変わりゆくCTと活用法

第10章 超音波検査の活用法
  1 (CTの結果があることが前提で)超音波検査の意義,その活用の場面

第11章 診断がつかない場合の考え方
  1 診断がつかない場合の治療方針
  2 ショックおよび敗血症の治療方針
  3 腹膜刺激症状がある場合の治療方針
  4 腹痛が強い場合の治療方針
  5 腹痛が軽微な場合の治療方針
 Column2 医師の仕事は変わってゆく?

索引

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あまたの経験に裏打ちされた急性腹症のアプローチの指南書
書評者:高田 俊彦(福島医大白河総合診療アカデミー准教授)

 ジェネラリストを標榜する身としては,主訴をえり好みしてはいけないのかもしれない。しかしここだけの話,私は腹痛の診療が好きである。そして私が腹痛の診療に魅了されるようになったのは,本書の著者である窪田忠夫先生にその基礎を徹底的にたたき込んでいただいたからに他ならない。

 腹痛の診療はとにかく奥深い。CTへのアクセスに恵まれた今日の診療では,鑑別診断をあれこれ考えなくてもCTを撮れば診断がつくことも多い。しかし,一方で病歴や身体所見といった,よりベーシックな情報に立ち返らない限り,正しい診断にたどりつくことのできないケースも少なくないのである。そして恐ろしいことに,そのような疾患の中には診断の遅れが致命的となるものが含まれている。

 世の中にはCTの読み方を学ぶ機会はたくさんあるかもしれないが,病歴や身体所見の持つ意味や,腹痛に対してどうアプローチすべきかを体系的に学ぶ機会は残念ながら限られている。20年前,私たち研修医が窪田先生に腹痛のコンサルテーションをするときに存在した真剣勝負の緊張感を今でも鮮明に思い出す。窪田先生は研修医が聴取した病歴,評価した身体所見を一緒に評価し直して,それら一つひとつの意味するところを教えてくれ,われわれと窪田先生との間で評価が異なった場合にはなぜそうなったのかを一緒に考えてくれた。この病歴と身体所見に基づいた緻密な議論を終えた時点でほぼ診断はついていて,エコーやCTなどは診断をつけるためというよりも病歴,身体所見によって想起した診断が正しかったことを確認するための検査という位置付けであった。本書は,そんな著者のあまたの経験に裏打ちされた至高の急性腹症のアプローチを学ぶことができる貴重な指南書である。腹痛診療に携わる全ての方に手に取っていただきたい本書であるが,以下に示すポイントを読んで,「なぜだろう?」と思った方には特にお薦めしたい。

・ 病歴で発症様式を聴取する際には,「突然痛くなりましたか?」と聴くだけでは不十分。(p24,第1章5「発症様式に最大の注意を払う」)
・ 便秘や胃腸炎という鑑別診断は存在しない。(p28,第1章6「初期診断の対象とすべきではない疾患群」)
・ 非典型的な虫垂炎には非典型なりのパターンがある。(p88,第4章2「若年健康者の下腹部痛」)
・ 何の疾患でどの臓器をターゲットにCTを見るのかを言えなければCTを見てはならない。(p204,第9章1「CTをどう使うか?」)

 本書には窪田先生の経験知が惜しむことなくちりばめられている。これらが急性腹症診療の現場で広く共有されることで,重篤な疾患の見逃しやhospital delayの予防につながることを私は確信している。


刺激的で数々の至言にあふれた書籍
書評者:池上 徹則(倉敷中央病院救命救急センター救急科主任部長)

 窪田忠夫先生の新刊は相変わらず刺激的で,読み進めるうちに何度も納得してうなずきました。まず冒頭の「序」では,「腹痛の原因を検索するのにCTがとても有用だから」「病歴聴取と身体所見は診断しようとして行われていない」という記述が目に留まります。これはきっと,指導する立場の先生方が常日ごろからお感じになっていることでしょう。

 腹部診療は,解剖が複雑な上にさまざまな主訴を時間軸と掛け合わせて考える必要があり,初学者に限らず苦手にしている人は多いと思います。そのような中,著者は腹痛を,上腹部痛,下腹部痛,腹部全般痛の3つのカテゴリーに分けて考えることを提案します。そして重要な鑑別疾患を列挙する一方で,「鑑別に挙げなくてもよい」と言い切る疾患に関しては,「どうしてそうなのか」を丁寧に解説していきます。例えば,多くの類書では「主訴:腹痛」で鑑別疾患を挙げる際に,本当に重要な「主訴」と,腹痛はあるが「主訴」とまでは言えないものが混在している場合があります。本書では,肝膿瘍を例に挙げて,この点を詳しく説明しているのですが,非常に納得しやすいです。その後,年齢,性別,基礎疾患を軸に話が進みますが,それは熟練した外科医がベッドサイドで所見をひもといて解説するような丁寧さであり,数々の至言にあふれています。

 著者は急性腹症の診療に関して,「診察をいくら詳細に詰めていっても1回のCTでカタが付いてしまうので,病歴聴取や身体所見をとることが形骸化している」と問題提起しています。実はこれは,呼吸不全や意識障害など他の重篤な病態についても当てはまり,急性期初療全般の問題点を言い当てていることに気付かされます。そして,それでも「CT全盛の現代に古典的ではあるが,急性腹症においては病歴聴取と身体所見から初期診断を行う意義はいまだに大きい」と結論を導きます。

 このように記載していくと堅苦しい印象を持たれるかもしれません。しかし,本書の語り口はソフトで,随所にさりげなく記載されている「医者はどこだ」「NOMIがラスボス」などのコラム的な記載に,読者の皆さんはドキッとしたり,くすっとさせられたり,「そうだそうだ」と納得したりするでしょう。そして,読み進めるうちに,気が付けばきっと本書に記載されているアプローチを試してみたくなるはずです。腹痛診療が苦手と思っている研修医の先生方に,また彼らを指導する立場の先生方にも本書をお薦めします。


合理的アプローチによる新しい腹痛診断
書評者:安達 洋祐(久留米大教授・医学教育研究センター)

 本書は腹痛診断の画期的な手引きです。以下に本書の特徴を述べて推薦の辞とします。

(1)初期診断で見逃し回避

 本書は,急性腹症の初期診断の解説書です。著者が示す初期診断は,安易な仮診断(便秘/胃腸炎/イレウス)ではなく,速やかに外科医に相談する病気や見逃すと命取りになる病気の診断です。問診と診察で決める具体的な手順(レシピ)が論理的に解説されています。

 初期診断で考えるのは9疾患です。腹痛の場所を3つに分け,上腹部は胃十二指腸穿孔/急性膵炎/胆石疾患/急性虫垂炎,下腹部は急性虫垂炎/大腸穿孔,腹部全般は絞扼性腸閉塞/急性腸管虚血/破裂性腹部大動脈瘤です。初期診断の目的は重症疾患の見逃し回避です。

 本書は意思決定の本です(英語の書籍名は『The way of decision making in an acute abdomen』)。意思決定に重要なのは問診と診察です。初診で生理学的徴候(ショック/敗血症/汎発性腹膜炎)を評価して緊急性を判断します。血液検査とCT検査は補助的手段です。

(2)CT検査の正しい使い方

 CT検査は正しく使わないといけません。CTを眺め何か異常がないか探すことをしない。特定する疾患を決めてCTを見る。想定した疾患の所見をCTで確認する。CTの結果を見てベッドサイドに行き病歴と身体所見をとりなおす。臓器別の系統的読影は後回しにする。

 診断をCTに頼るのは,急性膵炎だけです。CTで診断できる急性虫垂炎は問診と診察で診断でき,超音波か単純X線で遊離ガスを同定できる穿孔性十二指腸潰瘍はCTが不要で,骨盤炎症疾患と卵巣茎捻転はCTで診断できません。「とりあえずCT」は,やめましょう。

 CTは利用するものであって信頼するものではないと力説し,若手医師の画像偏重主義や診察の形骸化に警鐘を鳴らします。コラムには「最近は診断のためにはサラッと流す程度の見かたになった」「仲良しだった友だちと疎遠になった感じ」と語っているほどです。

(3)腹痛疾患の特徴を満載

 疾患の特徴,第一印象,病歴のポイント,身体所見のポイント,診断の注意点に分けて詳しく書かれ,腹痛患者をイメージできるように配慮されています。問診と診察を丹念に行ってきた経験豊富な外科医(観察力も鋭い)の臨床の知恵が惜しみなく示されています。

 例えば,十二指腸潰瘍穿孔はポケットにタバコが入っている,重症膵炎はメタボ体型,胆石症は七転八倒していた痛みが短時間で消失,急性虫垂炎は穿孔すると自発痛が軽減,絞扼性腸閉塞はじっとしていない,腸管壊死の腹水は最も(便臭より)臭い,などです。

 EBMとは一線を画すと宣言しつつ,さりげなく文献を添え(75本),『Sabiston Textbook of Surgery』を参考に「急性虫垂炎の診療アルゴリズム」を作っています。本書は経験experienceと証拠evidenceに基づく医療を心がける医師による啓発の書といえます。

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